アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.07.10]
[ ドイツ ]

ハンブルク・バレエ「バレエ週間」の『ヨゼフの伝説』とノイマイヤー新作『いにしえの祭り・宴の終り』世界初演

 ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルク・バレエ団は毎年シーズン最後の2 週間を「バレエ週間」と称して、ノイマイヤーによる新作の世界初演や付属バレエ・スクールの学校公演、世界の著名バレエ団を招聘しての公演を行うと共に、 毎晩日替わりでノイマイヤーの代表作を披露している。また最終日のニジンスキー・ガラには世界の有名ダンサーを招聘して、バレエ団のスター・ダンサーやバ レエ学校生と共演させ1年を華やかに締めくくる。

 34回目を迎えた今年のバレエ週間は6月29日~7月13日まで行われ、話題は初日の29日に、30年ぶりに改定リバイバル上演されたノイマイヤーの『ヨゼフの伝説』と新作『いにしえの祭・宴の終わり』の世界初演であった。
27日夕方の同2作品のゲネプロ撮影と29日の初日を観るため、ハンブルクに飛んだ。
オリジナル版『ヨゼフの伝説』は、1914年にディアギレフのロシア・バレエ団が、世界初演。主役ヨゼフは、ニジンスキーの失脚直後にディアギレフの寵 愛を一身に受けたレオニード・マシーンで、振付はミハイル・フォーキン、音楽はヨハン・シュトラウス、衣装をレオン・バクストが担当している。その後 1931年にはジョージ・バランシンも同作品に挑んだという。

  ノイマイヤーは1977年に、ケヴィン・ヘイゲン主演でバレエ化。女性主役は現在ダンス・シアター・オヴ・ハーレムの芸術監督を務める黒人ダンサーのジュ ディス・ジャーミソンであった。今回の改訂版のファースト・キャストはアレクサンダー・リアブコがヨゼフ、クシャ・アレクセイが女性主役であるプロティ ファーの妻の役を、アミルカル・モレ・ゴンザレスがプロティファー、エドヴィン・レヴァツォフが天使を演じた。

『ヨゼフの伝説』 撮影/アンジェラ・加瀬

 冒頭、自然児ヨゼフは星空の下、絨毯を敷いて一人野宿している。すると、夢枕に天使が現れる。だが幸せな夢とは裏腹に、突然どこからともなく現れた窃盗団に襲われ、拉致されて、プロティファーというお金持ちの館に連れ去られ、売られてしまう。
プロティファーの館ではパーティーが行われているが、夫との結婚生活に疲れた妻は、パーティーを執り行うことを拒否し、広間の片隅で踊りに興じる出席者たちを物憂げに見守るばかりである。
突然プロティファーの館に天使が現れる。そして宴が最もその盛り上がりを見せた頃、窃盗団が一巻きの絨毯を担いで広間に到着。絨毯を広げると、中から魅力的な一人の若者ヨゼフが飛び出し、皆を驚かせる。
ヨゼフは得意の踊りを披露し、プロティファーやその妻、パーティーに興じていた人々を魅了。無事プロティファーの庇護をうけることになった。
  パーティーが終わり、真っ暗になった広間で眠るヨゼフの元に、寝室を抜け出した妻が忍んでくる。眠るヨゼフを見つめ、いとおしんでいる間に、彼女の思慕は 年若い男性への母性的な愛から、一人の女としての情念に変化し、ヨゼフの着衣を引きちぎって彼を誘惑。当初突然の出来事に驚くヨゼフも、結局は彼女の激し い肉欲の嵐に巻き込まれてしまう。  
情熱に身を任せている二人を発見したプロティファーは、ヨゼフが妻を誘惑したと思い、激怒する。実際、妻も「ヨゼフが自分をレイプした」と偽証したた め、濡れ衣をきせられたヨゼフは、プロティファーのボディ・ガードたちから、制裁として殴る蹴るの暴行を受ける。だが、その最中彼を哀れに思った妻がヨゼ フをかばうと、暗くなった館に再び天使が現れ、ヨゼフを守り次の目的へと誘うのだった。残された妻は、館を訪れ自分や人々を魅了した不思議な若者ヨゼフに 思いを馳せ、一人呆然と佇む、という物語。

『ヨゼフの伝説』 撮影/アンジェラ・加瀬

  一番の見所は主役のヨゼフが、プロティファーの館に登場直後に披露するソロである。「バレエ史上最長」といわれる約10分のソロで、ヨゼフ役のダンサー は、大小織り交ぜた跳躍に見られる超絶技巧と優れた音楽性、そして相当量のスタミナの持ち主でなければつとまらない。バレリーナでいえば『眠れる森の美 女』のオーロラ姫の登場直後のソロに相当する振付なのである。
 またノイマイヤー版のヨゼフは、世界初演当時も今も、非常に露出度の高い衣装を身にまとい、結婚生活に疲れた既婚女性を魅了することから、主演男性は若さの華やぎと非常な肉体美の持ち主でなければいけない。
誰をも魅了するさながら太陽の子のような明るさと人間的魅力、めくるめく技巧と肉体美のすべてを備えたケヴィン・ヘイゲンが初演し、その彼を覚えている 観客の多い州立劇場で、新ヴァーションを初演したリアブコにのしかかったプレッシャーはいかばかりのものであったろう。
だがゲネプロが行われた27日もバレエ週間初日の29日も、リアブコはプレッシャーに押しつぶされるどころか、ここぞとばかりに持ち前の優れた技巧とあ ふれる人間的魅力を発揮。現在世界的に見てもトップクラスの男性ダンサーであることを関係者やファンに見事に証明して見せたのである。

  ノイマイヤー版で興味深いのは、ヨゼフや天使といった男性主役と準主役のソロやデュエットの振付のほとんどに、古典バレエの動きやステップが用いられてい るのに対して、女性主役であるプロティファーの妻のソロには、コンテンポラリー・ダンス(モダン・ダンス)初期の動きが多用されていることである。
ヴァヴァリア州立バレエやモンテカルロ・バレエ団、チューリッヒ・バレエで活躍後、06年にハンブルグに移籍してきたクシャ・アレクセイは、コンテンポ ラリー・ダンスの確かな技術と、倦怠期にある女性が、年若きヨゼフに惹かれてゆく苦悩をスタイリッシュに体現し、ノイマイヤーの美的作品世界に非常に似合 いであった。
アミルカル・モレ・ゴンザレスが演じたプロティファーは、ほとんど踊りらしい踊りのない立ち役であるが、異国的な衣装が似合う容姿と、ただ佇んでいるだけで観客を惹きつける存在感で強く印象に残っている。
天使役のレヴァツォフは、恵まれた体躯が災いし、やや機敏さに欠けるのだが、ノイマイヤーの抜擢に答えるべく頑張ってリハーサルを重ねたのであろう、リアブコと同じ動きを見みせる部分も、見事にシンクロしていたし、適役を得て輝いていた。

  27日のゲネプロ当日は、上記のファースト・キャストに続いて、ティアゴ・ボーディン(ヨゼフ)、ヨエル・ブローニュ(プロティファーの妻)、カルスティ ン・ユング(プロティファー)、イヴァン・ウルバン(天使)によるセカンド・キャストの部分的なドレス・リハーサルも行われた。
リアブコのような円熟こそないものの、ボーディンも優れた技巧を持ち主である。また自然児ヨゼフの魅力は幼く見える彼の個性と大いにマッチ。また女優バ レリーナとして定評のあるブローニュの妻、大立者プロティファーを演ずるユングの威厳とカリスマ、秘めた力を両の翼に隠し、どこからともなく飛来し、自然 児ヨゼフを見守り導く天使ウルバンの大きな包容力とシャープな技巧。
セカンド・キャストもファースト・キャストと同様非常に魅力的で、私は今回実際の舞台を鑑賞したり、撮影できないことを非常に残念に思った。
バレエ団の本拠地ハンブルク州立劇場は、世界でもトップクラスの音響の良さを誇る。その劇場で、リヒャルト・シュトラウスのオリジナル・スコアは、何と 華やかにドラマティックに鳴り響いたことか。同劇場でノイマイヤーの優れたバレエ作品を観たり、オペラを鑑賞できるハンブルグ市民を、私は心底羨ましく 思った。

『ヨゼフの伝説』 撮影/アンジェラ・加瀬

 バレエ週間初日の第2部は、ノイマイヤーによる新作『いにしえの祭・宴の終り』の世界初演であった。音楽は『ヨゼフの伝説』と同じくリヒャルト・シュトラウス。
幕が上がると舞台中央後方に、パーティーの準備が整い出席者を待つばかりのテーブルが見え、その前の暗がりで、何やらシリアスな雰囲気を漂わせた夜会服 姿の男(カルスティン・ユング)が、グラスを手に持ち椅子に座っている。すると赤いドレスを身にまとった女性(カトリーヌ・デュモン)がテーブルの下から コミカルに登場し、踊り始める。
作品にはデュモンとユング、エレネ・ブシェとティアゴ・ボーディン、シルヴィア・アッツォーニとピーター・ディングル、ヨエル・ブローニュとイヴァン・ ウルバン、カロリーナ・アフエロとヨハン・ステグリーという5組のペアが、それぞれ男性は夜会服、女性は色の異なるロング・ドレス姿でデュエットを踊る趣 向。大石優香と草野洋介を含む14人の群舞も作品を優雅に彩った。

『いにしえの祭・宴の終り』 撮影/アンジェラ・加瀬

  初めのデュモンとユング、ブシェとボーディン、アフエロとステグリーの3組が、陽気にパーティーに興じる若きカップルを踊る。ところが、その後の、ブロー ニュとウルバン、アッツォーニとディングルの2組は、登場直後からシリアスな雰囲気を漂わせ、何かに脅え、苦しんでいる様子である。
観客には初めその異なるムードの理由が知らされないのだが、ウルバンに始まりディングルが一度舞台の袖に消えた後、夜会服から軍服に着替え再登場することで、登場人物たちが、実は戦争前の最後の宴に興じているらしいことが明らかになる。
その後バレエは、ほの暗いレンガの壁の前で迫り来る大戦の足音に脅え、今にも銃殺されるのを待つかのように並ぶ5組の男女の姿を暗転させて終わる。

『いにしえの祭・宴の終り』 撮影/アンジェラ・加瀬

 『ヨセフの伝説』『いにしえの祭・宴の終わり』両作品ともに、不倫や戦争といった重いテーマを描きながら、観客を独自の美意識と作品に与える明暗の絶妙な比率によって救うノイマイヤーの手腕は何とも見事である。
踊り手ではブシェとボーディン、ステグリーの音楽性、ブローニュとウルバンの演技者としての技量、アッツォーニの繊細な魅力が光っていた。
また作品の明暗を深める役目の群舞の踊り手たちも忘れてはいけない。特に大石優香は、アンサンブルの中にありながら、観客にその存在を強く印象付けた。

『いにしえの祭・宴の終り』 撮影/アンジェラ・加瀬
(2008年6月29日 ハンブルグ州立劇場 6月27日最終ドレス・リハーサルを撮)