タペストリーのようにソロ、アンサンブル、パ・ド・ドゥが踊られたオーストラリア・バレエ団の『シルヴィア』

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団

"SYLVIA" Choreography Stanton Welch
『シルヴィア』スタントン・ウェルチ:振付

ヒューストン・バレエの芸術監督でオーストラリア・バレエ団の常任振付家でもあるスタントン・ウェルチの新作『シルヴィア』が、メルボルンでオーストラリア初演の幕開けをした。世界初演はヒューストン・バレエで今年の2月。
ギリシャ神話を基にした全幕バレエ『シルヴィア』は、1876年パリで行われた初演では商業的成功をおさめなかったという。しかし、1952年にフレデリック・アシュトンの振付を得てから人気作品になる。その後、デヴィッド・ビントレー版(1993)、ジョン・ノイマイヤー版(1997)、マーク・モリス版 (2004) があるが、あまり上演頻度の高い作品ではない。

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TAB "Sylvia" Ako Kondo & Kevin Jackson, photo Jeff Busby

ウェルチ版には女神と人間という新たに2人の主役が加えられ、配役表には27もの役名がある。ある舞踊評論家は「A4判にぎっしり書かれたシンプルとは言えないあらすじに不吉な予感がした」と書いている。これを救ったのは、あらすじと配役表とは別に、劇場で観客全員に配られた美しいイラストと写真付きの色刷りの人物相関図。明快な振付とジェローム・カプランが担当した美術・衣装は観客を迷わせることはなかった。
『シルヴィア』はメルボルンでは8月31日から11日間に11公演。11月8日から15日間のシドニー公演では19回上演される予定。シドニー公演では、ヒューストン・バレエのプリンシパルでオリジナルキャストのカリナ・ゴンザレス (Karina González)とコナー・ウォルシュ(Connor Walsh)、アメリカン・バレエ・シアターのプリンシパル、ミスティ・コープランド (Misty Copeland) の客演が発表されている。
メルボルンでの初日公演を観た。

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TAB "Sylvia" Robyn Hendricks & Jarryd Madden © Jeff Busby

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TAB "Sylvia" Ako Kondo & Artists of The Australian Ballet © Jeff Busby

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TAB. "Sylvia" Marcus Morelli & Benedicte Bemet © Jeff Busby

ウェルチ版『シルヴィア』は、前進を恐れず、闘いも怯まず、決断を下す3人のスーパーヒロインと彼女らの想い人の3カップルが、勝手気ままで気荒い神々の棲む天界と人間界を行き来する物語。いたずらや策略が連鎖し絡みあいながら、レオ・ドリーブ(1936~1891)の煌びやかな音楽と見事に調和して物語が紡がれていく。

ヒロインの一人アルテミスはオリュンポスの狩猟の女神で、最高神ゼウスの娘、そしてオリオンと深い友情で結ばれている。アルテミスの双子の弟アポロンは、策謀してアルテミスに矢を放たせ、その矢に当たったオリオンは落命する。
アルテミス狩猟軍の戦士で半神のシルヴィアは、エロスに魔法をかけられ羊飼いに恋をする。
美しい人間の娘プシュケは、愛の女神アフロディーテの息子エロスに愛される。

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TAB "Sylvia" Artists of The Australian Ballet photo Jeff Busby

第1幕の冒頭場面は、黒のロングブーツ、光沢のある深い藍鉄色の鎧とヘルメットを装着し、弓と矢を手にした女性戦士だけの群舞だ。管楽器のファンファーレにティンパニーが響き渡る煌びやかな音楽と一体となった戦闘シーンに、一瞬で惹きこまれた。
アルテミス役はプリンシパルのロビン・ヘンドリックス。戦士を率いる姿は凛々しく、矢を射る姿も様になり、罠に掛けられて親友を殺した時の激怒と哀感は物語に陰影と深みを与える。南アフリカ出身のヘンドリックスのダンスは、狩猟の女神の激しい気性と知性が精妙な技巧で織り交ざる。また、オリオン役のプリンシパル、アダム・ブルとのパ・ド・ドゥからは抑制された甘美さと力強さが鮮やかな二面性を表した。
プシュケは一途でとても人間くさい役柄だ。見てはいけない、開けてはいけない約束を、周りにそそのかされて2度も破り、冥界に行く決心をする。大きな愛くるしい瞳をしたプシュケ役のベネディクト・べメイのダンスと茶目っ気あるマイムから、抑えきれない好奇心が活き活きと溢れるばかりに表出した。ピンクのロングドレスのドレープが揺れるたびに表れる脚のラインが表情豊かで、端正なピルエットは客席を沸かせた。

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TAB. "Sylvia" Benedicte Bemet & Artists of The Australian Ballet, © Jeff Busby

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TAB. "Sylvia" Ako Kondo & Kevin Jackson © Jeff Busby

オーストラリア初演のタイトルロール、シルヴィアに選ばれたのはプリンシパルの近藤亜香だった。近藤は、難しい技巧もたやすく見せてしまう確かな技術と、心の綾を映し出した多面性を表す演舞で、場面の変転と心情を明確に伝えた。物語の重要な語り部である。
羊飼い役は、昨年『不思議の国のアリス』でブノワ賞にノミネートされたケビン・ジャクソン。屈強な姿態と卓越した技術を持つジャクソンの羊飼いは少年の雰囲気も残し、近藤を揺るぎなくサポート。シルヴィアを愛し慕うダンスは、作品にほのぼのとした味わいを加えた。
幻想的な舞台美術から一転して、第3幕は理想郷を想わせるのどかな田園風景。羊飼いのジャクソンが姿を消すと、突然、老いた羊飼いに扮装したマカリスター芸術監督が現れた。山田悠未と渡邊綾を家族に見立て、何十年の時の流れを秒速で早回しさせたこの場面は、創意に輝き、機知に富む。人間界の中で営まれる生命の誕生と避けることのできない死を、ウェルチは観客をほろりとさせながらもユーモラスな振付の妙で表し、劇場に笑いが広がった。慈しみを湛えたまなざしで、愛する人の死を見送ろうとする近藤は美しい。

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TAB. "Sylvia" Robyn Hendricks & Adam Bull photo Jeff Busby

娘の苦しみを察したゼウスが、アルテミスとオリオンを天空で永遠に結ばせるという最終場面。照明とプロジェクションを使い、劇場全体を宇宙空間のように見立てる。抑制してきた恋心を開放したアルテミスとオリオンのデュエットは、星々が煌めく中で硬質な輝きを放ち、胸打つ物語の終幕となった。
同夜の公演でとりわけ客席を沸かせたのは、エロス役のマーカス・モレリだった。べメイとのパ・ド・ドゥは軽やかで華やか。ソロでは大きな跳躍と回転を軽々とこなし、まさに羽のある悪戯者のキューピットそのものだ。
指揮者ニコレット・フレリオンとオーケストラへは、第3幕が始まる前に異例ともいえる長い拍手が客席から送られた。ウェンダル・ハリントンのプロジェクションは絶大な効果を発揮していた。
ウェルチ版『シルヴィア』は、30近い配役が一つのタペストリーを綴り織るように連繋(れんけい)し、ソロ、アンサンブル、群舞、数々のパ・ド・ドゥが踊られ、見せ場に富んだ舞台だった。レオ・ドリーブの音楽と鮮やかに溶け合った新作『シルヴィア』は、豊潤で上質なコミック・オペラを鑑賞した後のような、心地良い余韻を残した。
(2019年8月31日 メルボルン・ステートシアター)

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TAB "Sylvia" Artists of The Australian Ballet photo Jeff Busby

『シルヴィア』全3幕バレエ
振付:スタントン・ウェルチ(Standon Welch)
音楽:レオ・ドリーブ(Léo Delibes )
舞台美術・衣装:ジェローム・カプラン(Jérôme Kaplan)
照明デザイン:リサ・ピンクハム(Lisa J. Pinkham)
プロジェクションデザイン:ウェンダル・ハリントン(Wendall K Harrington)
ニコレット・フレリオン指揮 ヴィクトリア交響楽団
(Nicolette Fraillon conducting Orchestra Victoria )

配役(2019年8月31日)
アルテミス:ロビン・ヘンドリックス(Robyn Hendricks)
オリオン:アダム・ブル(Adam Bull )
アポロン:クリストファー・ロジャー=ウィルソン(Christopher Rogers-Wilson)
ゼウス:ジャレッド・マデン(Jared Madden)
レト:アマンダ・マクガイアン(Amanda McGuigan)
オピウス:ヴァレリー・テレスチェンコ(Valerie Tereschchenko)
ロクソ:ジェイド・ウッド (Jade Wood)
ヘカージ:ディミティ・アズーリ(Dimity Azoury)
カリスト:イモーガン・チャップマン(Imogen Chapman)
シルヴィア:近藤亜香(Ako Kondo)
羊飼い:ケビン・ジャクソン(Kevin Jackson)
アルペイオス:ティモシー・コールマン(Timothy Coleman)
息子:ジャコブ・デュ・グルート(Jacob De Groot)
義理の息子:ジョージ・マレー ナイチンゲール(George-Murray Nightingale)
娘:山田悠未(Yuumi Yamada)
義理の娘:渡邊 綾(Aya Watanabe)
老羊飼い:デヴィッド・マカリスター(David McAllister)
プシュケ:ベネディクト・べメイ(Benedicte Bemet)
エロス:マーカス・モレリ(Marcus Morelli)
アフロディーテ:ナターシャ・クーシュ(Natasha Kusch)
アイリス:根本里奈(Rina Nemoto)
アドニス:ジェイク・マンガカヒア (Jake Mangakahia)
ファウヌス:イツゥワン・ワァング (Yichuan Wang)/キャメロン・ホームス(Cameron Holmes)/ ショーン・アンドリュー(Shaun Andrews)/ドゥリュー・ヘディッチ(Drew Hedditch)
プシュケの母:ニコラ・カリー(Nicola Curry)
プシュケの父:ジョセフ・ロマンスウィッツ(Joseph Romancewicz)
プシュケの姉妹:ジル・オガイ(Jill Ogai)/カレン・ナナスカ (Karen Nanasca)
プロセルピナ:アリス・トップ(Alice Topp)

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