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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2018.04.10]
♪バレエ昔も今も♪ BALLET OLD AND NEW♪
ロシアのウラジオストークにマリインスキー歌劇場プリモルスキー(沿海地方)分館ができて、バレエ公演も盛んに行なっている。ウラジオストークといえば、旧ソ連の貴重な不凍港で海軍基地があったから、一般人の立ち入りが厳しく制限されていた。ところが今では、舞台芸術の東方基地として大いに観光客を受け入れている。谷桃子バレエ団やバレエ協会公演の振付を手がけたエルダール・アリーエフが、ここのバレエ団のバレエマスターを務めている。そのアリーエフを日本に紹介したのは、イリーナ・コルパコワだったそうだ。
コルパコワの名前を耳にした時はたいへん懐かしかった。コルパコワはアグリッピーナ・ワガノワの薫陶を受けたキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)のプリンシパルで、細やかな品の良い感情表現を得意とし、彼女のオーロラ姫は絶品と賞賛された。後年、ABTのバレエミストレスとなり、日本人のダンサーも教えを受けている。
もう随分と以前のことだが、ABTの東京公演があった時、東京文化会館の客席でその姿を見かけたことがある。会場の観客は、間近にロシア・バレエを代表したバレリーナがいるとは、つゆ知らず公演を楽しんでいた。
時が移れば、いかめしい軍港は舞台芸術の街となり、旧ソ連の国家芸術の花だったバレリーナも忘れられていく・・・それが時代というものなのかもしれない。

素晴らしい音楽によって蘇った「大いなる愛の讃歌」、石田種生版『白鳥の湖』

東京シティ・バレエ団
『白鳥の湖』石田種生:演出・振付(プティパ、イワノフ版による)、金井利久:再演/演出

東京シティ・バレエ団が創立50周年記念公演として『白鳥の湖』を上演し、この時期にいつも開催されている都民芸術フェスティバルへ参加した。
周知のように東京シティ・バレエ団の『白鳥の湖』は、カンパニーの創設者の一人である石田種生版。創立50周年記念公演として上演するにあたって、芸術監督の安達悦子と「小学校の同級生」だったという大野和士が大編成の東京都交響楽団を指揮した。また、石田と共に歩んできたカンパニーのスタッフに加えて、元ベルリン国立バレエ団プリンシパルのヴィスラフ・デュディックが指導にあたり、民族舞踊は小林春恵が教えたという。ゲストダンサーは、ベルリン国立バレエ団プリンシパルのヤーナ・サレンコとディヌ・タマズラカルを招き、カンパニーからは中森理恵とキム・セジョンが、オデット/オディールとジークフリート王子を踊った。
そして美術は、かつての東京バレエ団が敗戦直後の1946年に『白鳥の湖』全幕を日本初演した際に、藤田嗣治が考案した舞台美術の案を模写したものに基づいて、堀尾幸男が作成したものを使用し、こらは話題を集めた。

tokyo1804a_No_2118.jpg 東京シティ・バレエ団『白鳥の湖』撮影/鹿摩隆司(すべて)
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冒頭まず、大野和士が指揮する大編成のオーケストラが繊細な音を奏で、観客を魅了する。編成によって音の構成が充実しているのがよくわかる。
因みに、石田は旧ソ連時代にロシア・バレエを研究し、バレエの伝統がどのように次の世代に伝えられていくのか、ということを追究していた。石田のヴァージョンはセルゲイエフ版に基づいているのだが、かなり綿密に音楽と合わせて振付けられており、音を疎かに処理しているようなところはなかった。特に第4幕に独自の振付と演出を行っていることは有名。螺旋状のフォーメーションを使うなど、プティパが振付ける以前の、最終幕に洪水が起こるチャイコフスキーの台本(と言われる)の雰囲気を伝えている。この迫力のある振付・演出が劇的な空間を創って、初めて副題に付されている「大いなる愛の讃歌」が歌えるわけである。私は何回見てもこのヴァージョンが好きだ。旧ソ連時代の素朴で真剣な人間信仰といったものが、直裁に伝わってくる。特に今回は大野和士の指揮による音楽が、素晴らしかったことがあり、<シュトルム・ウント・ドラング>という言葉を想起させて胸に響いた。
そして第4幕のラスト・シーンは、ロットバルトの魔術から開放されて、囚われていた白鳥たちが人間の女性を回復する。今回はクラシカルな同じ白いドレス姿だったが、かつてのヴァージョンでは、それぞれ鮮やかな色彩の服をまとった女性に変わった。(実際はカラフルだがクラシックなドレスだったそうだ)以前にこのラストを見たときは、実に清新な驚きがあった。現代の女性に蘇った、と一瞬、錯覚したからだ。同じ白鳥の姿から個性的な女性たちが姿を現した鮮烈な印象はいまでもはっきり記憶している。この古典作品が現代に蘇る瞬間というのは、案外このラストシーンがポイントだったのではないか、とも思った。もちろん、ブルメイスティル版があるのだが、できればこのラストシーンは残して欲しかった。しかしやはり、ちょっと種明し的なところがあるので、再演時によって変更しているのであろう。

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主としてパリで活動していた藤田は画家として、毀誉褒貶はあったが、独特の乳白色を使い世界的な評価を得ている。しかし、石田種生の振付・演出と融合するものか、にわかに判断するのは難しかもしれない。元々、原画が発見された訳ではない。終戦の翌年の日本で初めての全幕『白鳥の湖』の初演の舞台裏である。混乱があったことも想像に難くない。幸い舞台写真は残されているのだから、今日の技術をもってすれば、どの程度この素案に添った美術が使われていたのか、証明できるのではないか。そうした実体解明はさておいても、「ジヤーマンニックな重苦しさ」「典型的な古典だけに写實を主としなければならない背景を、どの程度まで近代様式にするのか」悩んだすえに描かれた美術の復元がどう感じられたのか。仔細に観察したわけではないが、舞台美術であるから公演を観た印象も大切だと思うのでを、あえて言わせていただく。
後世を生きるわれわれは「アッツ島玉砕」などを描いていた藤田の時代感覚を、どうしても感じてしまう。この絵を反戦画としてみても極限的な戦争の時代と、石田種生が生きた平和だが冷戦が継続している中で「人間の復活」を希求した時代とは感覚が異なっている、と言わざるを得ない。第3幕のドラマティックな色彩と構造は、さすが、と思わせた。しかし石田が独自の演出を施した第4幕の美術などは、戦争を通じて初めて南方に進出した日本人がイメージしていた「南洋」を思わせ、ちぐはぐにも感じられた。
私は中森理恵がオデット/オディール、キム・セジョンがジークフリート王子が踊った日を観たが、ダンサーたちはよく踊っていた。全員が創立50周年記念公演ということを意識していたように、動きには一体感があり良い舞台だった。
(2018年3月4日 東京文化会館)

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tokyo1804a_No_3133.jpg 東京シティ・バレエ団『白鳥の湖』撮影/鹿摩隆司(すべて)