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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2007.06.10]

ダーシー・バッセルのフェアウェル公演

  バレエ・ボーイズとして知られる、ジョージ・パイパー・ダンシィズの二人、ウィリアム・トレヴィットとマイケル・ナンの二人が企画したダーシー・バッセ ルのフェアウェル公演が、サドラーズ・ウェルズ劇場で、5月15日から18日にかけて上演された。

『In the middle, somewhat elevated』

この公演の突然の詳細発表、チケット発売があった3月下 旬には、ダーシー・バッセル、ロイヤル・バレエ双方からは、彼女の引退は正式には発表されていなかったと記憶している。今回のプログラムの中で、6月8 日、ロイヤル・バレエの今シーズンの最後のトリプル・ビルでの、ケネス・マクミランの『大地の歌』が、バッセルのロイヤル・オペラ・ハウスでの最期の舞台 となっている。
それだけでは過去20年にわたって、ロイヤル・バレエのトップ・ダンサーの一人として、またイギリスを代表するプリマ・バレリーナとして活躍して来た バッセルを送り出すには不十分。ということでこの特別公演が企画されたのではないかと推察する。また、サドラーズ・ウェルズ劇場は、ロイヤル・バレエ学校 を卒業したバッセルが、1年間在籍した、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ)の本拠地だった。プロフェッショナ ルなバレエ・ダンサーの一歩を踏み出した同劇場で自分のキャリアを締めくくる機会をもてたことは、バッセルにとって感慨深いものがあったようだ。
出演者は、バッセル、ジョナサン・コープ、ロベルト・ボッレ、トレヴィット、ナン、タマラ・ロホ、ベリンダ・ハトレイ、ニコラ・トラナ、エドワード・ワ トソン、クリストファー・サウンダーズ、サンドラ・コンリーとバッセルの最良の時代を共に舞台で過ごしてきた豪華なメンバーが集まった。プログラムの構成 は、前半がバッセルへのヴィデオ・インタヴューを合間にはさんで、『On Classicism(ウィリアム・タケット)』、『In the middle, somewhat elevated(ウィリアム・フォーサイス)』、『Cinderella Act II variation(フレデリック・アシュトン、これだけヴィデオ)』、『Tryst(クリストファー・ウィールドン)』、『Sylvia Act III pas de deux(アシュトン)』から抜粋。後半は、マクミランの『ウィンター・ドリームズ』の全編。演目のすべてが、バッセルのキャリアの中で重要な位置を占め る、もしくは彼女にとってどれも大切な思い出として残る踊りを集めたようだ。
前半のプログラムを見ている限り、バレエ・ダンサーとして、これからも古典もモダンもどんなものでも素晴らしく踊れるだろうに、と思うほど完成度の高い 踊りをバッセルは披露した。『シンデレラ』のヴァリエイションでの全く無駄のない、優美、且つ正確無比な技術、『In the middle, somewhat elevated』での柔軟さとタフネス、そして『Ttyst』での詩情溢れる存在感。

『シルヴィア』 『シンデレラ』


『On Classicism』は、バレエ学校の卒業時に、タケットがバッセルとトレヴィットに振付けたもの。難解なものでなく、基本に忠実な振付。それを、ヴィ デオの中の20年前の彼女とほぼ同じように清新に踊るバッセルとトレヴィット。そして『Sylvia』では、コープとのパートナーシップ(17日のみ、他 の日はボッレ)から生み出された大輪のイングリッシュ・ローズのように、舞台に咲き誇るバッセル。彼女の20年のキャリアをずっと客席から観続けてきたバ レエ・ファンには胸にこみ上げるものがあったのではないかと想像する。
昨年、怪我で自身の引退の舞台を逃したジョナサン・コープの舞台での存在感に、ファンは彼に舞台に戻ってきて欲しいと思ったことだろう。『ウィンター・ ドリームズ』のクルイギン役でみせた抑制の効いた演技は、コープが今後キャラクター役で舞台に戻ってくることを期待してしまうものだった。
インタヴューの中で、どうしても彼女の身体能力のほうに注目が集まって、それに合う役にキャストされることが多く、希望していたドラマティック・ロール を踊る機会が少なかったことに触れていた。踊りたい役はまだまだあるようだが、バレエの世界から引くことに、迷いはないようだ。ヴィデオの最後、二人のお 嬢さんを見つめるバッセルは一人の母親だった。彼女たちと多くの時間を過ごしたい、と語るバッセルの声はとても力強く、そして暖かなもの。38歳という、 これからもまだまだトップの位置に居られる年齢での引退を決めたバッセルの決意は固い。
最終日の18日、『ウィンター・ドリームズ』の終了後に何度もカーテン・コールに応えるダンサーたち。何回目かにカーテンが上がったとき、舞台に居たの はバッセルだけだった。これが彼女の最後になって欲しくない、と多くの観客が思ったにちがいない。