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インタビュー/関口 紘一
[2016.01. 4]

【公演直前インタビュー】
設立 12年目を迎えた、Noismのメイン・ダンサーで副芸術監督の井関佐和子に聞く

----近々の Noismの公演は、横浜の KAAT神奈川芸術劇場で劇的舞踊『カルメン』の再演ですね。(新潟 1月29日、31日、KAAT2月19日、21日)、Noismの再演はいつも大きな改変がありますが、今回も振付などは変えた部分はあるのでしょうか?

_Noism1&2-CARMEN-0176_web.jpg 劇的舞踊『カルメン』(2014年) 撮影:篠山紀信

井関 いえ、今回は特に大きな変更はしていません。『カルメン』は、『ホフマン物語』(2010年)に続く「劇的舞踊」のシリーズで、2014年に Noism設立10周年を記念して上演されました。2016年6月に上演する新作『ラ・バヤデール』(仮)へ続く作品として、みなさんにぜひ観に来ていただきたいと思います。Noismの場合既存の作品は、改訂版として上演することが多いのですが、『カルメン』は特に細部までとても充実した作品ですので、今回は改訂せず純粋に再演として上演します。しかし再演でも時間を十分にとり、舞踊家の身体、演劇性の細部を詰める作業をしています。初演のときにはなかなか気づかない些細なことまで、メンバー一人一人が責任を持ち、ただの出演者にならぬよう、すべての役に意味と意義を持って行こうと取り組んでいます。私も初演の時は、踊ることに必死だったので、 200%の力を振り絞った感覚でしたが、今はより客観的にカルメンという女性像を見ることが出来、作品の中で波が持てるようになりました。今は心からこの作品を踊ることを楽しんでいます。こんな感覚は初めてです。再演では、より深みを増したカルメンをご覧いただけると思います。

-----カルメンの後は“劇的舞踊”シリーズの新作が続くのですよね?

井関 はい、次は『ラ・バヤデール ‐東洋の幻』(仮)です。バレエ音楽である「バヤデール」を原作に平田オリザさんに脚色をして書いていただきました。今、振付のワークショップを進めているところです。

----それはまた、興味深いですね。

井関 「東洋の幻」というサブタイトルが付けらていますが、『ラ・バヤデール』というのもまだ仮題です。同名のバレエの名作がありますが、翻案されていて、設定も変わり役名も変わります。この公演には舞踊家の他に俳優が3人参加する予定です。『カルメン』で初めてゲスト俳優をお迎えして舞踊 ×演劇の作品に取り組みましたが、『バヤデール』はそこからさらに踏み込んで、台詞を話す人が 3人になります。カルメンよりも更に近い距離で、言葉と身体が混ざり合う。とても簡単なことだとは思えないのですが、そこの隔たりをどのように融和させていけるか本当に楽しみです。

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劇的舞踊『カルメン』(2014年) 撮影:篠山紀信

----新作のワークショップは、どのように進められているのですか。

井関 今回は新たな挑戦として、メンバーが動きを全て創っています。台本をもとに、ひとつのテーマを金森から与えられてメンバーたちがそこから想起されるイメージを挙げ、それらをもとに各々が動きを作っていきます。この時点では、その振りがどんなシーンで誰がやるものなのかは私たちにはわかりません。そしてそれらの膨大な動きを金森が編集していき、ある一つのシーンが完成します。新作を作る場合でもあまり作品の直接的な説明は行いません。おそらく、舞踊家たちに先入観をもたれないように進めていきたいのだと思います。そしてある日、キャスティングが発表されます。舞踊家たちはそこで初めて、自分がどの役を踊るか知る訳です。金森は、いつもその辺りでメンバーの興味、好奇心をうまい具合に操っているのでしょうね(笑)いまは、『カルメン』のリハーサルと新作のクリエーションが同時進行しいて、両方のキャラクターが入り混じって大変です。しかし、私に関しては全く真逆の女性像を一つの身体に持てるというこの時間は貴重です。リハーサル中よく「気づき」があるのは、この2人の女性が入り乱れているからだと思います。

----金森さんはダンサーの意見は聞く方ですか。

井関 時と場合によりますが、いろいろと意見は聞きながら進行していくタイプです。しかし日本人の舞踊家はあまり発言しないので、まだまだ振付家といろいろ話し合うというところまでは行けてないですね。私は意見を言い過ぎてしまうタイプなので気をつけないといけませんが・・・。でも作品をより深く理解し、自分の納得いく状況で踊ることはとても大切だと考えています。疑問や意見があれば聞くべきだし、ぶつかるべきです。最後に舞台に立つのは舞踊家です。そこにしっかりとした意志と責任がなければ観客の方々を引き込むことはできないはずです。

_Noism1&2-CARMEN-2398_web.jpg 劇的舞踊『カルメン』(2014年) 撮影:篠山紀信

----Noimは設立してから何年になりますか。

井関 今年で 12年になります。月日が過ぎるのは早い! と実感しています。設立前に、一時的に青山のスター・ダンサーズ・バレエ団のクラスを受けさせていただいていたことがあるのですが、先日その場所をたまたま 12年振りに通りがかりましたが、ほんとうに懐かしかったです。当時はまだ、どんな未来が待っているのかまったく分らなかった頃でしたから。新潟を本拠地として活動してきて、ほんとうに良かった、と思っています。新潟で始めた当初は、地元の人々も「Noism??」という感じでしたが、今ではすっかり根を下ろして、公演の度に必ず観に来てくださるコアな観客の方もらっしゃいます。コンテンポラリー・ダンスという言葉に馴染みのない方々も「Noism」という名前は知ってくださっています!新潟だけではありませんが新潟市民の方が中心となって、私たちの活動を常に支えてくださっています。一時は、新潟だけで公演していた時期もありましたが、やはり、首都圏あるいは静岡、愛知などの全国各地でも上演することによって、さらに観客の方々が広がってきました。

----私は良く思うのですが、Noismの人たちは、「私たちは新潟の税金を使って活動していますから・・・」といって地元の人々をとても大切にしていますね。他のカンパニーだって、じつはみんな多かれ少なかれ税金による援助を受けて成り立っています。もちろん、その成立基盤はそれぞれ違って一概に言えるようなことではありません。しかし、Noismの人たちのように社会に向かって公言して、自分たちの立場を表明していく謙虚な姿勢こそが、じつは良い作品を生む原動力なのだ、と私は信じています。


井関 地元=拠点という時に、首都圏ではどうしてもその場所がイメージしにくいところはあると思います。でも私たちは 12年間ずっと新潟で活動してきましたから、この地域には非常に親しみも愛着もあります。市民、といった時に、実際に公演を観にきたり、応援してくれる方々の顔がイメージできるところは強いですね。タクシーの運転手さんや、高校生など、本当に幅広い世代の方に支えられて活動していることを身をもって感じています。地元の方々に喜んでいただけることが、やはり一番嬉しいし励みになります。

----地方にも創作に意欲的な劇場は少しずつ増えてきていると思いますが、第二、第三の劇場専属舞踊団はなかなか生まれてきませんね。

井関 現実はなかなかうまくいかないものです。全国にこのような形の舞踊集団が生まれることを願い続けていますが・・・。この現実を今は受け止めて、夢だけを語るのではなく、今何をすべきかを考えるようになっています。もっともっと地元に根ざし、世界を見据えていくことで、新潟市がモデルになり、理想ではなく、本質を見てもらえるように努力していきたいです。東京でも元 Noismダンサーが色々活動していますが、彼らはこの新潟市での奇跡的なこの舞踊団があることをやめてからですが(笑)とても大切に思ってくれています。彼らのような価値観を持った舞踊家が増えていけばもっと変われるかも知れないですね。

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劇的舞踊『カルメン』(2014年) 撮影:篠山紀信

----井関さんご自身としては、Noismから距離を取ろうとしたことはありますか。

井関 はい、一度だけあります。2007, 8年頃でしたか、設立初期のメンバーが少なくなった頃に、私は舞踊家としてこのまま Noismの中で踊っていくのがいいのだろうか、もっとレベルの高い舞踊家の中で揉まれ上達したいと思い、悩みました。金森も私の様子からそれを察したのでしょう、「 Noismを出るか?」と声をかけてくれました。私もここを出て、海外で踊ろうと決心して、いろいろと知り合いなどに連絡をとり始めました。ところが、その頃、たまたま幸か不幸か、当時のバレエ・ミストレスが Noismを辞めることになりました。それで当面、他に適任者もおらず、私がバレエ・ミストレスを務めるようになったのです。すると Noismの活動、その存在意義を客観的に見るようなったからでしょうか、 Noismで踊ること、ヨーロッパではなく新潟で、日本初の劇場専属舞踊団で踊ることの意義が実感できるようになったのです。私は Noismと共に、金森穣という振付家のもとで舞踊人生を全うしようと思えるようになったのです。

----井関さんと同世代のダンサーといいますと・・・

_Noism1&2-CARMEN-2677_web.jpg 劇的舞踊『カルメン』(2014年) 撮影:篠山紀信

井関 Kバレエカンパニーの中村祥子さんとか東京シティ・バレエ団の志賀育恵さん、スウェーデン国立バレエ団の木田真理子さんとかですね。彼女たちは少し若いですが、一応同世代ですね。

----そうですか、今、最も力を発揮している方々ですね。井関さんとしては Noismに残られて良かったと思われていますか。

井関 ええ、もちろん。金森も海外で踊っていましたから、良く理解して私の悩みを導いてくれた、と思っています。今考えても、私にこの場所がなかったら、私の舞踊人生はもっと早く終えていたと思います。この歳になって、舞踊の本当の楽しさを感じられうようになり、最高の気分です! ----ところで、井関さんはクラシック・バレエを習われていて、どうしてコンテンポラリー・ダンスに進まれたのですか。

井関 3歳からクラシック・バレエを習っていましたが、コンクールにも参加していました。特に、ローザンヌ国際バレエコンクールに参加した時に踊ったモダン作品を、審査員に評価されたのは大きかったと思っています。あと、クラシック・バレエでは、自分の持っている能力でそこまで登っていけないと、子供ながらに解っていました。子供の頃から野心は豊富でしたが、どこかいつも自分に対して客観的な目を持っていました。

---じつは私は個人的に、バレリーナとしての井関さんを観たかった、と思っておりました。なぜか、井関さんの舞台を観るとバレリーナ井関佐和子を思い浮かべてしまうのです。個人的感想で恐縮ですが、その意味でも『ラ・バヤデール』(仮)は、大いに期待しています。本日はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

_Noism1_01_Sawako-Iseki_0641_20140904.jpg 撮影:篠山紀信

井関 佐和子 Sawako ISEKI

舞踊家。Noism副芸術監督。1978年高知県生まれ。3歳よりクラシックバレエを一の宮咲子に師事。16歳で渡欧。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、ルードラ・ベジャール・ローザンヌにてモーリス・ベジャールらに師事。99年ネザーランド・ダンス・シアターII(オランダ)に入団、イリ・キリアン、オハッド・ナハリン、ポール・ライトフット等の作品を踊る。01年クルベルグ・バレエ(スウェーデン)に移籍、マッツ・エック、ヨハン・インガー等の作品を踊る。04年4月Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、現在日本を代表する舞踊家のひとりとして、各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、10年よりNoism副芸術監督も務める。

公式ブログ 「Noism 井関佐和子 舞踊家の言葉
Twitter @sawakoiseki