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船引怜美 Text by Remi Funabiki 
[2005.08.10]

●オーストラリア・バレエのロンドン公演『白鳥の湖』

オーストラリア・バレエが12年ぶりのイギリス公演を行い、2002年初演の話題作グレイム・マーフィー版『白鳥の湖』をロンドン・コロシアムで上演しました。

マーフィー版『白鳥の湖』はどこかマシュー・ボーン『Swan Lake』を思い起こさせる現代版『白鳥の湖』。 以前の英国王室三角関係を物語のベースにしたのではないか、と言われる、ジークフリード王子、 婚約者オデットそしてジークフリード王子の愛人ロットバルト男爵夫人、3人の三角関係を描く、またもう一つの『白鳥の湖』。 最も知られているプティパ=イワノフ版またはセルゲイエフ版の音楽構成を使わずに、ブルメイステイル版と同じくチャイコフスキーの原曲とその曲順 (例:通常の黒鳥のパ・ド・ドゥウとチャルダッシュは1幕で使用され、3幕のパ・ド・ドゥウは『チャイコフスキーパ・ド・ドゥウ』の音楽など)を忠実に再現した演出は、 最もオーソドックスな『白鳥の湖』の曲順にあまりにも慣れてしまった者には、どこか違和感を覚えずにはいられませんが、チャイコフスキーの音楽のドラマ性に新たな感動を覚えます。

オーストラリアを代表するコンテンポラリー・ダンス・カンパニー シドニー・ダンス・カンパニーの芸術監督であるマーフィーは、古典の振付を所々にバックボーンとして生かしつつも独自の世界を創り上げました。 クラシック・バレエのヴォキャブラリーではそのラインの美しさと繊細さ(または脆さ)を強調し、コンテンポラリー・ダンス的な動きではその流動性と力強さを生かして、激しい感情やドラマ性を表現。 最も印象的だったのはアイススケートを思い起こさせるパートナリング。リフトされた女性(オデット)のアラベスクの軸足を男性(ジークフリード王子)が胸の前で抱えた状態から女性がパンシェするというリフトは、 今までにありそうでなかった発想で非常に衝撃的でした。その視覚的な美しさはフォルムが醸し出す美しさで、テクニックとしての美しいラインと言う意味ではなく、 彫刻などの美術作品を観た時に覚えるような感動を覚えました。

その他にも視覚的に非常に強いインパクトを与えたのはクリスティアン・フレドリックソンの美術/衣裳デザイン。 白と黒というシンプルな色を基調にしたデザイン、豪華なデコレーションにも関わらずゴテゴテした印象をまったく与えない非常に上品なデザインはとてもスタイリッシュで印象的でした。 白鳥のチュチュも非常にやわらかい素材を使ったオペラ・チュチュで、その丸みを強調するスカートがまさに白鳥の身体を連想させました。

 23日の公演で主演したのは、オーストラリア・バレエ出身で現在はバーミンガム・ロイヤル・バレエ プリンシパルのエリシャ・ウィリス。 エック版『ジゼル』やマクミランの『アナスタシア』を思い起こさせる精神的に病んだオデットを、強い存在感と繊細な表現力で好演しました。 1幕、ロットバルト男爵夫人と王子の関係を知って狂乱するオデットの舞台に、四角形に描きながらの移動性フェッテで魅せた、信じられないほどのコントロール力とパワー、 そして2幕では観ている者も苦しくなってくるような非痛感溢れる姿が非常に印象的でした。 その他にも特筆すべき点としてグラマラスで強い影を持つロットバルト男爵夫人を演じたルシンダ・ダン、そしてカンパニー全体の安定したテクニックとナチュラルな表現力の高さがあげられるでしょう。

キーロフ・バレエの『白鳥の湖』上演と重なったことも影響してか、一部の新聞批評ではキーロフ・バレエは『白鳥の湖』にコピーライトをつけるべきではないのか、 マシュー・ボーンとマッツ・エック以外のリメイクを禁止すべきではないか?、テレビのメロドラマ的『白鳥の湖』…などの批判的な意見がみられますが、イギリスの観客の評判は良く、劇場内は感動と興奮に溢れていました。  私個人的な意見としても物語、音楽,そして振付の融合性という点では物足りなさを感じましたが、美術を含めた作品全体的な完成度としては非常に印象深いプロダクションだと思いました。
(2005年7月23日、ロンドン・コロシアム)