日本の伝統工芸 "金継ぎ"に触発された『オーラム』ほかオーストラリア・バレエの現代作品トリプルビル

ワールドレポート/オーストラリア

岸 夕夏 Text by Yuka Kishi

AUSTRALIAN BALLET「VERVE」 オーストラリア・バレエ団「ヴァーヴ」

"CONSTANT VARIANTS" by Stephen Baynes, "AURUM" by Alice Topp, "FILIGREE AND SHADOW" by Tim Harbour
『コンスタント・ヴァリアンツ』スティーブン・ベインズ:振付 『オーラム』アリス・トップ:振付 『フィリグリーと影』ティム・ハーバー:振付

オーストラリア・バレエ団はサブスクラバーと呼ばれる年間席購入者が2万人以上いるとも言われ、必然的に年間公演数がとても多くなる。そのため年間の演目数は4〜5つ程度しかないが、その中に必ず現代作品のプログラムを組んでいる。今年はオーストラリア・バレエ団の常任振付家2人とコリフェ・ランクの女性ダンサー、アリス・トップの世界初演作を含めた3作品が、「ヴァ―ヴ」というタイトルで、9日間に11回の公演がメルボルンで行われた。

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TAB "VERVE" -"Aurum" Coco Mathieson & Callum Linnane © Jeff Busby

トップの新作『オーラム』は、日本古来の修復技法である金継ぎをモチーフにした作品で、新作に対するルドルフ・ヌレエフ賞受賞のサポートを得て創作された。夜になると3度くらいまで冷え込む真冬のメルボルンだが、初日公演でトップの新作が多くの舞踊評論家から絶賛されたせいか、筆者が観たのは終盤に近い8回目の公演であったにもかかわらず、劇場はほぼ満席で、開演前の観客の熱い期待を感じた。

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TAB "VERVE" - "Constant Variants" Ako Kondo, Andrew Killian & Brett Simon © Jeff Busby

最初の演目は2007年に創作されたスティーブン・ベインズの『コンスタント・ヴァリアンツ』。音楽は、チャイコフスキーの『ロココの主題による変奏曲』。軽快で優美な音楽の調べの中で、クラシックの技法を用いたごまかしのきかない淡麗なステップは、ダンサーに確かな技術と明晰な音楽性を求める。バランシンを彷彿させる端正な振付が、シンプルなコスチュームに包まれた身体ラインをより際立させ、舞台は凛とした気韻に満ちていた。同夜は初日公演と同じく4人の女性ダンサーのうち3人が日本人という稀有なキャスティングだったが、これは振付家の強い希望だそうだ。プリンシパルの近藤亜香(あこ)がふたりの男性ダンサーに頭上高くリフトされ、上体をゆっくりと傾斜させ静止した絵は、舞台後方に掛けられた巨大フレームに納めされたタブローとなる。

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TAB "VERVE" - "Constant Variants" Ako Kondo, Andrew Killian & Brett Simon © Jeff Busby

チェロ独奏者が終始オーケストラと共に演奏する。独奏者とオーケストラ、ダンサーは三位一体となって見事に共演した。指揮者のニコレット・フラリオンは、煌めくような軽やかさで音楽を鳴らせた。コールド・バレエの山田悠未(ゆうみ)は教則本から抜けでたように正確に踊り、近藤は優れた音楽性とテクニックを調和させた。ベインズの振付は、チャイコフスキーの音楽の情熱を、抑制されたステップに内包しながら、ロココの優雅さを描き出し、8人のダンサーは上質なアンサンブルでそれを体現した。

アリス・トップの新作『オーラム』はラテン語で金を意味する。トップはオーストラリア・バレエ団に入団する前、ロイヤル・ニュージーランド・バレエでのリハーサル中に、ダンサーとして将来が危ぶまれる大けがをした、という。この作品は、欠けた陶器を特殊な技法を用いて加工し、元の陶器よりも美しいものを作り上げる、という日本の伝統工芸「金継ぎ」の技術に触発されて、壊れたものを元来の姿よりさらに美しく蘇らせることをモティーフとしている。
トップは公演ノートに次のように語っている。
「陶器と同じように、人間も叩かれ、圧力をかけられると脆くなり、心にひび割れが生じ、砕けてしまうこともあります。心の傷や自分の中の欠陥を意識した時、汚点として隠したり、傷ついた事実を否定し、傷の存在すら消し去ろうとすることさえあります。金継ぎは修復された傷痕に光をあて、讃えるものなのです」
ドラマチックで映画音楽のようなルドヴィコ・エイナウディの"RUN"や"UNDERWOOD"が使われ、振付けと見事な一体化を成し、ダンサーが描く悲しみや嘆きが、観客に伝わっていく。


プリンシパルのアダム・ブルは背中のラインで壊れた心を痛々しいほどに表し、ペアを組んだコール・ド・バレエのココ・マティソンは、壊れたものへの哀しみを優しく抱擁した。

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TAB "VERVE" -"Aurum" Adam Bull & Coco Mathieson © Jeff Busby

12人のダンサーの感情の濃淡がユニゾンの動きから表出し、腕に金色の太い線を塗ったブルは、上半身のうねりで苦悩を表現。照明が日本的な趣きを醸し出し、12人のダンサーが影になって、舞台背景に現れた大きな裂け目にゴールドのライトが照射された時、全てが静止した。

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TAB "VERVE" -"Aurum" Kevin Jackson & Leanne Stojmenov © Jeff Busby

情景が一転し、プリンシパル同士のケビン・ジャクソンとリアン・ストジメノフのパ・ド・ドゥは、沈殿していた悲しみを昇華させるよう。ジャクソンは床に横たわり、手のひらにストジメノフを立たせ、それは傷ついたものが別の形で蘇がえった瞬間だ。ダンサーと共に、観客もまた心奥を彷徨う。幕が下り、劇場は感動に包まれた。『オーラム』は来年、ニューヨークのジョイスシアターで上演される予定。

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TAB "VERVE" -"Filigree and Shadow" Artists of the Australian Ballet © Jeff Busby

同夜最後の演目『フィリグリーと影』( フィリグリーは極めて繊細な金銀線 細工の意)は2015年の創作。3年前の世界初演公演では、批評家たちはティム・ハーバーのこれまでの最高傑作と書いた。私も幕が下りてからも観客の熱狂が冷めやらなかったことを記憶している。音楽はこの作品のためにミュンヘンを拠点とする48nord に委嘱された。作品のテーマは侵害や攻撃に対する浄化。「ハリケーンの中を飛ぶ鳥たちは、吹き飛ばされようとも、時には数百キロもコースを外れても、嵐を避けるよりその中心に向かって突き進む。そこにこの作品の共鳴がある」とハーバーは公演ノートに記している。複雑な動き、不規則なフォーメーション、不協和音と機械的な音と入り混じった舞台には、親和感のないある種の調和が感じられる。肩から手首までを波打たせ、ダンサーの身体性が奔流するテンポの速い激しいダンスは、高速で移り変わる21世紀の社会に住むわれわれに、どこかリアルなテクスチャーを感じさせた。
3つの異なる色彩を放った同夜のプログラムは、オーストラリア・バレエ団のデヴィッド・マカリスター芸術監督が育ててきた振付家の才能が結実したものと思われる。

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TAB "VERVE" -"Filigree and Shadow" Callum Linnane & Dana Stephenson © Jeff Busby

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TAB "VERVE" -"Filigree and Shadow" Jared Madden & Amanda McGuigan © Jeff Busby

(2018年6月27日 メルボルン・アート・センター)

『コンスタント・ヴァリアンツ』
振付:スティーブン・ベインズ (Stephen Baynes)
音楽:ピョートル・チャイコフスキー ( Piotr Ilyich Tchaikovsky)
衣装・美術:マイケル・ピアス (Michael Pearce)
照明:ジョン・バスウェル (Jon Buswell )
ニコレット・フレリオン、パトリック・バーンズ 指揮 ヴィクトリア交響楽団
(Nicolette Fraillon for "Constant Variants" and Patrick Burns for "Aurum" are conducting Orchestra Victoria )
ダンサー (6月27日)
近藤亜香 (Ako Kondo) / アンドリュー・キリアン (Andrew Killian)
根本里奈 (Rina Nemoto) / ブレット・サイモン(Brett Simon)
シャーニ・スペンサー(Sharni Spencer) / ルシエン・スゥ (Lucien Xu)
山田悠未 (Yuumi Yamada) / アンドリュー・ライト (Andrew Wright)
チェロ独奏 テイジ・ヒルケマ (Teije Hylkema)

『オーラム』
振付・衣装:アリス・トップ(Alice Topp)
音楽:ルドヴィコ・エイナウディ(Ludovico Einaudi)"Run" " Underwood" and "Choros" " I Giorni" (arranged by Sally Whitwell)
照明:ジョン・バスウェル (Jon Buswell )
ダンサー
ココ・マティソン (Coco Mathieson) / アマンダ・マクガイアン (Amanda McGuigan)
カレン・ナナスカ (Karen Nanasca) / リアン・ストジメノフ (Leanne Stojmenov)
ダナ・スティーブンソン (Dana Stephenson) / シャーニ・スペンサー(Sharni Spencer)
ネイサン・ブルック (Nathan Brook) / アダム・ブル (Adam Bull)
ケビン・ジャクソン (Kevin Jackson) / カラム・リネイン(Callum Linnane)
ジャレッド・マデン(Jared Madden) / ジェイク・マンガカヒア( Jake Mangakahia)
ピアノソロ:ブライアン・カズンズ (Brian Cousins)
バイオリンソロ:ウエノ セイキ (Seiki Ueno)
チェロソロ:ダイアン・フルームス (Dianne Froomes)

『フィリグリーと影』
振付・衣装:ティム・ハーバー (Tim Harbour)
音楽:48ノード (48 nord, Ulrich Müller and Siegfried Rössert )
装置:ケルビン・ホー (Kelvin Ho )
照明:ベンジャミン・シスターネ(Benjamin Cisterne)
(音楽は録音された音源を使用)
ダンサー
アマンダ・マクガイアン(Amanda McGuigan) / ジャレッド・マデン(Jared Madden)
ダナ・スティーブンソン (Dana Stephenson) / カラム・リネイン(Callum Linnane)
ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth) / マーカス・モレリ(Marcus Morelli)
ショーン・アンドリュー (Shaun Andrews) / ジル・オガイ(Jill Ogai)
イングリット・ガウ (Ingrid Gow) / ドゥリュー・ヘディッチ (Drew Hedditch)
ルーク・マーチャント (Luke Marchant) / ダニエル・バーン (Daniel Bryne)

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