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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.12.10]

バーミンガム・ロイヤル・バレエ団 ロンドン公演

 10月28日~11月1日、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団(BRB)が1年ぶりのロンドン公演を行った。
ビントレーの『美女と野獣』全幕と、ミハイル・フォーキン振付の『ペトルーシュカ』と『火の鳥』、マイケル・コーダー振付で、この夏初演した新作『妖精の接吻』による「ストラヴィンスキー小品集」という2つのプログラムを持っての5日間7公演であった。
連日バレエ団のスターダンサーが様々な役に活躍した「ストラヴィンスキー小品集」を全公演(3回)観る。

 話題は、バレエ団の男性3人が日替わりでタイトル・ロールを踊った『ペトルーシュカ』と、佐久間奈緒が当たり役『火の鳥』を主演すること、そして新作『妖精の接吻』のロンドン初演であった。
『ペトルーシュカ』を主演したのは山本康介、ジェイミー・ボンドとアレクサンダー・キャンベルの3人である。
初日に抜擢されたキャンベルはまだ入団3シーズン目の新人である。03年のアデリーン・ジニー賞銀賞受賞者で同年のローザンヌ・コンクールのファイナリ ストとはいえ、不世出の天才舞踊手ニジンスキーが、ダンス技術より演技力を奮って挑んだこの作品を踊るには若すぎるのではないか? という危惧があった。
だがそれはまったくの杞憂に終わり、幕が上がってみると人形ぶりは上手いし、演技もまた巧み。ローザンヌ・コンクール以来の成長ぶりに目を見張った。

 コンクールのテレビ放送を覚えている皆様も多いことと思うが、03年のローザンヌといえば、現在アキレス腱の怪我のため長期リハビリ中の英国ロイヤル・バレエの新星スティーブン・マックレーがフリー・ヴァリエーションでタップ・ダンスを披露し話題となった年である。
国別では男女とも容姿に優れ賞取得に激しい闘志を燃やした中国勢と、マックレーとキャンベルらオーストラリア勢が大活躍した年であった。
コンクール当時のキャンベルは、将来性を感じさせながらも、素材的にはマックレーに比べかなり未完であった。だがBRB入団後めきめきと実力を養い、力 をつけ、先シーズン終わりには、この『ペトルーシュカ』と、新作『妖精の接吻』の男性主役に抜擢されるなど目覚しい活躍を見せている。

 最終日のお昼の部のタイトル・ロールを踊ったジェイミー・ボンドはより繊細で悲哀に満ちた役作り、夜の部の山本康介は観るものの胸をえぐる悲痛な演技を見せそれぞれ忘れがたい印象を残した。
バレリーナ人形にはアンブラ・ヴァッロと佐久間奈緒が、ムーア人にはジェイムス・グランディー、ロバート・グロブナーやタイロン・シングルトンが扮した。
主役・準主役以外にも様々な登場人物が登場するこのバレエは、脇役の名演を見るのもまた大きな楽しみのひとつである。
札びらに物を言わせ、二人のジプシー・ガールとお楽しみの金持ち商人の若旦那を演じたマシュー・ローレンス、ジプシー・ガールの一人に魅力を振るったレイ・ザオらの好演も、この小品をより豊かに味わい深いものにした。

『妖精の接吻』の世界初演は1928年。アンデルセンの童話を原作に、ストラヴィンスキーによるオリジナル・スコアとニジンスカによる振付、イダ・ルビンシュタイン主演で上演されている。
ストラヴィンスキーとニジンスカという2大巨匠の手腕は、だが踊り手として限界のあったルビンシュタインにより生かされることなく作品はいつしか忘れさられた。
その後、アシュトンやバランシン、マクミランもストラヴィンスキーのスコアやアンデルセンの原作に魅了され、それぞれのヴァーションを振付けている。

 雪嵐をおこし人間を死においやる魔力を持つ妖精は、ある日乳飲み子を抱いて旅する一人の母親を凍死させる。そして赤ん坊をも抱きしめ接吻して殺そうとした瞬間、数人の村人たちが現れたため目的を果たせずに終わる。
20年ほど経過したある日のこと、凍死を免れた赤ん坊が逞しい若者に成長し、結婚式を挙げようというその日、妖精は再び若者の前にその姿を現し、花嫁から彼を奪い、数度の接吻の末に彼を凍死させる、という物語。

  コーダーによる振付は、ストラヴィンスキーの音楽をたくみに生かし、群舞と主要ダンサーをめまぐるしいまでに踊りこませるもの。ノン・ストップともいうべ きステップの連なりは、スタミナ豊富な若手ダンサーを主要な役にすえるべき作品であり、観客の中には振付を目で追い続けるのに疲れを覚えた者も多かったよ うだ。
だがそれらめまぐるしいステップを流麗につむぐ主役・準主役のダンサーたちの魅力と、形象美に優れる振付、マクファーレンによる幻想的なセットや衣装デザインにより心に残る秀作である。

  連日妖精を主演したのはゲイリーン・カマフィールド。難解な振付をわが物にし、シャープな技巧やポアント使い、人間を死に至らせる魔性に持てる演技力を 奮った。恐ろしい妖精役を踊ってもなお非常に好感度の高い踊り手で、移籍直後にロンドンや英地方公演で、妖精役を踊ることでバレエ団内にスターの座を獲 得。イギリス全土で大いにファンを増やしたようだ。

 まだ20歳そこそこながら、立て続けに跳躍や旋回技を主人公の若者役は、アレ クサンダー・キャンベルとジョゼフ・ケイリーがつとめた。ほとんど出ずっぱりで踊り続ける役にスタミナを奮ったキャンベルに対し、ケイリーは難解な振付や ステップを、クリーンなフットワークと優美なアームスやポーズで纏め、よりアーティスティック。すでにたくさんの魅力的な男性ダンサーを抱えるBRBだ が、今後この非常に対照的な魅力を持つ若手二人の活躍もバレエ団をより一層充実したものにするであろう。

『火の鳥』は初日を佐久間奈緒と曹馳が、最終日の昼の部をキャロル・アン・ミラーとマシュー・ローレンスが、最終日の夜を佐久間奈緒とロバート・パーカーが踊った。
バレリーナ佐久間奈緒の魅力といえば、高い舞踊技術を持ちながら、何よりも女優であること。華やかな役柄から妖艶な大人の女役までを網羅する芸域の広さなどである。
ビントレー作『アーサー王パート2』で、湖の騎士ランスロットとの道ならぬ恋に苦悩する王妃グィネヴィアや、『眠れる森の美女』のオーロラ、薄幸の娘ジゼルも忘れがたいが、佐久間の代表作の頂点に位置するのは『火の鳥』である。
王子に捕らえられ、自由にしてほしいともがき嘆願する姿の何と艶めかしく魅力的なことか。また窮地に陥った王子を助けるべく飛来し、すべての登場人物を支配する彼女の大きな存在感とスタ-・オーラには、ただただ圧倒されるばかりである。

 映画出演のため演技の勉強を重ね、半年の撮影を終えバレエ団に復帰した曹馳は、さすがに舞台の立ち姿がひとまわり大きくなり、火の鳥の助けにより悪を倒し、美女を得て戴冠式に挑むその姿は、佐久間と共に他を圧倒した。

 最終日の夜の部は佐久間奈緒の火の鳥、ロバート・パーカーの王子にゲイリーン・カマフィールドのプリンセスとスター総出演.
林檎の木の前で王子とプリンセスが恋に落ちる場面で、カマフィールドとパーカーの演技力の高さがぶつかり絡み合い、観客には恋する二人の気持ちの揺らめ きが手に取るように理解でき、高鳴る胸の鼓動や会話まで聞こえてくるかのような臨場感があり白眉で、佐久間奈緒という存在も得て、この日のパフォーマンス はロンドンのバレエ関係者やファン、満場の観客を興奮の坩堝に陥れた。

 すべてを物語バレエで固めたBRBによる公演はストーリー・バレエを好むイギリス人に大人気で、公演時期がちょうどイギリスの学期の中休みであるハーフタームにあたったこともあり、平日の昼公演を含むどのパフォーマンスも、舞台芸術を愛する老若男女であふれていた。
(2008年10月31日夜。11月1日昼・夜 サドラーズ・ウェルズ劇場)