極上のエンターテイメント『不思議の国のアリス』がオーストラリア・バレエ団の新たな演目に加わった

AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団

"ALICE'S ADVENTURES IN WONDERLAND" Choreographed by Christopher Wheeldon
『不思議の国のアリス』クリストファー・ウィールドン:振付

オーストラリア・バレエ団の2017年シドニー・シーズン最後の演目を飾ったのは、2011年にクリストファー・ウィールドンが英国ロイヤル・バレエのために振付けた『不思議の国のアリス』だった。これは、オーストラリア・バレエ団設立以来最大規模の演目で、日本の新国立劇場バレエ団との共同制作でもある。チケットは公演の約1年前から発売されるが、ずいぶん早くから完売したようだ。この作品はシドニーに先駆けて、昨年9月にメルボルンでオーストラリア初演が行われた。その21回のメルボルン公演のうち2回を、ロイヤル・バレエのプリンシパル、世界初演キャストのアリス役を務めたロレーン・カスバートソンが、客演し、アリスを踊った。メルボルン、シドニー共に初日公演のアリスに抜擢されたのは、プリンシパルの近藤亜香(あこ)だった。シドニー公演のアリスは7配役で、第7キャストのアリスはコリフェランクの根本里奈。『不思議の国のアリス』シドニー公演は16日間に20回上演され、その初日公演を観た。

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Ako Kondo & Ty King-Wall, Photo Daniel Boud

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Ako Kondo & Ty King-Wall, Photo Daniel Boud

何かの予感に満ちた、木琴の音が時を刻むように奏でながら幕が開くと、ヴィクトリア朝の古びた佇まいの家が背景幕に描かれていた。藤色の膝丈ドレスに同色のカチューシャをした近藤亜香は、実に自然に、良家の子女らしい上品かつ活発な雰囲気で舞台の中に溶け込んでいた。相手役ジャックは、プリンシパルのタイ・キング=ウォール。キング=ウォールはどちらかというと王子役が似合うダンサーだが、質素な身なりの庭師も意外なほど収まりが良い。リデル家の様子は、古き英国のセピア色の写真がそのまま舞台に現れたようで、登場人物たちの服装や物腰から19世紀イギリスの上下関係が垣間見えて興味深い。この冒頭の場面は、アリスが迷い込んだシュールで色彩豊かな世界とのコントラストを、より鮮かに浮かび上がらせた。アリスが不思議の国に迷い込む様は、プロジェクション・マッピングのハイテク映像が使用された。

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Ako Kondo, Photo Daniel Boud

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Ako Kondo, Photo Daniel Boud

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Adam Bull, Steven Heathcote, Amy Harris, Ako Kondo, Photo Daniel Boud

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Adam Bull, Steven Heathcote, Amy Harris, Ako Kondo, Photo Daniel Boud

大きくなり過ぎたアリスが、自分の涙でできた池で魚やカエルと泳ぐシーン。頭上に吊られた大きな豚をソーセージにしている最中、包丁を振り回す住人と赤ん坊がいる「スイートホーム」と書かれたクレイジーな家。何人ものダンサーが黒子のように中にはいった巨大なチェシャ猫。いも虫たちとのセクシーなダンス。マッドハッターの華やかなタップダンス。速いスピードで踊る群舞のトランプカードが織りなす幾何学的な造形美。フラミンゴを操るジョークの応酬のような場面では、オーストラリア・バレエ団のダンサーは抜群の上手さを発揮する。ウィールドンはこの作品は「ザッツ・エンターテイメント」と言う。
派手な舞台セットがなくなり、がらんとした空間の近藤の長いソロは、見開かれた瞳や身体のライン、しなやかな腕の動きが感情を雄弁に語り、ワンダーランドから抜けだせない複雑な心情を巧みに表現した。3幕を通してアリスは出ずっぱりで踊る。主役としてのオーラとスタミナ、高いダンス技術と目まぐるしく変わる場面での演技力など、主人公アリスに要求されるものはとても大きい。近藤のダンスは全幕を通して冴えていた。

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Amy Harris, Photo Daniel Boud

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Amy Harris, Photo Daniel Boud

劇場を笑いの渦に包んだ第3幕では、ハートの女王が狂気となって暴走していく。ハートの女王役はシニア・アーティスト(プリンシパルに次ぐランク)のエイミー・ハリスだった。開幕の10日前まで、『眠りの森の美女』で慈愛に満ちたリラの精を踊り、第1幕では、古き時代の厳格な英国夫人を演じていたダンサーと同一人物とは到底思えない変貌ぶりだ。ふんだんに見せた変な顔や、不格好なポーズはコミカルな凶暴性をふりまいて笑いをさらい、ソロでは、ユーモアたっぷりのステップと美しいマネージュで観客の心をつかんだ。
オーストラリア・バレエ団のマカリスター芸術監督とウィールドンの公開対談で、ウィールドンは『不思議の国のアリス』にまつわる、いくつかの面白いエピソードを語っている。第3幕の「タルト・アダージョ」は、『眠れる森の美女』のローズ・アダージョのパロディ。これはウィールドンが現役ダンサー時代の体験で、あるバレリーナが引退公演でローズ・アダージョの最中に後ろにバランスを崩したので、前に引っ張ったらたいへんなことになった、と身振りを交えて話すと、会場から爆笑が起きた。マッドハッターの舞台セットは、ウィールドンが子どものころ、父親から買ってもらった木製のヴィクトリア朝ミニチュア劇場を真似たもの。最近、屋根裏から引っ張りだしたと語る振付家は、「アリス」の魅力そのままのユーモアあふれるチャーミングな人だ。

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Rena Nemoto, Rohan Furnell & Artist of the Australian Ballet, Photo Daniel Boud

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Rena Nemoto, Rohan Furnell & Artist of the Australian Ballet, Photo Daniel Boud

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Artist of the Australian Ballet, Photo Daniel Boud

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Artist of the Australian Ballet, Photo Daniel Boud

それぞれの楽器の特徴を生かして、登場人物たちの心情や情景を見事に描いた音楽は、ジョビー・タルボットがこの作品のために作曲した。ボブ・クローリーが制作した、カラフルで眼を見張る奇抜な衣装と舞台セットは、時にダンスそのものを覆いこむ錯覚さえ起こさせた。けれども、この極上の エンターテイメントが、世界中でたくさんの人々を惹きつけるのは、もちろん、ダンサーたちの盤石な踊りの技術と、多彩な振付があるから。

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Ty King-Wall, Photo Daniel Boud

TAB Alice's Adventures in Wonderland, Ty King-Wall, Photo Daniel Boud

アリスと白ウサギのパ・ド・ドゥは叙情的で、折り紙の船に乗ったシーンはロマンティックで幻想的だった。プリンシパルダンサー、アダム・ブルが扮した白ウサギのソロは、精緻な脚さばきを見せた。ハートの騎士ジャックになったキング=ウォールは持ち味の王子的なダンスを披露。終盤アリスとジャックのパ・ド・ドゥでは、若いカップルの生命感のときめきが発露された。アリス役の近藤は、驚きと好奇心、恐怖と不安が絡み合った感情の機微を瑞々しく演舞し、物語を通して大きな心の成長を感じさせた。
マカリスター芸術監督は公演プログラムで記しているように、ウィールドンの『不思議の国のアリス』は、これからも永く観客を魅了し続けるに違いない。
(2017年12月5日 シドニーキャピタルシアター)

『不思議の国のアリス』全3幕バレエ

振付:クリストファー・ウィールドン (Christopher Wheeldon)
音楽:ジョビー・タルボット (Joby Talbot)
舞台セット・衣装:ボブ・クローリー (Bob Crowley )
シナリオ:ニコラス・ライト(Nicholas Wright)
照明原デザイン:ナターシャ・カッツ (Natasha Katz)
照明再デザイン:サイモン・ベニソン (Simon Bennison)
プロジェクションデザイン:ジョン・ドリスコル、ジェマ・キャリングトン (Jon Driscoll & Gemma Carrington)
人形デザイン:トビー・オリィ(Toby Olié)

ニコレット・フレリオン 指揮 オペラ・オーストラリア交響楽団 (Nicolette Fraillon conducting with Opera Australia Orchestra Capitol Theatre )

配役 (2017年12月5日)
アリス:近藤亜香 (Ako Kondo)
ジャック/ ハートの騎士ジャック:タイ・キング=ウォール(Ty King-Wall)
ルイス・キャロル/ 白ウサギ:アダム・ブル (Adam bull)
アリスの母/ハートの女王:エイミー・ハリス (Amy Harris)
アリスの父 / ハートのキング : スティーブン・ヒースコット (Steven Heathcote)
マジシャン / マッドハッター: ケビン・ジャクソン (Kevin Jackson)
ラジャ / いも虫:ジャレッド・マデン(Jared Madden)
公爵夫人:ベン・ディヴィス (Ben Davis)
牧師 / 三月ウサギ:アンドリュー・ライト (Andrew Wright)
聖堂番/ 眠りネズミ:ルーク・マーチャント (Luke Marchant)
料理人:ジャクリーン・クラーク (Jacqueline Clark)
従僕/魚:ルシエン・スゥ (Lucien Xu)
従僕/カエル:ショーン・アンドリュー (Shaun Andrews) アリスの姉妹:ジェイド・ウッド (Jade Wood) / カレン・ナナスカ (Karen Nanasca) 執事 / 刑の執行人:リチャード・ハウス (Richard House)
3人の庭師:ドゥルー・ヘディチ(Drew Hedditch)/ ユシュアン・ウォング (Yichuan Wang)/ マーカス・モレリ(Marcus Morelli)

ワールドレポート/オーストラリア

[ライター]
岸 夕夏

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