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三崎 恵里 text by Eri Misaki 
[2017.06.12]

コルネホとコチェトコワの素晴らしいデュット・・・そしてABTの実力を知らしめた見事な『ドン・キホーテ』

American Ballet Theatre アメリカン・バレエ・シター
“Don Quixote” by Marius Petipa and Alexander Gorsky
『ドン・キホーテ』マリウス・プティパ、アレクサンダー・ゴルスキー;振付

今年のアメリカン・バレエ・シアター(ABT)の春の公演は、『ドン・キホーテ』で開幕した。ABTの見どころは古典作品と、それを踊るプリンシパルの芸術性だ。同じ作品が踊るダンサーによって、観客に届けられるものが変わってくる。これこそ芸術の本来の在り方であり、醍醐味ともいえる。しかし、たまたま今回私が見た舞台は、思わぬアクシデントにより芸術の様々な面を見る機会となった。

スペイン人作家、ゲル・デ・セルバンテスの小説を基にしたバレエ『ドン・キホーテ(Don Quixote)』は、世界的に愛される作品だ。騎士道小説を読み過ぎて頭がおかしくなった下流貴族のドン・キホーテは、ちょっと頭が弱いが正直者のサンチョ・パンサと一緒に幻の貴婦人ドルネシアを求める旅路で、スペインのある村に住むドルネシアに似た娘キトリを知る。彼女には貧しい床屋のバジリオという恋人がいるが、彼女の父親は金持ちのガマシュと彼女を結婚させたがっている。若い二人は駆け落ちをし、それを助けるために後を追ったキホーテは風車にドルネシアの幻影を見て、彼女が危ないと挑みかかって風車から落ちて気絶する。そして、ドルネシア(キトリ)の夢を見る。キトリとバジリオは父親とガマシュの追手を逃れて村に戻るが、思い詰めたバジリオはキトリの父親の前で狂言自殺を図って、最後の願いとしてキトリとの結婚を望む。キホーテのとりなしもあり、父親が承諾した途端にバジリオは跳び起きて、めでたく結婚となり、キホーテはサンチョとともに旅を続ける。

ny1706a_02.jpg Devon Teuscher and Blaine Hoven in Don Quixote. Photo: Rosalie O’Connor.

主役のキトリを演じたマリア・コチェトコワ(Maria Kochetokova)は小柄だが、出てきた瞬間の存在感が素晴らしい。身体は小さいが動きが大きく、踊りの切れも良い。バジリオ役のエルマン・コルネホ(Herman Cornejo)が現れると、さらに大きな歓声と拍手が起こった。
第一幕の二人のデュエットは恋のゲームを交えた踊りで、バジリオが言い寄るとキトリは拒絶するくせに、彼が他の女と親密にしていると嫉妬する。彼もまた、女たちの気を引こうとしながらキトリを他の男に取られまいと気が気でない。
コルネホはハンサムでカリスマ性のあるバジリオだ。精悍なエネルギーを発しながら、安定した踊りを見せる。デュエットでは小さなコチェトコワの身体を空中に投げ上げながら踊り、素晴らしいターンを見せて観客を大喜びさせた。
キトリのカスタネットのソロでは、最後のターンのコーダで急に音楽が速くなり、コチェトコワはシェネターンの間にダブルピルエットを織り込んで見事に決めた。また1幕最後のデュエットでは大きなリフトが呼び物だが、オーケストラの音楽が一瞬止まり、コルネホは危険なほどコチェトコワを頭上高くリフトし、コチェトコワの高い脚のエクステンションが空中に華やかに静止して、素晴らしい出来であった。

ny1706a_03.jpg Scene from Don Quixote. Photo: Rosalie O’Connor.

金持ちのガマシュ(Craig Salstein)は付け鼻をし、マイムがとてもコミカルでうまい。
ABTの優れているところは、舞台の上で常に演技が継続していることだが、村人たちの群舞の間も、ガマシュのユーモラスな演技が続き、ダンスに集中できないほどだった。闘牛士のエスパーダのカップルの踊りでは、メルセデスを演じたデヴォン・トゥシャー(Devon Teuscher)のソロは見栄えと情熱を見せながら、床に刺した矢の間をポアントで後ろ向きに見事に踊った。エスパーダを演じたブレイン・ホーヴェン(Blaine Hoven)はターン、ジャンプともに強く、力強く闘牛士たちをリードした。

第二幕の風車のある森の中の場面では、キトリとバジリオに同情するジプシーが加わる。この場面では、ジプシーのリーダーを演じたジャオ・ザン(Zhiyao Zang)が困難なジャンプと強いターンのヴァリエーションを見事にこなして拍手が起こった。ビジョンの場面では、スムーズなブレーと軽く、きびきびした踊りのキューピット(Skylar Brandt)が印象的だった。チュチュ姿のコチェトコワのソロはいぶし銀の様な華やかさがあり、確実なテクニックでポアントでのスキップ、早いフェッテターンなどをしっかり決めた。

ny1706a_01.jpg Herman Cornejo in Don Quixote. Photo: Gene Schiavone.

第三幕の結婚のグラン・パ・ド・ドゥで、婚礼の衣裳に着替えて現れた二人の最初のデュエットでは、コルネホはコチェトコワに何度もキスをしながら、軽々とした大きなリフトや、驚く様な素晴らしいスプリッツジャンプを見せて踊った。コチェトコワもプロムナードの連続を強いバランスで踊り、二人の間の信頼感も強く、ロマンチックなデュエットであった。
しかし、異変はこの後に起こった。何の変化も見せずに、いったん退場したコルネホだったが、その次のソロに姿を見せず、1〜2分経って舞台上のダンサーたちがつくろうように、「この次は何かな?」というようなマイム見せ始め、観客も異常を察したころ、突然コチェトコワが扇を持って現れ、オーケストラに合図を取る様にポーズを取った。少々奇妙なタイミングで音楽がスタートし、コチェトコワがキトリの扇のヴァリエーションを始めた。これまでになくエネルギーに満ち、身体全体を使って扇で作る曲線が美しい。踊りこなした振りの扱いではあるが、エネルギーがみなぎっていた。
そしてその後に続くバジリオのヴァリエーションを踊るためにエスパーダのブレイン・ホーヴェンが現れた時点で、この作品を知っている観客はコルネホの負傷を察知した。オーケストラとのぶっつけ本番のため、一瞬、音とちぐはぐしたが、すぐに音を掴んで踊り続けた。その後のコチェトコワとのパートナリングも正確に踊った。ホーヴェンの演技は自分のカラーを出すというよりは、バジリオの振りを正確にきちんと踊って、コチェトコワの舞台を成功させるということに焦点を置き、見事に収めて見せたと言える。コチェトコワの踊りも、途中で負傷してしまったパートナーの穴を埋めるという意気込みがあったのだろう、この場が一番力強かった。
恐らく舞台裏ではてんやわんやだったことと想像されるが、既に演奏しているオーケストラとの打ち合わせも観客に全く分からないほどスムーズに行われ、恐らくは舞台の上でも細い打ち合わせをしながら踊っていたことだろう。負傷のため、コルネホの一番の見せ場が見られなかったのは残念ではあったが、難しい局面を、ヴァリエーションを一つスキップするだけで(観客の中には気づかなかった人も多かったと思われる)、立派に成功に導いた演出とダンサー、そしてオーケストラに、天井が割れるような歓声と拍手が送られた。

ny1706a_04.jpg Scene from Don Quixote. Photo: Rosalie O’Connor.

尚、後のカンパニーの説明では、ホーヴェンはコルネホのアンダースタディではないが、突然のアクシデントであったため、既に衣裳を着て舞台の上に居る者がコルネホの代行を務めなければならなかったので、準主役の彼が踊ったという。通常、ABTのソリストのレベルのダンサー(外部でのゲスト出演であれば主役を踊るダンサーたちばかり)であれば、この振付は全員知っているという説明だった。真のプロ意識を目撃すると同時に、さすがはABTと感じ入った舞台でもあった。
(2017年5月19日夜 メトロポリタン・オペラハウス)