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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2005.10.10]

●心臓に魅せられて-ランダム・ダンスの新作『Amu』

心臓に影響を及ぼす遺伝病の一つ、マルファン(Marfan)症候群をわずらう現代イギリス音楽界の著名な作曲家と、人間の身体に関する先端科学を熱心に取り込む若き振付家。そんな二人が遭遇したとき、何が起きるか?

なくなったダイアナ元英国皇太子妃の葬儀でその音楽が使われたことでも知られる、イギリス音楽界の巨匠、ジョン・タヴァナー。 彼はこれまで、一度もバレエ/ダンスに曲を提供したことがなかったそうだ。公演前の「ザ・ガーディアン」紙による彼へのインタヴューで、専門医が彼に見せた、 彼自身の心臓のイメージ映像を見たとき、心臓の鼓動、血液を送り出す動きからダンスを想起したと語っている。 そして、そのイメージが、数年前に完成させることが出来なかった、アラブ世界の『ロミオとジュリエット』的な悲劇を描いた詩に基づく合唱曲「ライラ(Laila)」を再構築するきっかけになった。 更にこれをダンスに使えないかと、相応しい振付家を探していた、というのがこの冒険的なコラボレイションのスタートらしい。

白羽の矢が立ったのが、サドラーズ・ウェルズ劇場のレジデンツ・カンパニーである、ランダム・ダンスを主宰するウェイン・マックグレガー。 彼自身、人間の心臓について興味を深めつつある時期だったらしい。 また、これまでの彼のキャリアの中で、振付にクラシック音楽を使い、更に生のオーケストラとのコラボレイションはなかったそうなので、マックグレガーにとっても新たなステップを踏み出す機会だったとのことだ。

 マックグレガーとタヴァナー、年齢もバックグラウンドも、 すべてが相反するように見える二人によって生み出されたのが、世界初演となった『Amu(英語でof the heartの意)』。9人のダンサー、7人の歌手、 そして50人のオーケストラによるパフォーマンスは、意欲的な、またこちらの想像力を刺激する作品として大変面白かった。 一方で、ダンスに使われる「音楽」の影響力についても考えさせられた。演奏はサウス・バンク・シンフォニア。

これまで観てきたマックグレガーの作品で感じた舞台を疾走するようなスピード感は、『Amu』からは強く感じられなかった。 これは、クラッシク音楽、もしくは生のオーケストラとの共演による制約みたいなものだろうか。 しかし、ダンサーが生み出す動きは、あるときは激しく時に穏やかで、音楽のバックに常に流れていた、心臓の鼓動を模したリズムとよく調和していた。 ばらばらに動いているように見える動きが、いつの間にか一体になって何かを創り上げていくような印象を持った。 「人間の心臓」は単なる器官にとどまらず、非常に美しいものである、というタヴァナーとマックグレガーの発想を感じることが出来た振付だったといえるだろう。

『Amu』

 振付は、意欲的で興味深いものだったが、途中で気になり始めたのが、音楽がもたらすイメージ、とりわけ、今回は歌が伝えるイメージの強さだった。 タヴァナーの音楽は様々な宗教から触発されたスピリチャルな印象で語られることが多いとのこと。 『Amu』に使われた「ライラ」は、西洋のメロディや、ネイティブ・アメリカンのドラムによるリズムに混じって日本の声明やパキスタンのカッワーリのように響く旋律で歌われるなど、大変に面白いものだった。 が、ソプラノ歌手が何度も何度も「ライラ」という名前を歌い上げるのだが、舞台にはその「ライラ」を踊るダンサーはいない。 繰り返し歌われる名前によって思い浮かべるイメージ、言い換えると、なまじ歌っている内容がわかってしまうと、歌われる情景を追い求めてしまう。 この夜は、歌のもつパワーが振付/ダンサーの表現力を凌駕した瞬間が何度かあった。
公演後のフリートークで、マックグレガーは今回の創作過程が全く新しい経験だったことを強調していた。が、その新しい経験が、彼の振付を飛躍させることが期待できるコラボレイションだったと思う。
(サドラーズ・ウェルズ劇場、9月16日)