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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2006.04.10]

ロイヤル・バレエの伝統が集約された『ロミオとジュリエット』

 
ケ ネス・マクミランの『ロミオとジュリエット』が上演されるたびに、イギリスのバレエ批評家が使う枕詞は、「(ロイヤル・オペラ・ハウスの)ボックス・オ フィスがなんの苦労も心配もすること無くチケットを売ることができる」というもの。今シーズン、3月3日から4月10日にかけて15回の上演も、あっとい う間にほぼ完売になったよう。1965年の初演から既に40年経っていて、ロイヤル・オペラ・ハウスでだけでも上演回数が400回に届くそうだ。

カルロス・アコスタ

人気の理由は、2シーズンぶりの上演ということも有るだろう。また今シーズンでフル・タイムのダンサーからの引退を表明したダーシー・バッセル、四十路を 迎えたシルヴィ・ギエムそれぞれの「もしかしたら最後」のジュリエットを観るチャンス、ということもあるかもしれない。8人のジュリエット(タマラ・ロ ホ、アリーナ・コジョカル、ローレン・カスバートソン、マーラ・ガレアッツィ、リアン・ベンジャミン、ダーシー・バッセル、吉田都、シルヴィ・ギエム)が 儚い愛の物語を舞台で紡ぐことになった。ちなみに、日本のロイヤル・バレエ・ファンの間で人気の高いギエムと吉田は公演終盤の4月上旬に出演予定。


タマラ・ロホ

ロホとアコスタ

ロホとアコスタ

今回、ジュリエット以上に注目を集めたのが、初日の3月3日に「ロミオ」デビューを果たしたカルロス・アコスタ。どの新聞評でも、彼の舞台上の存在感と 卓越した技術、役についてのしっかりした解釈など、ほぼ絶賛に近いものがあった。今回、残念ながら観ることが叶わなかったが、今シーズンのこれまでのアコ スタの踊りの充実振りを思えば、評価が高いのは当然なのかもしれない。
アコスタに関しては、バレエ・ファンの間で彼の肌の色についてネガティヴな意見が交わされる、ということを今でも時折耳にする。踊りへの解釈や、踊り方が 気に入らない、というのであれば、それは個人の嗜好ゆえ仕方ないことだろう。が、肌の色で彼の踊りを判断するのは、とても残念なことと言わざる得ない。


ロホとアコスタ
  アコスタのパートナーは、1月の『ジゼル』に続いてタマラ・ロホ。既に何度もジュリエットを踊っているロホだが、新しいパートナーに刺激されたのか、また 彼女自身ジュリエット役への解釈を深めたのだろう、批評家によってはアコスタ以上の高い賛辞を送っていた。欲を言えば、昨シーズン、アシュトンの『ウェ ディング・ブーケ』で見せてくれた、思いもよらない素晴らしいコメディエンヌとしてのロホを、そろそろ観てみたいのだが。

初日の舞台はまた、準主役級にも芸達者が配されていたようだ。マキューシオにホセ・マーティン、ティボルトにティアゴ・ソアレス、ベンヴォリオに佐々木 陽平。3人ともランクはファースト・ソロイスト。ある新聞では、マーティンが絶賛で、ソアレスは今ひとつ、別の新聞評では全く逆の評価といった具合だっ た。しかし言い換えれば、3人とも舞台での存在感があったということだろう。今後の予定では、マーティンは『リーズの結婚』でアラン役を2回(吉田都が リーズを踊る日)、ソアレスは「リーズ」のコーラスと、ロイヤル・バレエ75周年記念の『眠れる森の美女』でデジレ王子をそれぞれ2回踊る予定になってい る。


ロホとアコスタ

ロホとアコスタ

ロホとアコスタ

筆者が観た3月18日のソワレは、ジュリエットにリアン・ベンジャミン、ロミオをヴィァチェスラフ・サモドゥロフ。リカルド・セルヴェラがマキューシオに、ギャリー・エイヴィスがティボルトに配されていた。
意 外だったのが、パリスをプリンシパルのエドワード・ワトソンが踊ったこと。パリスをプリンシパル・ダンサーが踊るのを観たのも初めてだったが、この日のマ チネで、ワトソンはローレン・カスバートソン(ソロイスト)のジュリエットを相手にロミオを踊っている。その疲れをいささかも見せず、更に「パリス」と言 う役へのこんな解釈もあったのかと驚くほど、傲慢でエゴむき出しのパリスを演じていた。第3幕の第4場、横たわるジュリエットの傍らで悲しみに暮れている はずの場面では、彼女の死を嘆いているようには到底見えなかった。むしろ、「また、結婚相手を探さなければ。面倒なことに巻き込まれてしまったな」、と自 分の身に降りかかった災難をどうやってくぐり抜けるかに腐心しているようにすら見えた。普段、「パリスは誰が踊ったかな?」、ということが多いのだが、ワ トソンが演じたパリスは、しばらくのあいだ鮮明に記憶に残りそうだ。ちなみに、カスバートソンも、ジュリエットの友人の一人を踊っていた。二人にとって、 この日は長い一日だったことだろう。

ロホとアコスタ

ベンジャミンとサモドゥロフは、以前にも『ロミオとジュリエット』で共演している。恐らく両者共演の全幕を観るのが初めてだったこともあってか、第1幕で は心を一気にわしづかみされるような衝撃は感じられなかった。反面、冷静に観ていた所為もあって、今まで気付かなかった、技術面の難しさが判った。特にロ ミオとマキューシオへの難易度の高い技術が連続で振付けられている場面では、サモドゥロフとセルヴェラの技術に圧倒された。


ロホとアコスタ
「マ クミラン・ダンサー」と評されることの多いベンジャミンでも、ジュリエット役は難しい物なのだろう、と思いつつ第1幕、2幕を観ていた。ロミオを知る前 の、純真無垢に描かれるジュリエット。ロミオとの遭遇で、一気に少女から女性へ。ロミオだけでなく、ジュリエット自身も、ロミオと結ばれたいという欲望を 秘めていることも表現しなければならず、踊りの中でジュリエットのこういった変化を表現するのは難しいことだろう。

しかし第3幕第1場、寝室のパ・ド・ドゥで二人の間で火花が飛び散ったようだった。舞台の緊張感を高めたのはベンジャミン。前夜までの、どちらかという と人生について受身だったジュリエットの姿はすでに無く、ロミオを一時たりとも失いたくない、彼との人生を欲する強い意志をほとばしらせるベンジャミンか らは、官能的な美しさを感じた。彼女に触発されてか、サモドゥロフの踊りのテンションも高まり、瞬きするのを許してもらえないような濃密なパ・ド・ドゥ だった。
 ありていに言えば、ロイヤル・バレエのファンを除けば、この夜は「花形」と誰もが思い浮かべるようなダンサーはでていなかった、といえるかもしれない。が、それぞれのダンサーが、受け継いできた伝統、培ってきた経験を見事に舞台に集約した素晴らしい夜だった。