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(インタビュー/浦野芳子)
[2012.03. 6]

小池ミモザ=インタビュー

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いま、私にできること。
それは、踊りを通して、希望を感じてもらうこと。
~3.11追悼セレモニーでの作品上演に寄せて。

3・11を境に、自分にとって本当に大切なものとは何だろうと、多くの日本人が自らに問いかけるようになさったのではないだろうか。
小池ミモザさんも、そのひとり。遠いモナコから、日本を見つめ、何もできない自分に苦悩した日々が、ある想いを強くした。
折しも、一年後のこの日に来日公演の千秋楽が重なる今回。3月11日・日曜日、15時の『シンデレラ』開演前に、追悼と、復興を願う特別セレモニーが行われることになった。
そしてその中で、ミモザさん振付・出演による作品が上演される。
来日公演を間近に控えたツアー中、多忙なスケジュールの合間を縫い、東京まで飛んでくれたミモザさんからお話を伺う機会を得た。
ダンサーとしてはもちろん、ひとりのアーティストとして、そして女性として、ますます輝きを増している。その名前が表わす、春を告げる花の名のように―

----今回の来日公演の楽日が3.11に重なったのは、バレエ団としても、そしてミモザさんにとっても特別な意味を持つのではないでしょうか。日本の私たちのために、『シンデレラ』全3幕上演の前に、追悼セレモニーを行ってくださるのですものね。

小池ミモザ(以下M) はい。モンテカルロ・バレエの仲間たちは皆、本当に、日本が大好きなんですよ!! 日本公演が決まると「やった!!  日本だ、日本に行ける!! 」と皆大喜び。ほかのアジアの国に対してはこんな反応、しません。ですから今回もこの来日は心から楽しみにしていましたし、震災後の日本を訪ねるということでさらに、舞台から良いエネルギーを届けたいという思いが強くなっています。私も、短い作品ですが、カンパニーのプリンシパル・ダンサーのガエタン・モルロッティがチベットのシンキングボールを使った演奏をして、それに合わせて私がソロで踊ります。セレモニーは30分の予定で行われ、あの大きな地震が来た14:46には皆で黙祷を捧げます。

----もともとはソロ作品ではないものを、今回のセレモニーに合わせてソロにアレンジされたのだと伺いました。こうしたセレモニーにふさわしい、メッセージ性を持つ作品を創っているところだったのですか。

M 今年5月にモナコで開催される若い振付家のためのフェスティバルに向けて創っている作品がベースになっています。本来、この作品はソロの振付ではないのですが、今回は全幕作品を上演する前に踊らなくてはならないので私一人で踊ることにしました。…とはいえ、この日、私は母(=仙女)を踊る予定になっているので『シンデレラ』の幕が開いて最初に登場するのは私なんですけどね。とは言っても、こうしたセレモニーで作品を発表させていただけることは私にとってもとても意味のあることですし、この作品自体に、深い思いをもって臨んでいます。

12-03.02Mimoza02.jpg photo: Marie-Laure Briane.

---震災を受けて感じたこと、その経験を踏まえて深めた思いなどがテーマに込められるのですね。

M 5月のフェスティバルで上演するものは集団で表現しますから、作品の見え方は当然違ったものになってくるでしょうけれど、伝えたいことは同じです。3.11の震災は、私にとって大きな衝撃でした。いろいろなことを想像して、何日間も眠れなくなってしまって…。とりわけ、何かしたくても何もできない、人としてちっぽけな自分と言う存在感の虚しさは、私を苦しくしました。けれども、次第に、気づいていったんです。人は、一人では生きていけない、でもだからこそ生きていくということは素晴らしいのだ、と。ですから、フェスティバル用に進めている作品は集団の力で表現します。けれども今回のソロでは、一緒に踊るダンサーはいない代わりに、ガエタンが創りだす音の世界と共鳴し合うことで、ひとりではなく、手を取り合いながら前へ進むエネルギー、変わっていく自分というものを、表現しようと思っています。

----人と、手を取り合う、共鳴し合う中で人は前へ進んで行く…そのイメージを得るのに、何かきっかけになるような出来事があったのですか。

M いいえ、特別何かがあったということではありません。ただ、カンパニーの皆が毎日のように「日本は大丈夫か、ミモザのファミリーは大丈夫か」と心配して声をかけてくれた。そうした日々の中で次第に、何か特別なことをするのではなく、自分に与えられた “ 踊る ”という手段で前へ進んでいくためのお手伝いをするのが、今の自分に与えられた役割なのだと思うようになっていったんです。

----多くの人が、ミモザさんと同じような無力感に打ちひしがれ、そして徐々に、自分の役割について思いを巡らす一年だったと思います。そして、自分に与えられた役割をしっかりと生きる、という意識・行動は、世界にどんなものをもたらすでしょう。

M  震災は、恐ろしい体験でした。けれども私たちは、恐ろしさやつらさの中に立ち止まっているわけにはいかない。なぜなら、それでも人生は続いていくから。ならば進むのが時間だけなのではもったいないじゃないですか、心も、前へ進まなくては ! …そのためには、人は力を合わせた方がいい。小さな力でも、それがいくつか束になれば、もっとポジティブな力になる。それが、今私が強く感じていることです。そして、それを、自分に与えられた仕事であり表現手段である“踊り”というものを通して、ひとりでも多くの人に伝えていくことで、世の中に少しでも、明るい兆しを与えられたらいいな、と思っています。

----その作品を観た人の心から心へと、よい波動が広がっていくイメージですね !
言葉にしてしまうと、当たり前にも思えることでも、ひとたび踊りと言う手段で、身体を通して表現すると、言葉を超えて観る人の心に迫っていくことがあります…。それが、踊りの持っている計り知れない力であり、同時に踊りに託された希望でもあるような気がしています。


M そう思います。そして今回の表現はまさにエスポワール、希望を表現しています。小さな芽が、外に出ようと膨らみ背伸びをする。土を破り、地表に出て、陽の光を浴びて、さあ明日へ向かって伸びていこう!!  考えてみれば、踊りとは身体で表現を行うことであり、身体とは生命であり、だから身体表現とは生、そのものなのだと気付いたんです。ですから今回はシンプルな衣装です。身体を際立たせたることで、生命の希望というメッセージをストレートに伝えたいと思っています。

----多くの日本人にとって、この一年ほど自分の生き方・考え方について思いを深めた年は無かったと思います。ミモザさんにとっても、自分の踊りや創作活動に大きな影響を与えられた一年ではなかったでしょうか。

12-03.02Mimoza03.jpg photo: Marie-Laure Briane.

M 踊りについて、そして創作について、以前より深く考えを巡らすようになったような気がしています。…ジャン=クリストフ・マイヨー(芸術監督)やベルニス(・コピエテルス)は最近の私を “感情表現がいい方向に変わってきた” と言ってくれます。大変な経験や試練は、人間性を深めるいチャンスなのかもしれないと、このごろ思います。バレエを踊るのでも、その役柄に自分の経験を重ね舞台にしていくことで、ただストーリーをなぞっただけでは表現できない深さが生まれます。踊りは、身体で表現するものですが、その身体を動かしているのは心ですからね。

----実はミモザさん、ずいぶん前から振付をはじめているのですよね。

M 22歳の時、はじめました。バレエリュス100年の記念イベントでは、モナコのカジノで作品を発表させていただいたんですよ。現在はモナコのアートプロジェクトに参加して、若手の音楽家、絵描き、舞台美術作家らとの共同作業で映像、舞台の制作に取り組んでいます。5月のフェスティバルも、そのひとつなんです。

----作品創りを通して、ご自身の踊りに対する考え方もまた、少しずつ変化してきたのではないですか。

M  作品創りには、ほかのダンサーをはじめ美術、音楽、照明、さまざまな人が絡んできます。もの創りって白いキャンバスのよう。そこにいろいろ形、色…つまり一緒に舞台を創り上げていく人たちの個性がひとつになっていって、カタチになっていく

----他人と一緒にひとつの作品を創り上げていく作業は大変だとは思いますが、ミモザさんにとってそこはいかがですか。

M 他人に自分の考えを伝えたり、また考え方の違う人と向き合ったりするのはエネルギーの要ることですが、でも、それを乗り越えて形になったものを見るときの喜びは、何物にも代えられません。考えてみれば、バレエの舞台だって一人で踊っているわけではない。いくら自分が主役でも、そこに群舞がいて、他のソリストたちがいて、さまざまな役と作品の中で出会うことによって自分の演じる役柄が生かされてくる、そうした中でひとつの作品として完成していくんです。同じ作品の、同じ役柄を踊っていても、パートナーが違えばこちらも違う個性が出ていくんです。

----それは、踊りと言う生身の身体表現の、楽しさでもありますよね。

M 私はいつも、舞台上で自然に自分の内側から出てくるものを怖がらないようにしているんです。たとえば、パートナーがリハーサルには無かった表現をしたとします。するとそれに反応した私からは今までなかった表現が自然に出てくる。反対に、こちらが少し反応を変えることで、相手から思いがけないものを引き出すこともあります。

12-03.02Mimoza04.jpg photo: Marie-Laure Briane.

----まさに、「生」の舞台芸術ならではの楽しさ、豊かさですよね。同じ作品でも、演じる人が違えば、伝わる内容も違ってくる。だから、何度観ても面白いんですよね。

M その楽しさを感じられるのは、マイヨーの元で踊る醍醐味だとも言えると思う。彼は、ひとりひとりの個性から生まれてくる表現を大切にし、同時にダンサーたちにそういう個性を要求していますから。

----自由な表現が可能なのはとっても楽しいことだと思うけれども、その分、人としての深さが求められますね。

M こちらの表現を、彼が何も言わずに見ているときは大体いい方向へ向かっているとき。でも、ちょっとでも違う方向に走りはじめると、すぐに言葉が飛んできます。…モナコに来てもう9年目なんですけれど、最近では彼が半分くらい喋った段階で、言いたいことがわかるようになってきました。

----あなたも、マイヨーのような振付家になりたいと思いますか。

M …今のところ、それはありません。ただ、振付をすることでダンサーとしての広がり、深さは養えると思っています。そして何より強く思うのは、やはり人と一緒にものを創り出す喜びは何ものにも代えがたい、ということ。もちろん大変な部分はたくさんありますが、やはり最後に残るのは喜びです。

----ところで、マイヨー版『シンデレラ』はとても個性的な作品ですよね。


M 今回私が踊る、シンデレラの母=仙女の役は、亡くなってしまったシンデレラの母という人間と、ミラクルを起こす仙女というふたつの性格を一度に演じ分ける、とてもやりがいのある役です。人間の母としてシンデレラの記憶の中に現れるときはとても愛情に満ちていて、しかし仙女として現れるときはちょっといたずらっ子のような面もあるんです。

----愛の形を、思い出の中の母、そしてシンデレラを幸せに導く仙女というふたつのキャラクターから表現していくわけですね。思い出の中の母というのはある種シンデレラの心の目がとらえている “愛” なのだろうし、一方で仙女と言う存在は、心の中の願望を実現にする…。想像するだけでいろんな解釈が頭を駆け巡ります。ううん、バレエって、奥深いなぁ~

M マイヨーの作品は、ストーリーにこうした精神的な色合いを強く盛り込んだものが多いのですが、だからこそ私は日本人の良さを出すように努めています。

----日本人ならではの表現ですか。

M 西洋人と日本人とではまず体格・容貌が違います。そんな中で、“ 素敵な誰か” の真似をしていてもダメ。むしろほかの人には無い個性を、私なら日本人らしい部分を、良い方向で強調していくのがいいと思うんです。
 具体的には、“ 何もしなくても、何か大きなことを語っている” そういう印象を与えること。西洋人は全身をオーバーに使って、使って、使って(笑)表現を繰り広げますが、日本人は何もせず只そこに立っているだけでものすごい存在感をアピールできる。それを感じるのは、能や歌舞伎に接した時です。すっ、と目線を動かすだけで、オーバーアクションの10倍もの力でものを伝えることができると思っています。これは、西洋人には真似できないこと。マイヨーも、私のこの表現については理解を示してくれています。

----日本を、誇りに思っているのですね。

M もちろん !  日本には豊かな文化や美しい自然があります。食事だって自然との調和や旬を大切にしていて、素晴らしい。海外に居るとそうした日本の文化がどれだけ高く評価されているか、よくわかりますしね。帰国した時には、日本の古典芸能などにも積極的に接するようにしています。歌舞伎は時間のある限り観に行きますよ。

----むしろ、日本にいる私たちの方が、伝統的な文化についての知識が希薄だったりして、恥ずかしいこともあります。外国人に「ZEN(禅)はスゴいね」、って言われたり、「何処に行ったら茶道を体験できるの」、って尋ねられたり。ネットが発達した今、外国の情報をたくさん得ることができるけれど、案外自分たちの文化に関しては何も知らない。

M そういえば、帰国したあるとき、カフェで休んでいたら窓の向こうにものすごくきれいな百日紅の花が咲いていたんです。もう、感動してしまって、誰かとこの美しさを共有したい!!と思い周囲を見回したんですが…。カフェにいる誰もが下を向いて、モバイルに向かっているんです。叫びたくなりました、モバイルに向かってる場合じゃないョ、今そこに命を輝かせている百日紅と対話しようよ、って。

----今は、手軽にいろんな情報をキャッチできて、知識を豊富に得られるようになった。でも、知っていることと、感じたこととの間には、大海原ほどの差があると思っています。そして、感じないと、本当の幸福感は得られない。

M 肌で、心で、感じることがなくなったら、人間には何が残るのでしょう? こんな時代だからこそ、美やアート、パフォーマンスに触れて心を豊かにしてほしい。

----劇場に足を運んで、ダンサーたちが客席に送り出すエネルギーを全身で感じて欲しですよね。

M モンテカルロ・バレエ団は、皆、日本をとても愛していますから、必ずよいエネルギーを客席と分かち合えると思っています。

----よいエネルギーを受け取った人たちが、それをまた誰かに分けて…劇場から明るい連鎖が広がっていくといいですね。

(プロフィール)
小池ミモザ

モナコ公国 モンテカルロ・バレエ団 プリンシパル。98~00年フランス国立リヨン・コンセルヴァトアールで学び、01年首席で卒業。01年スイスのグラン・テアトル・ド・ジュネーヴ・バレエに入団。03年モナコ公国 モンテカルロ・バレエ団に入団、05年最年少のソリストに。07年から振付を始めた。