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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2011.06.10]

ロシア、フランス、イギリスのスターがバレエ・リュッス復刻作品を踊った1週間

La Saisons Russes XXI Diaghilev Festival ディアギレフ・フェスティバル
Wayne Eagling: The Blue God/Andris Liepa :The Firebird after Michel Fokine /Jurijus Smoriginas:Thamar 、 Scheherazade after Michel Fokine/Jurijus Smoriginas : Le Pavillon d’Armide/Vaslav Nijinsky: L’Apres-Midi D’un Faune/ Bronislava Nijinska: Bolero
ウエィン・イーグリング『青神』、アンドレス・リエパ『火の鳥』(原振付ミハイル・フォーキン)、ユリウス・スモルギノフ『タマール』『シェヘラザード』(原振付ミハイル・フォーキン)、『アルミードの館』、ヴァスラフ・ニジンスキー『牧神の午後』、ブロニスラワ・ニジンスカ『ボレロ』

4月中旬と5月中旬の2度にわたって、コロシアム劇場でロシア・バレエの黄金時代を回顧する公演があった。4月は往年のボリショイのスター、マリス・リエパの遺児でボリショイ・バレエのスター・ダンサーのアンドリスとイルゼ兄妹のリエパ基金(リエパ・フォンド)による「ディアギレフ・フェスティバル」。5月にはガリーナ・ウラノワ生誕100年を記念した「ウラノワ・ガラ」である。

「ディアギレフ・フェスティバル」は1世紀前に稀代の興行師セルゲイ・ディアギレフ、ニジンスキーやカルサーヴィナといった帝室ロシア・バレエ団のスターたちを引き連れてパリやロンドンで「ロシア・バレエ・シーズン(ラ・セゾン・リュッス)」と名付けた公演を行いセンセーションをまきおこした物の再現。A, B, Cの3プロダクションで『火の鳥』と『青神』『タマール』と『シェヘラザード』『アルミードの館』『牧神の午後』と『ボレロ』の7演目を紹介する大変興味深い試みであった。

これらの演目を踊るダンサーたちは、モスクワで(ボリショイ・バレエ団、モスクワ音楽劇場バレエ団に続いて)3番手に位置するクレムリン・バレエ団の群舞とソリストに、ボリショイ・バレエ団からイルゼ・リエパとニコライ・ツィスカリーゼ、マリア・アレクサンドロワ、マリィンスキー・バレエ団からイルマ・ニオラーゼとイリヤ・クズネツォフが客演するというもの。
4月12, 14, 16日に、それぞれの演目の初日を鑑賞した。

会場に入ると、100年前のバレエ・リュッスを彷彿とさせるデザインの幕が下りており観客をベル・エポックへと誘う。リエパ基金による「セゾン・リュッス ディアギレフのロシア・バレエの夕べ」はこれまでもロシアやパリで定期的に行われており大変な人気を博してきたが、ロンドンでの公演はこれが初めてだ。
バレエが始まる前にアンドリス・リエパから舞台挨拶があり、ロンドン公演までの経緯が語られた。リエパ語って曰く「今回この企画をロンドンにお持ちしたのは、昨年ヴィクトリア&アルバート博物館で<バレエ・リュッス回顧展>が行われたことから、ロンドンの皆様が当時上演されていたバレエ作品にも強い関心をお持ちだろうと考えたからです」という。
コロシアム劇場はバレエ・リュッスのロンドンで公演時に使用された劇場の一つ。ディアギレフやニジンスキーらロンドン公演のさいに宿泊したのはサヴォイ・ホテルであったことにちなみ、今回の公演会場はコロシアム、リエパやスター・ダンサー数名はサヴォイに泊まったという。

フェスティバルはAプロの『青神』と『火の鳥』で初日を迎えた。
『青神』はロイヤル・バレエの元プリンシパルで、現在イングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)の芸術監督をつとめるウェイン・イーグリングが2005年に復刻・振付した作品。05年のモスクワでの復刻版世界初演時と同じく、ニジンスキーが踊ったタイトル・ロールをボリショイのニコライ・ツィスカリーゼが、蓮の花の女神をイルゼ・リエパが踊った。
体を青くボディ・ペイントしたツィスカリーゼは神々しかったし、リエパも優美で蓮の花の舞台装置と共にたいそう美しかった。だがイーグリングの振付はガムラン舞踊を意識した腕や指先の動きを取り入れていること以外印象に残らず変化に乏しい。ツィスカリーゼとイルゼ・リエパという2大スターの競演にもかかわらず、驚きも感動も得られないこの作品は、フェスティバルの幕開け作品にふさわしい物であっただろうか。

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『青神』はロンドンの批評家や観客のほとんどが初見であったことを考えれば、観る側が作品に過度な期待を抱き過ぎたのかもしれなかった。4月13日の初日「青い神」に失望したわれわれの多くが「第2部の『火の鳥』は楽しめるはずだ」と、期待をつないだ。
だが幕が上がるとタイトル・ロールを踊るはずのマリア・アレクサンドロワの姿がない。開演前のフォアイエにはプログラムはあったのだが、配役表がほとnど置かれていなかった。結局、当日主役を踊ったのはクレムリン・バレエのアレクサンドラ・ティモフィーエワ。今は亡きマクシーモワの教え子とはいえ、ロンドンでは無名の踊り手である。
アレクサンドロワの『火の鳥』を観に来た関係者やファンは驚きと失望を隠しきれなかった。王子のイリヤ・クズネツォフはいつも通り存在感あふれる好演を見せたものの、それゆえロシア・バレエ界の大スターとモスクワ第3番のバレエ団のバレリーナが共演するアンバランスがより強調される結果になってしまった。
振付はアンドリス・リエパ自身がフォーキンのオリジナル版の振付に手を加えた物。舞台装置をより原典版に近い物にしたというが、戴冠式で壮麗に締めくくられるロイヤルやバーミンガム版を見慣れているイギリスの観客の目には何とも地味で印象に残らない作品であった。

前世紀初頭のヨーロッパに一大センセーションを巻き起こしたバレエ・リュッス。100年前のオリジナル版を、舞台芸術も日進月歩の進化を遂げた21世紀の今日見るからこそ、これらの作品に失望するのだろうか?
だがプログラムBはバレエ・リュッスのパリ公演初日もかくや、と思われるほどの盛り上がりを見せたのである。
第1部の『タマール』はグルジアの伝説を元に、美しく孤独な女王の元に連れて来られた旅人と女王の美しくも切ない一夜の契を描いた作品。2人はひと目で恋に落ち愛を交わすが、長い間女王に想いを寄せながら報われることのなかった側近の嫉妬により、旅人は殺められ宮殿の塔より渓谷の急流に流されるという物語。
レーザー光線を巧みに使った照明は幻想的で美しく、観客の心を古のカフカス山脈へと誘う。イルマ・ニオラーゼの女王とイリヤ・クズネツォフの旅人というマリインスキーの2大スターによる共演は見ごたえ充分で、未知の作品をこの配役で観ることができたロンドンの観客は幸せであった。

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続いて第2部の『シェヘラザード』も、王妃ゾベイダをイルゼ・リエパ、金の奴隷をニコライ・ツィスカリーゼという、現在この作品を上演するにあたって考えられうる世界最高の配役。
リムスキー・コルサコフによるドラマティックな音楽、高々と飛翔し目にも留まらぬグラン・フェッテを見せるツィスカリーゼ、後宮の王妃として君臨しながら、若く美しい奴隷との愛に殉じるイルゼ・リエパの美とカリスマが見事だった。
Bプロは第1部、第2部ともに「大人の男女の愛と死」を描いた作品が並びながら、片やマリインスキーらしいアカデミズムと格調の高さで、片やボリショイらしいドラマティズムと豪奢で、それぞれが観客の心に大きな感動をもたらしたのである。
当日のコロシアムのカーテンコールはブラボーの嵐につつまれ大変な盛り上がり。100年前、ニジンスキーがパリやロンドンの舞台に彗星のように現れた夜も、やはりこのような熱狂の一夜となったのだろうか、と想いを馳せ胸が熱くなった。

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Cプロは第1部に復刻版『アルミードの館』、第2部では『牧神の午後』と『ボレロ』が上演された。
今回のロンドン公演で、クレムリン・バレエ団のソリストや群舞が最も良く生かされたのが、この『アルミードの館』であった。
Aプロで『火の鳥』を踊ったティモフィーエワがアルミードを、バレエ団の男性スター、ミハイル・マルティニュークはかつてニジンスキーが踊ったアルミードの奴隷を、アルミードに心奪われ、夢の世界に迷い込むボージャンシー子爵をボリショイ・バレエ団のアンドレイ・メルクーリエフが踊った。振付は『タマール』に続きユリウス・スモルギノフ。イギリスでは無名の振付家ながら、今回の公演で最も充実した2作品を提供した作家だ。
ティモフィーエワは優美な腕使いと繊細なポアント・ワーク、バランス、マルティニュークは、跳躍と体のコントロールと、それぞれが持てるダンス・テクニックを奮い好演。一方、ボリショイ・バレエ団の公演の合間をぬって初日当日にロンドンに到着したというメルクーリエフは、コロシアム劇場での舞台合わせの時間も充分に取れなかったのか、舞台メイクもなく髪を整えただけの状態で舞台に登場。何とか踊りきったものの、ティモフィーエワとマルティニュークというクレムリン・バレエ団の看板ダンサーの好演とは対照的に、踊り手としての個性や技量を何ら発揮することなく終わった。

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『牧神の午後』は牧神にツィスカリーゼ、ニンフをモスクワ音楽劇場のタチアナ・チェルノブロフキナが踊った。チェルノブロフキナの客演については事前の発表もなく、今回のフェスティバルのサプライズであった。
ツィスカリーゼはA, B, Cプロを通じてそれぞれ似合いの役で火を噴いた。ボリショイ・バレエ団にあっても強烈すぎるほどの個性を持つ彼には、カンパニーとの来英よりもこのような特別公演での主役がよく似合う。

フェスティバルの締めくくりはニジンスカが1928年に振付けた『ボレロ』。これは『シェヘラザード』の王妃ゾベイダを初演した女優にしてダンサーのイダ・ルビンシュタインが、バレエ・リュッスを離れ自らが座長として率いたグループの旗揚げ公演として世界初演された。
『ボレロ』というとベジャール作品が思い起こされるが、ラヴェルの音楽も元はと言えばイダ・ルビンシュタインが一座の旗揚げ公演のために作曲家に依頼したのだ。
バレエ・リュッスに3年弱在籍したとはいえ、幼少時にバレエの手ほどきを受けていないルビンシュタインはバレリーナと呼べる存在ではなく、踊り手としては甚だ限界があった。そんな彼女のために振付られたこの作品は、バルセロナの安酒場で小さなギターを手にした1人の美女がテーブルの上で踊る。周囲を彼女に魅せられた男たちが取り巻き、女性は作品の最後に1人の美男とデュエットを踊るというもの。美女をイルゼ・リエパ、彼女とデュエットを踊る男にクレムリン・バレエのアレクサンダー・チェルノフが扮した。
これまであまり重要視されず脚光を浴びることの少なかった作品だが、今改めて原典版を観ることでバレエ・リュッスが、20世紀現代バレエの巨匠ベジャールにも大きな影響を与えていたことがうかがえる小品。

バレエ・リュッスに興味を持っているバレエ関係者や研究者・バレエ・ファンには大変興味深い公演であったが、何分それぞれのプログラムの内、1つか2つの作品は、関係者ですら観たことがない作品であったことから、一般のダンスやバレエ・ファンが高額のチケットを買い渋りチケット・セールスが奮わなかった点は残念である。
(2011年4月12, 14, 16日 ロンドン・コロシアム劇場)

ダンサー 撮影:Mikhail  Logvinov(鑑賞日の公演の写真ではありません)