ホールバーグ時代の幕開けを実感させた「ニューヨーク・ダイアレクツ」、パム・タノヴィッツ振付『ウォーターマーク』世界初演ほか

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団
『NEW YORK DIALECTS 』『ニューヨーク ダイアレクツ』

"SERENADE" "THE FOUR TEMPERAMENTS" Choreographed by George Balanchine
"WATERMARK" Choreographed by Pam Tanowitz
『セレナーデ』『フォー・テンペラメンツ』ジョージ・バランシン:振付、『ウォーターマーク』パム・タノヴィッツ:振付

オーストラリア・バレエ団の2021年最初の定期公演プログラムは『ニューヨーク・ダイアレクツ』。新型コロナウイルスの影響で2019年12月以来、実に1年4ヶ月ぶりのシドニー公演となった。4月6日から24日までに全21回公演が行われ、6月にはメルボルンで12回の公演が予定されている。今回のプログラムで期待が高まっていたのは、ホールバーグの芸術監督就任後初の委嘱作品となるパム・タノヴィッツ振付の『ウォーターマーク』。2つのジョージ・バランシン作品の間に世界初演作を挟んだトリプルビルは、いずれも抽象バレエだ。
公演パンフレットでホールバーグは次のように語っている。「このプログラムは、バランシンとタノヴィッツという2人の振付家にインスピレーションを与えた大都市へのオマージュです。この文化の都から、人々が予期しない方向に芸術を導いてきた何世代ものクリエーターがやってくる証しでもあります」

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TAB- New York Dialects "Serenade" Dancers of the Australian Ballet. Photo by Daniel Boud

ジョージ・バランシン(1904〜1983)は、作曲家の父を持ち、チャイコフスキーを敬愛し、自身も作曲し楽器を演奏する。彼が1935年にスクール・オブ・アメリカン・バレエを設立した年に振付けた『セレナーデ』。バランシン・トラストからコーチとして招かれたサンドラ・ジェニングスは、幕が上がると風を感じるというが、実際、初演は戸外で踊られている。
淡いアイスブルーのチュールをまとった17人の女性ダンサーが片手を上げて彼方に視線を送る。この有名な冒頭シーンに、長らく生の舞台から遠ざかっていた観客から拍手がわいた。
私が観た初日翌日の公演で、3人のメインとなる女性ダンサーの中で特に印象的だったのがイモーガン・チャップマン。美しいつま先が床に吸いつくように刻むステップと、優美なアラベスクが目を奪う。窓下で恋人に捧げる小夜曲の意を持つ「セレナーデ」だが、プリンシパルのベネディクト・べメイとクリストファー・ロジャー=ウィルソンのパ・ド・ドゥは、クリスタルのような硬質な手触りで、男女のピュアな交情を語った。
べメイ、シャーニ・スペンサー、チャップマンは、堅固なクラシック・バレエの技で身体性を輝かせ、チャイコフスキーの流麗な調べにのせて神秘性を湛えて踊り、詩的なダンスが響き渡った。

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TAB - "Serenade" Dimity Azoury © Daniel Boud (写真は文中のキャストとは異なります)

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TAB- New York Dialects "Watermark" Dancers of The Australian Ballet photo by Daniel Boud

『セレナーデ』が女性ダンサー17人だから、『ウォーターマーク』は男性ダンサーをメインに対照的な編成にした、と語るニューヨーク在住の振付家パム・タノヴィッツ。彼女はアメリカン・バレエ・シアター(ABT)のワークショップ "ABT Incubator" 以来、ホールバーグとは15年に渡って親交を結んでおり、振付作品はニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)、英国ロイヤル・バレエ、ABTなどでも上演されている。
『ウォーターマーク』の作曲家は、2013年に史上最年少で音楽のピューリッツァー賞を受賞したニューヨーク在住のキャロライン・ショー。ベートーベンのピアノ協奏曲第3番をモチーフにした楽曲は、新作バレエ『ウォーターマーク』のためにオリジナル作品を拡大させたもの。衣装を担当したリード・バーテルメは、『セレナーデ』の男性ダンサーの衣装と同じ紋様を、『ウォーターマーク』の白のジャンプスーツの腕、肩部分に黒色でとり入れた。そしてこの黒と白のカラーコントラストは、3作目のバランシンの黒と白の練習着の衣装に繋げられている。

幕が上がるとドレープがついた布が天井から床まで垂れ下がり、白のジャンプスーツのダンサーが目に飛び込んできた。15人の男性ダンサーと3人の女性ダンサーは、皆同じ衣装を着てジャズシューズを履き、軽やかなステップであたかも月面を歩いているかのように見える。テクニックや動きは、これまでオーストラリアでは見ることのなかったダンスだ。垂直なジャンプはどこかユーモラスで、予期せぬ展開を見せる洗練されたもの。自由に流動するグループは明確なアンサンブルの編成を超えて、舞台のあちこちで楽しそうに躍動している。ホールバーグが評する「オリジナリティに溢れて知的」なダンスは奥深く、見るほどに新たな発見がありそうだ。初めてウェイン・マクレガーの作品を観た時に感じた、新たな時代の到来に通底するのかもしれない。タノヴィッツの作品もまた新たな潮流であり、『ウォーターマーク』はジェンダーレスな21世紀のダンスだ。

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The Australian Ballet - New York Dialects "Watermark" Dancers of the Australian Ballet © Daniel Boud

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The Australian Ballet - New York Dialects "Watermark" Callum Linnane & Imogen Chapman © Daniel Boud

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TAB "The Four Temperaments" Ako Kondo and Ty King-Wall © Daniel Boud(写真は文中のキャストとは異なります)

バランシンがドイツの作曲家パウル・ヒンデミットに音楽を依頼した「主題と変奏『4つの気質』」は、ピアノ独奏と弦楽オーケストラから成る。
公演パンフレットの『フォー・テンペラメンツ』には、4つの気質についてバランシン の言葉が書かれている。「憂鬱質―メランコリー」は悲しそうに。「多血質」は明るく感情がほとばしるように。「粘液質」は最初は孤独だけど、音楽が聞こえると突然ムードが変わる。「胆汁質」のバレリーナは怒りっぽく!
「憂鬱質」に配役されたプリンシパルのチェンウ・グォは、「憂鬱」な個性とはかなり異なる印象を受けるが、内に影を秘める悩める青年を精緻なダンスで表現。プリンシパルのブレット・チノーウィスは切れ味のあるダンスで、べメイと息のあった「多血質」のペア。「粘液質」のカラム・リネインは美しいラインを端正な動きでつなぎ、4人が加わったユニゾンではピタリと一つになった。プリンシパルのエイミー・ハリスの「胆汁質」はエネルギッシュなダンス。ユニゾンで片足を高く上げながら後方から前進する群舞に、リフトされた女性が対角から横切ると、幾何学的な模様が舞台の上で対位する。弦とピアノの重厚な音の対話が視覚化され、複数の対称が層を重ねて壮観なクライマックスに導いた。

音楽と緻密な振付だけで魅せるプロットレスな3作品は別個でありながら、いずれもニューヨークの息吹を持ち、『ウォーターマーク』のクリエーターは、都会的で粋な方法で敬愛するバランシン に水路をつなげた。その水流をオーストラリアにもたらした「ニューヨーク ダイアレクツ」は、ホールバーグ時代の確かな幕開けを実感させた公演となった。
(2021年4月7日 シドニー オペラハウス)

『セレナーデ』
振付:ジョージ・バランシン(George Balanchine)
ゲストコーチ:サンドラ・ジェニングス(Sandra Jennings)
音楽:ピュートル・チャイコフスキー( Piotr Ilyich Tchaikovsky)
衣装:バーバラ・カリンスカ(Barbara Karinska)
照明原デザイン:ロナルド・ベイツ(Ronald Bates )
ダンサー(4月7日)
シャーニ・スペンサー(Sharni Spencer)/ベネディクト・ベメイ(Benedicte Bemet)/イモーガン・チャップマン(Imogen Chapman)
クリストファー・ロジャー=ウィルソン(Christopher Rodgers-Wilson)/クリスティアーノ・マルティーノ(Cristiano Martino)

『ウォーターマーク』
振付:パム・タノヴィッツ(Pam Tanowitz)
音楽:キャロライン・ショー(Caroline Shaw - Watermark)
衣装・装置:ハリエット・ユング/リード・バーテルメ(Harriet Jung and Reid Bartelme)
照明:ジョン・バスウェル(Jon Buswell )
ダンサー
ショーン・アンドリュー(Shaun Andrews)/ネイサン・ブルック(Nathan Brook)
ダニエル・ブレイ(Daniel Bryne)/イモーガン・チャップマン(Imogen Chapman)
ティモシー・コールマン(Timothy Coleman)/アダム・エルメス (Adam Elmes)
ロハン・ファーネル (Rohan Furnell)/トーマス・ギャノン (Thomas Gannon)
ベンジャミン・ギャレット (Benjamin Garrett)/ドゥリュー・ヘディッチ(Drew Hedditch)アレイン・ジョゥグAlain Juelg/ブローディ・ジェームス(Brodie James)
カラム・リネイン(Callum Linnane)/ルーク・マーチャント(Luke Marchant ココ・マティソン(Coco Mathieson)/ジョージ マレー・ナイチンゲール(George-Murray Nightingale)/ジル・オガイ(Jill Ogai)/ルシエン・スゥ(Lucien Xu)

『フォー・テンペラメンツ』
振付:ジョージ・バランシン(George Balanchine)
ゲストコーチ:ヴィクトリア・サイモン(Victoria Simon)
音楽:パウル・ヒンデミット(Paul Hindemith Theme with Four Variations -The Four Temperaments)
照明原デザイン:ロナルド・ベイツ(Ronald Bates)
ダンサー
主題(Theme)
ジャクリーン・クラーク(Jacqueline Clark)/ルーク・マーチャント(Luke Marchant)
イングリット・ガウ (Ingrid Gow)/ジョセフ・ロマンスウィッツ(Joseph Romancewicz)ロビン・ヘンドリックス(Robyn Hendricks)/アダム・ブル(Adam Bull)
第1変奏「憂鬱質」First Variation: Melancholic
チェンウ・グォ(Chengwu Guo)
第2変奏「多血質」Second Variation: Sanguinic
ベネディクト・ベメイ(Benedicte Bemet)/ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth)
第3変奏「粘液質」Third Variation: Phlegmatic
カラム・リネイン(Callum Linnane)
第4変奏「胆汁質」Fourth Variation: Choleric
エイミー・ハリス(Amy Harris)
ニコレット・フレリオン指揮 オペラ オーストリア交響楽団(Nicolette Fraillon conducting Opera Australia Orchestra)
ピアノ独奏(『ウォーターマーク』『フォー・テンペラメンツ』)ステファン・キャスメノス、ダンカン・サルトン
Piano solo for "Watermark" and "Four Temperaments" by Stefan Cassomenos & Duncan Salton

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