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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.07.10]

佐久間奈緒、平田桃子、山本康介、厚地康雄 日本人ダンサーが活躍したBRB公演

Birmingham Royal Ballet / Love & Loss
バーミンガム・ロイヤル・バレエ「ラブ&ロス(愛と喪失)」
David Bintley : " Galanteries " " The Dance House" Sir Frederick Ashton : " The Dream "
デイヴィッド・ビントリー『ギャラントリーズ』『ザ・ダンス・ハウス』 サー・フレデリック・アシュトン『ザ・ドリーム(真夏の夜の夢)』

バーミンガム・ロイヤル・バレエは、6月17日より27日まで本拠地であるバーミンガム市ヒポドローム劇場にて2週間、2プログラムによる公演を行った。
第1週は「サー・フレッドとMR. B」、第2週は「ラブ&ロス」と題された魅力的な小品集公演であった。
イギリスのバレエ界で「サー・フレッド(フレッド卿)」といえば、それはもちろん英国ロイヤル・バレエ団初代常任振付家であったフレデリック・アシュトン卿を指す。MR. Bは、たぶん読者の皆様もご存知だと思うが、ディアギレフのロシア・バレエで活躍後、ニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)とスクール・オヴ・アメリカンバレエ(SAB)を創設した振付家ジョージ・バランシンのことである。
バレエ団は過去にも「サー・フレッドとMR. B」と題して、アシュトン作品とバランシン作品を組み合わせた小品集を上演し人気を博した。今回のプログラムはバランシンの『モーツアルティーナ』とアシュトンの『2羽の鳩』の2作品。

『2羽の鳩』の主役「若者」と「少女」は、バレエ団のプリンシパル、ロバート・パーカーと佐久間奈緒の当たり役として内外に知られている。また今年はナターシャ・オートレッドとジェイミー・ボンド組のデビューも予定されており、ファンや関係者の期待が集まっていた。
ところが初日1週間前にパーカーが故障、初日直前にはボンドが首を痛めるなど、この作品の男性主役を踊るダンサーが次々と降板するアクシデントが起こった。当初、曹馳(ツアォ・チー)が2名の代役、自らの主演を含め、17日午後のゲネプロから連日舞台に立ったのだが、ハードスケジュールからやはり週の後半に降板。バレエ団に『2羽の鳩』を主演する男性がまったくいなくなってしまったのである。
 
佐久間奈緒、山本康介、平田桃子、厚地康雄ら日本人ダンサー4名は、みんな怪我もなく無事であったが、『2羽の鳩』と『モーツアルティーナ』の2作品を日替わりで主演する佐久間、『モーツアルティーナ』主演の平田は、急遽これまで組んだことのない若手と踊ることになったり、主演日が入れ替わるなどに難儀。だが、そのような混乱の中にあっても2人は常に冷静に問題に対処し、新たな相手役と共に自らの持てる技量と魅力をふるい観客を魅了した。山本康介は『2羽の鳩』のジプシーボーイ役に演技力と優れた技巧を披露し、ヒポドローム劇場の観客を沸かせた。
 
主要男性ダンサーの降板と若手の連日のデビュー劇に彩られた第1週が過ぎ、第2週の「ラブ&ロス」後半とシーズン最後のマンチェスターでの公演には、パーカー、曹馳、ボンドら3名も無事に舞台に復帰。ほぼ予定通りの配役での公演が行われた。
当初、DANCE CUBEでは7月号で「サー・フレッドとMR.B」を、8月号で「ラブ&ロス」をご紹介する予定であったが、上記の理由から特集内容を入れ替え、今月号では第2週の公演をレポートする。
 

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「ラブ&ロス(愛と喪失)」は、ビントリーの初期の2作品である『ギャラントリーズ』『ダンスハウス』と共に、アシュトンの『ザ・ドリーム(真夏の夜の夢)』を上演するもの。 7月27日(土)に昼・夜の2公演を観た。
『ギャラントリーズ』はモーツアルトの「ディベルティスメント」と「セレナーデ」をスコアに振付けられた作品で、86年に英国ロイヤル・バレエ団が海外公演先カナダのバンクーバー万博会場にて初演している。
バランシン的な「音楽の視覚化」をテーマにしながらも、ビントリーのオリジナリティが光る小品で、初演以来英国ロイヤル、BRB、ロイヤル・バレエ・スクールにより踊り次がれている。
 
作品は男女4組を中心に男女計12名のダンサーが観客に向って様々な形象美を披露する場面から始る。アンサンブルによる各種ポーズの美しさ、男性2名がバレリーナを繰り返しリフトし、バレリーナをほとんど空中で踊らせ続けるパ・ド・トロワ、メランコリックな「セレナーデ」の曲奏と共に男女のダンサーが美しく印象的なポーズを見せるパ・ド・ドゥなどが白眉で、初演より23年たった今観ても新鮮で飽きることがない。当時20代のビントリーがどれだけ時代をリードしていた振付家であったかがうかがえる作品である。
 

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昼はソロを踊る山本康介の音楽性と芸術性の高さに目を奪われた他、フェミニンな魅力のアンジェラ・ポール、やはり音楽性に優れたファースト・アーティストのヴィクトリア・ウォルトンが印象に残った。
夜はレティシア・ロッサルド、アレクサンダー・キャンベル、ヴァレンティン・オロヴィヤニコフ、トム・ロジャーズ、厚地康雄らが舞台に立った。
オロヴィヤニコフ、ロジャース、厚地と長身男性ダンサー3人が揃ったこと、またオロヴィヤニコフと厚地がステージマナーに優れ、バレリーナを真摯にサポートする姿に好感がもてた他、今シーズン何を踊っても光っていたロッサルド、主要男性ダンサー降板劇が続いた第1週にジョゼフ・ケイリーと共にバレエ団を救ったA・キャンベルがソロを好演。
抽象バレエであるせいか、踊り手の個性が前面に出、昼夜の配役それぞれが非常に異なる雰囲気をかもし出していたのが興味深かった。
昼夜共にパ・ド・ドゥを踊ったのはトム・ロジャーズと07年にローザンヌ賞受賞のデリア・マシューズ。ロジャースはサポート技術が今ひとつで、はらはらさせられる部分が多分にあったものの、デリア・マシューズの落ち着きと存在感に、彼女の豊かな天分と大きな将来性を感じた。

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ショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲1番とフランツ・リストの『死の舞踏』、中世ヨーロッパに流布した寓話の「死の舞踏」は、振付家ビントリーの創造の源の中でいつか作品に昇華されるべく、長いこと暖められていたという。
ある日、振付家の元に、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ団(現BRB)時代の同僚であった男性ダンサー、ニコラス・ミリントンが30代半ばで世を去ったという知らせがもたらされる。ビントリーは友のあまりにも早すぎる死に激しいショックを受けながらも、その訃報に直面したことで長らく心にあった創作の種が一挙に形になり、『ダンス・ハウス』というタイトルの作品に昇華され、95年にサンフランシスコ・バレエ団によって初演された。
 

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幕が上がるとロバート・ハインデルによる美しいグラデーションの背景の前に赤いバーが設置され、バレリーナたちが練習に明け暮れている。
すると青いレッスン着の「死」が現れ、スタジオ内を所狭しと跳躍、自在に蠢いては、犠牲者となる若者を探す。一人のバレリーナが、彼の毒牙にかかり命を落とす。
次の場面では暗いスタジオの中、一人のバレリーナがバーレッスンに励んでいる。その後、男性ダンサーが登場。2人が友の死を悼む様子が美しいデュエットで綴られていく。
一転して明るい照明の中、虹色のレッスン着を着た男女のダンサーが「死の舞踏」を連想させる、激しいムーブメントを踊ると、作品の終盤で「死」が再び現れ、大きく時にアバンギャルドな跳躍の数々を見せ、群舞とソリストたちを支配。舞台後方のバーを飛び越え幕が下りる。
 
早世したミリントンはダンスの美しいラインが有名で、スタジオでのバーレッスンでその資質を披露していたという。この作品の「死」は、またユーモアのセンスに長けたミリントンの性格が反映されていることから、バレエやオペラ作品の「死」にありがちな、暗く陰湿なだけのキャラクターではなく、華やかにして時に繊細、舞台芸術を極めるためレッスンに打ち込むアーティストの姿もうかがわれる。
 
ファースト・キャストの昼の部で「死」を踊ったのは05年入団のソリストのアレクサンダー・キャンベル。まだ20代はじめながらシャープな技巧と包容力、つきぬスタミナで、1年前にはマイケル・コーダーの『妖精の接吻』の男性主役、『ペトルーシュカ』のタイトルロールに抜擢された他、今年も5月号でご紹介の新『シルヴィア』のエロス役など飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍を見せている。
ただ、まだ深い表現力が必要とされる役柄では、山本康介やジェイミー・ボンドといった先輩たちにはかなわない。地方公演でこの役にデビューした直後は、技術的には完璧だが「死」としての存在感が希薄で作品が締まらなかった。
しかし、バーミンガムでの第1週に『2羽の鳩』のジプシー・ボーイ、代役で『モーツァルティーナ』の男性主役を連日踊ったキャンベルは、第2週の最終日27日は、快進撃を続ける若手の勢いと自信にあふれ、持ち前の包容力もあいまって、なかなか充実した舞台を作り上げて見せた。
非常に難易度の高い技術を立て続けに披露する虹色の衣装のカップルを踊った、山本康介とキャロル・アン・ミラーによるアレグロの素晴らしさ、ナターシャ・オートレッドとマシュー・ローレンス、平田桃子の叙情性もこの作品の品格をより高めて見せた。
 
夜の部で「死」を踊ったのは演技に優れるダンスール・ノーブルのジェイミー・ボンド。
キャンベルとは、非常にタイプの異なるダンサーである。髪の毛を逆立て後姿に人間の命を奪う「死」の秘めたる力や非情さをにじませながら、ふとした所作にはノーブルダンサーとしてのエレガンスが香った。
一人でバーレッスンをするバレリーナ役に入団3年目のセリーヌ・ギテンズが抜擢され、素晴らしいプロポーションと並外れた柔軟性をふるった他、虹色のデュエットの男性ソロを06年のヴァルナ・コンクール金賞受賞者で、やはり入団3年目のマティアス・ディングマンが踊り、音楽性に優れた資質を見せたが、昼の部で同役を踊ったファースト・ソリスト山本康介の充実には遠く及ばなかった。

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アシュトン卿の『ザ・ドリーム(真夏の夜の夢)』は、日本で上演される機会も多く、バレエ・ファンにとってはお馴染みの作品。64年に初演されたこの作品は、アントニー・ダウエルとアントワネット・シブレーのために作られたものである。
今回の再演にあたってはダウエルとシブレーがバーミンガムを訪れ、主演ダンサーの指導にあたった。
 
27日(昼)のファースト・キャストでティターニアとオベロンを踊ったのは佐久間奈緒と曹馳。曹馳が第1週半ばから腰を痛めていたことから、充分なリハーサル期間が取れなかったと聞くが、バレエ団で最も演舞と品格に優れたこのペアのこと、佐久間は持ち前のフェミニンにして艶やかな女優バレリーナとして魅力的な妖精の女王として作品に君臨。曹馳はオフバランスの旋回や跳躍も優美にまとめ妖精王の品格を印象付けた。
パック役はキャンベル。『ダンス・ハウス』の「死」で舞台を駆け抜けた直後に、またも技巧を奮う役を踊った。
森で野宿をしている際に、パックに間違ってほれ薬を振りかけられる2組の恋人たちは、アンドレア・トレディニク、スティーブン・モンティス、キャロル・アン・ミラーとロバート・パーカーが扮した。4人の巧みな演技に観客は大笑い。
貴公子ダンサーであるパーカーが見せるラインの美しさ、トレディニクとミラーが喧嘩しているさいにポアントで見せるパ・ド・ブレの素晴らしさに、このバレエ団のソリストの底力を感じた。
 
夜の部はティターニアにエリーシャ・ウィリス、オベロンをマシュー・ローレンスが踊った。2人は妖精の王と女王には人間的すぎたのだが、パックを踊った山本康介の観客の目を一瞬にして自分にひきつける明るい個性と技量が終始舞台を牽引した。また、恋人たちを踊ったレイ・ザオ、トム・ロジャーズ、ヴィクトリア・マー、ジェイミー・ボンドのうち、『ダンス・ハウス』の蒼ざめた「死」とは、あまりに違う若き軍人役を作り上げたジェイミー・ボンド、男性なら誰でも恋してしまうフェミニンにして優美な魅力のレイ・ザオ、村の変人・奇人5人組の1人を巧みに踊ったジェイムス・バートンら芸達者たちの個性と技量が、この作品を充実させ、ヒポドロームに集まった観客を大いに楽しませたのであった。
 
7月3日、バレエ団は、ジェイミー・ボンド、ナターシャ・オートレッド、ゲイリーン・カマフィールド、キャロ・アン・ミラーのプリンシパル昇進をアナウンスした。
第1週にパーカー、ボンド、曹馳の代役として、数々の舞台に立った救世主ジョゼフ・ケイリーとアレクサンダー・キャンベルはファースト・ソリストに、セリーヌ・ギテンズとトム・ロジャーズはファースト・アーティストになった。
 
主要ダンサーの怪我や病気による混乱があったものの、バレエ団にひしめく才能あるダンサーたちの奮闘がバレエ団を救い、ファンや関係者に彼らの魅力をいち早くアピールする機会を与えた。
国内をツアーすることの多いBRBは、ベテランから若手までが和気藹々と仕事し、チームワークに優れる。ダンサーたちが一つ一つの作品に一丸となって取り組み、それぞれの個性によって名作・佳作に新たな息吹を吹き込むさまは、英国のほかのバレエ団には見られないものであり、特に大人数による全幕作品上演の際に、その独自性が大いにうかがわれる。
 
バレエ団バーミンガム移転20周年にあたる9月からの新シーズンが今から楽しみである。
(2009年6月26日昼・夜 バーミンガム・ヒポドローム劇場。舞台写真は6月22日同劇場で行われた最終ドレス・リハーサルを撮影)

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