ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2007.12.10]

英国ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』

英国ロイヤル・バレエは10月16日から11月25日まで、『ロミオとジュリエット』を上演した。
デビュー組を中心に4キャストで観たが、初日10月16日のスティーブン・マックレーの鮮烈なロミオ・デビューについては、先月号でふれたので、今回はほかの3キャストについて書く。

10月22日午後、バレエ団期待の英国人ファースト・ソリスト、ルーパート・ぺネファーザーがロミオ役でデビューした。
長身で気品あふれるぺネファーザーは、数年前より『シルヴィア』や『誕生日の贈り物』の主役に抜擢されており、中でも昨年の『眠れる森の美女』のデジー レ王子デビューでは、元プリンシパル、ジョナサン・コープを髣髴とさせる貴公子ぶりを披露。コープ引退以来途絶えてしまったと思われていたロイヤル・バレ エの貴公子ダンサーの系譜に連なる若手として関係者やファンの注目を一身に浴びた。

将来バレエ団を背負って立つに違いない土地っ子ペネファーザーのマクミラン作品デビューに、地元ファンの期待は大きかった。
ペネファーザーは今年入団8年目の26歳。若さに似合わず、相手役バレリーナのサポートが巧みで、古きよき時代の英国紳士を思わせる奥ゆかしく控え目な 個性のダンスール・ノーブルである。技術的には恵まれた長身から繰り出す、胸のすくような跳躍の大技とバランスに優れ、またラインの美しさでも見るものの 目を奪う。
ただ『シルヴィア』のアミンタなど主役に抜擢され始めた当初は、表情の乏しさと演技・表現面のつたなさで世界一辛辣な英国の批評家たちに酷評されもした。

タマラ・ロッホ

11月9日のペネファーザー主演2日目の公演を観る。ジュリエットはマーラ・ガレアッツィ、マキューシオにリッカルド・セルヴェーラ、ベンヴォーリオはヨハネス・ステパネクがつとめた。
マクミラン版の場合、1、2幕のロミオ、マキューシオ、ベンヴォーリオの3人の踊りに、素早い旋回技と小さなジャンプが数多く盛り込まれ、これらのステップをいかに音楽性豊かに、明確に見せるかが男性舞踊手の課題となる。
長身ダンサーにとっては難関であるこれらのステップを、かつてギエムの相手役として客演したオペラ座のル・リッシュが踊りこなせず難儀していたのが記憶に新しい。一方、旋回技を得意とするロベルト・ボッレは、いともやすやすと踊ってみせたのが印象的である。

ペネファーザーはスムーズさではボッレに引けをとるとはいえ、キャピュレット家に忍び込む前のマキューシオ、ベンヴォーリオとのヴァリエーションも難な くまとめ、バルコニーの場のパ・ド・ドゥのソロもデビュー直後のダンサーには見えず、またジュリエット役のガリアッツィへのサポートも見事であった。
問題は、クールな彼の個性はバレエの王子・貴公子役にこそ似合いだが、甘く激しい初恋に落ちた末、若き命を花と散らすロミオという役を生きているようには見えないことであった。

ガリアッツィはバルコニーから階段を下りる場面で2度ほど階段を踏み外しそうになるアクシデントがあった。彼女なりのジュリエットを踊ったが、コジョカ ル、ロッホというジュリエット役を得意とする同バレエ団の2大バレリーナと比べると、かなり地味な主演となってしまったのは否めない。
同日最も印象に残ったのは、冒頭のヴェローナの街の広場で、群舞の若者を踊ったルドヴィック・オンデヴィエラであった。短いソロながらシャープで音楽性に富んだ跳躍で見る者の目を奪ったのである。

タマラ・ロッホマルケス、プートロフ
ティアゴ・ソアレス(ティボルト)マルケス、プートロフ
マルケス、プートロフ
マルケス、プートロフ
  20日、ロベルタ・マルケスとイヴァン・プートロフのデビュー公演を観る。マルケスは小柄なプートロフの相手役として3年前にコベント・ガーデン・デビューを遂げた。
02年モスクワ国際バレエ・コンクールの銀賞受賞者で強いテクニックと、表現力に富むバレリーナだ。プートロフとは、これまでも『ジゼル』『バヤデール』で共演している。今年30歳になるが古典バレエの少女役が非常に良く似合う踊り手である。
マルケスは、乳母と遊ぶ登場シーンでは「甘えん坊の幼いお嬢様」を、ロミオと出会い初恋に胸を高鳴らせる場面、バルコニーのパ・ド・ドゥ、そしてヴェ ローナの街を離れるロミオと一夜を過ごした寝室シーンで、人を愛する喜びに目覚めた「大人の女性への変貌」を、鮮やかに演じ踊ることによって表現して見せ た。
パリスとの結婚を申し渡されローレンス神父に助けを求める必死さ、仮死状態から目覚め死んでいるロミオを見た後の驚き、嘆きなどの表現も見事で、短剣を 胸に突き立ててから、死を目前に愛するロミオに触れようと手をさしのべる場面など、作品の要所要所で観客の心を奪い涙させ、今シーズン最も心に残るジュリ エットとなった。

プートロフは、現ロイヤル・バレエの男性舞踊手中最もロミオ役が似合う容姿の持ち主である。初恋に夢見心地の甘やかなロミオとして、マルケスと共にこの 作品にうってつけの魅力を持つ。当日はマキューシォにマーティン・ハーヴェイ、ベンヴォーリオを蔵健太という、今バレエ団で最も旬の男性ダンサー2人が登 場、プートロフと共に演舞に若さを発散してみせた。

1幕プートロフは緊張のせいか、舞踏会に潜入する前、ハーヴェイと蔵と共に踊る場面で2人に遅れをとってしまったが、その後ジュリエットの奏でる音楽で踊るソロでは深窓の令嬢の心を奪うには充分魅力的であり、バルコニーのパ・ド・ドゥも申し分なかった。
だが秘密の結婚式の後、街でティボルトとマキューシォが剣をふるう場面でハーヴェイが登場すると、プートロフとハーヴェイの主役、準主役という立場がまるで入れ替わってしまったのである。

蔵、マルティン、プートロフマルティン、プートロフ、蔵マルケス、プートロフ
マルケス、プートロフホワイトヘッド、エイヴィスマルティン、アコスタ
ピクリング、サーンダースロッホ、アコスタロッホ、アコスタ
ロベルタ・マルケスロベルタ・マルケス佐々木、マルティン、アコスタ

先シーズン『マイヤリング・うたかたの恋』のルドルフ皇太子役に抜擢され、またバーミンガム・ロイヤル・バレエの芸術監督で振付家のビントリーからの信頼も厚く、現在2つのロイヤル・バレエで活躍をするハーヴェイは、演舞に優れた包容力のあるダンサーである。
ティボルトの刃に若い命を奪われるマキューシォ役も、表現と求心力に富み、非常な魅力で、主役を演じながらどこか存在感の希薄なプートロフから、観客の関心を一身に奪いとってしまった。

そんな事態からプートロフが再び盛り返しを見せたのは、クライマックスのジュリエットの墓の場面であった。
愛する少女の死を前に号泣する様は、過去にロミオ役を得意とした英国人ダンサーたちの誰にも見られなかった激しい感情のほとばしりで、スラブ民族の彼な らではの表現。関係者や観客はそんなプートロフを目の当たりにし、サポート面での少しの不手際など忘れ、心を大いに動かされたのである。

表現力に富み、強い技術を持つマルケスと、芸術性に富みながらどこか存在感が希薄なプートロフは、これまで身体的特徴以外では、全くそぐわないペアだと 言われてきた。だがこの作品のクライマックスで、二人が見せた激情により、この2人が現在『ロミオとジュリエット』に必要不可欠なペアであることを見事に 証明して見せたのである。

マルケス、プートロフ
  当日は、キャピュレット卿をギャリー・エイヴィスがつとめ、中世ヨーロッパの名家の家長らしい存在感を見せたほか、ベンヴォーリオ役の蔵健太もソロの華 やかな跳躍など印象に残った。スティーブン・マックレーはマンドリン・ダンスのリードで空を切り裂くような跳躍と、見事な足さばきを見せ、彼ら脇役たちの 活躍も主役2人と共に心に残った。

11月16日は、現在バレエ団のスターであるロッホとアコスタが主演。全団員と共に後世に長く語り継がれるであろう素晴らしいパフォーマンスを見せた。
当日のマキューシオ役はホセ・マルティン、ベンヴォーリオ役は佐々木陽平。

幕開きから主役、準主役のみならずロイヤルの全アーティストから「ただならぬ熱気」が漂い、アコスタがランベルセや旋回技に柔軟性や見事なまでのコント ロールを見せれば、ホセ・マルティンもピルエットのスピードを緩急自在にコントロールしたあげく、フィニッシュで長々としたバランスを披露。元来表現に優 れるロッホが、迫真の演技にオリジナリティーをこめれば、アコスタも負けじと激情をほとばしらせてみせる。全アーティストが一丸となって、後世に残る入魂 の舞台を作り上げようとしていた。

当日はBBCがこのクリスマスに放映するテレビ番組用に、同配役の公演を収録した3回のうちのメインの日だったのである。この公演はテレビ放映後DVD化されるという。日本の皆さんがロイヤルのダンサーたちの名人芸をお楽しみになれる日もそう遠いことではないだろう。

ロベルタ・マルケスロッホ、アコスタロッホ、アコスタ