悲劇に絶妙のユーモアを加味したウェルチ版『ロミオとジュリエット』、ヒューストン・バレエ団

HOUSTON BALLET ヒューストン・バレエ団

ROMEO AND JULIET choreographed by Stanton Welch
『ロミオとジュリエット』スタントン・ウェルチ:振付

ヒューストン・バレエ団の『ロミオとジュリエット』の来豪公演を観るために、真冬のメルボルンに行った。同作品はヒューストン・バレエ団のスタントン・ウェルチ芸術監督自身が振付を手掛け、昨年地元ヒューストンで世界初演した。好評でチケットは完売した。
ウェルチ芸術監督はオーストラリア・バレエ団出身のダンサーで、ヒューストン・バレエ団に芸術監督として就任して以来13年間、現在もオーストラリア・バレエ団に常任振付家として在籍している。今年はシェイクスピア没後400年、本拠地ヒューストンで大成功をおさめたこの作品を、オーストラリア・バレエ団が招聘して、ヒューストンバレエ団初の来豪公演となった。9日間の公演日で12回上演され、そのうちマチネが3回、ほぼ連日満席のようでメルボルン公演も大成功をおさめた。

筆者が観た日の配役は、メルボルン初日上演と同じキャスティングだった。
幕が開くと、中世イタリア、ルネッサンス時代の街並みを丁寧に再現したセットが目の前に広がっていた。豪華な舞台美術と衣装は、ローマ在住のイタリア人デザイナー、ロベルタ・グイディ・バーニョの制作で、彼女の情熱は細部までこだわった舞台セット(例えば、観客の肉眼では見えないであろう外壁に施された彫刻や緻密な内壁の模様など)のすみずみまで行き届いていた。ロミオのモンタギュー家の衣装は薄藍色、ジュリエットのキャプレット家はベネチアンレッド、そして舞台となるヴェローナの皇室エスカラス家はくすんだ金と茶色をコスチュームに用い、3つの色で三家を明確に対峙させた。

Houston Ballet Connor Walsh & Karina González Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Connor Walsh & Karina González
Photo by Jeff Busby

女性ダンサーは皆それぞれの「家」の色のロングチュチュをまとっている。そこに市井の男女の別の色が加わって、マーケットやカーニバルの場面は色彩のパレットのような豊潤な華やかさで観客の目を楽しませた。
第1幕の大勢で繰り広げられる剣闘の場面では、プロコフィエフの音楽と一体となって、歯切れの良いテンポにたくさんの剣がユニゾンに交わる音もオーケストラの一部となり、躍動感と活気にあふれていた。派手な闘いシーンの後に、初めてジュリエットが登場すると、お茶目で愛らしい、若き10代という役柄に満ち溢れたその姿にロミオが一瞬で恋に落ちるように、筆者だけでなく多くの観客も即座にプリンシパルのカリナ・ゴンザレスのジュリエットに魅せられてしまったことだろう。 

Houston Ballet Karina González Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Karina González Photo by Jeff Busby

ウェルチ版『ロミオとジュリエット』には、コミカルなマイムが随所に盛り込まれている。特にモンタギュー・エスカラス家の男性ダンサーだけのパ・ド・サンクや、パ・ド・ドゥは客席から笑いを誘い、それに対してキャピュレット家の男性陣は血の気が多く、威張っている物腰で両家の性格を相対したキャラクターにし、それが物語を立体的でわかりやすくした。
ウェルチはロミオをロマンチックで争いを好まない人物像にして、シェイクスピアの原作に近い設定にした。同夜のロミオ役、プリンシパルのコナー・ウォルシュは恋するロミオを好演し、そのステップは軽く、高度な技巧も難なくこなし、カーニバルの場面ではコミカルなマイムで客席を沸かせ、パ・ド・ドゥでは情熱的にジュリエットに寄り添った。
1幕最後のバルコニーの場面では、暗い闇の中に灯る無数のキャンドルライトと星々のほのかな照明が、ふたりのシンプルな白と白金の衣装を流れるように浮き上がらせ、ヴァリエーション豊かなリフトのパ・ド・ドゥはとても美しく、観客を惹き込んでいった。階段から後ろに倒れるようにロミオに身を投げるジュリエット。ふたりが恋に落ち、歓喜がそのままリフトに表わされたように、ウォルシュは頭上高いリフトすら楽々とこなし、ゴンザレスは羽があるかのように軽々と舞った。

同夜の公演で印象深かったのは、ジュリエット役のゴンザレスの多彩な表情だろう。舞踏会でロミオと恋に落ちたときの恥じらいと、全身から放たれる喜び、足をばたつかせたコミカルなマイムから感じられるユーモアのセンス、両親からパリス との結婚を強いられ、避けられないと悟った時の絶望。13歳という設定の、少女の真っすぐな気持ちが観客の心を掴み、くるくると変化する情感の豊かさは演劇を見ているようでもあった。

Houston Ballet Connor Walsh & Karina González Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Connor Walsh & Karina González
Photo by Jeff Busby

ローレンス修道僧のもとで結婚した若き恋人たちは、演技とは思えないほど愛情に満ちたカップルだった。カーニバルで親友のマキューシオをティボルトに刺されたロミオは、激高してティボルトを刺してしまい、死刑の申し渡しをされる。
夜明け前にヴェローナの街を出なくてはならないロミオとジュリエットが寝室で愛を確かめる場面では、短い間に少女から大人の女性に、恋を知った喜びから絶望の淵に立たされた感情が、表情や仕草、演舞からはじけ破格の魅力で観客を魅了した。公演パンフレットのインタビューでゴンザレスは語っている。「あまりに悲しくって、舞台が終わっても時には30分も泣いていることがあります」。
ウェルチ版『ロミオとジュリエット』の最後の墓場の場面では、ロミオが毒をあおった時ジュリエットは息を吹き返し、僅かなひとときであっても二人はお互いの生を確認した。ジュリエットの亡骸と思い苦悶するロミオ、周りの死者たちと向き合うジュリエットの恐怖と絶望、豊かな表現力は感動的であった。

Houston Ballet Karina González & Jessica Collado Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Karina González & Jessica Collado
Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Jared Matthews Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Jared Matthews
Photo by Jeff Busby

Connor Walsh, Steven Woodgate & Karina González Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Connor Walsh, Steven Woodgate & Karina González
Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Artists of Houston Ballet Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Artists of Houston Ballet
Photo by Jeff Busby

ウェルチは、原作の戯曲に近づけつつ、悲劇にユーモアの絶妙なエッセンスを加味して、現代的なニュアンスも感じられる新たな『ロミオとジュリエット』を制作した。それは、古典バレエのステップ、テクニックを用い、振付家ウェルチの全幕物語バレエの代表作の一つになるのではないだろうか。
この作品では流れが中断することなく目まぐるしい場面展開がある。1幕では市場での剣闘シーンからジュリエットの乳母がいる寝室へ、そこから舞踏会へ、そしてバルコニーへと。これらの場面展開は中幕を使って瞬時に行われ、映像を見ているようなスピード感と、物語全体の自然な流れを効果的に生み出した。
同夜の公演では主役のふたりだけでなく、それぞれのダンサーが個性的に輝いていた。威厳のあるモンタギュー卿とその夫人、ロミオの友人べンヴォリオとバルサザー、トウで踊るジュリエットの若き乳母役、キャピュレット卿とその夫人、血気盛んなティボルトとマキューシオ、気品と成熟した所作のエスカラス皇子、ローレンス修道僧など、彼らの踊りが物語に深みを増し、味わいを持たせ、さらに魅力的なものにした。クランコ版『ロミオとジュリエット』に慣れ親しんでいるオーストラリアのバレエファンは、新作ウェルチ版に惜しみない拍手を送った。
(2016年7月6日 メルボルン アートセンター)

Houston Ballet Connor Walsh & Karina González Photo by Jeff Busby

Houston Ballet Connor Walsh & Karina González Photo by Jeff Busby

『ロミオとジュリエット』全3幕バレエ
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ (Sergei Prokofiev)
振付:スタントン・ウェルチ (Stanton Welch)
装置・衣装:ロベルタ・グイディ・バーニョ (Roberta Guidi di Bagno)
照明:リサ・ピンクハム (Lisa J. Pinkham)
エルマーノ・フロリオ指揮 ヴィクトリア交響楽団 (Ermanno Florio with Orchestra Victoria)

配役(7月6日)
モンタギュー卿:ウィリアム・ニュートン (William Newton)
モンタギュー卿夫人:キャサリン・プレコート (Katharine Precourt)
ロミオ:コナー・ウォルシュ (Connor Walsh)
べンヴォリオ:オリバー・ハルコウィッチ (Oliver Halkowich)
バルサザー:デレック・ダン (Derek Dunn)
キャピュレット卿:リンナ--・ロリス (Linnar Looris)
キャピュレット卿夫人:ジェシカ・コラード (Jessica Collado)
ジュリエット:カリナ・ゴンザレス (Karina González)
ティボルト:クリストファー・クーマー (Christopher Coomer)
ロザライン:サラ・ウェブ (Sara Webb)
乳母:バーバラ・べアーズ (Barbara Bears)
エスカラス皇子:アロン・ロビソン (Aaron Robison)
マキューシオ:ジャレッド・マシュー (Jared Matthews)
パリス:イアン・キャサディ― (Ian Casady)
ローレンス修道僧:スティーブン・ウッドゲイト (Steven Woodgate)

ワールドレポート/オーストラリア

[ライター]
岸 夕夏

ページの先頭へ戻る