インタビュー&レポート

インタビュー: 最新の記事

インタビュー: 月別アーカイブ

インタビュアー/浦野 芳子
[2012.04.12]

Noism1新作『Nameless Voice~水の庭、砂の家』について、金森穣が語る !

今回の新作は、3年ぶりの首都圏公演(彩の国さいたま)を含め地方都市4か所を巡る。昨年夏のサイトウ・キネン・フェスティバル松本での評判に加え、3月末には『NHKバレエの饗宴2012』にて高い評価を得たNoismの次なる舞台に、熱い注目が集まるのは必至。シリーズ三作目にして完結編となる作品について、演出・振付の金森穣は “次なるステップのためにいったんファイルを閉じる意味がある” という。その曇りのない表情が、印象的だった。

1204j_kanamori.jpg 写真/Kishin SHINOYAMA

----今回は、見世物小屋シリーズの三作目、しかも完結編となるわけですよね。一作目が“Nameless Hands”、2作目が“Nameless Poison”そして今回は“Nameless Voice”。タイトルが示すテーマとその意味について、改めて伺いたいと思います。

金森(以下K) 一作目のHandsでは、見世物小屋の支配人の妄想から始まった身体の物質化をテーマに取り上げました。二作目のPoisnでは、人と人がお互いを分かり合えない痛みがテーマです。それらを踏まえ三作目となる今回では、人間が生き物として生きる“環境”の問題を取り上げたかった。

----“名もなき”Hands=手、Poison=毒、そして今回のVoice=声。環境と私たち人間との間にある、声、会話?

K 三つとも作品へのアプローチが違う形で始まりました。Handsでは、台本を書かず断片から創りはじめた。Poisonは、チェーホフの物語が先にあった。そして今回のVoiceはそのどちらでもない。特に何かを定めることはせず、名もなき声に身を委ね創っている。

----とはいえ、名もなき声に導かれる以前の、テーマもありますよね。その声の発信源、あるいはその声を拾うアンテナ、そういうものとなりうるテーマは、何でしょう。


K 「水」です。
前回のPoisonが、互いの想像していることが理解しあえないことで生ずる心の痛みであるならば、今回はこの星、地球という自然環境に生きる物の痛みがテーマです。その痛みを考えたときに、「水」が必然的な主題として浮かび上がりました。
ひとつには、東日本大震災のインパクトがあります。あの出来事を通じて目にしたもの、体験したこと全てが、私にとっては水にまつわることでした。しかし考えてみれば、水そのものは、我々にとって特別なものとして存在しているのではなかったんです。水が無ければ我々生き物は生きてはいけないのに、その存在があまりに当たり前のものとして認識されていたため、その重要性や価値が忘れられていた。

----それが、震災という事件によって声を上げ、存在感を見せつけたというわけですね。


K  そうです。同時にそれは、非日常に接するために足を運ぶ劇場という場所、つまり舞台芸術にも通じる面があります。ですから、日常忘れているもの、麻痺している感覚、そうしたものを思い起こさせるために、今、このタイミングで水をテーマにしたのは、舞台芸術に携わるひとりの人間として、自然であり必然的だったのかも知れません。

----東日本大震災は、多くのアーティストにものすごい影響を与えていますよね。その影響により、新たな思考の種が撒かれたという感じすらしています。もしかしたら、地球からの贈り物…ちょっと手痛い贈り物ではあるけれど、考えるということの大切さを、表現する場を持つ者たちの心にばら撒いたというイメージがあります。

K 人間の思考の、愚かさというか痛みみたいなものを、私自身がものすごく感じたんです。誰が、何が、良い悪い、ではなく、自分自身を含めて、この星に住んでいながらこの環境に対しなんという無意識さで生きていたのだろう、と。災害を生み出さざるを得ない人間の思考の痛み、愚かさ、そういう当たり前のことをもう一度考えたいと思いましたね。

  1204noism01.jpg 見世物小屋シリーズ第1弾『Nameless Hands〜人形の家』
写真/isamu MURAI

----Handsでは人と人形の身体性の違いをモチーフに身体における物質性を表現されていましたし、Poisonはエネルギーのぶつかり合いのような表現で心の葛藤が描かれていたように思います。今度は、Voice、です。「名もなき声」はどのような手段で表現されていくのでしょう。

K 極めて抽象的だと思います。制作過程においても、(先ほども話したように)先に台本があるわけではない。断片的で詩のような言語がわーっと溢れて、それらをつなぎ合わせながら流れを構想しています。今のところ、全体としてこんな感じになるのかな、というのはありますが、ここからさらに変化を加える可能性もあるし。とくに、今回はメンバーの皆にアンケートを取って、皆の物語も吸い上げているので、ある種編集の作業みたいなところもあるんです。

----アンケート?  編集?  それが、言語化、Voiceにつながっていくわけですね。

K 言語を取り入れるということはそういうことじゃないかと思ったんです。言葉って並び方ひとつで全然捉えられ方が違ってくるでしょう、意味があるゆえに。
名もなき声、のイメージが浮かんだことにより、メンバーの皆から水にまつわる思い出や物語、朝起きて寝るまでの水日記とか、いろいろな項目を設けてエピソードを書きだしてもらったんです。そうしたら、当然と言えば当然ですが、人によってものすごく個性が出てくる。すごく細かく記述してくる人、2,3行で済ます人、まあ、いろいろ。しかしそこには、舞踊家として身体と向き合った時とはまた別の彼らという人間性が現れている。人として言葉と向き合った時の、彼らなんですね。
そこで私は、言葉と身体のつながり、というところを考え始めた中で、「編集」という作業に出会ったんです。

  1204noism02.jpg 見世物小屋シリーズ第2弾『Nameless Poison〜黒衣の僧』
写真/isamu MURAI

----具体的には、どんな形になって表現に現れていくのでしょうか。

K うーん、それを言葉で説明するのは現段階では難しいですね。ただ、実作業の中で、アンケートを皆に読んでもらったときの発見が、ひとつの柱にはなっています。舞踊家というのは声の表現、特に何かを朗読し表現する機会は乏しく、彼らにとっては特殊な経験なわけです。しかし現れてくる表現が、ふだん話している調子と変わらない人、やたら声を張ったりする人、淡々と読み上げる人、それこそいろいろ。ただ、表現はいろいろあっていいのだと思うけれど、それが自己吐露であってはいけないというのが共通項として感じられたんです。これが一番興味深いことでしたね。
どういうことかというと、自分の書いたものを自分で読んだ時よりも、人の書いたものを読んだ時の方が皆、総じていいんです。さらには、自分の書いたものを読んだ時でも人称や主語を変えただけで、ぐっと良くなる。戯曲というものが存在する、本質的な意味がここにあるんじゃないかと思いました。

----自分の書いたものをその本人が読むと、ダメ? 面白くない?


K 面白くないとか、ダメということではなく、人のモノを読むほうが、身体の見え方、読まれている言葉の発露の仕方が、聞いていて物語として際立ってくるんです。読み手は、自分のモノでないものを自分のモノに置き換え、それを今度は聞き手が自分のものとして受け止める、そのプロセスが面白い。

----なるほど。第三者の介在で、物語がより強く“物語化”していくわけだ。

K 演劇ってそういうものなのかも知れないな、と思いました。…同じようなことをやってみたいとは思っているのだけれど、まだはっきりとその方法はわかりません。例えば、ある人のために創ったソロを、その本人がただ踊るだけではなくて、目の前に現れた別の人物が、クオリティ、質感や間や、それらを全て模倣して踊る、そんなことをやってみたらどうなるのかな、と、その可能性は考えています。

----今回の作品で、その“模倣”の手法は使われますか?

K まだわかりません。

----全体の印象は、どんな感じにまとまりそうでしょう。

K 抽象度が高い作品になると思います。過去二作は、何かを投げかけるあるいは遮断する感じがあったと思います。けれども今回に関しては“そこに座って一緒に考えて欲しい”です。こちらから行きます、でも、こっちに来て来て、でもない。とにかく一緒に考えて欲しい。

1204noism03.jpg

----タイトルにある“水の庭、砂の家”の象徴することは何ですか。

K …何でしょう。
それも含めて、皆さんに考えていただけたらと思います。
作品の9割はこちら側からの提示で、残りの1割は観客の皆さんの感覚に委ねる部分。けれどもその1割こそが、作品の最重要部分です。観客の皆さんが、感じ取り想像してもらうことで作品が完成するんです。だから本当に大切なのはその1割をどう想起させるかということで、創られた9割が重要なわけではない。もっと言えば、その1割のために我々は、日々厳しいトレーニングを積んだりああでもないこうでもないと七面倒くさいことを考えたり、しているわけです。

----舞踊家とは、観客のイマジネーションを刺激するために日々、スキルを磨き、思考を巡らせている、そういう生き物である、と。

K はい。けれども大切なのは、そういう努力の部分ではなくて、結果としていかに“感じて貰えるか”ということです。舞踊家として自分の身体と向き合うことは、痛かったり辛かったりしんどかったりの連続です。けれどもそれは、お客さんにとっては関係のないこと。そんなことではなく、劇場に来てぱっとそこに立ち現れたことに何を感じるかが重要なわけで、後ろにどんな努力が隠されているかなんて、関係ない。それを理解してもらおうなんていうのは傲慢です。

----ところで、今回の作品をもって見世物小屋シリーズの完結となるわけですよね。

K よく考えてみると、見世物小屋シリーズの完結というよりは、Namelessシリーズの完結ですね。名もなき者たちの物語が終わるという感じです。理由は…タイミング、そして物事の整理、編集。完結、ということそのものに意味があるのではなく、完結とすることでいったんファイルをひとつ閉じる感覚です。

----なぜ、ファイルを閉じるのですか。

K そう言った、意識した瞬間から、次に向かうことができる。閉じずにほかの作業を並行して続けると、思考がごちゃごちゃと繋がったままで次に進めない。だから、ひとつ閉じて次へ向かいたいと思うんです。

----次に向かうため、の次とは、何か具体的な予定があるのですか。

K  そういうことではなく、わからない状態に、身を置きたい。
…自分としてはあんまりよくわからないんだけれど(笑)、好きな人がいてその人のことを引きずったりしたままだと、他の誰かに出会ったときにその人を思い出してしまって、新しい関係に進めない…とか、そういうことがあるでしょう? 新しい出会いは、まっさらにならないと訪れないと思うんですよね。毎年作品を創っていると、無意識に同じことを抱えていたり、過去のストックから引っ張り出したりすることもある。そうではなくて、ぱっと、次に行きたい。

----今回のNameless Voiceの後の作品に関する構想も、もうあるのですか。

K あります。アイディアソースが三つくらい同時進行で。それぞれについてひらめいたことを、断片的にノートに記しています。

----それに関してはまた次回伺いましょう!!この時間内じゃ、金森さん、新幹線に乗り遅れちゃいますからね。今回は、新潟での初演から埼玉、静岡、愛知、金沢と結構長いツアーですね。首都圏の観客が3年ぶりにNoismを鑑賞するチャンスでもあります。
楽しみにしています!!

●見世物小屋シリーズ第三弾 Nameless Voice~水の庭、砂の家
新潟公演/2012年6月29日(金)、30日(土)、7月1日(日)、27日(金)、28日(土)、29日(日)、30日(月)、
10月27日(土)、28日(日)、11月2日(金)、3日(土・祝)、4日(日)
会場/りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 スタジオB
平日19:00、土日祝17:00開演
入場料/一般¥4,000、学生¥2,000(全席自由・税込)
発売/4月21日(土)※一般
問い合わせ/りゅーとぴあチケット専用ダイヤル TEL 025-224-5521(11:00~19:00/休館日を除く)
主催/公益財団法人 新潟市芸術文化振興財団

埼玉公演/7月6日(金)19:30、7日(土)16:00、8日(日)16:00
会場/彩の国さいたま芸術劇場小ホール
入場料/一般¥4,500、学生¥3,000、メンバーズ¥4,100
発売/3月31日(土)※一般
問い合わせ/彩の国さいたま芸術劇場 TEL 0570-064-939(10:00~19:00/休館日を除く)
主催/公益財団法人 埼玉県芸術文化振興財団

静岡公演/7月21日(土)、22日(日)
会場/静岡芸術劇場
入場料/¥4,000 学生・専門学校生¥2,000、高校生以下¥1,000※他、割引あり
発売日/未定
問い合わせ/SPACチケットセンター TEL 054-202-3399(10:00~18:00)
主催/SPAC-静岡県舞台芸術センター

愛知公演/10月12日(金)、13日(土)
会場/愛知県芸術劇場 小ホール
入場料/未定
発売日/7月頃予定
問い合わせ/愛知芸術文化センター・愛知県文化情報センター TEL 052-971-5511
主催/愛知芸術文化センター 企画事業実行委員会

金沢公演/10月20日(土)、21日(日)
会場/金沢21世紀美術館 シアター21
入場料/未定
発売日/8月下旬予定
問い合わせ/金沢21世紀美術館 交流課 ℡076-220-2811
主催/金沢21世紀美術館[公益財団法人 金沢芸術創造財団]