オーストラリア・バレエ団が1年ぶりに舞台復帰 ― ホールバーグ新芸術監督がカンパニーの歴史をたどり、未来へのヴィジョンを示した

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET "SUMMERTIME AT THE BALLET" Gala Performance with nine diverse works from Petipa to Balanchine, Nureyev and three resident choreographers

オーストラリア・バレエ団「バレエー夏のひととき」プティパからバランシンとヌレエフへ、そして3人の常任振付家等による多彩な9作品がラインアップしたガラ公演

ダンサーも観客もデヴィッド・ホールバーグ新芸術監督も、会場にいた人々皆が待ちに待った公演だった。2020年3月にオーストラリア政府がパンデミック宣言をして以来およそ1年ぶり、オーストラリア・バレエ団がようやく舞台に帰ってきた。
厳しいロックダウン規制が施行されたオーストラリアの中でも、100日を越す昨年のメルボルンの制限措置は特に厳しく、市民は家に閉じ込められ、屋外での運動すら制限され、ダンサーは長い期間、自宅のキッチンや車庫、リビングでのトレーニングを余儀なくされた。さらにこのガラ公演直前にも5日間のロックダウンという事態に見舞われたが、心身の困難を乗り越えてきたダンサーからはこれら負の影響は感じられず、舞台復帰の喜びが伝わってきた公演となった。
オーストラリア・バレエ団史上初となる今回のライヴ配信では、ホールバーグが演目ごとにコメントを入れたり、司会進行役としてインタビューをこなすなど様々な試みを行なっている。

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TAB."La Bayadère" Artists of the Australian Ballet. Photo by Jeff Busby

公演会場はテニスの全豪オープンが行われるマーガレット・コート・アリーナ。バレエ公演のために設えられた会場では、オーケストラは平土間型舞台の床より高い場所で演奏した。舞台には幕も装置もない。それ故に古典バレエから現代舞踊までの変化に富んだ9作品と構成の上手さが際立ち、さらにダンサーの才能が遺憾無く発揮されて、バレエの奥深さを改めて実感できる公演となった。

演目の順番に見ていこう。
オーストラリア・バレエ団のダンサーは、皆個性的で美しい。体格の差異も一因かもしれないが、群舞シーンの微かな不揃いがかつては気になったこともあるけれども。
ホールバーグの芸術監督最初の演目は『ラ・バヤデール』より"影の王国"。ステージ監修をしたのはホールバーグ自身だ。山田悠未を先頭に24人の白いチュチュのコール・ド・バレエが、白く冷たい清洌な姿を浮かび上らせた。幻想的な一糸乱れぬ女性群舞の中に、観客を魅了する存在を体現してきたホールバーグの「影」を感じた。
この日のニキヤ役は精緻なダンスを披露したプリンシパルのロビン・ヘンドリックス。ソロル役はジャレッド・マデン。いつもは難しい技巧もクールにこなすマデンの頬が少年のように紅潮し、抑えがたい高鳴る心の発露が新鮮に映った。そして見事なパートーナーリングも見せた。

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The Australian Ballet "Filigree and Shadow" Jill Ogai and Marcus Morell Photo by Jeff Busby

次の演目『フィリグリーと影』はオーストラリア・バレエ団の常任振付家、ティム・ハーバーが2015年に創作し、侵害に対する浄化がテーマになっている。ジル・オガイ、マーカス・モレリ、 ショーン・アンドリューのトリオによる、射るような視線と動物を想起させる挑戦的で鋭利なダンスは、前の演目の幽玄的雰囲気の世界を一変させた。
続く『モルト・ヴィヴァーチェ』パ・ド・ドゥもオーストラリア・バレエ団の常任振付家であるスティーブン・ベインズの作品だが、ヘンデルのラルゴに乗せて詩情豊かに謳いあげるダンスは、『フィリグリーと影』とは鮮やかなコントラストを描いた。
『モルト・ヴィヴァーチェ』は18世紀のロココ様式を代表する2人のフランス人画家、ヴァトーとフラゴナールが描いた「雅びな宴」(フェート・ギャラント)に着想を得たもの。ともにプリンシパルのアンバー・スコットとアダム・プルのペアが、無機質な空間に典雅な絵を描く。スコットの優美なポール・ド・ブラは空気を染め、ノーブルなブルの揺るぎないサポートによるデュオは、どの瞬間も一福の絵に見えた。

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TAB. "Spartacus" Artists of the Australian Ballet Photo by Jeff Busby

ロココから時空を駆け抜け、古代ローマの奴隷反乱を描いた『スパルタクス』の男性ダンサーの群舞が現れた。ホールバーグが「戦闘シーンでさえ美しい」とコメントしたこの作品は、2018年にオーストラリア・バレエ団が世界初演した。ルーカス・ジャービスの振付でスパルタクス役はジェイク・マンガカヒア。追い詰められたスパルタクスの気迫が鮮烈なピルエットに込められ、最愛の妻フリーギア役のイモーガン・チャップマンとの幻想のパ・ド・ドゥは忘れ難い。フリーギアを頭上高くリフトし、二人の永遠の別れを予感させるシーンでは悲哀が胸を打った。

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The Australian Ballet. "Don Quixote" Ako Kondo and Chengwu Guo Photo by Jeff Busby

休憩前の第1部のトリは、ルドルフ・ヌレエフ版『ドン・キホーテ』。1973年にヌレエフがオーストラリア・バレエ団と製作したこの舞台の映像は、カンパニーを世界に知らしめるきっかけとなった。キトリ役の近藤亜香は持ち味の闊達さが役に映え、小気味よいステップとフェッテ、卓越した技巧で客席を沸かす。バジル役のチェンウ・グォの豪快なジャンプとマネージュに会場の熱気が高まり、大きな見せ場となった。観客はスタンディングオベーションでダンサーを讃えた。

後半の最初の演目は『メリー・ウイドゥ』よりワルツ。オーストラリア・バレエ団の設立から13年目に創作された初めての自前の全幕物語バレエだ。黒い扇を手に黒いテイルのロングドレスを纏うハンナ役のアンバー・スコットは、傍らの「通路」から登場した。ベルエポックの物語を連想させるスコットのハンナの麗しき存在感は、螺旋階段を優雅に降り立つ姿から匂うように感じられた。着飾った紳士淑女の華やかなワルツは、カンパニーの新たな時代への門出を祝っているかのようだった。

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TAB "The Merry Widow" Amber Scott and the Artists of the Australian Ballet Photo by Jeff Busby

続く演目はジョージ・バランシンの『チャイコフスキー パ・ド・ドゥ』。ジョージ・バランシン・トラストからコーチが招かれ、カラム・リネインとロビン・ヘンドリックスが踊った。リネインは身体ラインを美しく屈指し、端正な踊り。ヘンドリックスはシャープな脚さばきで呼応する。速いテンポの音楽から湧き上がる高揚を抑え、高いジャンプやピルエットで観客を魅了した。精緻でありながら高速な技の掛け合いはダイナミックで、高度な技術を感じさせる。繰り返されるフィッシュダイブでクライマックスとなり、ヘンドリックスを頭上高くリフトして2人は風のように舞台を駆け抜けていった。

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The Australian Ballet Clay from "Logos" Karen Nanasca and Nathan Brook Photo by Jeff Busby

次の演目『ロゴス』より"CLAY"デュエットは、オーストラリア・バレエ団の女性常任振付家アリス・トップの作品。ロンドンのウェイン・マクレガー・カンパニーとの共同創作で、2019年に英国のグランジ・フェスティバルで世界初演された。ルドヴィコ・エイナウディの音楽に乗せて、多彩なリフトが脆さと不安な心象風景を描き出す。終盤、無音で語られた心理劇に圧倒された。カレン・ナナスカとネイサン・ブルックの胸が張り裂けるようなダンスに会場から大きな喝采が響き渡った。

ガラ公演最後の演目は、ジョージ・バランシンがプティパとチャイコフスキーにオマージュを捧げた『テーマとヴァリエーション』パ・ド・ドゥとフィナーレだった。パ・ド・ドゥを踊ったのは、ともにプリンシパルのベネディクト・べメイとブレッド・チノーウィス。瑞々しく躍動感のあるダンスは音楽と精妙に調和し、べメイのアームスは格別な美しさを放つ。4組のペアのアンサンブルでは、根本里菜がとりわけ光っていた。1人ひとりの粒立つ存在感が群舞シーンでは化学反応を起こし、美しく一体となったアンサンブルに昇華して歓喜に満ちたフィナーとなった。
ホールバーグはカンパニーの歴史をたどり、未来へのヴィジョンを示した。第8代目の芸術監督が築き上げていく今後への期待が高まる。
(2021年2月28日 メルボルン・マーガレット・コート・アリーナよりライヴ配信)

『ラ・バヤデール』より「影の王国」
振付:マリウス・プティパ 音楽:レオン・ミンクス(ジョン・ランチベリー編曲)
ダンサー:ロビン・ヘンドリックス(ニキヤ)/ジャレッド・マデン(ソロル)
Kingdom of the Shade from "La Bayadère"
Choreography: Marius Petipa Music : Ludwig Mincus arranged by John Lanchbery
Dancers : Robyn Hendricks (Nikiya)/Jarryd Madden (Solor)

『フィリグリーと影』より"トリオ"
振付:ティム・ハーバー 音楽:48nord
ダンサー:ジル・オガイ / マーカス・モレリ / ショーン・アンドリュー
Trio from "Filigree and Shadow"
Choreography: Tim Harbour Music : 48 nord (Ulrich Müller and Siegfried Rössert )
Dancers : Jill Ogai / Marcus Morelli / Shaun Andrews

『モルト・ヴィヴァーチェ』パ・ド・ドゥ
振付:スティーブン・ベインズ  音楽:ヘンデル 「クセルクセス」よりラルゴ
ダンサー: アンバー・スコット / アダム・ブル
Pas de deux from "Molt Vivace"
Choreography: Stephen Baynes Music : George Frederic Hendel Largo from "Xerxes"
Dancers : Amber Scott and Adam Bull

『スパルタクス』第1幕より抜粋
振付:ルーカス・ジャービス 音楽:アラム・ハチャトゥリアン
ダンサー: ジェイク・マンガカヒア(スパルタクス)/イモーガン・チャップマン(フリーギア)
Excerpts from Act 1 of "Spartacus"
Choreography: Lucus Jervies  Music : Aram Khachaturian
Dancers : Jake Mangakahia (Spartacus) / Imogen Chapman (Flavia)

『ドン・キホーテ』第3幕パ・ド・ドゥ
振付:ルドルフ・ヌレエフ 音楽:レオン・ミンクス(ジョン・ランチベリー編曲)
ダンサー:近藤亜香(キトリ)/ チェンウ・グォ(バジル)/ ディミティ・アズーリ(リードブライズメイト)
Act 3 Bridesmaids Dance and Pas de deux from "Don Quixote"
Choreography : Rudolf Nureyev Music : Ludwig Mincus arranged by John Lanchbery
Dancers: Ako Kondo (Kitri) / Chengwu Guo (Basilio) / Domity Azoury (Lead Bridesmaid)

『メリーウィドウ』よりワルツ
振付:ロナルド・ハインド 音楽:フランツ・レハール
ダンサー: アンバー・スコット(ハンナ)/ シャーニ・スペンサー(ヴァランシエンヌ)
クリストファー・ロジャー=ウィルソン(カミーユ)
Waltz from "The Merry Widow"
Choreography : Ronald Hynd Music : Franz Lehár
Dancers : Amber Scott (Hanna) / Sharni Spencer (Vlencienne) / Christopher Rodgers-Wilson (Camille)

『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ピュートル・チャイコフスキー「白鳥の湖」3幕抜粋
ダンサー:ロビン・ヘンドリックス / カラム・リネイン
"Tschaikovsky Pas de deux "
Choreography : George Balanchine Music : Piotr Illyich Tchikovsky
Dancers : Robyn Hendricks and Callum Linnane

『ロゴス』よりクレー・デュエット
振付:アリス・トップ 音楽:ルドヴィコ・エイナウディ "Whirling Winds" より
ダンサー:カレン・ナナスカ / ネイサン・ブルック
Clay duet excerpts from "Logos"
Choreography : Alice Topp Music : Ludovico Einaudi "Whirling Winds"
Dancers : Karen Nanasca and Nathan Brook

『テーマとバリエーション』パ・ド・ドゥとフィナーレ
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ピュートル・チャイコフスキー「組曲第3番」より抜粋
ダンサー:ベネディクト・べメイ / ブレット・チノーウェス
Pas de deux and finale from "Theme & Variations"
Choreography : George Balanchine Music : Piotr Illyich Tchikovsky
Dancers: Benedicte Bemet and Brett Chynoweth
ニコレット・フレリオン指揮 ヴィクトリア交響楽団 (Nicolette Fraillon conducting Orchestra Victoria )

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