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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2013.05.10]

ロホとル・リッシュにプトロフの客演、日本人ダンサーの活躍にロンドンの観客が沸いた

Ecstasy and Death by English National Ballet
イングリッシュ・ナショナル・バレエ団「エクスタシーと死」 
"Petite Mort" by Jiri Kylian "Le Jeune Homme et la Mort" by Roland Petit "Etude" by Harald Lander
『小さな死』イリ・キリアン振付『若者と死』ローラン・プティ振付『エチュード』ハロルド・ランダー振付 

イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)は4月18日〜21日まで、コロシアム劇場にて恒例の春のロンドン公演を行った。
昨年秋にタマラ・ロホが芸術監督に就任して以来2度目のロンドン公演は、キリアン振付の『小さな死』、ローラン・プティ振付『若者と死』、ハロルド・ランダー振付『エチュード』の3作品によるバレエ小品集で、「エクスタシーと死」と題され紹介された。

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バレエ団は今年初めにイギリスの著名ファッション・デザイナー、ヴィヴィアン・ウェストウッド監修の元、新しいイメージ写真の数々を撮影。今回の「エクスタシーと死」のポスターも退廃的にしてファッショナブルで見る者の想像力を大いにかきたてる画像が用いられた。
ロホといえば日本では古典やマクミラン作品を踊るバレリーナのイメージが強いが、バレリーナとして名前を確立してからはマッツ・エクやローラン・プティの作品に果敢に挑戦するなど、現代作品に強い関心を持っておりファッションにも大変造詣が深い。春のロンドン公演の演目と1月中旬に始まった新しいイメージ写真を使っての広報活動には、新芸術監督ロホのテイストが大いに反映され、関係者にロホによるバレエ団の改革が着々と進んでいることを印象付けた。

春のロンドン公演最大の話題は『若者と死』にパリ・オペラ座のエトワール、ニコラ・ル・リッシュが客演し、ロホと共演することであった。当初はル・リッシュ1人のみが客演予定であったが、カルロス・アコスタの甥でバレエ団のジュニア・ソリストのヨナ・アコスタが就労ヴィザの問題で出演出来なくなったこと、2月に新国立劇場バレエに客演したプリンシパルのワジム・ムンタギロフが初日前日に足を怪我し、『エチュード』主演が不可能になるなどアクシデントが続いたため、公演直前と開始直後に配役に大きな変更が加わり、ヨナ・アコスタの代役として元ロイヤル・バレエ・プリンシパルのイヴァン・プトロフが『若者と死』を、ムンタギロフの代役としてデンマーク王立バレエのプリンシパルのアルバン・レンドロフが初日と最終日の2公演に『エチュード』を主演することになった。この配役変更は瞬く間に口コミやファン・サイト、ツイートを通じて熱心なロンドンのバレエ・ファンに広まったため、一部のバレエ・ファンは公演鑑賞スケジュールの変更やチケットの買い足しに奔走した。

4月20日(土)昼夜2公演を鑑賞する。
キリアン振付の『小さな死』、プティ振付『若者と死』はイギリスではほとんど上演されることがない。これら2作品とバレエ団の代表作である『エチュード』でプリンシパルや期待の若手から外国人ゲストを観られるとあって、バレエ関係者の期待が高まっていた。
幕開け作品は『小さな死』。昼の部をつとめたのはアリソン・マックウィニー、エレナ・グラージゼ、高橋絵里奈、ブリジッド・ツェアー、アデラ・ラミレス、タマリン・スコット、ジェイムス・ストリーター、ジェイムス・フォーバット、フランシスコ・ボッシュ、ネイサン・ヤング、ザナット・アティムタエフ、マックス・ウェストウェルの男女各6人。
夜はダリア・クリメントヴァ、ナンシー・オズバルデストン、フェルナンダ・オリヴィエラ、クセニア・オヴシャニク、ローレッタ・サマースケールズ、マリゼ・フメロ、ジェイムス・ストリーター、フランシスコ・ボッシュ、ファビアン・レイマー、ジェイムス・フォーバット、エストバン・ベルランガ、ワジム・ムンタギロフ。
夜の公演で踊ったオズバルデストンとサマースケールズの2名は、バレエ団内で毎年行われる「期待の新人賞」コンペの今年の受賞者たちだ。
年齢、国籍、体形の異なるダンサーたちが、男女共にコルセットに似た衣装を身に着け踊る。男性6人は冒頭でフェンシングの剣をふるったり、6人で大きな布を手に持ち舞台を駆けぬける。女性はクレノリン・スタイルのドレスの装置の後ろに立ち、装置と戯れるように踊る場面が洒脱だ。作品はそれぞれのダンサーの個性を密やかに際立たせながらも、同じ色とデザインの衣装を着た男女各人、各ペアを観る者にあくまでも対等に紹介する趣向。現代作品と自身のバレエ団の才能あふれる若きダンサーの紹介に熱心な新芸術監督ロホが、取り上げるのも大いに納得がゆく作品構成である。

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「小さな死」撮影/Angela Kase(全て)
london1305a2_01.jpg 撮影/Angela Kase

ENBがジャン・コクトー原作、プティ振付の『若者と死』を取り上げるのは、昨年7月ウェイン・イーグリング前芸術監督時代に同作品と『アルルの女』『カルメン』によるローラン・プティ小品集を上演して以来2度目だ。上演直前の7月9日にプティが亡くなったため、同小品集はこの巨匠に捧げられ、急遽イワン・ワシーリエフが『若者と死』の若者役で客演し、バレエ・ファンからトレンドに敏感な若者たちがコロシアムに集まり話題になった。
昨年ワシーリエフと共演したのは群舞の中国人バレリーナのジャン・ジア。役を全身で表現しながらもワシーリエフの若さとエネルギッシュなパフォーマンス、大きな跳躍ばかりが強調され、独り舞台ともいえる結果となってしまった。だが今年はロホとル・リッシュという現在バレエ界でも数少ないスターの共演である。2人の持つ圧倒的な存在感と技量が拮抗する素晴らしい舞台となった。
ル・リッシュは大小の跳躍、椅子やテーブルを使って悩み苦しむ姿を見せる独特の振付、ロホの魅力に翻弄され死を選ぶ場面の演舞に、ベテラン・スターらしい存在感を奮って舞台空間を支配した。ロホによる黄色いドレスの女は、映像に残っているジジ・ジャンメールの強烈なイメージやダイナミズムとは対照的に、若者を支配しながらも甘やかな魅力に満ちていた。だが作品の後半になると共に、それは食虫植物が毒々しい色や芳香を放って獲物を死に至らしめるのにも似て、女が若者を陥れるために見せた、まやかしの姿であることが明らかになる。

london1305a2_02.jpg 撮影/Angela Kase

作品の最後、白いドレスと赤いマントを纏って登場し、ル・リッシュ扮する若者に死の仮面を被せる死の女神としてのロホの冷たく冴えた美貌と存在感は、黄色いドレスの女とは全く違う種類の物だったからである。
興味深かったのはフランス人でプティ作品を踊りこんでいるル・リッシュよりも、スペイン人であるロホのほうがこの作品の主役を踊ってジャン・コクトーの世界や美意識、プティらしいパリのエスプリを感じさせたことであろうか。思えばコクトーの映画『オルフェ』の死の女神や、マルセル・カルネ監督映画『天井桟敷の人々』でナタリーを演じて往年のフランス映画界で活躍したマリア・カザレスもスペイン出身の女優であった。
夜の部で『若者と死』を踊ったのはイヴァン・プトロフとジャン・ジア。プトロフの若者には美しい女性に翻弄され命を落とすアーティスト特有の脆さと繊細さがあふれ、若々しい容姿や独特の甘さも相まって役や作品が大変よく似合った。昨年のワシーリエフ、今年のル・リッシュとプトロフの客演について言えば、プトロフが最も準備期間が少ない状態で相手役と舞台に臨んだわけだが、ワシーリエフとル・リッシュが、この役を演じ踊っても、時に相手役から切り離されて見えたのに対し、プトロフはあくまでジャンと2人で濃密な愛と死の物語を紡ぎ、観客の胸にその切ない姿を刻みつけた。
昨年7月のワシーリエフは、映像に残されたヌレエフに通ずる若さゆえの暴走するエネルギーや性的な魅力を放って観客を魅了した。対してル・リッシュはベテランのスター・ダンサーのみが見せ得る演技と技への絶妙にして抜群のコントロールがあった。またロイヤル退団以来フリーランス・ダンサーとして自他のプロジェクトで活躍するプトロフは、限られた時間の中で新しい相手役と物語を大きく膨らませ観客を魅了する術を会得したようだ。

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「若者と死」撮影/Angela Kase(全て)
london1305a3_07.jpg 撮影/Angela Kase

ランター振付の『エチュード』といえばENBの代表的な演目。私が観た4月20日のマチネは750回目という記念すべき節目の公演であった。その主要キャストを務めたのは加瀬栞、猿橋賢、ヴィルヘルム・メネゼスというロホ期待の新人3人と、ベテランのアリオネル・ヴァルガス。夜の部は当初ロホとムンタギロフ、ジェイムス・フォーバット、ザナット・アティムタエフが予定されていたが、前述のムンタギロフの足の不調から昼の部に続いて猿橋賢が代役に立った。
主演ダンサーが要所に活躍すると共に、全団員がバレエ・ダンサーの日常であるバーやセンターのレッスンを模した場面で、ポジションやムーブメントにエレガンスや技術を奮う。昼の部の加瀬栞、ヴィルヘルム・メネゼスと猿橋賢は、若いダンサー特有のフレッシュな魅力とチームワークの良さで、たいへん好感度が高かった。夜の部を主演したロホは、ピルエットやシェネなど得意の旋回技の充実と豊かなバランスで観客の目を奪った。ジェイムス・フォーバットと猿橋はイギリスで活躍する男性ダンサーらしい節度あるステージ・マナーで、ロホを引き立てながらも、それぞれがエレガンスを香らせる好演で、関係者やファンから盛んな喝采を浴びた。
今回の再演でこの作品の女性主役が最も似合ったのは、日本人プリンシパルの高橋絵里奈ではないだろうか。初日前夜のゲネプロでこの作品の女性主役をリハーサルする彼女を撮影しながら、高橋の持つ若々しさ、パ・ド・ドゥ・ロマンティックを踊る彼女のフェミニンな魅力や軽やかな跳躍、長くこのバレエ団を率いてきたこのバレリーナの魅力と技量に打たれた。
ツアーカンパニーとして国内の様々な劇場で公演するENBのダンサーたちには、異なるサイズの舞台で踊ったり、怪我をしたダンサーの代役として急遽異なる相手役と組みながらもベストのパフォーマンスを見せる器用さが求められる。猿橋賢は当初、加瀬栞とだけ『エチュード』を踊るはずであったが、初日前日のゲネプロでは急遽、高橋絵里奈と組み、20日は同作品の男性プリンシパル役を2度務めるというスケジュールの中、夜は芸術監督のロホと由緒あるコロシアム劇場で踊る重責を果たさねばならなかった。男性ダンサーの場合、自らのソロのみならず異なる相手役への配慮やパートナーリングという重い責務もその双肩にのしかかる。大型新人・猿橋は、入団2年目ながらこれらのプレッシャーに良く対処して関係者や観客に強い印象を残した。

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「エチュード」撮影/Angela Kase(全て)

4月第3週のロンドンは、ロイヤル・バレエがコベントガーデンで『ラ・バヤデール』と『マヤリング』を、コロシアムではENBが、サドラーズ・ウェルズ劇場では、カナダ国立バレエ団がラトマンスキーの新『ロミオとジュリエット』を持って26年ぶりの公演を行っており、近郊のミルトン・キーンズではノーザン・バレエが話題作『華麗なるギャッツビー』を公演するとあって、パリを初めとするヨーロッパの各都市や、イギリスの地方都市からも熱心なバレエ・ファンや関係者がロンドン入りし、毎日のように異なる団体の話題作を鑑賞。フリータイムに観光やショッピングを楽しんでいた。
今回ENBが公演した小品の内、『小さな死』と『若者と死』は、日本のようなパリ・オペラ座バレエ人気やプティやキリアン作品への関心を持たない英バレエ・ファンの間ではあまり知られておらず、1月中旬から見かけた公演ポスターも、美しいがファッション写真色が強過ぎ、忙しく街を行きかうロンドンの一般市民の目にはバレエ公演のポスターとしては映らなかったようだ。また前述したこの時期のバレエ公演ラッシュもあって、チケットの売行きが芳しくなく、公演前から得チケが出回り、初日の幕が上がった後も劇場窓口や劇場近くのレスター・スクエアの半額チケット売場で、毎日ディスカウント・チケットが売出された。芸術監督のロホは公演前は新聞や雑誌の、初日直後にはTVのローカル・ニュースに出るなどして公演の広報活動に努めたが、ル・リッシュ、ロホ主演公演ですら2400席のコロシアム劇場を満席にすることはできなかった。
ENBは元ロイヤル・バレエのプリンシパル・ダンサーで長らくオランダ国立バレエを率い振付家としても活躍した前芸術監督のウェイン・イーグリングの時代に、マクミラン振付『マノン』を全幕公演。フリーデマン・フォーゲルをゲストに迎えながらも、イギリス地方都市での公演に観客が集まらず、バレエ団の財政を逼迫させた過去を持つ。新芸術監督のロホが今後どのような手腕を奮ってバレエ団を立て直し運営してゆくのか、内外のバレエ関係者の注目するところである。
4月下旬、バレエ団は6月にロイヤル・アルバート・ホールで行う『白鳥の湖』の配役を発表。公演初日の6月12日と15日、18日の3公演に、オランダ国立バレエ団のマシュー・ゴールディングが客演し、ロホと共演することを明らかにした。
(2013年4月20日 昼・夜 ロンドン・コロシアム劇場 4月17日夜の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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london1305a3_11.jpg 「エチュード」撮影/Angela Kase(全て)

写真に登場するダンサー
『小さな死』
ダリア・クリメントヴァ、ワジム・ムンタギロフ、ジェイムス・フォーバット、エストバン・ベルランガ ほか
『若者と死』
ニコラ・ル・リッシュ、タマラ・ロホ
『エチュード』
高橋絵里奈、猿橋賢、ジェイムス・フォーバット、エストバン・ベルランガ、ほか