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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.05.10]

マクミランの才能を回顧する三つの小品集、崔由姫ほかの日本人ダンサーが活躍

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
MacMillan Triple Bill Concerto, The Judas Tree, Elite Syncopations
マクミラン小品集『コンチェルト』『ユダの木』『エリートシンコペーションズ』
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イギリスが生んだ世界的振付家サー・ケネス・マクミランは1929年、スコットランドのダンファームレンに生まれた。
92年の10月29日に『マイヤリング うたかたの恋』上演中のロイヤル・オペラ・ハウスで心臓発作のため62歳で亡くなっている。生きていれば現バレエ・シーズン中80歳を迎えていたことから、昨年来世界のバレエ界がこの類稀なる天才の回顧に忙しい。
イギリスでは昨年新しい伝記が発行された他、1日がかりのシンポジウムが行われ、アントニー・テューダーに続き心理主義的バレエを発展させ、観る者の心をえぐる問題作を発表し続けたこの鬼才を、心理学的側面から掘り下げる試みが行われた。
『大地の歌』を世界初演したシュトットガルト・バレエ団は、同作品を再演し、マクミランの誕生日にフリーデマン・フォーゲルが同バレエの主役「死の使者」を踊っている。

ロイヤル・バレエ団は、マクミランのドラマティック・バレエの代表作『マイヤリング』でシーズンの幕を開けた後、『ロミオとジュリエット』を再演。3月23日から4月15日まで、同振付家の手になる雰囲気の異なる小品3つを集めた『マクミラン小品集』を7回上演した。
抽象バレエの秀作『コンチェルト』、サイケデリックな衣装とラグ・タイム・ジャズが楽しい『エリート・シンコペーションズ』、舞台上で主演バレリーナが若い男性労働者に集団レイプされる衝撃の遺作『ユダの木』によるバレエ・トリプル・ビルである。

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『コンチェルト』は1966年世界初演作品。当時37歳であったマクミランが、様々なプレッシャーからイギリスを離れ、ベルリンのドイツ・オペラ・バレエ団の芸術監督に就任した後、初めて振付、発表した作品である。
軽快なテンポの第1ムーブメント、詩情あふれる第2、出演全ダンサーが踊る第3ムーブメントからなる作品は、いつ観てもフレッシュで初演から半世紀近くたっているとは信じがたい。
この秀作は、ここイギリスでは両ロイヤル・バレエ団とロイヤル・バレエ・スクールによって頻繁に上演され、ダンサーや関係者、観客に愛され続けている。
3月24日に第1ムーブメントを踊ったのは 崔由姫とスティーブン・マックレー。音楽性豊かな若手2人は、リズミカルな第1ムーブメントがまさに適役。マクミラン本人が存命であれば必ずや2人を抜擢したであろうという好演で、関係者やファンの目を奪った。
第1ムーブメントとは対照的に抒情あふれる第2ムーブメントの中心のカップルを踊ったのは、マリアネラ・ヌニェズとルーパート・ペネファーザー。あまりにも有名なショスタコーヴィッチのスコアと作品の美しさに思わず見入ってしまうパートだが、私は今回の配役から充分なリリシズムを感じることができなかった。

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『ユダの木』はマクミランの死の半年前となる92年の春にコベント・ガーデンで世界初演された。当時日本や米国と同じようにバブルを謳歌していたロンドンでは都市再開発が盛んで、特に市東部のテムズ河畔(ドックランド)は、東京を思わせる近代的な街に生まれ変わろうとしていた。
作品の舞台はその当時のドックランドの工事現場。働く男たちとそのボスであるフォアマン。ボスの女として冒頭で他の男たちを挑発し、最後に若者たちに集団でレイプされ、フォアマンに締殺される女。純粋な気持で女を愛しながら、若者たちに撲殺される友人。主人公のフォアマンは最後に首をつり自殺する。マクミラン作品の多くの作品にみられる人間の醜い愛欲劇、性的な主題と死。
 筆者は92年世界初演の2キャスト、昨年秋のシンポジウムで上映された当時の映像、今回の再演と、この作品の歴史を目撃している。重く暗い主題と集団レイプという衝撃的な内容から、関係者、ファンを問わず好んで繰り返し観ることを好む者は少ない。ただ『ユダの木』『別の鼓手(ディファレント・ドラマー)』共に、時間を置いて何度か(客観的に)観ることで、振付に潜むマクミランの天才に気がつき、時代を超越していたこの才人の創造性に打たれた。

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世界初演時にフォアマンを主演したのは、ボリショイ・バレエ団から移籍し最晩年のマクミランに多大なインスピレーションを与えたイレク・ムハメドフ。女はヴィヴィアナ・デュランテ、友人はマイケル・ナンが踊った。古巣のボリショイ・バレエ団では、グレゴローヴィッチ振付『スパルタクス』のタイトル・ロールを当たり役にしていたムハメドフ。初演時は彼の天を突くような跳躍や若者グループのボスらしい大きな存在感が話題をよんだ。
久々の再演となった今年は欧米で非常な人気を誇るキューバ人ゲスト・プリンシパル、カルロス・アコスタがフォアマン役に挑戦するというので、イギリスのバレエ・ファンの期待は大きく、アコスタ主演日のみ大変な人気で、早くからチケットが売れ、公演当日は朝早くから廉価の当日券を求めるファンが劇場のチケット売り場に列をなした。
今回のファースト・キャストはカルロス・アコスタのフォアマンにリアン・ベンジャミンの女、エドワード・ワトソンの(フォアマンの)友人。ベンジャミンは初演時にセカンド・キャストで同じ役を踊っており、当時の好演ぶりは今も映像として残っている。

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セカンド・キャストはティアゴ・ソアーレスのフォアマン、マーラ・ガリアッツィの女、ヨハネス・ステパネクの友人が予定されていたが、ティアゴ・ソアーレスの怪我のためゲネプロといくつかの公演は代役としてベネット・ガートサイトがフォアマンを踊った。
 初日に続いて24日にフォアマンを踊ったアコスタは、持ち前の跳躍力身体能力の高さで健闘したものの、ベンジャミン、ワトソンというバレエ団きっての演技派プリンシパルに囲まれたことでドラマティック・バレエを演じる上では、未だに演技力が充分でないことが露わになってしまった。最終日の15日に 観たティアゴ・ソアーレスは、女を絞殺する前に見せる逡巡に独自の役作りの片鱗がうかがえたが、やはり男性グループのボスらしい大きさに欠けていた。
結局両キャストとも主役の印象が薄かったこともあり、副主人公である女を演じたベンジャミンとガリアッツィ、友人を演じたワトソンとステパネクの個性と演技力ばかりが光る結果となった。演技力に定評のあるベンジャミン、ワトソン組は、観客に主役のアコスタを忘れさせてしまったし、セカンドキャストのガリアッツィは数ある主演作品の中でも最も難しいこの作品を踊って誰よりも美しく清らかであったのが何とも印象的であった。

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トリプル・ビルの最後を締めくくったのは74年の作品『エリート・シンコペーションズ』。映画『スティング』で知られる作曲家スコット・ジョップリンによる軽快なラグ・タイム・ジャズを中心スコアに、全団員がビートルズの『イエロー・サブマリン』を髣髴とさせるサイケデリックな配色の衣装とデザインの異なる帽子をかぶって舞台に登場し踊る。
まるでエキセントリックで傲慢不遜な態度の上流階級の男たちのように、舞台でタバコをふかし、これ見よがしに女性群をジロジロ品定めする男性ダンサーの一群。だがその後、流麗なエスコートでボールルーム・ダンスさながらに女性をリードし、時に高々とリフトする。

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36分の作品では様々なソリストが印象的なソロを披露したり、デユエットを踊る。この作品の主役ともいうべきはベッシーナ・ワルツを踊る男女である。今回ベッシーナには当初マリアネラ・ヌニェズと私生活のパートナーでもあるティアゴ・ソアーレスが予定されていたが、ソアーレスの怪我の関係かサラ・ラムとヴァレリー・フリストフに変更となった。
ベッシーナ・ワルツを踊る主演バレリーナはストンプ・タイム・ラグなるソロも踊る。ある者はセクシーにあるものは愛らしく、バレリーナが自らの持ち味を200%奮える役どころだ。この役に存在感と色香をふりまくバレリーナが多い中、サラ・ラムは天真爛漫な美しさで好感が持てた。
足の怪我からの復帰後、『眠れる森の美女』や『くるみ割り人形』といった古典も踊っているが、ラムはやはり誰でもない彼女自身を印象付けるこの作品のような筋書きらしい筋書きを持たない作品や抽象バレエ、プロポーションの良さと身体能力の高さを見せるコンテンポラリー作品で最も輝くように思う。

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コミカルに舞台を横切り様々な跳躍を見せるフライデー・ナイトはファースト・キャストはスティーブン・マックレー、ゲネプロとセカンド・キャストはルドヴィック・オンデヴィエラ。良い意味でのナルシシズムとスター性のマックレー、清潔で好感度の高い魅力の持ち主オンデヴィエラは総苞魅力的で甲乙つけがたい。
背の高い美女と極度な近眼の小男によるデュエットが観客の笑いを誘うアラスカン・ラグはファースト・キャストのポール・ケイが何ともキュートな魅力を放ち忘れ難い印象を残した。

日本出身のダンサーでは『コンチェルト』と『エリート・シンコペーションズ』のゴールデン・アワーズを崔由姫が好演した他、『コンチェルト』に出演した小林ひかると高田茜の音楽性、『コンチェルト』『ユダの木』に出演した蔵健太のそれぞれの役に完全燃焼しようという意気込みと存在感がいつもながらに目を奪った。
(2010年3月24日、4月15日。3月23日公開ドレス・リハーサルを撮影。コベントガーデン)

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撮影:AngelaKase
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