ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2017.04.10]

万雷の喝采と総立ちのカーテンコール、世界中のバレエファンに愛されたニーナのキトリ、見納めの舞台

Nina Ananiashvili FINAL CLASSICAL GALA
「アナニアシヴィリの軌跡〜最後のクラシック・ガラ〜」

ニーナ・アナニアシヴィリについて想う時、いつも思い出すことがある。それは1990年頃だったと思う。モスクワのダンス雑誌「Ballet」の編集室でライザ・ストルチコーワと会った時のことだ。ストルチコーワはボリショイ・バレエの元プリンシパルで、『シンデレラ』の初演を踊ったことで知られる。当時、彼女は舞台を引退してボリショイ・バレエの教師となり、雑誌「Ballet」の編集長でもあった。私もダンスマガジンの編集長として挨拶を交わしたが、ストルチコーワは「ニーナ・アナニアシヴィリを教えています」と言って胸を張った。その時、喜びと誇りが溢れんばかり輝いていた彼女の瞳の印象が今でも心に残っている。
当時、ボリショイ・バレエのニーナ・アナニアシヴィリは、プリセツカヤに代わる新しい世界的スター・ダンサーの道を歩んでいた。ニーナは目にも止まらぬ高速スピンで、世界中のバレエファンを魅了しつつあった。実際日本でも、ニーナが出演した公演では、お団子に頭を結った可愛らしいバレエ少女たちが揃って出待ちする光景が恒例となっていたものだ。
私は、20世紀のバレリーナのイメージを革新したのは、ニーナとシルヴィ・ギエムだと思っている。ニーナが踊るクラシック・バレエの「最後の」ガラ公演というので、少々、前置きが長くなってしまったが。

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「薔薇の精」ニーナ・アナニアシヴィリ、高野陽年 撮影/瀬戸秀美

「アナニアシヴィリの軌跡〜最後のクラッシク・ガラ〜」公演は、ニーナを中心にABTのプリンシパル、マルセロ・ゴメスとボリショイ・バレエのプリンシパル、アレクサンドル・ヴォルチコフをゲストに招き、彼女が芸術監督を務めるジョージア国立バレエ団のダンサーたちと踊った。A、Bふたつのプログラムが組まれていた。私は『ドン・キホーテ』の抜粋が組み入れられているBプログラムを観た。やはり、見納めはキトリがいい、と思ったから。
第1部の幕開きはフォーキン振付、ウェーバー音楽の『薔薇の精』。ニーナとジョージア国立バレエ団のリーディング・ソリスト、高野陽年が踊った。高野はワガノワ・バレエ・アカデミー出身で、2015年より、ニーナのこの演目のパートナーを務めている、という。続いてブルノンヴィル振付、ヘルステッド他音楽の『ゼンツァーノの花祭り』パ・ド・ドゥをリーディング・ソリストのヌツァ・チェクラシヴィリとコール・ド・バレエの鷲尾佳凛が踊った。そしてゲスト出演のボリショイ・バレエのプリンシパル、アレクサンドル・ヴォルチコフとリーディング・ソリストのエカテリーナ・スルマーワがアシュトン振付、マスネ音楽の『タイス』パ・ド・ドゥ。
第1部の最後は、キリアン振付、モーツァルト音楽の『小さな死』。『小さな死』は、キリアン独特の作品に即して創る動きとユーモアを潜ませたアイディアが、やはり、おもしろい。冒頭から、フェンシングの剣を手にした6人のタイツ姿の男性ダンサーが踊る。ダンサーの身体が剣とともにダンスの動きを作る様は、ちょっと珍しくスリルがあった。いっせいに剣を足に挟んだり、床をころがしたり、足先で持ち上げたり、床を叩いたりする動きを入れた振りを見せた。その間、背後にはやはり6人の女性ダンサーがドレスを着て控えていたのだが、いっせいにドレスから抜け出してタイツ姿で男性ダンサーとともに踊った。ドレスはキャスターが付いた枠にダンサーが着ているかのように掛けられていたのだった、身体が抜け出したドレスは舞台上を自由に移動することができる。男性の剣と女性のドレス、それぞれの存在を象徴するものと身体性を絡み合わせたダンスだった。Petitte Mort(小さな死)とはオルガスムスのことだそうだが、キリアン特有のユーモアが秘められているのだろう。ジョージア国立バレエ団はなかなか洒落た演目をレパートリーとしていると思った。

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「モーツァルティアーナ」スルマーワ、ヴォルチコフ 撮影/瀬戸秀美

第2部はバランシン振付、チャイコフスキー音楽の『モーツァルティアーナ』で始まった。これはモーツァルトを敬愛していたチャイコフスキーが、モーツァルトの曲を編曲して交響組曲としたものに、バランシンが振付けた。1933年に初演したのちバランシン晩年の81年に新版として上演された。祈り、ジーグ、メヌエット、テーマとヴァリエーション、フィナーレという構成にされているが、曲順は原曲と代えられている。プリンシパルをスルマーワとヴォルチコフ、ジーグをリーディング・ソリストのダヴィッド・アネリが踊った。ロシア流の表現とバランシンの目指しているものとは少しズレを感じたが、それなりにおもしろく見ることができた。キリアンを踊っている時にはあまり感じなかったことだが、やはりバランシンは方法意識が確立していたのであろう。

tokyo1704f__0273.jpg 「ドン・キホーテ」
アナニアシヴィリ、ゴメス 撮影/瀬戸秀美

第3部は『ドン・キホーテ』より。キトリはニーナ、バジルはゴメスで、ジョージア国立バレエ団のダンサーたちとともに踊った。第3幕の結婚式のシーンに1幕、2幕の名場面を小品集のように組み合わせて、祝祭気分を大いに盛り上げる構成となっていた。とりわけロシア人のダンサーは『ドン・キホーテ』を踊る時には元気が溢れ出るようだ。そしてニーナの見事なポワントさばき、この公演のために4キロ落としてきたというだけあって、生き生きと世界中のバレエファンに愛された「ニーナのキトリ」を見せてくれた。
そして、万雷の喝采と総立ちのカーテンコール。おそらくこの観客の中には冒頭で書いた、お団子に髪を結った少女たちがお母さんとなって、バレエを習わせている娘たちとともに喝采を贈っていたのではないか。私もこれで「冥土のみやげ」とはまだ言わないが、ニーナが歩んできた20世紀のバレエの鑑賞に、ひとつの区切りがつけられたかのような気持ちを味あわせてもらった。
それにしても昨年のギエムのアデュー公演に続いて、今回のニーナの最後のガラ、確かに時は巡るものである。
(2017年3月20日 東京文化会館)

tokyo1704f__0279.jpg ドン・キホーテ」
アナニアシヴィリ、ゴメス 撮影/瀬戸秀美
tokyo1704f__0247.jpg 「白鳥の湖」アナニアシヴィリ、ゴメス
(Aプログラム)撮影/瀬戸秀美
tokyo1704f_1894.jpg カーテンコール 撮影/瀬戸秀美 tokyo1704f_1907.jpg カーテンコール 撮影/瀬戸秀美
tokyo1704f_1329.jpg 撮影/瀬戸秀美