ビントレー、マクレガー、ハーパーのトリプルビルが21世紀の風景の断片を鮮明に映し出した
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AUSTRALIAN BALLET オーストラリア・バレエ団
"FASTER" by David Bintley 、 "SQUANDER AND GLORY" by Tim Harbour 、"INFRA" by Wayne McGregor
『ファスター』振付:デヴィッド・ビントレー、『蕩尽と栄誉』振付:ティム・ハーバー、『インフラ』振付:ウェイン・マクレガー
オーストラリアバレエ団は、コンテンポラリー作品のトリプルビルで2017年プログラムの幕開けを飾った。今年は、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の芸術監督でもあり英国の至宝と称されるデヴィッド・ビントレーの作品が、オーストラリアバレエ団に初めてレパートリー入りした。
ビントレー、そして英国ロイヤル・バレエ常任振付家ウェイン・マクレガー、オーストラリア・バレエ団常任振付家ティム・ハーバーの3作品が上演され、速いスピードで移り変わる21世紀の風景の断片を三様に映し出した。
今回のプログラムはメルボルンとシドニーで31回上演されたが、そのシドニー初日公演を観た。
TAB "FASTER" Artists of The Australian Ballet photo by Daniel Boud
最初の演目は公演タイトルにもなった『ファスター』で、2012年ロンドン・オリンピックの標語「より速く、より高く、より強く」にインスパイアされたもの。ドラムが響くアップビートな音楽は、オーストラリアの作曲家マシュー・ハイドソンに委嘱された。
むき出しのステージの背景にライトで描かれた大きな四角が、振付と音楽に合わせて色彩が変化していく。光沢の美しい白のフェンシングコスチュームの4人のダンサー、そしてターコイズブルーを背景にした体操のふたりの男性ダンサーのパ・ド・ドゥなどは、アクロバット的なリフトや跳躍から、音楽とともに詩的なものに変化していく。深いブルーのライトに浮かび上がる水泳帽をかぶったシンクロの黄色いコスチュームのダンサーたちは、宇宙空間を漂っているかのようにも見える。ビントレーの美意識は、五輪アスリートの非現実的な達成をダンサーたちの伸びやかな肢体を躍動させて、スポーツとアートを交錯させた。そこから立ち上るきわめてシンプルで洗練された視覚美は観客を魅了した。
色彩豊かな躍動感あふれる中で異彩を放ったのは、ともにプリンシパルのアンドリュー・キリアンと近藤亜香(あこ)が、エリートアスリートの怪我と回復を表現した場面だ。バイオリンがあえて美しいとは言えない長音を引っ張り、ゆるやかでありながら極限に保たれた身体バランスの連鎖は、心身の苦しみや葛藤がアスリートの輝かしい栄光と対峙して舞台に緊張を高めた。下から照射されたライトによって壁に二人の踊りが影となって浮かび上がる。精悍な風貌のキリアンと近藤の研ぎ澄まされた苦悩と戦う姿、限界に挑もうとする"格闘者"のパ・ド・ドゥだ。最後に近藤がキリアンの背に乗り頭上に手をかざしたストイックな姿は、東洋的な光輝を感じ「カッコイイ」と形容したい。
TAB "FASTER"
Andrew Killian & Ako Kondo photo by Daniel Boud
TAB "FASTER"
Artists of The Australian Ballet photo by Daniel Boud
また、競歩選手のマイムからビントレーのユーモアセンスが発露され、観客は緊張感と笑いの絶妙なつかの間を楽しんだ。終盤、カラフルなランナーコスチュームの総勢21人のダンサーが舞台全体を駆け回る。両手を高々と掲げ抱擁し歓喜に満ちたフィナーレでは、アスリート・ダンサーの身体的限界への挑戦とその達成感に満たされ、劇場は高揚感に包まれた。ダンサーたちの大きな息づかいをコミカルにオーケストラの装飾音に仕立て、ビントレーのユーモアが散りばめられた舞台に客席から大きな拍手が寄せられた。
TAB "SQUANDER AND GLORY" Brett Chynoweth, Vivienne Wong & Kevin Jackson
Photo by Daniel Boud
2つ目の演目はハーバーの新作『SQUANDER AND GLORY(蕩尽と栄誉)』だ。この作品はフランスの哲学者、ジョルジュ・バタイユが第2次世界大戦後発表したエッセイ『呪われた部分』から着想を得たもの。ハーバーは作品のコンセプトを「過剰なエネルギーは放出されなくてはならない」と語っている。音楽はマイケル・ゴードンの『Weather One』。舞台には巨大な反射鏡と化した中幕と、いくつもの不安定に積み上げられた大きなキュービックが映しだされている。冒頭、雷の音が響き、単純反復をするミニマル・ミュージックと呼ばれる音楽と相反して、刻一刻と変わるキュービックの色とダンサーのシャープで張り詰めた動きが変化をしていく。中盤、劇場全体に突然ライトがつき客席全体が舞台上の鏡に映し出されて、ステージと観客の境界が突然消滅してしまったような錯覚を覚えた。あちら側の世界―ドッペルゲンガーを見ているように劇場内に落ち着かない空気がただよったが、次第にライトが落ちて薄暗くなりこれも演出のひとつであったのかと、微かなざわめきが消えていった。最後に再び雷鳴のような音が響き、ダンサー全員が横たわり幕が閉じた。
TAB "SQUANDER AND GLORY"
Artists of The Australian Ballet photo by Daniel Boud
TAB "SQUANDER AND GLORY"
Leanne Stojmenov & Jarryd Madden photo by Daniel Boud
ハーバーは2015年に『Filigree and shadow』を創作し批評家、オーストラリアのバレエファンから大きな賞賛を浴びた。今回の作品への期待が大きかっただけに、見終わった後にもどかしさが残った。傑作も時には時間の経過が必要なこともある。観る人によって感想が大きく異なると思われるが、深遠な多面性を内存しているに違いない。
同夜のプログラムはマクレガーの『インフラ』で締めくくられた。この作品は2005年のロンドン爆破テロ事件がきっかけになって創られ、2008年に英国ロイヤル・バレエが世界初演し、ブノワ賞を受賞している。マクレガーの振付がオーストラリア・バレエ団の演目に加わったのは、2014年に絶賛された『クローマ』に続いて3作目となる。舞台上部全体に掲げられた横長のデジタルスクリーンには、通勤時のような人々の歩いている姿が日常風景のひとこまとして映し出されている。
TAB "INFRA" Artists of The Australian Ballet photo by Jeff Busby
現実社会の表層をLEDで語り、その真下では都会で生きる人々の深層にある悲しみや怒りの混沌を、数組の男女のカップルのダンサーたちが深みのある身体言語で観客を圧倒した。身体全体が波のうねりのようにしなやかに流動線を描き出し、小動物を想起させる首や腕、上半身のムーブメントは、ひとつひとつの関節にまでマクレガーの思考が伝達されているのではないかと思えた。マクレガーは公演プログラムの中で語っている。「オーストラリア・バレエ団のダンサーは"アスレチック・アニマル"だ。この作品の持つ豊かな身体性と感情の起伏を表現するのにとても適している」。
ソリストランクのヴィヴィエンヌ・ウォングの深奥からの叫びと、それを余すことなく表現する身体性がこの作品でとりわけ印象深い。マクレガーの振付とマックス・リヒターの音楽、ヴィジュアル・アーティスト、ジュリアン・オピーのクリエーションが一体となって、都会の孤独ともろさを抽出する。それを表すように最後にひとりぽつんと残されて佇んでいるウォングの姿は胸を打つ。古典バレエとは異なる感動が時間の経過とともに蘇り、ひたひたと心に響いてきた。
(2017年4月7日 シドニーオペラハウス)
TAB "INFRA"
Christopher Rodgers-Wilson & Vivienne Wong by photo Jeff Busby
TAB "INFRA"
Kevin Jackson & Alice Topp photo by Jeff Busby
『ファスター』
振付:デヴィッド・ビントレー (David Bintley)
音楽:マシュー・ハイドソン (Matthew Hindson)
衣装:ベックス・アンドリュー (Becs Andrews)
装置・照明:ピーター・マンフォード (Peter Mumford )
ニコレット・フレリオン (『ファスター』『SQUANDER AND GLORY(蕩尽と栄誉)』)指揮
サイモン・ティユー (『インフラ』) 指揮 オーストラリアオペラ・バレエ交響楽団
(Nicolette Fraillon for "FASTER" and "SQUANDER AND GLORY" and
Simon Thew for "INFRA" are conducting Australian Opera and Ballet Orchestra )
配役 (4月7日)
投げる人:ダナ・スティーブンソン (Dana Stephenson)/ ジェイド・ウッド (Jade Wood)/ チェンウ・グオ (Chengwu Guo)
跳ぶ人:リチャード・ハウス(Richard House) / ジャレッド・マデン(Jared Madden)/ イモーガン・チャップマン(Imogen Chapman)
闘う人:近藤亜香 (Ako Kondo) / アンドリュー・キリアン (Andrew Killian)
チームA:ジャクリーン・クラーク(Jacqueline Clark) / ブルック・ロケット(Brooke Lockett) /シャーニ・スペンサー(Sharni Spencer)/ セーラ・トンプソン(Sarah Thompson)
チームB:ジョセフ・チャップマン (Joseph Chapman)/ ティモシー・コールマン(Timothy Coleman) / メイソン・ラブグローブ(Mason Lovegrove)/ ルーク・マーチャント(Luke Marchant)
シンクロ:イサベル・ダッシュウッド (Isobelle Dashwood)/ ネモト リナ(Rina Nemoto)/ ナターシャ・クーシュ (Natasha Kusch)/ ヴァレリー・テレスチェンコ(Valerie Tereschchenko)
マラソン:ブルック・ロケット(Brooke Lockett)
競歩:ベン・ディビス (Ben Davis)
『SQUANDER AND GLORY(蕩尽と栄誉)』
振付:ティム・ハーバー (Tim Harbour)
音楽:マイケル・ゴードン (Michael Gordon)
装置:ケルビン・ホー (Kelvin Ho )
照明:ベンジャミン・シスターネ(Benjamin Cisterne)
ダンサー
ヴィヴィエンヌ・ウォング(Vivienne Wong)/ ケビン・ジャクソン (Kevin Jackson)/ リアン・ストジメノフ(Leanne Stojmenov)/ ジャレッド・マデン(Jared Madden)/ ブレット・チノーウェス(Brett Chynoweth)/ ジル・オガイ(Jill Ogai)/ マーカス・モレリ(Marcus Morelli)/ ショーン・アンドリュー(Sean Andrews)/ ニコラ・カリー(Nicola Curry)/ ドゥリュー・ヘディッチ(Drew Hedditch)/ コーリ・ハーバート(Corey Herbert)/ カラム・リネイン(Callum Linnane)/ アマンダ・マクガイアン(Amanda McGuigan) / アリス・トップ (Alice Topp)
『インフラ』
振付:ウェイン・マクレガー(Wayne McGregor)
音楽:マックス・リヒター (Max Richter)
装置:ベジュリアン・オピー(Julian Opie)
衣装:モーリッツ・ユング (Moritz Junge )
照明:ルーシー・カーター (Lucy Carter)
ダンサー
エミー・ハリス (Amy Harris) / カレン・ナナスカ (Karen Nanasca)
ダナ・スティーブンソン (Dana Stephenson) /リアン・ストジメノフ(Leanne Stojmenov)
アリス・トップ(Alice Topp)/ ヴィヴィエンヌ・ウォング( Vivienne Wong)
アダム・ブル (Adam Bull) / ケビン・ジャクソン (Kevin Jackson)
チェンウ・グオ (Chengwu Guo) / フランソワ-エロイ・ラビニャック (François -Eloi Lavignac)
クリストファー・ロジャー=ウィルソン (Christopher Rogers-Wilson) / ジャレッド・マデン(Jared Madden)
ワールドレポート/オーストラリア
- [ライター]
- 岸 夕夏