オーストラリア・バレエ団の振付家育成プログラム "ボディトーク"より新作『カプリッチョ』

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団

"CAPRICCIO" Choreographed by François-Eloi Lavignac
『カプリッチョ』 フランソワーエロイ・ラビニャック:振付

2020年のオーストラリア・バレエ団の演目は、20年間務めた芸術監督の座を今年末に退くデヴィッド・マカリスターの花道を飾るかのように、華々しいプログラムが組まれていた。オーストラリア・バレエ団の今年の目玉演目とされていた、アメリカのジョフリーバレエ団との共同制作『アンナ・カレーニナ』。アメリカン・バレエ・シアターとの共同制作『アレルキナーダ』のオーストラリア初演。今年2月にブリスベンで世界初演したオスカー・ワイルドの童話に基づく『幸福の王子』。複数の世界初演やオーストラリア初演演目などに、多くのバレエファンはオーストラリア・バレエ団の2020年の公演を楽しみにしていた。

『幸福の王子』ブリスベン公演後、オーストラリア・バレエ団は3月にメルボルンで数回の現代作品を上演した。しかしその後は新型ウイルス感染拡大防止のため、オーストラリアの劇場の扉は3月以来、今も閉じられたままになっている。そして、オーストラリア・バレエ団も世界中の多くのカンパニーと同様に、現在も過去の作品のデジタル配信を続けている。

そんな中で、2020年「ボディトーク」プログラムから5つの新作の制作発表が行われ、最初の1作品がデジタル配信された。
「ボディトーク BODYTORQUE」とは、現代作品を創作する振付家の発掘と育成のために、マカリスター芸術監督が2004年から新たに始めたプログラムだ。カンパニーの現役ダンサーが振付け、衣装や照明、装置、音楽などの総合制作を行い、定期的に舞台公演を行なっている。2018年には世界でも稀な女性の常任振付家がこのプログラムから誕生し、新作に対してルドルフ・ヌレエフ賞を受賞した。

The Australian Ballet "Capriccio". Benedicte Bemet

今年の「ボディトーク」第1作目は、コリフェランクのフランソワーエロイ・ラビニャックが振付けた8分間のショートフィルム『カプリッチョ』。撮影はオーストラリア・バレエ団のビルに隣接するビクトリア国立美術館で行われた。
ラビニャックの創作ノートによると、テーマは「"始まり"から、内観を駆け抜けるダンスの中で絡みあう、自分自身を見つけ出すための、ダンサーの実存と思念の連環の表現」と記されている。
ラビニャックの創作ノートより一部を抜粋する。
「2020年 "ボディトーク" のために、デヴィッド・マカリスターとニコレット・フレリオン(音楽監督)から新作を作ってみないかという話があった時は、ロックダウンの真っ只中で、"創作と制作"をできる心理状態ではなかった。過去に作った作品からヒントを得ても良いということになり、ベネディクト(プリンシパル・ダンサー、ベネディクト・べメイ)が椅子に座った2017年に制作したビデオを取り出した。
ベネディクトはこの年に、踊ることはおろか、歩行すら困難な大怪我をし、自分がアーティストであるという信念を失いつつあった。知覚がゆがみ、それが壊滅的になるかもしれないという友人を目のあたりにして、私は、彼女を私の創作作業に誘った。
多くの時間を困難なリハビリに費やしている最中、ベネディクトは私の誘いに応じた。椅子に座った彼女に私が望んだことは、彼女はまだダンサーであり、だれも彼女から、何も奪い取ることはできないということを信じてほしいことだった。
動きは小さな仕草にフォーカスして、心の中の物語を解きほぐし、明るいイメージを探し出そうと彼女は終始眼を閉じ、暗闇のような心奥に降りていかなくてはならなかった。
あれから3年が経ち、私たちは「あの時」に再訪するプロジェクトを楽しんだ。彷徨いつづけた心が、真実の場所を探そうとしていたあの時間。難しい技巧によらず、動きの連なりの美しさを新たに創ろうとした。」

TAB Principal Artist Benedicte Bemet in Capriccio (3).jpeg

The Australian Ballet "Capriccio". Benedicte Bemet

TAB Principal Artist Benedicte Bemet in Capriccio.jpeg

The Australian Ballet "Capriccio". Benedicte Bemet

フランソワーエロイ・ラビニャックは、フランスのリモージュ生まれ。パリ国立高等音楽学校・舞踊学校と、イングリッシュ・ナショナル・バレエスクールで学んだ後に、2013年にオーストラリア・バレエ団に入団した。
2016年、ジョン・ノイマイヤーの『ニジンスキー』オーストラリア初演公演では、ニジンスキーの兄、スタニスラフ役を演じて、暗いが煌めく詩情を放ち、強い印象を残した舞台を私は今も忘れることができない。ラビニャックはすでにオーストラリアを離れ、今後はウィーン国立バレエ団でダンサーのキャリアを積み重ねてゆくだろう。
使用した楽曲についてラビニャックは、「いつも自分とともにあり、愛聴していたが、『カプリッチョ』に使うことは後で決めた。"最愛の兄の旅立ちに寄せて"という楽曲題名も、私の大切な友のために創作したものと共鳴している」と記している。

Nijinsky_Francois-EloiLavignac_Photo-Wendell-Teodoro-WT2_2225.jpg

The Australian Ballet "Nijinsky". François-Eloi Lavignac © Wendell Teodoro

Aus_Ballet_D2-1048-Edit.jpg

François-Eloi Lavignac, Courtesy by The Australian Ballet

オーストラリア・バレエ団のあるメルボルン広域では、8月2日から9月13日まで、厳しい行動制限が施行されている。食料品店など生活に必要不可欠な店舗のみが営業でき、夜8時から翌朝5時までの外出禁止、屋外運動ができる距離と時間制限、マスクの着用義務などの法規制を破ると高額の罰金が課せられる。
メルボルンで半年間の高校生活を過ごしたイギリスのチャールズ皇太子から、8月18日、ビクトリア州市民に向けて励ましのメッセージが送られた。その中で使われた「魂がこなごなになるような日々」というメルボルンの現状を表した言葉は、オーストラリアで暮らす市民にとって大げさではない。

現代アートは社会の映し鏡と言われるが、特異で困難な状況の中から生み出されたオーストラリア・バレエ団のアーティストによる多様な語りは、いつの日か、アーカイブの片隅で特別な価値を持つだろう。
(動画『カプリッチョ』はオーストラリアバレエ団の厚意により、チャコットダンスキューブ・ワールドレポートへの掲載が許可された)
With the Australian Ballet's courtesy, the short film "Capriccio" is permitted for posting to the Chacott Dance Cube Web Magazine World Report

『カプリッチョ』
振付:フランソワーエロイ・ラビニャック(Choreographed by François-Eloi Lavignac )
ダンサー: ベネディクト・べメイ(Benedicte Bemet)
音楽:「カプリッチョ ― 最愛の兄の旅立ちに寄せて」ヨハン・セバスチャン・バッハ
("Lament" from Capriccio in B Flat BWV 992 ― J. S. Bach)
ピアノ演奏:カイリー・フォスター(Piano ― Kylie Foster)
映像制作:ブレット・ルデマン(Cinematography and Production ― Brett Ludeman)
制作:ニコレット・フレリオン(Producer ― Nicolette Fraillon)

記事の文章および具体的内容を無断で使用することを禁じます。

ページの先頭へ戻る