ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.12.10]

ロイヤル・バレエ『マノン』

 この秋、イギリス・バレエ界最大の話題は、ロイヤル・バレエとイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)が共にマクミランの『マノン』全幕を上演したことであった。

  ENBは、03年にデンマーク王立バレエ団が本拠地コペンハーゲンで初演したプロダクションを披露。『マノン』を初演したアントワネット・シブレーと芸術 監督でデ・グリュー役をよく踊ったウェイン・イーグリングが指導にあたり、日本でも人気の夫婦ペア、アグネス・オークスとトマス・エデュール(オークスは 今シーズンで引退の予定)を中心に、ドイツよりフリーデマン・フォーゲルを招き、バレエ団のプリンシパルと共に同作品にデビューさせた。
デンマーク王立版は、舞台装置に北欧特有のミニマリズムとセンスの良さがあふれ、英国ロイヤル・バレエが上演するオリジナル版と同じ振付ながら、非常に 異なった雰囲気の作品に仕上がり、10月末に英国地方都市ブリストルでの初演以来、関係者やファンの間で話題となっている。

 ENBの『マノン』と11月8日サウスハンプトンでの高橋絵里奈とフリーデマン・フォーゲル主演公演については、TOPICSのフォーゲル・インタビューで簡単にご紹介している。http://www.chacott-jp.com/magazine/topics/71_2.html
この舞台につては、来年1月初めのENBロンドン・シーズンにて複数の配役を鑑賞し、詳細をご紹介予定。

Photo/Angela Kase

 ロイヤル・バレエの『マノン」』リバイバル初日は10月15日。
『マノン』といえば、マクミランのドラマティック・バレエの中でも、主役バレリーナの美貌や演技力、舞踊技術が最も重視される作品である。
ところが10月中旬の時点では、この役を得意とするロホ、コボーとのパートナーシップが期待されたコジョカル、デビュー予定であったサラ・ラムらがすべて降板していた。
「一体われわれは誰を見るべきなのか?」とファンが嘆く中、3人の代役に抜擢されたのは、それぞれ今シーズン、タイトル・ロールにデビューする予定であっ たロベルタ・マルケスとラウラ・モレーラ。それぞれ実力のあるバレリーナとはいえ、特にモレーラについては容姿面で、貴族から平民男性までを魅了する娼婦 マノンを踊るには役不足なのではないか? と囁かれた。

 11月6日と17日の公演を観る。
6日はゲネプロ撮影時の配役と同じくタイトル・ロールにマルケス、デ・グリューにイヴァン・プ-トロフ、レスコー役をブライアン・マロニーが踊った。
マクミランはバレエの創作にあたり、男性主役デ・グリューにアントニー・ダウエルを抜擢。英国を代表するダンスール・ノーブルであるダウエルは、ヌレエ フのような高い跳躍や、華ばなしい旋回の大技を得意とする踊り手の対極に位置したダンサーで、アダージオで見せるラインの純粋な美にその魅力を最も発揮し た踊り手である。そのため男性主役デ・グリュー役には、ダウエルの個性と魅力を最大限に生かす数々の静謐で美しいソロがちりばめられている。

 現在のロイヤル・バレエ団で、これらの振付を最も美しく再現できるのがイヴァン・プートロフである。ゲネプロ当日も6日のデビューも、出会いのパ・ド・ドゥや寝室のパ・ド・ドゥで、古典バレエのポジションを最も純粋に美しく極めてみせ、観客のため息を誘った。
マルケスは南米出身のバレリーナらしく、コケティッシュで奔放な魅力を発揮。登場の可憐な少女から、デ・グリューと出会い恋に落ちるまで、そして金持ち 貴族のGMに目をつけられ毛皮と宝石でたらしこまれる1幕まで、まるでブリリアント・カットのダイヤモンドさながらに、時に色彩を変えながらまばゆい光を 放ち、登場人物や観客、関係者を魅了した。
ブライアン・マロニーはゲネプロでも充分素晴らしかったものだが、レスコー・デビューの6日はより一層の熱演で、冒頭のソロ、酔いどれのソロや色悪としての演技に持てる才能と魅力の全てを奮い、プートロフを凌ぐ存在感を見せた。
マルケスとプートロフは『ロミオとジュリエット』の共演が好評であったが、『マノン』でも非常に似合いのペアで充実のパートナーシップを披露。

Photo/Angela Kase

  ひとつ残念であったのは、時としてスター性が希薄で地味になってしまうプートロフが、のびのびと踊り魅力を発揮したゲネプロ時に比べ、デビュー当日の11 月6日は緊張のせいか1,2幕と地味に固まってしまい、ニュー・オリンズに流れ着く3幕まで本領を発揮できなかったことであった。また全く別のバレエを踊 りながら、演技面で彼のロミオとデ・グリュー役が重なって見え、デ・グリュー役にさほど新しい魅力を発見できなかったことであった。

 11月17日は、当初モレーラ、ペネファーザー、スティーブン・マックレーが、それぞれの役にデビューする予定で関係者やファンが非常に注目していた。
だが最終的にマックレーもペネファーザーも降板し、コジョカルとラムの降板の穴を埋め、一足早くタイトル・ロールにデビューしたモレーラとフェデリコ・ ボネッリ、リッカルド・セルヴェーラが主演。今では数少ないイギリス人プリンシパルであるペネファーザーのデビューを一目見ようと集まったファンを落胆さ せた。
 だが幕が上がってみるとモレーラ、セルヴェーラ、ボネッリの3人それぞれが、役を見事なまでに自分のものとし、演技・技術的に素晴らしく、3人が互いを触発しあうスーパー・パフォーマンスとなり、当夜のコベント・ガーデンは大いに盛り上がった。
特にモレーラは当初彼女が『マノン』を踊ることに疑いを抱いていたファンを大きく裏切る充実ぶり。1幕の少女と、ムッシューGMの富で美しく装い人気の 頂点にある2幕とでは、まるで別人と化し、2幕では身のこなしから振る舞いまでのすべてに、高級感があふれた。また3幕のニュー・オリンズで看守の暴行を 受ける場面では、身体能力の高さを生かし、たとえばこの役を踊ったギエムのような身体能力に長けたバレリーナをも凌ぎ、他の追従を許さなかった。

 ボネッリは一途な神学生役が似合いで、ソロにエレガンスを奮い、セルヴェーラはレスコー役をこれまで以上に充実させて、1幕の最後デ・グリューに迫り、腕をねじ上げ金貨を掴ませる場面においてマイム、ダンス共に非常な迫力を見せて観客を圧倒した。
このキャストに何らかの問題があるとすれば、モレーラがあまりに演舞に巧みであり、時としてその巧みさが自然を通り越して観客の目に透けて見えてしまうことかもしれない。
だがそれについて言及する必要はあるまい。
私を初めとする関係者や多くのファンはこの3人のス-パー・パフォーマンスに大いに満足し、熱い感動と共にコヴェント・ガーデンを後にし、寒さが一層厳しくなった冬のロンドンの街に向かった。
(2008年11月6日、17日 ロイヤル・オペラ・ハウス 撮影10月15日)

Photo/Angela Kase