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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.05.11]

BRBのビントレー振付、新『シルヴィア』を佐久間奈緒と平田桃子が踊った

Birmingham Royal Ballet David Bintley : "Sylvia"
バーミンガム・ロイヤル・バレエ ディヴィッド・ビントレー新『シルヴィア』

BRBは4月16日から18日まで、ビントレーの新『シルヴィア』を4つの異なる配役で上演した。 
日本のバレエ関係者や愛好家にとってロイヤルの『シルヴィア』といえば、英国ロイヤル・バレエが来日公演で披露し、バッセルとボッレ主演公演がDVDになっているアシュトン版が馴染み深いことと思う。

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全幕版は1952年初演作品であったが、アシュトン卿自身は、自作が気に入らず、数年で上演を打ち切り封印。その後、67年にイギリスを代表するバレリーナ、マーゴット・フォンティーンを主役に1幕に短縮した版を作った。これは輝くスター・オーラを持ち、バランスや跳躍といった技巧にも優れたフォンティーンの魅力をあますことなく伝えるバレエとして人気であったが、このヴァーションもまた数年で上演されなくなり、2004年のアシュトン生誕100周年を記念して復刻版が制作上演されるまで40年ほど英国ロイヤル・バレエ団の演目リストから失われていた。
 
ビントレー版世界初演は1993年。当時バレエ団に君臨していた吉田都をタイトル・ロールに振付けられた。優れた技巧を誇るバレリーナのために作られた作品は、非常に難易度の高い物となり、95年に吉田がロイヤル・バレエに移籍してからは、踊れる者が稀となりいつしか上演されなくなっていたという。
ビントレーは今回の改定版振付にあたり、シルヴィアに佐久間奈緒を指名。神話の世界の物語に、現代を舞台にした序曲をつけ、狩の女神ダイアナのお付きのニンフであるシルヴィアと牧童アミンタの恋物語とその試練を、まるで洗練された劇中劇のような仕立てに改作してみせた。

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4キャストによる公演は、どれも魅力的な配役であったが、初日のファースト・キャストと最終日の昼夜の計3公演を鑑賞した。
初日はシルヴィアを佐久間奈緒、アミンタを曹馳(チ・ツァオ)、ダイアナをエリーシャ・ウィリス、オリオンをロバート・パーカー、エロスをアレクサンダー・キャンベルが踊った。
 
幕が開くと舞台は現代のヨーロッパ。グィッチオーリ伯爵(ロバート・パーカー)の館では、伯爵夫人(エリーシャ・ウィリス)との結婚記念日を祝うパーティが行われている。美しく着飾った男女の招待客が次々と登場。招待客の中には、お洒落なスキンヘッドの男性客2人ジルベルト(キット・ホルダー)とジョルジオ(ジェイムス・バートン)の姿もある。
伯爵夫妻には男女2人の子供がいるが、浮気の絶えない伯爵と、そんな夫の裏切りに悩む夫人との間には隙間風が吹きすさんでいる。シルヴィア(佐久間奈緒)は伯爵夫妻の子供たちの家庭教師、アミンタ(曹馳)は伯爵の召使いで、愛し合っている。
伯爵邸にはまた年老いた一人の庭師(アレクサンダー・キャンベル)がおり、事の一部始終を見守っている。この人物こそは愛の神エロスなのだが、老いて世の中に倦み疲れ、今では神々や人間の恋愛の手助けをすることを殆ど放棄してしまっているのだった。
 
伯爵は美しいシルヴィアに興味を持ち、関係を迫るが、拒むシルヴィアに平手で打たれてしまう。2人は、そんな場面を偶然子供を連れた伯爵夫人に見つかってしまう。
パーティがその享楽の頂点を迎えようというその時、愛の神エロスは、伯爵夫妻、シルヴィアとアミンタという2組の男女の危機を救い、真実の愛に目覚めさせるため、4人とパーティに集った者たちを神話の世界にワープさせる。

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1幕第2場は、月明かりに照らされる洞窟。狩の女神ダイアナとおつきのニンフたちが、狩の後の疲れを癒そうと次々と集り、踊りを楽しむ。一人のニンフが闖入者アミンタを発見。女神ダイアナは罰としてアミンタの目をつぶし視力を奪う。
女神とニンフたちがその場を離れた後、アミンタを哀れに思ったシルヴィアが現れ、彼を介抱する。だがその時、邪悪な狩人オリオンが現れシルヴィアを拉致する。アミンタは彼女を助けようとするが、目が見えないため目的を果たすことができない。愛の神エロスの助けを請い、彼に導かれ見えない目でシルヴィアを救出すべく旅に出るのだった。
 
第2幕の内容はアシュトン復刻版とほぼ同じ。暴君オリオンの洞窟から逃げ出すべく、シルヴィアはオリオンにワインを勧め、彼を酔わせる。ワイン作りを手伝うのは、冒頭に現れたお洒落な男性客2人ジルベルトとジョルジオが愛の神エロスにより変身させられたゴグとマゴグ。コミカルな演技と踊りで観客の笑いを誘う。酔いつぶれたオリオンを後に、洞窟を脱走しようと試みるシルヴィアの元に、愛の神エロスに導かれた盲しいたアミンタが現れる。だが女神ダイアナとの禁欲の誓いにそむくかのようなオリオンとの一夜を恥じたシルヴィアは、アミンタをも後にし、夜の闇の中に消えてしまう。

第3幕は海を見下ろすダイアナ神殿。女神とニンフたちが集い、踊る。そこにシルヴィアを探しあぐねるアミンタが、盲しいた姿で登場。屈強な神殿の門番により神殿の外にほうりだされてしまう。
一隻の海賊船が現れ、海賊の首領がダイアナに女奴隷を売りつけようとする。だが女神が興味を示したのは、4人の奴隷のうち、自らの下から逃亡したニンフのシルヴィアだけだった。シルヴィアが海賊の首領に「どうか自分を売らないで」と哀願した時、その声を耳にしたアミンタは愛しいシルヴィアを認め、結ばれた二人は共にパ・ド・ドゥを踊る。その後、海賊の首領がアミンタに再び視力を与える。彼こそは、海賊に姿を変えた愛の神エロスであった。

ここでシルヴィアに騙されたことに激怒したオリオンが登場するが、怒ったダイアナに殺される。ダイアナがシルヴィアとアミンタをも殺めようとした瞬間、愛の神エロスが現れ、ダイアナにシャンパン・グラスを握らせ、まるで時計の針を元に戻すかのように、すべての登場人物を再び現代の伯爵邸でのパーティーに送り返す。シルヴィアとアミンタ、伯爵夫妻はエロスのとりなしによって、愛の大切さを知り再び結ばれるというストーリー。

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シルヴィア、女神ダイアナ、3幕に登場しソロを踊る4人の神々ネプチューン、マルス、アポロ、ジュピター、ダイアナのニンフたちに扮したBRBのバレリーナたちが、ドリーブのメロディアスでパワフルなスコアにのって、優美に、そして時に勇壮に踊る姿がまぶしい。男性ダンサーが活躍する全幕作品が多いビントレー・バレエの中では、かなりの異色作といえよう。

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シルヴィア、女神ダイアナ、アミンタ、オリオン、エロスの主要登場人物5人と、脇役のジルベルトとジョルジオは、すべて二役をこなすことから、演技に秀でたダンサーでなくてはならない。 
また2幕のシルヴィアとオリオンのデュエット、3幕のシルヴィアとアミンタのパ・ド・ドゥには、非常にアクロバティックで難易度の高いリフトやパートナーリングがちりばめられており、男性主役と準主役には、スター性とダンス技術と共に優れたパートナーリング能力も要求される。
初日を踊った佐久間は、神話の世界でのソロやパ・ド・ドゥに、艶やかな女らしさとスター性を奮い、登場から最後の幕が下りるまで、観客の目を一身にひきつけて離さなかった。
盲しいたアミンタに涙する1幕2場、オリオンを酔わせる第2幕、海賊に売られようとする3幕に女優バレリーナとしての魅力を存分に振りまき、作品に君臨、ビントレーのミューズとして彼の抜擢に答えた。
バレエ界からフェリやボッカ、コープなど大スター次々と引退し、姿を消していく今、佐久間のようなスター・オーラの大きさと華やかさで、全幕作品を踊りきるバレリーナを目にするのは、何という救いだろう。

一方、98年のヴァルナ国際コンクール金賞受賞者で主演映画の公開が待たれる曹馳も、第3幕のパ・ド・ドゥのソロに技巧を奮い、全幕を通じてバレエ芸術にふさわしい品格の高さを感じさせて見事であった。
エリーシャ・ウィリス、ロバート・パーカー共に、現代の貴族と、神話の世界の人物の二役の演じ分けが巧みで、また観客を圧倒するダンス技術の持ち主である。
 
BRBの看板ダンサー4人を向こうに愛の神エロスを踊ったのは03年のローザンヌ・コンクールのファイナリストで、05年入団のアレクサンダー・キャンベル。20代初めの新人ながら、人生に疲れた初老のエロスを演じ、海賊の首領に変身する第3幕では、義足の片足と共に見事なフェッテを見せるなど、若手らしからぬ包容力と技量で関係者を唸らせた。
4人の神々を踊ったロッサルド、ミラー、平田桃子、レイ・ザオの中では、シャープな技巧で軍神マルスを踊ったミラーと、芸術の神アポロをエレガントに表現した平田の健闘が光った。

最終日18日(昼)の部は、タイトル・ロールを01年ローザンヌ賞受賞の平田桃子、アミンタにジョゼフ・ケイリー、ダイアナにセリーヌ・ギデンズというBRB期待の若手が扮し、オリオンをロバート・パーカー、エロスをクリストファー・ラーセンら芸達者たちがつとめた。
伯爵邸に登場した平田桃子のシルヴィアは、家庭教師らしく清楚で、身持ちの固い女性といった印象。物語が神話の世界に移行してよりも、狩の女神ダイアナに「禁欲の誓い」をたてている処女であるニンフの姿が似合った。そんな貞淑なシルヴィアだからこそ、女性と遊び慣れている伯爵や、神話の世界のラブ・ハンターであるオリオンの目には新鮮に映り、彼らが何とか平田=シルヴィアを我が物にしようとやっきになるのだと信じられた。

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05年アデリーン・ジニー賞金賞受賞のギデンズは、誇り高い女神ダイアナ役がよく似合い、この配役では、清楚な魅力の平田と華やかなギデンズという若手2名が、それぞれの個性を引き立てあい、観客を物語の世界に誘った。
06年ローザンヌ賞受賞のケイリーは、幼く見える容姿がアミンタのような青年役を演じるにあたって災いし、また目をつぶされた後の演技が単調であった。だがエロスの助けにより視力を取り戻した後の笑顔から観客の心を掴み、3幕のパ・ド・ドゥのリフトやパートナーリングには一切の破綻もなく見事で、平田の主演を大いに助けた。
平田はロンドンでの全幕タイトル・ロール・デビューにあっても始終落ち着いており、全幕を通じて演舞に優れたところを見せたが、白眉は3幕のグラン・パ・ド・ドゥのコーダで4回転を見せ、関係者や玄人ファンに大型新人であることを静かにアピールした。
 
夜の部はシルヴィアをウィリス、アミンタをジェイミー・ボンド、ダイアナをキャロル・アン・ミラー、オリオンをドミニク・アントヌッチ、エロスをキャンベルが踊った。
ウィリスは初日に伯爵夫人とダイアナを踊ったが、もとが儚い持ち味のバレリーナであり、伯爵やオリオン、女神ダイアナの怒りをかい、運命に翻弄されるシルヴィアという役が良く似合った。華やかな佐久間のシルヴィアに対して儚いウィリスは「伯爵家の家庭教師」や「女神おつきのニンフ」といった自らの役の身分の低さを巧みに表現した。やはり虐げられる役が似合う演技派のボンドとは非常に似合いのペアで、共に演舞をふるって観客に試練に満ちた愛の物語を切々と語った。

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私が観た3キャストの中で最も狩の女神ダイアナ役が似合ったのがミラーで、誇り高く威厳に満ち、自らに逆らうものは男女共に殺すことをいとわない勇ましさを演技と舞踊で見事に表現。色悪オリオンにうってつけの魅力の持ち主アントヌッチと共に、この日の主役・準主役の4人も、初演キャストと同じく、観客をビントレーのイマジネーションの世界に引きずりこみ、カーテンコールまで一時たりとも飽きさせなかった。
ボンドは1幕のエロスの像にシルヴィアとの恋の成就を祈るソロや、視力を失ってからの立ち振る舞いや所作に、持ち前の優れた演技力を奮い、3幕のグラン・パ・ド・ドゥのソロやマネージュに品格の高さと技術面での充実を見せ、次期プリンシパル候補であることを強く印象付けた。
 
演舞と個性に優れる多数のダンサーの活躍により、新『シルヴィア』は首都ロンドンで見事な成功をおさめ、ビントレー作品の持つ豊かなイマジネーションと、その作風は劇場に足を運んだ老若男女を感動させ、彼らの心を暖かいもので満たしたのであった。

残念であったのは、バレエ団とビントレー作品に欠かすことの出来ないファースト・ソリスト山本康介の姿がなかったことである。
『エニグマ・ヴァリエーションズ』のシンクレア、『ペンギン・カフェ』のテキサス・カンガルー・ラット、そして『シルヴィア』のジルベルトとゴグの二役に大活躍するはずであったこの人気ダンサーは、2月下旬の本拠地バーミンガムでの公演で負傷し、ロンドン公演の降板を余儀なくされた。現在は怪我も癒え、本拠地ヒポドローム劇場で、近々行われる予定の地方公演のリハーサルに励んでいると聞く。山本の活躍については、また7月号で皆さんにご紹介する予定である。
(2009年4月16日、18日昼夜3公演を鑑賞 ロンドン・コロシアム劇場 写真は2月24日バーミンガム・ヒポドローム劇場でのドレス・リハーサル)

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