ミラノ・スカラ座バレエのオーストラリア初公演、ダンサーが織りなす美と装置と衣装が見事な総合芸術となった『ドン・キホーテ』

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

THEATRO ALLA SCALA BALLET COMPANY ミラノ・スカラ座バレエ団

"DON QUIXOTE" choreographed by Rudolf Nureyev
『ドン・キホーテ』ルドルフ・ヌレエフ:振付

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni Photo by Darren Thomas

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni & Leonid Sarafanov, © Darren Thomas.

オーストラリア第3の都市ブリスベンにあるクイーンズランド・パフォーミング・アーツセンター、通称QPACは、今年ミラノ・スカラ座バレエ団を招聘した。QPACは2009年にインターナショナル・シリーズを開始し、パリ・オペラ座バレエを皮切りに、ボリショイ・バレエ、アメリカン・バレエ・シアター(ABT)、英国ロイヤル・バレエなど、これまでに8つの世界の著名なバレエ団を招いている。QPACは世界のトップカンパニーの舞台招聘だけでなく、振付家やダンサーによるマスタークラスや、通行人の目に留まるような公共の場に、舞台に関わるたくさんの大きなパネルを展示するなど、地元住民へアートを身近にする催しも併せて行っている。

今年は、土曜夜の部の『ドン・キホーテ』が広大なクイーンズランド州の10か所に無料生中継された。地方都市の劇場や、学校の校庭、植物園の芝生の上で、週末の初夏の夕べ にたくさんの人々がバレエを楽しんだに違いない。ミラノ・スカラ座バレエがオーストラリアで公演をするのはその長い歴史の中で今回が初めてとなる。スカラ座バレエ以外から3人のゲストアーティストを加えたダンサー75人を含む、総勢115人のカンパニーメンバーが来豪。2つの演目が12日間に13回上演された。前半8回の『ドン・キホーテ』公演にはミハイロフスキー劇場バレエのレオニード・サラファーノフがバジル役でゲスト出演。後半5回の『ジゼル』公演にはマリア・アイシュヴァルトとABTのデヴィッド・ホールバーグが客演した。スカラ座バレエ団のプリンシパル、ニコレッタ・マンニとサラファーノフの『ドン・キホーテ』初日公演を観るためにブリスベンを訪れた。

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni, © Darren Thomas.

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni & Leonid Sarafanov, © Darren Thomas

バレエ『ドン・キホーテ』は、1605年に出版されたスペイン人の作家、ミゲル・デ・セルバンテスの同名の小説が原作。このルドルフ・ヌレエフ版は、スペインを舞台にした若い男女の恋情がコミカルに描かれ、多彩な見せ場が多い演目だ。第2幕の森の精の幻想シーンを除いて、老境に入った風変わりな夢追い人のドン・キホーテ、市井の人々やジプシー、金持ちに嫁がせたい親などの人々の普遍の情感が、舞台で生き生きと息づいている。
前幕にイタリアとオーストラリアの国旗が掲げられ、観客全員が立ち上がり、オーケストラが両国の国家を演奏するという珍しいセレモニーが開幕前に行われた。

第1幕の村の広場の場面で、キトリ役のニコレッタ・マンニは切れ味の良い脚さばきと、しなやかに背中をカーブさせ脚を高く振り上げた伸びやかなダンスで、華やかな雰囲気を作り出した。客演のレオニード・サラファーノフは金髪を短く切ってスペインの伊達男には見えないが、茶目っ気のある魅力を醸し出す。

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La Scala. "Don Quixote" Leonid Sarafanov, © Darren Thomas

それにしても、サラファーノフが踊るとどのような難技巧も、軽々と踊っているように見えてしまう。サラファーノフの着地は軽く、音がほとんどしない。パートナーへのサポートは揺るぎなく、パ・ド・ドゥがピタリと決まった後も、キトリに包み込むような視線をずっと注いでいた。美女の色香に弱い男のマイムや、第3幕でバジルが死んだふりをしながら、隙をみてキトリにキスをするシーンのマイムも絶品で、客席を大いに沸かせた。

第2幕では、力強く野性的、エネルギーに満ちたジプシーダンスと、幻想的な森の精の場面が見事な対比を描き出す。森の木立から瑞々しい生命を吹き込まれたかのような、浮遊感のあるグラン・ジェテから美しい身体ラインが表出して、ドルシネア姫のマンニは1幕とは異なる多彩な表現で観客を魅了。森の女王役のマリア・セレステ・ローザはイタリアン・フェッテを精緻な軽やかさで踊り大きな拍手を集めた。

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni Photo by Darren Thomas

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni, © Darren Thomas

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni, © Darren Thomas

美しい舞台美術と衣装はスカラ座の遺産とフレデリック・オリヴィエリ芸術監督は公演プログラムで語っている。そこに洗練された色彩感覚を用いた照明が加わり、ダンサーが織りなす静と動の美が融合して、観客はスカラ座バレエ独特の総合芸術の醍醐味を堪能した。

特に第3幕の幕開けで、中世的な舞台セットの中に、黒いドレスとマントをまとったダンサーに微かな紫の照明を差し込み、霞を立てた舞台の視覚美は忘れがたい。情熱的なジプシーのパ・ド・ドゥの後の静止した群舞は、まるで立体的な名画を見ているようだった。スカラ座ダンサーが醸し出す佇まいの美しさは訓練だけで得られるものでなく、芸術を愛する長い歴史の中で醸成されてきた結晶だろう。

終幕の結婚式のグラン・パ・ド・ドゥで、サラファーノフは高い垂直のジャンプからピタリと静止したアラベスクを連続し、マンニは扇子を使いながら闊達な脚さばきのダンスを披露。サラファーノフが身体を空中回転させながら舞台を大きく旋回すると、マンニはしっかりとしたグランフェッテで呼応し、物語は速いテンポでクライマックスに向かった。主役ふたりの精彩のある演舞は終始観客の心を捉えた。

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni & Leonid Sarafanov, Photo by Darren Thomas

ドン・キホーテ役のジョゼッペ・コンテは哀感ある人物像を演じ、陽気でコミカルな物語に奥行きを与えた。クイーンズランド交響楽団を客演指揮したデヴィッド・コールマンは卓越した手腕を発揮。ミラノ・スカラ座管弦楽団の天上の響きには及ばなかったとしても、クイーンズランド交響楽団の同夜の演奏は期待を遥かに上回り、とりわけ、時折入るヴァイオリンソロは艶やかだった。観客は惜しみない拍手を送り、スタンディングオベーションは長く続いた。
(2018年11月7日 クイーンズランド・パフォーミング・アーツセンター)

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni © Darren Thomas

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni © Darren Thomas

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La Scala. "Don Quixote" Nicoletta Manni & Leonid Sarafanov Photo by Darren Thomas.

『ドン・キホーテ』プロローグ付き全3幕バレエ
振 付:ルドルフ・ヌレエフ(Rudolf Nureyev)
振付監修:フローレンス・クラーク(Florence Clerc)
音 楽:ルードヴィヒ・ミンクス(Ludwig Minkus)
編 曲:ジョン・ランチベリー(Arranged and orchestrated by John Lanchbery)
装 置:ラファエル・デル・サヴィオ(Raffaele Del Savio )
衣 装:アンナ・アニ(Anna Anni)
衣装監修:イレーネ・モンティ( Irene Monti )
照 明:マルコ・フィリベック(Marco Filibeck)
デヴィッド・コールマン指揮 クイーンズランド交響楽団
(David Coleman conducting Queensland Symphony Orchestra )
ミラノ・スカラ座バレエ団芸術監督:フレデリック・オリヴィエリ
Teatro Alla Scala Ballet Company :Director Frédéric Olivieri

配役 (11月7日)
ドン・キホーテ:ジョゼッペ・コンテ(Giuseppe Conte)
サンチョ・パンサ:ジャンルカ・スキアヴォーニ( Glanluca Schiavoni)
ロレンツォ:サルヴァトーレ・パーディチッズィ(Salvatore Perdichizzi)
キトリ / ルシネア姫:ニコレッタ・マンニ(Nicoletta Manni)
バジル:レオニード・サラファーノフ (Leonid Sarafanov)
ガマーシュ:リッカルド・マッシ―ニ( Riccardo Massimi )
キトリの友人:アレッサンドラ・ヴァッサーロ、カテリーナ・ビアンチ(Alessandra Vassallo, Caterina Bianchi)
ストリートダンサー:マルチナ・アルデュイーノ(Martina Arduino)
エスパルダ:マルコ・アゴスティーノ(Marco Agostino )
森の女王:マリア・セレステ・ローザ(Maria Celeste Losa )
キューピット:ヴィットリア・ヴァレリオ(Vittoria Valerio )
ジプシー:マッティア・センパバーニ(Mattia Semerboni )
ジプシー2人組:エマヌエラ・モンタナ―リ、ダニエラ・ジーグリスト(Emanuela Montanari, Vanessa Vestita )
ジプシーの男女頭領:アンドレア・プジャッティ、 マルコ・アゴスティーノ (Andrea Pujatti, Daniela Siegrist )
ファンダンゴソリスト:マルチナ・アルデュイーノ、マルコ・アゴスティーノ (Martina Arduino, Marco Agostino)
ブライズメイド:マリア・セレステ・ローザ(Maria Celeste Losa )

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