見事な集中力を持って踊られたマルコ・ゲッケ振付による『ニジンスキー』
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掲載
Gauthier Dance/Dance Company Theaterhaus Stuttgart
ゴーティエ・ダンス/シュツットガルト劇場ダンスカンパニー
"Nijinski" by Marco Goecke 『ニジンスキー』 マルコ・ゲッケ:振付
シュツットガルト・バレエのソリストだった、エリック・ゴーティエ(Eric Gauthier)が振付家/プロデューサーとして設立した、ゴーティエ・ダンスが初めてのニューヨーク公演を行った。これは、ゴーティエ他の振付家によるコンテンポラリー作品を制作する、シュツットガルト劇場ダンスカンパニーの企画の一部である。ほんの数年でドイツでもカリスマ的なディレクターとなったというゴーティエが持ってきたのは、ネザーランド・ダンス・シアターにも振付けている、マルコ・ゲッケ(Marco Goecke)振付の「ニジンスキー(Nijinski)」であった。
舞台は非常にシンプルに作られてあり、ニジンスキーの写真が描かれたバックドロップ、そしてその前に白いリノリウムを敷いた床となっている。バックドロップが落ちると同時にストッキングの様なマスクをかぶった男性が走り出してきてソロを踊り始めた。非常に洗練されたダンサーで、激しく腕を振り回すようなコンテンポラリーな振りを、強いバレエテクニックで踊る。背中にハープの絵が描かれた衣裳を着ている。胸に同じハープの絵がある衣裳の女性が出てきて、デュエットとなる。ハープの絵は芸術のミューズを意味しているのだろうか やがて、ジャケットを着た男が現れる。バレエ・リュスの創立者、ディアギレフ(David Rodríguez)だ。若い男が中央奥のカーテンの間から出てきてせわしなく呼吸をしながら落ち着きのない動きをする。彼の様子を見ながらその周りを歩くディアギレフ。もう一人の若い男性が加わり、ディアギレフが指揮をとるように声をかけながら歩くと、それに続いて若い美しい男たちが踊る。ディアギレフは彼らを品定めするような様子だ。 ディアギレフのソロは権力を持つ存在であることを示している。彼が消えると、羽を着けた男女が美しいラインで踊る。羽根を付けているのは、バレエ・リュスで製作した『レ・シルフィード』を想像させるが、このキャラクターは恐らくディアギレフのインスピレーションの表現と思われる。夢と理想を持っているディアギレフは奇妙ながら美しい動きで踊る。そしてニジンスキー(Rosario Guerra)が登場する。
Anna Süheyla Harms and Rosario Guerra in NIJINSKI by Marco Goecke
Photo by Regina Brocke
ダンサーの一人がマイクの前に立つと、早口でささやくようにニジンスキーの人生を語る。ニジンスキーは美しいが、狂気を感じさせる。奇妙な呼吸をしたり、激しく頭を振ったり。先に登場していた女性(Anna Süheyla, Harms)とデュエットを踊るが、女性が彼の面倒を見るような様子で、ニジンスキーへの愛情が表現される。彼女はニジンスキーにキスをして去る。この女性が後にニジンスキーと結婚するハンガリー人のバレリーナのロモラ・デ・プルスキーと思われる。
自立しなければ、という様子のニジンスキーだが、顔を隠すようにして目だけを出すなど、どうしようもない狂気が付きまとう。奇妙に顔をしかめ、いきなり笑いだしたり、変な顔を作りながら、美しいラインで踊る。ショパンの美しいピアノ曲に、おどけるような振りからいきなり見事なクラシックターンやジャンプが飛び出す。当時、一世風靡した男性ダンサーの表と裏の顔が表現されるようだ。
Rosario Guerra in NIJINSKI by Marco Goecke
Photo by Regina Brocke
大勢のダンサーたちと共に美しいラインの群舞を踊りながら、ニジンスキーは見事なピルエットを見せる。しかし、胸を掻き開くようにしたり、叫び声をあげたりと、常に狂気を感じさせる。バレエ・リュスの活動が開始し、バレエのバーワークなど、トレーニングの風景が展開する。男性ダンサーの一人がマイクロフォンにジャケットをかぶせて、バタバタと効果音を出すと、その音に苦しむように歩いて倒れるニジンスキー。男女のダンサーが現れ、時おりシーっと言いながら倒れているニジンスキーの傍でソロを踊る。ニジンスキーをなだめるような、いたわるようなイメージだ。
羽根の男女が現れ、ダンサーたちが頭に草の冠のようなものを着けると、ディアギレフが現れて、激しい光が一瞬さして暗転した。バレエ・リュスが発足されたことを意味したと思われる。
ドビュッシーの『牧神の午後への前奏曲』が流れ、ニジンスキーともう一人の男が踊る。しかし、『牧神の午後』が踊られるのではなく、ニジンスキーの同性愛の傾向が表現される。キスやセックスの表現があるが具体的ではなく、ユニークで美しい表現だ。ディアギレフが現れ、二人の愛人関係が表現される。金をふんだんに与え、コートをニジンスキーの肩にかけるディアギレフ。端正なシェネターンで舞台を回るニジンスキーが、急に自我に目覚めたような表情をするが同時に狂気も示す。突然ファイヤークラッカーのような激しい音がして、赤い花びらのような紙吹雪が舞台にまき散らされる。赤いパンツの男女が踊り乱れ、興行の成功を物語る。
暗くなるといつの間にか舞台の上に小さなソファが後ろ向きに置かれていて、女性が座っている。座ったままで、女性の身体は隠れているが美しいラインで、フラストレートしたような、悩みを感じさせる踊りを踊る。ニジンスキーが腕に花びらを着けて現れる。女が逃げるように去ると、ニジンスキーはその椅子に座り、考え事をするようだ。ロモラが現れ、彼を目覚めさるかのように動く。最初は気付かないが、やがて彼女を意識して一緒に踊り出すニジンスキー。男がニジンスキーの頭にディアギレフの帽子と同じ形の小さな帽子を乗せていく。ニジンスキーはそれを叩き落として彼女と踊り、そして二人はキスをする。現れたディアギレフはニジンスキーの裏切りを知り、激怒のソロを踊る。しかし、ニジンスキーはディアギレフの帽子を手でぐちゃぐちゃに潰す。ニジンスキーがディアギレフに別れを告げた瞬間だった。
Anneleen Dedroog in NIJINSKI by Marco Goecke
Photo by Regina Brocke
David Rodriguez in NIJINSKI by Marco Goecke
Photo by Regina Brocke
一人の男がソロを踊り、ニジンスキーが現れて向かい合う。鏡のように向き合って対象に動く二人。男はニジンスキーの正気を試すような動きをし、医者が患者を診るようにして立ち去る。舞台前面に後ろ向きに座ったニジンスキーの裸の背中に照明が当たる。素晴らしい筋肉だ。女が出てきて治療するかのように踊る。苦しむニジンスキー。天才を救おうとする努力が伺われるが、叫びながら足音も激しく動くニジンスキー。舞台にしゃがみ込み、床に何かを描くようにする。男性が現れ、マイクロフォンの前で「ヴァスラフ・ヴォルヴィッチ・ニジンスキー」とささやき、ニジンスキーが1950年に亡くなったことを伝える。そして二人は並んで立ち、深々と頭を下げて終わった。
非常に集中力の高い作品である。ゲッケの振付は前衛的だが良くリハーサルされており、ユニゾンは綺麗に揃って、動きが奇抜なだけに垢ぬけて見えた。衣裳もセットも非常にミニマルで抽象的でありながら、ドラマの内容を明確に伝え、ダンサーたちも表情豊かで良く表現したため、しっかりと観客を引っ張った。洗練された照明も含め、いろんな意味で美的感覚で満たされた、素晴らしい舞台であった。
(2017年3月17日夜 Joyce Theater)
Rosario Guerra and Alessio Marchini in NIJINSKI by Marco Goecke Photo by Regina Brocke
ワールドレポート/ニューヨーク
- [ライター]
- 三崎恵里