デイヴィッド・ホールバーグがオーストラリア・バレエ団の『コッペリア』で本格舞台復帰

AUSTRALIAN BALLET オーストラリアバレエ団

"COPPELIA" After Saint- Léon, Revised by Marius Petipa , Additional choreography and reproduced by Peggy van Praagh
『コッペリア』ペギー・ヴァン・プラフ:再演出と補足振付、サン・レオン原振付、プティパ改訂振付

オーストラリア・バレエ団の2016年最後の演目を飾ったのは『コッペリア』だった。オーストラリアのバレエファンに大きな衝撃と感動を与えた、ジョン・ノイマイヤーの『ニジンスキー』最終公演からわずか4日後の開幕だった。この作品は、およそ150年前のサン=レオンの原振付からプティパ版に改訂されたものを、オーストラリア・バレエ団の初代芸術監督であるデイム・ペギー・ヴァン・プラフが1979年に補足振付、再演出をし。娯楽性の高い演出で、『コッペリア』のヒントとされているE.T.A.ホフマンの小説『砂男』の不気味な怪奇性はほとんど見られない。
『コッペリア』シドニー公演は17日間で22公演、6組のペアの配役が組まれた。その中には、怪我によって舞台から遠ざかっていたアメリカン・バレエ・シアターとボリショイ・バレエのプリンシパルダンサー、デイヴィッド・ホールバーグの2年半ぶりの本格的な舞台復帰も大きな話題となった。 12月2日の初日と13日のホールバーグの舞台初復帰の公演を観た。

舞台前方には古びた趣きの幕が降りていて、そこには「コッペリア―エナメルの瞳をもつ少女」の文字と奇妙なふたつの瞳が描かれている。ライトに照らされて半透明になった前幕が上がると、ヨーロッパの山村に佇むふたつの家が目に入ってきた。初日公演のスワニルダ役はプリンシパルの近藤、フランツ役はプリンシパルのチェンウ・グォだった。髪に飾った花輪と、柿色の膝丈チュチュに白のレースがあしらわれたパフスリーブの衣装は、のどかなヨーロッパの山村の収穫祭にふさわしい華やかさで、近藤の明るいスワニルダを引き立てている。

AB "Coppélia" Chengwu Guo & Ako Kondo, photo by Daniel Boud

AB "Coppélia" Chengwu Guo & Ako Kondo, photo by Daniel Boud

コッペリアを機械仕掛けの人形とも知らないフランツが、バルコニーに座るコッペリアに投げキッスをするのを見ると、近藤は怒ってすねてみせる。その顔は現代っ子そのものだ。伸びやかなアラベスク、肘から指先にかけて美しいライン、レオ・ドリーブの色彩豊かな音楽と完全に溶け合ったステップ、古典バレエの美しいポーズの連鎖で紡ぐ近藤の踊りと表情は、アンバランスにも見えるのだが、それが近藤の個性でもあり、魅力なのではないかと思う。
ワルツやマズルカ、チャルダッシュなどの民族舞踊が次々に披露されていく中で、フランツ役のチェンウの身体全体がばねのようになって、高い跳躍中に身体をひねり、あたかも空中で一瞬時が止まったかのようにしなると、いつものように客席に静かな感嘆の息が漏れた。

AB "Coppélia" Dancers of the Australian Ballet, photo by Daniel Boud

AB "Coppélia" Dancers of the Australian Ballet, photo by Daniel Boud

AB "Coppélia" Ako Kondo & Andrew Killian, photo by Daniel Boud

AB "Coppélia" Ako Kondo & Andrew Killian, photo by Daniel Boud

2幕の舞台は晴れやかな収穫祭から一転して、怪しげなコッペリウス博士の作業場だ。天井からは2体の人形が吊り下がっていて、人間と等身大の幾体もの不気味な人形が舞台のあちこちに置かれている。舞踊史家のヴァレリー・ローソンは、公演プログラムの中で次のように記している。「『コッペリア』初演当時のフランスはナポレオン三世の時代で、科学の進歩と工業化へ移っていく社会のはざまで、黒魔術や、降霊術の会、錬金術、多神教などのミステリアスなものがパリジャンの心を捉えていた。そのような社会の断片が『コッペリア』にも投影されている」。コッペリウス博士の家に侵入したフランツが酒を飲まされ意識を失い、手足を括りつけられた大きな車輪にも、魔術の4つのシンボルである、火、大気、大地、水の単語がラテン語で書かれている。
フランツを救うために人形を装った、近藤のカクカクとした動きはユーモラスで、コッペリウス博士がフランツの魂や妙薬を注入する仕草の度に、スワニルダの動きは躍動感のあるダンサーのものとなっていく。その軽やかな脚さばきやジャンプは遊び心に満ちあふれ、観客の目を楽しませた。
不気味な人形に扮したダンサーたちの、完全な静のマイムは見事で、博士が魔術を人形たちに吹き込む動作をするたびに、幻想的な空間がコミカルな可笑しさに変わっていく。2幕の最後で、横たわったコッペリアの人形を抱いて悲しむコッペリウス博士には、悲哀と滑稽が入り混じりほろりとさせる。初日、13日ともにコッペリウス博士役はプリンシパルのアンドリュー・キリアンで、踊る場面がほとんどないのは残念だが、偏狂的で憎めない初老の変わり者という役を、表情豊かで味わいのあるパントマイムで演じた。

AB "Coppélia" Dancers of the Australian Ballet, photo by Daniel Boud

AB "Coppélia" Dancers of the Australian Ballet, photo by Daniel Boud

AB "Coppélia" Ako Kondo & Chengwu Guo, photo by Daniel Boud

AB "Coppélia" Ako Kondo & Chengwu Guo, photo by Daniel Boud

舞台セットと衣装を制作した今は亡きクリスチャン・フレドリクソンは、3幕に「生命への祝祭」を表した。澄んだ夜空を想わせる青色のグラデーションの衣装(前スカートの一部に月と星が施されている)の群舞が踊った「時のワルツ」に続く「夜明け」の踊り。それに次ぐ詩的な「祈り」の踊りからは静謐さが漂う。

AB "Coppélia" David Hallberg, photo by Kate Longley

AB "Coppélia" David Hallberg, photo by Kate Longley

13日のホールバーグが出演する日は満席で、席のあちこちにオーストラリア・バレエ団を引退したダンサーたちや、ふだんは舞台でみる現役ダンサーたちの姿が見られた。同夜のスワニルダ役のプリンシパルのアンバー・スコットに続いてホールバーグが登場すると、ひと際大きな拍手が沸いた。金色の刺繡が施されたオレンジ色のジャケット姿のホールバーグは紛れもないダンスール・ノーブルで、そのエレガントな立ち姿は、村人という役柄に反して隠しきれない気品を醸しだしていた。
ホールバーグは1年間メルボルンで、オーストラリア・バレエ団の医療チームと舞台復帰に向けてリハビリをしていたと報じられている。その間に築かれたスコットとの友情もいたる場面で感じられた。(メルボルンでのリハビリについてオーストラリア・バレエ団が行ったホールバーグへのインタビューは、2017年2月10日号に掲載予定)
フランツがスワニルダの手を優しく握る仕草や、彼女を見つめるまなざしは愛おしげだ。爆発音とともに煙にむせたコッペリウス博士が1幕の収穫祭の最中に乱入すると、演技とは思えない自然さでとっさにスコットのスワニルダをかばった。ぴたりと息の合ったホールバーグとスコットのパートナーリングは、交わされる視線や仕草で相思相愛の演舞を披露し、観客を3幕の結婚式の場面に導いていく。
ホールバーグのステップは軽やかで、回転での真っすぐな軸足から描かれるラインは美しい。片足を天に向けるように突き上げたときのつま先からのラインと、背中のカーブ、傾けた首の角度は魅せ方を熟知しており、エレガントなポーズはため息を誘う。

1幕でのソロも怪我から復帰したばかりとは思えない跳躍だったのだが、3幕のグラン・パ・ド・ドゥのソロでは、軽くのびやかな跳躍がさらに速度を増して、舞台に美しい弧を描いていくと大きな拍手が沸き起こった。確かな復帰を印象づけたホールバーグの速い回転と跳躍に、スコットも鮮やかなグランフェッテで呼応する。華やかな結婚式のフィナーレで、ホールバーグの万感に満ちた喜びが客席にむけて放たれると、舞台復帰を祝う大きな拍手が咆哮して劇場全体を包み、多幸感に満ちた終幕を飾った。
(2016年12月2日、13日 シドニー・オペラハウス)

AB "Coppélia" Amber Scott & David Hallberg, photo by Kate Longley

AB "Coppélia" Amber Scott & David Hallberg, photo by Kate Longley

『コッペリア』全3幕バレエ
音楽:レオ・ドリーブ (Léo Delibes)
振付:サン・レオン原振付、プティパ版改訂 (After Saint- Léon, revised by Marius Petipa)
補足振付、再演出: デイム・ペギー・ヴァン・プラフ
(Additional choreography and reproduced by Peggy van Praagh)
装置・衣装:クリスチャン・フレドリクソン (Kristian Fredrikson )
客演指揮者 バリー・ウッドワース  オーストラリアオペラ・バレエ交響楽団
(Guest conductor, Barry Wordsworth with Australian Opera and Ballet Orchestra )


配役 (12月2日)
スワニルダ:近藤 亜香 (Ako Kondo)
フランツ :チェンウ・グオ (Chengwu Guo)
コッペリウス博士:アンドリュー・キリアン (Andrew Killian)
コッペリア:渡邊 綾 (Aya Watanabe)

配役 (12月13日)
スワニルダ :アンバー・スコット (Amber Scott)
フランツ  :デイヴィッド・ホールバーグ (David Hallberg)
コッペリウス博士:アンドリュー・キリアン (Andrew Killian)
コッペリア :エマ・マクファーレン (Emma McFariane)

ワールドレポート/オーストラリア

[ライター]
岸 夕夏

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