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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.04.12]

佐久間奈緒、平田桃子などが踊ったBRBの音楽とダンスの夕べ

The Birmingham Royal Ballet
バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
An Evening of Music & Dance Birmingham Symphony Hall
音楽とダンスの夕べ

2月下旬、バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)による恒例のイベント「音楽とダンスの夕べ」を観ようと10年ぶりにバーミンガム・シンフォニー・ホールまで足を運んだ。
この企画は同バレエ団が毎年この時期に専属オーケストラ、ロイヤル・バレエ・シンフォニアと行う一夜限りの公演。2部構成でオーケストラによるクラシックや現代音楽の生演奏とバレエ団のスター・ダンサーや注目の新人によるパフォーマンスが披露される。

シェイクスピアの国イギリスでは、やはり物語バレエに対する人気が高く、バレエといえば全幕や1幕形式で上演されることが殆どである。そのような背景からロイヤル・バレエやBRBの踊り手がガラ公演で上演されるようなパ・ド・ドゥを踊る機会を目にするのは非常に稀なこと。
私は10年以上BRBとスターダンサーの佐久間奈緒や曹馳(ツァオ・チ)を観ているが、日本ではガラ公演でお馴染みの『海賊』のグラン・パ・ド・ドゥを踊る2人を観るのは今回が初めてであった。

選りすぐりの名曲とバレエ団のスターと話題のダンサーを知る一夜限りの公演は、地元やイギリス国内に散らばるBRBファンには非常な人気を誇っている。2262席のバーミンガム・シンフォニー・ホールの1階席は完売、2,3階もたいへんな混みようであった。

シンフォニー・ホールといえば、日本のクラシック・ファンにもおなじみ、現ベルリン・フィルの首席指揮者兼芸術監督であるサイモン・ラトルの古巣である。
リバプール出身の鬼才ラトルは、1980年海外の有名オーケストラからの招聘に背を向け、25歳でバーミンガム市交響楽団の首席指揮者となり、98年まで18年もの長きに渡りこの街を本拠地とし、交響楽団の名を世界的にしてみせた。
今、振り返ると90年代のバーミンガムは、シンフォニー・ホールにはサイモン・ラトル、ヒポドローム劇場にはデイヴィッド・ビントレーと、音楽とダンスの2分野にその後世界を席巻するイギリスの若き鬼才を擁し、芸術の黄金時代を迎えていたことがわかる。

今年の公演はシベリウスの『フィンランディア』の幻想的なメロディーとともに厳かに始まった。久しぶりにシンフォニー・ホールを訪れ1階席に座り感じたのは音響の素晴らしさであった。お目当てのバレエを観る前に既に名曲に酔わされ恍惚としてしまう。

今年のバレエのラインナップは
・ビントレー振付 『四季』より「春」パ・ド・ドゥ(音楽ヴェルディ)
・バランシン振付『10番街の殺人』(音楽リチャード・ロジャース)
・ビントレー振付『アラジン』より2幕のパ・ド・ドゥ
・プティパ、ピーター・ライト振付『眠れる森の美女』グラン・パ・ド・ドゥ
・ビントレー振付『フラワー・オヴ・ザ・フォレスト』(4つのスコットランドの踊り)
・『海賊』のグラン・パ・ド・ドゥ

幕開けビントレーが佐久間奈緒と曹馳のために振付たバレエ『四季』より「春」を踊ったのは佐久間とジョゼフ・ケイリー。この作品は男女2名がそれぞれの舞踊技術や音楽性をかけあいながら披露するもの。ビントレー作品は難易度の高いパ・ド・ドゥを多数擁するが、これもその一つで男性ダンサーのパートナーリング技術も試される。
佐久間は年に一度の公演の幕開けに相応しく華やかの登場し、美技を披露。音楽・芸術性にバレリーナとして更なる充実を印象付けた。相手役のケイリーはベストをつくしたのであろうが、作品最後のリフトにあやういところがあり、佐久間と曹馳でこの作品を見慣れている古くからのファンを冷やりとさせた。

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続く『10番街の殺人』ではバレエ団の人気男性ダンサーのロバート・パーカーが、大型新人のセリーヌ・ギテンズと初共演。若者とストリッパーの踊りを披露。06年ローザンヌ・コンクールの決勝の頃から群を抜いたプロポーションと大人びた雰囲気、身体能力の高さで圧倒的だったギテンズは、ストリッパー役に美しい身体のラインや脚線美を奮って悩ましく踊り、入団3シーズン目にしてはまり役を手にした様子。
パーカーは長らく若者や王子役を得意とし、ビントレーの創作意欲を刺激し続けたダンサー。ストリッパーを相手に踊っても持ち前の清潔感があふれ作品を品位あるものにしていた。この作品は6月にバレエ団の本拠地ヒポドロームで完全版が上演される予定で今からその日が待ち遠しい。

ビントレーといえば、この秋からBRBと共に日本の新国立劇場バレエの芸術監督をも兼任するわけだが、このニュースはイギリスのBRBファンにもあまねく知られている。
今年の「音楽とダンスの夕べ」で最も話題だったのは、ビントレーが新国立劇場バレエのために振付た全幕バレエ『アラジン』の一部がイギリスで垣間見られることであった。
作品のオリジナル・スコアを担当したのはビントレーの名作で、昨年秋に英国で再演された『シラノ』の音楽も担当したカール・デイヴィス。『アラジン』の曲の一部が演奏された後、パ・ド・ドゥ英国初演に抜擢された平田桃子とアレクサンダー・キャンベルが、舞台の左右からエキゾチックな衣装を着て登場。二幕のパ・ド・ドゥを踊った。
先シーズン大活躍した2人に若手とは思えぬ落ち着きで場を支配。平田はプリンセスらしい品位の高さとピュアな魅力を、キャンベルはスター性と巧みなパートナー技術で光を放った。
美しく聞くものの心を揺さぶるデイヴィスによるスコアは、シンフォニー・ホールに朗々と響き渡り、セットも群舞もない素の舞台で踊る平田とAキャンベルを目に見えぬ感動で彩り、観客をこの企画ならではの世界へと誘った。
やっと噂の作品の一部を垣間見ることができたわれわれは、今では「一刻も早くこの作品の全貌を観てみたい」いう更なる欲望に身を焦がす煉獄に陥っている。

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第2部のバレエは『眠れる森の美女』のオーロラの結婚のグラン・パ・ド・ドゥで始まった。
オーロラ姫はナターシャ・オートレッド、フロリムンド王子は当初の予定ではジェイミー・ボンドであったが、故障によりアレクサンダー・キャンベルが代役に立った。
オートレッドといえば、姫や金平糖の精といった「容姿に優れ、舞踊技術を持った者が踊れば形になる」役柄をも、独自の人間味あふれる役作りで観る者に感動を与えるバレリーナとして有名なのだが、稀に本番舞台でナーバスになってしまう様子が見受けられる。
オーロラといえば古典バレエの大役。パ・ド・ドゥとはいえ当日がデビューであったせいか、キャンベルが破綻ないパートナーリングを披露していたにもかかわらず、オートレッドが一人音楽より先行してしまう部分が見受けられたのが残念であった。
 
『フラワー・オブ・ザ・フォレスト』は、スコットランドの若者たちが民族衣装のキルトを纏って踊る振付家ビントレー初期の傑作。筆者はバレエ団のダンサーやロイヤル・バレエ・スクールの学校公演で上演されたさいに何度も観ているのだが、今回は2年前にBRBに移籍してきたベテラン男性舞踊手のマシュー・ローレンスの存在が白眉で、この作品の魅力をより大きなものにしていた。
 
トリは佐久間奈緒、曹馳による『海賊』のグラン・パ・ド・ドゥ。
シンフォニー・ホールはコンサートホールであるため、ダンサーが踊る床面積は狭く横長で、一部の作品を通常通り踊るのは困難である。
佐久間、曹馳はその悪条件をものともせず、ソロのバランス、跳躍、シェネのような旋回技と立て続けに妙技を披露。観客より嵐のような拍手を贈られた。またその嵐のような拍手がシンフォニー・ホールの音響のためにより一層強まるのだから会場はたいへんな盛り上がりよう。ダンサーも観客、オーケストラの皆が一体となって感動に酔いしれた。
最後は横長の舞台に全ダンサーが並び、シンフォニー・ホールの満場の観客に笑顔で、またある者は初役を踊った感動に涙しながら挨拶して幕となった。

その昔はロンドンのバービカン・ホールでも「音楽とバレエの夕べ」があったものだが、ここまで市民の人気を博すこともなく定着せず終わった
今回10年ぶりにシンフォニー・ホールを訪れ、素晴らしいバレエ団と専属オーケストラ、コンサートホールを持つバーミンガムと市民を改めて羨ましく感じたのであった。
(2010年2月20日 バーミンガム・シンフォニー・ホール)

撮影:Angela Kase
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※写真は他日公演のものです。