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北村明子インタビュー:身体の可能性と向き合うことが、ダンスのミッション

インタビュー&コラム/インタビュー

インタビュー=坂口 香野

1994年にコンテンポラリー・ダンスカンパニー「レニ・バッソ」を結成し、95年に渡欧、以後振付家・ダンサーとしてヨーロッパで高く評価されてきた北村明子。2010年のレニ・バッソ解散以後は、アジアの伝統舞踊や音楽、武術のリサーチ、アジアのアーティストと共に実験的作品をつくりあげる国際共同制作プロジェクトを始動させた。2019年10月末には、2015年に立ち上げた「Cross Transit Project」の最新作「梁塵の歌」を発表。2020年からは、アイルランドとの共同制作プロジェクトを開始するという。

ダンスにしかできないこと、生身の人間の身体だからこそできることは何か。地域や国境を越え、横断的な視点でダンスを見つめてきた北村に、ダンスの未来について聞いた。

「踏む」ことの力

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Cross Transit Project プノンペン ホワイトビルディングでの撮影セッション 撮影:Kim Hak

――「梁塵の歌」、とても見応えがありました。ステップや声など、体が発するリズムがやりとりされて、会話が成り立っていく。インドの音楽家マンガンサナさん、インドネシアと日本から様々なキャリアをもつダンサーが参加していましたが、それぞれのダンスや歌のエネルギーが、ぶつかりあったり絡まったりしてコミュニケーションが成立していく様子が、すごくスリリングでした。

今回の作品は、英語のような共通言語がなかったら、または言葉そのものがなくなってしまったら、結局信頼がおけるのは体のコミュニケーションだというところからスタートしました。歌や踊りは、言語以前のプリミティブなものだけれど、最先端でもあると思うんですよ。

――北村さんが、アジアのアーティストとの共同制作プロジェクトを始めたきっかけは何だったのですか。

2000年代、レニ・バッソのツアーでヨーロッパに長期滞在していた頃、同じ芸術フェスティバルでアジアのコンテンポラリー作品や伝統舞踊を見るようになって。「こんな強い身体見たことないな」「こんな動き、日本の伝統芸能にもあるのかな」と、どんどん興味が湧いてきました。
私は子どもの頃にバレエやジャズダンスを始め、十代後半にコンテンポラリー・ダンスと出会って。「こんなに理論的で、かつエンターテインメントでもある『考えるダンス』があるんだ」と憧れて、大学に通いつつヨーロッパにコンテのテクニックを学びに行きました。同世代のダンサーにも、90〜2000年代にヨーロッパに長期滞在した人が多いのですが、私も長年欧米の方ばかり向いていて、アジアにこんなに豊かなダンスの世界があることに気づいていなかったんですね。

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Cross Transit Project プノンペン ホワイトビルディングでの撮影セッション 撮影:Kim Hak

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マニプール 伝統武術の稽古場にて

――2011年にはインドネシアとの共同制作プロジェクトを立ち上げられています。

レニ・バッソの解散後、いちばん興味があったインドネシアへリサーチに入ったんです。インドネシアには、そのまま一生取り込まれてしまいそうなほど豊穣な文化があって。私はもともとプンチャック・シラット(東南アジアの伝統武術)をやっていたのですが、インドネシアでは武術とダンス、儀礼はセットになっています。結婚式やお葬式、豊穣を祈るお祭りの時に、神聖な楽器であるチャルメラの音に合わせて、シラットの演武がよく行われるんですよ。

――武術とダンスはつながっているんですね。

ええ。同じシラットでも地域によって全く違い、スポーツとしての近代シラットから舞踊的できらびやかな演武まで様々で、500もの流派があって。地域によってはヨガやインドの古武術、少林寺拳法の影響を感じることもありました。
スマトラのある地域では、子どもたちは寄宿制のイスラム学校で学ぶのですが、そこの必修科目になっているシラットは、アラビア語の「アラー」という文字を足で踏みながら身体技法を学ぶんです。

――つまり、ステップを踏むことがお祈り?

そう、自分の身体を神に捧げる技法なんです。2015年からはカンボジア、ミャンマー、インドのマニプールでのリサーチを始めたんですけれど、「踏む」動作が「祈り」につながる、ということはアジア全域に共通しているんですね。裸足で土を踏みしめて武術の稽古をしたり、踊ったりすることで、自然からエネルギーをもらう。実は日本の神楽にも、土地の邪気を鎮める「反閇(へんばい)」というステップがあります。神楽の資料を見ると、東・西南・北・中央と五方向の神様に向かって足を踏んでいく、すごく厳格なステップが指示されていたり。

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遠山郷霜月祭 踏みならしの舞 和田諏訪神社

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ルルク・アリ インドネシア伝統舞踊ワークショップ まつもと市民芸術館 写真提供:中山佐代

――「反閇」って、『陰陽師』のマンガに出てきました! 

そうそう。ほかにも「九字を切る」とか「印を結ぶ」とか、祈りの動作が日本にも伝わっていますよね。現代ではそういうものって、それこそマンガや映画の中だけの話だと思われがちですけれど、「この動きをすれば魔除けになる」「神様からエネルギーをもらえる」などと信じられていた時代があった。それを非科学的だと否定するより、逆に今、なぜ信じられなくなったんだろう? って疑問をもつほうが面白いと思うんです。

私は今、信州大学で教えているのですが、作品のクリエーションと同時進行で、遠山郷の霜月祭のリサーチを始めたんです。遠山郷霜月祭は国の無形民俗遺産になっている湯立神楽で、宮崎駿の「千と千尋の神隠し」のアイデアの元になったことでも知られているんですよ。
現地でのワークショップに参加した学生の中には、ダンスとはまったく縁がないラグビー部の子や、運動は大嫌いだと言い張っている子もいたんですけど、五方に踏むステップを教えてもらったらどんどん引き込まれて。神楽の最後は「ちらし」といって、テンポがばーっと上がっていくんですが、大変な盛り上がりでしたね。笛や太鼓と一緒にぐるぐる回って、みんな笑顔で。この力、すごいなあと思いました。ロジカルに思考を深めていくコンセプチュアルなコンテンポラリー・ダンスにはない魅力があって。今まで、こういうものを見逃してきたのかなって気がすごくしたんですよね。

――なるほど! 今回の作品で「踏む」動きを大切にされていた理由がわかってきました。

身体の動きや歌による祈りが、今も、言ってみればセラピーやカウンセリングのような存在として成立している地域があります。そういうことは、人間の身体の力としてあってしかるべきだし、私は信じたいと思う。日本では、明治維新以降、そういうものが非近代的だと排除されてきたけれど、私たちの中には感覚として残っているのではないでしょうか。今回のリサーチは、そういった流れを見直すいい機会になりました。

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佐渡にて Cross Transitレジデンス 撮影:Kim Hak

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佐渡にて レジデンス成果発表後の集合写真 撮影:Kim Hak

古代も未来も混ぜあわせるダンス

――タイトルの「梁塵」は、平安時代の歌謡集『梁塵秘抄』の由来にもなっている「すばらしい歌に、梁の上の塵さえ共鳴した」という故事から取られたそうですね。今回のマンガンサナさんの歌声がまさにそんな感じでした。彼の歌によって、そこに実際何かが立ち上がるような。冒頭のシーンなんか、それこそマンガ的にいうと、マンガンサナさんが歌で結界を張ったところに、北村さんがダンスのエネルギーを使って間合いを詰め、つるっと彼の懐に飛び込む、みたいに見えました。

それは嬉しいです。塵も舞わせられるような美しい歌と踊り、というのが目指すところなので。一方で、「梁塵」には別の意味ももたせているんですよ。

マンガンサナと出会ったマニプールはミャンマーと国境を接する州で、まだ外国の資本が入っていない地域です。巨大な蚊柱があちこちに立っているし、停電もしょっちゅう。それでも住民の方たちはまったく動じず、ろうそくの明かりで武術の秘伝書を見せてもらったりしました。
マンガンサナは古い歌や伝統芸能の記録もしています。「人の労働は、いずれ機械が行うようになる。私たちの生活圏では、まだまだ機械化していないことが多いけれども、失われてしまうこの歌を採っておきたかった」。ミャンマーとの国境へ「収穫の歌」の撮影に出かけた彼の、こんな言葉が印象に残っています。
ミャンマーでもカンボジアでも、すさまじい勢いで近代化が進んでいて。ミャンマーではロンジーという着物姿が一般的だったんですが、4、5年前頃からやっと女性がミニスカートをはけるようになったそうです。近代化が進むのはとても喜ばしいこと。でも、「失われるものもある」という痛みも伴います。

マニプールは、太平洋戦争で「史上最悪の作戦」と呼ばれたインパール作戦の舞台でもあります。作戦に参加した日本兵はほぼ全滅し、その撤退路は死体で埋め尽くされて「白骨街道」と呼ばれました。人間の骨も粉塵となって土に埋められているわけです。そんな悲惨なことがあった場所で、古代から伝わる美しい歌が奏でられている。それがインスピレーションのもとになりました。
残酷な過去を乗り越えて前に進むために、新しいものだけを目指すのではなく、古いものも大事にしていく。そういう強さをマニプールで感じたんです。

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「梁塵の歌」写真:大洞博靖

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「梁塵の歌」写真:大洞博靖

――梁塵の「塵」には、そんな意味も込められていたんですね。

太平洋戦争中、日本がアジア各地で犯してしまった事実について、私たちは教科書でしか知らないけれど、現地で老人の方たちに話を聞くと出てくるわけです。
それを「私は、戦争中のことは知らない世代です」と無視するわけにもいかないし、だからといって「もうこの人たちと対等に話はできない」とあきらめることもできません。過去や立場の違いを乗り越えていくための突破口として、歌や踊りがあると思います。遠い昔から、芸能は死者を悼む、慰霊や哀悼の役割を担ってきたはずですから。

――なるほど。今回の作品も、重い題材も扱っているにも関わらず、身体に底力がついて元気が出る感じがしました。

実は、「梁塵の歌」のクリエーションで最初に目指していたイメージって、「SF神楽」なんですよ。

――え!?

わかりにくいとスタッフに不評だったので、チラシには載せなかったんですが(笑)。設定としては、様々な紛争や悲劇が続いて、荒野となった未来の地球。もう国もなくなってしまっているかもしれません。そこをさまよって、偶然出会った人たちが、ステップや声、身体が発するリズムを駆使して、対話を始めていくという......。

――なるほど!

未来の人たちからみれば盆踊りか神楽に見えるかもしれないし、昔の人から見ればめちゃくちゃなSFダンスに見えるかもしれない。私たちが今ここでやってることを、違う時間軸から見たらどうなるかなって、楽しく想像しながらつくったんです。

リズムに「乗っ取られる」という体験

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北村明子 Cross Transit Project「梁塵の歌」
2019.10.25〜27 シアタートラム
写真:大洞博靖

――ところで、ダンサー同士が足を踏みならして対話するシーンは即興のように見えたのですが、実際は?

振りの8割くらいは決めていますが、タイミングや位置取りには自由度をもたせました。振付という甲冑が見える踊りではなく、ダンサーの「身体」が意志をもって踊っているというふうにしたくて。

――激しく踊っているダンサーは、何かが乗り移ったようにも見えるのですが、北村さんも「自分」じゃなくて「身体」が踊っていると感じることはありますか?

「取り残される」気持ちになることはありますね。身体が勝手に動いちゃって、今自分が何をしているのか説明できない。踊っていて、そんな経験をしたことのある人は多いんじゃないでしょうか。「ダンスに自分の身体を乗っ取られる」ことと、「自分の身体でダンスを捕獲する」ことは同じ現象ですよね。身体と精神は二つに分かれてはいないけれど、完全に一体化もしていない。身体は完璧にコントロールできない、やっかいな他者でもあると思います。

実は『梁塵の歌』をつくっていた頃と、私の母が失語症になってしまった時期が重なっていて。言葉がうまく出ないと、身体のリズムが「え・え・え......」という意味のない音声になって出てきたりする。「今日何をしようか」という話をしているのに、返事の代わりに、たまたまテレビから聞こえてきたCMのフレーズが口から出てきたり。それは、耳から入ってきた音声に、身体が乗っ取られたようでもあるし、身体が音やリズムをぱっと捕まえて使っているようでもあって。身体がリズムに「乗っ取られる」ことと、「乗っ取る」こと。それはたぶん、ウロボロスの口としっぽみたいに、ぐるぐると循環しています。その循環がある種心地よいものになると、ダンスになる。身体でのコミュニケーションが成立すると思ったんです。

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「梁塵の歌」写真:大洞博靖

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「梁塵の歌」写真:大洞博靖

――お母様の失語症は悲しいことですね。でも、刺激的な発見に思えます。

ええ、つらいけれど、身体を観察する身としては興味深くもあって。身体とのリズム遊びが、セラピーとして医療に役立つことだってあるかもしれない。コンテンポラリー・ダンスは、新しい身体の使い方やボキャブラリーを発見していく分野だと思うんです。
「ダンス」の境界を広げていくことは、人間の身体の価値と向き合うこと。それは、このAIの時代に、ものすごく重要なダンスのミッションで、やらなきゃいけないと思っていますね。新しいボキャブラリーといっても目新しいものである必要はなくて、原始的なものと未来的なもののミックスになるかもしれない。

――古いものや新しいものが、身体には地層みたいに蓄積されているのかもしれないですね。

たとえばインドネシアの路地裏で、むっとする湿気や魚を焼く匂いに、ふと懐かしさを感じることがあります。自分の幼少期の記憶か、あるいは母に聞いた戦後復興期の町並みの話とつながってそう感じるのかもしれない。自分が体験していなくても、リアルに想像できることは自分の記憶になるんですよね。自分の記憶と祖先の記憶、あちこちから入ってきたいろんな情報がごった煮になって、自分の記憶になっている。その混ざりっぷりが、すごく面白いと思うんです。

単なるデータ量という意味ではAIにかないませんが、身体の記憶にはエモーションが伴います。記憶を感情のともなうリアルな体験として再現すること。それは人間の身体だけがもつ可能性だと思うんですよ。

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――2020年には、アイルランドとのプロジェクトを始められるそうですね。アイルランドといえば、妖精の伝説があったりとか、ヨーロッパの中でも古代からの記憶が残っている地域ですよね。アイリッシュ・ダンスも、「踏む」ステップが印象的です。

神楽のリサーチをしながら、アイルランドのリサーチをしていると、あれ? どっちのことやっているのだっけ? とときどき情報が錯綜してきたりするほど、不思議な繋がりを感じます。例えば冬至における、太陽の死と再生に重ねて万物の命の復活再生、更新を図るお祭りである遠山郷霜月祭とハロウィンの原型とされるサウィン祭はすっと繋がります。
Echoes of Calling ではそんな繋がりを感じながら、神楽の祭のように......とまではいかないまでも、もっともっと、踊りや音楽を一緒に楽しむような、リズムが全てを物語るような、みんなでリズムに「成る」とでも言える時空間を共有していただけたら、と思っています。

今回はキックオフイベントとして、アイルランドの文化の第一人者でもある鶴岡真弓先生(多摩美術大学教授、芸術文明史家)、内藤希花さん(アイルランド音楽演奏家)による私とのクロストークとパフォーマンスを行います。パフォーマンスに参加いただける踊りや歌のワークショップ、アイルランドにちなんだドリンクやフードなど、通常の舞台公演ではないからこそできることをみなさんと一緒に楽しめればと思っています。


――ダンスの領域を広げる北村さんのご活躍、今後がますます楽しみです。今日はありがとうございました。

北村明子
A Collaboration Project between Ireland and Japan
Echoes of Calling

2月15日(土)14:00 / 18:00
2月16日(日)15:00

SHIBAURA HOUSE  1F LIVING
(JR田町駅芝浦口より 徒歩7分、都営三田線・浅草線三田駅A4出口より徒歩10分)

企画・構成・演出・振付: 北村明子
ドラマトゥルク:Séamus Scanlon
音楽:横山裕章
美術:兼古昭彦

ダンス:香取直登(コンドルズ)、松田尚子、岡村樹、永井直也、池田遼
演奏:Áine Ní Dhroighneáin オーニャ・ニー・ホライノン (Vo)、Pádraic Keane  ポーリック・キーン(イーリアンパイプ)、大多和正樹(和太鼓)

レクチャー講師:
2月15日(土)14:00 内藤希花(アイルランド音楽演奏家)
2月15日(土)18:00 鶴岡真弓(芸術文明史家。多摩美術大学教授、同芸術人類学研究所所長)
2月16日(日)15:00 内藤希花(アイルランド音楽演奏家)

料金:3500円(全自由) ドリンク他別途
チケット取扱 イープラス
https://eplus.jp/sf/detail/3202600001-P0030001

北村明子オフィシャルサイト
http://www.akikokitamura.com/
北村明子サポートオフィス
https://twitter.com/officeALB/status/1214107729452601344

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