変化に富んだ多様な動きが次第に破壊的様相を見せてくる、オハッド・ナハリンの最新作『ラストワーク』

Batsheva Dance Company バットシェバ・ダンス・カンパニー

"Last Work" Choreography by Ohad Naharin
『ラストワーク』 オハッド・ナハリン

イスラエルの振付家、オハッド・ナハリンのダンスカンパニー、バトシェバ・ダンス・カンパニーがニューヨークのBAM(Brooklyn Academy of Music)で『ラスト・ワーク(Last Work)』の公演を行った。

幕が上がると、低いブーという音が流れる中、舞台奥の左側でドレスを着た女性が一人走っている。ランニングベルトの上を走っているかのように、一か所に留まったまま、リズムを維持して走っている。舞台に向かって左から男性がうずくまる姿勢で這うようにして出てきて、足を不思議な使い方で、空中で滑らせるように動かす。身体はしっかりと安定したまま、水の中に足を泳がせるようだ。不思議な、キネティックな動きだ。もう一人の男性が反対側から出て来て、全く違うがやはりキネティックな、体の奥底から出てくる動きをする。今度は女性が出てくる。バレエダンサーらしく足が美しい。くねくねとしているが滑らかで強い動きをする。こうして、どんどんダンサーが出てきて、全員が違う自分だけの動きをする。後ろではドレスの女性が走り続ける。ダンサーたちは時にデュエットや群舞で同じ動きをするが、これは美しく統制の取れている。全員、Tシャツにショーツという、シンプルなコスチュームだ。音楽が止まると、後ろでひたひたと女性が走る足音が響く。これは何か常に規則的に動いているものを象徴するようだ。

Bret Easterling Zina Zinchenco (C) Julieta Cervantes

Bret Easterling Zina Zinchenco (C) Julieta Cervantes

Last Work (C) Julieta Cervantes

Last Work (C) Julieta Cervantes

ダンサーたちが出てきて塊になり、中東の女性の歌唱が流れる中、全員が規則正しく片手で上を突くような動きを繰り返しながら前進する。突然前に居た一人のダンサーを全員で抑えるようにしてリフトし、群れの中に埋もれさせてしまう。まるで、本当のことを言おうとした人間を社会が抑え込んで葬ったイメージだ。最初からずっと暗いイメージが続く。一人ずつ抜け出してデュエットになったり、全員でユニゾンになったりして踊るが、すべてキネティックで柔らかいスムーズな動きが特徴だ。全員の動きが止まると、再び後ろで走る女性の規則正しい足音が聞こえる。
やがて全員ステージにあぐらをかいて座ると、座ったまま尻でステージの上を歩く。宗教的なイメージというか、死と向き合った心理が伝わってくる。ダンサーたちが全員舞台の上に横たわると彼らが死体のように見えた。後ろでは女性が走り続ける。ダンサーたちは少しずつ手を動かしはじめ、足もゆっくり動かす。やがて立って後ろのプラットフォームに向かうと、後ろ向きに全員着ているものを脱いで着替える。中には全裸になる者もいる。着替え終わった彼らがこちらを向いて座ると音楽が変わった。

Last Work (C) Julieta Cervantes

Last Work (C) Julieta Cervantes

男性は長い黒い、僧侶のような衣を着ている。タンクトップにショーツの衣裳の東洋人の女性二人(Eri Nakamura, Hsin-Yi Hsiang)が前に出てくると、首を前に突き出し、小刻みに振る。暗く神秘的だ。うつろで、希望が有るのか無いのか、諦めているようで諦めてないイメージ。現状を受け入れながら、忍耐しているのだろうか。次にチュチュを付けた女性と男性のデュエットを踊る。3人の長い衣の男たちが二人をそれとなく見ているよう。カップルは愛し合いながら、ままにならない現状を受け入れるかのようだ。二人はそれでも互いを見つめ合い、そこには希望が有る。僧侶が痙攣するように動く。カップルの男性が消え、女性は床を這って後ろのプラットフォームに戻る。これは男は死んだことを意味しているのだろうか? 別の女性二人が歩み出ると、デフォルメされているが美しい動きで踊る。その後ろで一組のカップルが奇妙な動きをする。女が誘惑するように動き、激しいセックスを表現する男女。その後ろで見ているようで見ていないような僧侶たち。別の女性が美しい動きとラインでソロを踊る。僧侶たちはただ見ている。

やがて男たちは、僧侶の衣を脱いでタンクトップとショーツになる。頭をマスクをかぶる様にすっぽりと布で巻いた奇妙な男たちが、両手を耳の横で振りながら出てくると、全員同じような布のマスクを頭にかぶる。モノトーンの音が流れ、まるで顔のない集団だ。男も女もない。センターで踊るカップルの女性が、男にまたがり、その尻を叩く。他のカップルはセックスを思わせる動きをする。後ろでは女性が走り続ける。やがて全員マスクを取って後ろに並ぶと、台の上に立って彫刻のようなポーズを取る。そして中央に集まって塊になって塑像の様に立つ。

音が変わると、全員が左側にかたまって立つ。女性が一人出てきて鼓動を示すような動きをする。それに続いて次々とダンサーが踏み出して、それぞれシンプルな動きを音楽に合わせて繰り返す。官能的で無機質な、セクシーな動きだ。痙攣するような小さな動きから、だんだん激しい大きな動きになり、やがてステージを走り回るようにして激しく動く。そしてユニゾンで殴るような動きをする。音楽がリズミカルなビートの強い音になり、女性が痙攣するように動く。突き上げるような動きだ。後ろのプラットフォームに4人の男たちが立ち、一人がマイクロホンの前に立って叫び出し、もう一人は後ろ向きにドリルで地面を掘るような動きをする。別の一人はこん棒のようなものを振り回し、もう一人は白い大きな旗を振り回す。一人が花火のように紙吹雪を飛ばす。ダンサーたちが激しく踊る。観客をしっかりと引き込んで、会場のエネルギーが高まる。ドリルで掘るような動きの男が手に持っていたものを空中に振ると、急に銃声がする。マイクの前に立っていた男はマイクロホンを床に固定するかのようにガムテープを張り巡らし、それが済むと、舞台の上で動きを止めて停止したダンサーたちを一人一人、ガムテープで巻いていく。マネキンの様に動かないダンサーたち。ついには後ろで走る女性にもテープを巻くが、彼女は走り続ける。男は彼女に白い旗を持たせると、女性は旗を持ったまま走り続ける。ぐるぐる巻きになったダンサーたちは座って痙攣するようにしてこの作品は終わる。

Zina Zinchenco  Bret Easterling (C) Julieta Cervantes

Zina Zinchenco Bret Easterling (C) Julieta Cervantes

Last Work (C) Julieta Cervantes

Last Work (C) Julieta Cervantes

作品が終わりに近づくと、これはイスラエルの国情を物語っていると気づいた。後ろで走る女性は絶え間ない時間の経過を象徴しているのであろう。常に国際紛争に巻き込まれ、常に命の危険にさらされながら、それでも人間の営みは続く。それぞれの動きで。しかし、だんだん破壊的な様相が進行して、今は人々はぐるぐる巻きになって身動きが着かない思いをしている、人々は絶望に近い、終わりのないトンネルにいるような思いでいるが、それでもわずかな希望を抱き続けているというナハリンのメッセージと受け止められた。

『ラスト・ワーク』と名付けられたこの作品は、公演当時に同時放映された映画『Mr. Gaga』(GAGAはナハリンが考案した動きのメソッドのこと)の中でナハリン自身がこれが最後の作品になるかもしれないと思ったためと語っているが、むしろ「一番最新の作品―Last Work」という風に解釈された。
(2017年2月3日夜 BAM)

ワールドレポート/ニューヨーク

[ライター]
三崎恵里

ページの先頭へ戻る