ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

船引怜美 Text by Remi Funabiki 
[2005.04.10]

●マシュー・ボーン 『ハイランド・フリング』

昨年のクリスマス『Swan Lake』の再演で興奮と熱狂に包まれたサドラーズ・ウェルズ(SW)に、マシュー・ボーンが戻ってきました(3月1~5日)。

1994年に初演された『ハイランド・フリング』はその後プログラムなどに載せられるマシューの経歴でいつもその作品名を見るものの、その作品自体を観ることはなかなか出来ませんでした。『Swan Lake』以前、『スピットファイヤー』/『くるみ割り人形』以降、マシューによる古典バレエ作品のコンテンポラリー化シリーズの原点に位置される『ハイランド・フリング』。そのベールに包まれた作品がついに再演となりました。

バ レエ作品で最も歴史の長い『ラ・シルフィード』の現代版、舞台は1990年代のグラスゴー、主人公ジェイムスはドラッグに溺れる若者。基本的なストーリ展 開は『ラ・シルフィード』とほぼ同じで、音楽もブルノンヴィル版のレーヴェンショルドの曲がアレンジされています。マシュー作品といえば、レズ・ブラザー ストンとのコラボレーションが注目されます。今回の美術・衣装デザインも「さすが…」としか言いようのない独特の世界を作り上げています。レズの手がける どの作品を観てもいつも感じることは「一瞬にして観客をその(作品で描かれている)空間にワープさせるマジックのようなデザイン」ということ。今回もまさ に自分もグラスゴーのとあるカウンシルフラットに住んでいるような感覚を覚えました。マシューのモットーとするブリティッシュ・テイスト/文化の強調は、 これ以上の成功例はないと思われるほどにレズのデザインにも現れています。どんなに小さな小道具(アイロン台、はたき、オートミールの箱など)にもブリ ティッシュであることが伝わってきます。すべてタータンチェックのセットや衣装は、ヴィヴィアン・ウェストウッドのテイストを連想させました。その見事な ハイランド(スコットランドの高原地方)と言うテーマへの徹底追求が、マシューとレズのコラボレーションのすごさを物語っているのでしょう。

マシュー作品の中でも最も踊りの多い作品であると言われる通り、1幕のジェイムスとエフィーの結婚パーティーシーン、10人のダンサーのエネルギッシュな 迫力はバランシンの『シンフォニー・イン・C』のフィナーレで味わう興奮のようなものがあります。このプロダクションに出演している11人のダンサーのダ ンストレーニングの確実さと表現力の高さが、観ている者に爽快感と満足感を覚えさせます。

「実は『ジゼル』を挑戦したかった」というマシュー自身のコメントから伝わるように、バレエ作品『ジゼル』の大きな影響が第2幕に見られます。さらに男女 ともに同じ振りを同時に踊るブルノンヴィルの振付的特徴も強く反映されています。その他にもマスターピースと言われるバレエ作品からのインスピレーション なのでは?と思われるシーンもあり、モダン・ダンスまたは一部のコンテンポラリー・ダンスにしばし見られるバレエ完全否定傾向とは異なり、バレエがマ シューに与えた大きな影響が見られました。

ロンドン公演初日のジェイムスを演じたジェイムス・リースの踊りは、男臭さを感じさせる力強さが特徴的、そしてシルフを演じたケリー・ビギンの妖精ではなく亡霊的な透明感と存在感、そして驚くほどのスタミナとジャンプが非常に印象的でした。

ロンドン公演では7公演中3公演のみジェイムスを演じたウィル・ケンプ。ウィルのジェイムスを求めてチケットを手に入れようとしても連日完売だったために、残念ながら彼のジェイムスを観ることは出来ませんでした。

『ハイランド・フリング』はマシューの初期作品の特徴でもあるように、コメディー並みのユーモアのある作品の一方、クライマックスでは一気に坂を転げ落ち るかのように悲劇へと一転します。その衝撃的な展開に自分の身体が凍りつくような感覚を覚え、涙が頬を伝っていることに気がつきました。

イギリスの新聞評では「『Swan Lake』へのプレパレーションだったのではないか?」という厳しい意見が見られます。その意見を完全に否定することは出来ません。しかし、それはあの『Swan Lake』を観た後だから言えることであり、重なり合うイメージは古典バレエ作品/バレエ・ブラン(白のバレエ)のマシュー独特のテイストという点から生じるものであると私は信じています。


(2005年3月1日、サドラーズ・ウェルズ)