ダンサーたちも楽しみながら踊り、観客にも大いにうけたマーク・モリスの『ザ・ハード・ナット』

Mark Morris Dance Group マーク・モリス・ダンス・グループ

"The Hard Nut"by Mark Morris
『ザ・ハード・ナット』マーク・モリス:振付

12月10日から18日まで、BAMでマーク・モリス・ダンス・グループ(MMGD)の『ザ・ハード・ナット』の公演がありました。クリスマス時期に恒例の古典バレエ作品『くるみ割り人形』のパロディー版で、初演は1991年、モネ劇場(ベルギー)です。古典のストーリーを忠実に残しながら、現代風に『くるみ割り人形』をアレンジした独自の作品で、音楽もチャイコフスキーの『くるみ割り人形』組曲をそのまま使って、振付はマーク・モリスによる自由で現代的な踊りです。モリスご本人も、キャストとして出演しています。

マーク・モリスはニューヨーク・ベースで活動していて、地元ではダンサーたちに「天才」と称され尊敬されていて人気があります。そのため、いつもモリスのダンス公演のチケットは、すぐにソールドアウトしてしまいます。私もこの『ザ・ハード・ナット』を観るために、早くからチケットを手配して楽しみにしていました。マーク・モリスの振付や舞台演出の才能は、自由でオリジナリティーが強くて独特です。
すでに初演から25年以上経っている作品で、恒例の公演のためでしょうか、マーク・モリスとダンサーたちはとても仲が良さそうな雰囲気があふれていていました。現代的な視点で製作された『くるみ割り人形』ですが、今観ると、すでに適度にレトロな感じがして、この作品もやがて古典として歴史に残っていくのだろうなと思いました。

© Julieta Cervantes

© Julieta Cervantes

音楽は、MMDG Music Ensemble(マーク・モリス・ダンス・グループのオーケストラ)の演奏で、音楽性も高いのです。少年少女の合唱団(The Hard Nut Singers)も劇場のバルコニー席で控えていて、雪片の踊りのシーンの合唱を披露しました。
カンパニーのメンバーは17名に加えて、14名のダンサーと芸術監督であるマーク・モリス自身が出演しました。

© Julieta Cervantes

© Julieta Cervantes

マリー役はローレン・グラント、フリッツ役はジューン・オムラ、シュタールバウム家の主人(キング)役はマーク・モリス、その奥様(クイーン)役はジョン・へジンボサム、ハウスキーパー(メイド)役はクレイグ・パターソン、ドロッセルマイヤー役はビリー・スミス、くるみ割り人形と若いドロッセルマイヤー役はアーロン・ルークスなどです。
場面は1990年代の時代設定で、舞台セットはすべて現代風のモノトーン中心です。暖炉の代わりにテレビ画面に暖炉の映像が映っていたり、おもちゃの兵隊の代わりにG.I.ジョー(ミリタリールック&機関銃)の人形たちなどです。ねずみたちとの戦いの際には、G.I.ジョーたちが機関銃で撃退していきます。おもちゃの設定にまで、現代のアメリカ風にする工夫が感じられておもしろいです。

パーティの場面も現代風で、踊りの内容もそれと合わせて現代のアメリカのものでした。踊りは50年代風、60年代風、70年代風、80〜90年代風(ディスコ)の踊りがあり、ヒップホップ風やマイケル・ジャクソン風の振付もありました。
ドロッセルマイヤーとくるみ割り人形は、現代風の衣装で、赤いジャケットを着ていました。モリス版では、このドロッセルマイヤーとくるみ割り人形が、舞台上で役柄の関係が分かりやすく重ね合わせられていました。くるみ割り人形がねずみのキングを退治したシーンの直後に、舞台上で着替えて早変わりして、後ろでドロッセルマイヤー、その手前でくるみ割り人形の青年が2人重なって踊り、「二人羽織」のようにスレスレの至近距離で重なって動いていました。まるで、くるみ割り人形はドロッセルマイヤー自身の分身であるような解釈、設定です。彼らのパ・ド・ドゥではリフトもありました。
主演のマリー役はとても小柄なダンサーのローレン・グラントが踊っているので、実際は大人のプロダンサーが子供役を演じているためとても上手でした。子供のレベルでは考えられないくらいに演技も踊りも、表情も完璧で上手でした。

舞台の構成、照明、舞台セットの作りとデザイン、天井から床まで全体の舞台空間とセット、キャストの衣装とメイク、ダンサーたちの配置と動き、端にいるダンサーたちの細かい配置や動きに至るまで、すべてが隅々まで完璧に抜け目なく練り上げられていました。このモリスの作品は、色彩のバランス、動きのバランス、舞台セットと人物の配置のバランス、そこに加わるダンサーたちの動きの間合いのすべてが完璧なハーモニーで美しく仕上がっています。舞台全体を画面としてみていると、すべてが名作の映画のような芸術的な画面が連続して続いていて、美しい絵画作品のような完璧な舞台シーンが最後まで切れ目なく美しさを保ったまま続きます。どのシーンも、色彩バランスや美術的な面で見ても、美しさが保たれていました。美術センスのレベルの高いのです。

© Julieta Cervantes

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モリスがイタリア系だからでしょうか、育った環境や文化の背景の影響、美術といえばイタリア!というイメージどおり、美術的にハイセンスな完璧な美しいダンス作品です。このような、隅々まで美しい場面をつなげ続けきった、美術的に完成度の高いダンス作品は、もともとモリス自身が持っている美術的センスの高さと、ダンスの振付など彼の才能が最大限に発揮されている名作だと感じました。
それでいて、ダンスの振付は独創的で、ダンサーみんなが楽しそうに踊っていて、エネルギーがいっぱいはじけていて元気があふれています。ところどころ、客席が受けて大笑いする場面もたくさんはさまれていて、ユーモアもたっぷりあります。

© Julieta Cervantes

© Julieta Cervantes

© Julieta Cervantes

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雪の精の踊りや花のワルツなど、群舞のシーンは、大勢の男女のダンサーたちが全員同じ衣装でチュチュを着て踊ります。ダンサーたちの人数を最大限に使って、総動員でパワフルに楽しく、男性ダンサーも女装して踊っていました。これもとても楽しそうでした。
雪の精の踊りは、ダンサーたちは全員両手に粉吹雪を握っていて、次々のダンサーたちが順番に通り過ぎるごとに粉吹雪をまいて降らせながら飛び回り続けていました。すごいスピード感で、圧倒的な迫力と楽しさでした。元気いっぱいな粉吹雪で、熱い踊りで表現していました。

各国の踊りは、現代風に、舞台の上空に大きな世界地図が出てきて、点滅した国のところが登場していきます。特に、客席が爆笑したところは、アラビアの踊りで、本当に不気味なほどの怪しさ満開の集団が踊って去っていったのでした。オリジナル版のような美しい妖艶さを醸し出している踊りとはかけ離れていて、極端に怪しく仕上げて爆笑の渦を巻き起こしていたのです。モリスのユーモア精神があふれていました。
(2016年12月11日 BAM Howard Gilman Opera House)

© Julieta Cervantes

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ワールドレポート/ニューヨーク

[ライター]
ブルーシャ西村

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