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[2008.07.11]

エトワール・ガラで来日するアッツォーニがブノワ賞を受賞
~シルヴィア・アッツォーニ最新インタビュー


『ハムレット』アッツォーニ
今年5月、ジョン・ノイマイヤー振付『人魚姫』主演を評価され、モスクワ、ボリショイ新劇場でブノワ賞最優秀女性バレリーナ賞に輝いたシルヴィア・アッツォーニ。この夏エトワール・ガラで来日する彼女に、お話をうかがった。

----5月にブノワ賞を受賞されましたね。ボリショイ劇場でのガラ公演や受賞の瞬間について教えてください。

アッツォーニ 昨年、バレエ団とオーストリアのウィーンで公演中に、ノミネートされたことを知りました。予想していなかっただけにと ても驚き、喜びのあまり泣き出してしまったほどだったわ。モスクワには一人で行きました。でもガラと授賞式当日は、夫のサーシャ(アレクサンドル・リアブ コ)とサーシャのお母さんが来てくれたのよ。客席に身近な人がいて応援してくれているのはとても心強かったわ。
実は去年のアレッサンドラ・フェリのガラ公演でABTのマルセロ(ゴメス)ととても仲良くなったの。だから彼が最優秀男性ダンサー賞にノミネートされ、モスクワでまた逢うことができたのもとても嬉しかった。

 賞の発表は、まず最優秀男性ダンサー賞、その後に最優秀女性バレリーナ賞の順でした。まずジュリー・ケントが壇上に上がって男性受賞者を発表した のだけれど、マルセロが受賞したものだから興奮してしまって。その後セルゲイ・フィーリンが現れてとても早口のロシア語で女性受賞者の名前を呼んだの。私 の名前を呼んだらしいんだけど、ロシア語だったし、わからなくて。するとマルセロが「シルヴィア、君が受賞したんだよ!」って教えてくれたのよ。
これまで世界中の様々な劇場で踊ってきたけれど、ボリショイ劇場で踊るのは生まれて始めての体験。それも権威ある賞にノミネートされて踊り、受賞するなんて、夢のようで本当に感動してしまいました。

----受賞の対象となった『人魚姫』について教えてください。

アッツォーニ これはデンマーク王 立バレエ団のためにジョン(ノイマイヤー)が振付けた全幕バレエです。普通ハンブルグ・バレエ団では、既に出来上がっている作品を習う場合は、コレオロジ ストという振付専門の指導者と習います。ところがデンマーク王立バレエ団にはそのような指導者がいないため、私はまずケヴィン・ヘイゲン(ハンブルグ・バ レエ団でプリンシパルとして長く活躍し、今はバレエ団と学校の指導者になっている)と2人でスタジオにこもり、その後、ジョン(ノイマイヤー)が、スタジ オで私と相手役のカルステン(ユング)に向き合ってくれました。
ジョンは私とカルステンの個性を重んじて、作品を私たち用に半分ほど作り直してくれました。だからデンマーク王立バレエ団が世界初演したオリジナル版とハンブルグ版『人魚姫』は、だいぶ雰囲気が違います。
振付についていうと、バレエとは違う振りが多く、正しく習得して自分の身体で体現するのにとても苦労しました。ただ役作りでは、私をイメージしてジョン が作り直してくれたので、とても自然に役に入り込めました。これまで長くプロのダンサーとして様々なバレエを踊ってきましたが、この作品の<人魚>は私に とって「生涯で最も重要な役」だと感じています。

----この夏、日本で行われるエトワール・ガラでパ・ド・ドゥを踊られるとお聞きしましたが。

アッツォーニ  その予定でしたが『人魚姫』は来年2月のバレエ団との来日公演で踊ることにして、この夏は、イリ(ブベニチェック)とノイマイヤー振付『ハムレット』の パ・ド・ドゥ、そしてバンジャマンと『ロミオとジュリエット』のパ・ド・ドゥ、『マーラー交響曲5番アダージェット』、そして夫のサーシャ(リアブコ)と キリアン振付の『ベラ・フィギュラ』踊ることになります。

----6月29日から2週間に渡って行われた毎年恒例のハンブルグ・バレエ週間の初日ではノイマイヤーさんによる新作『いにしえの祭=宴の終り』 を踊られましたね。私は27日のゲネプロを撮影し、29日の世界初演を拝見しました。「戦争前の最後のパーティー」を描いた作品のように見受けられました が。

アッツォーニ 作品に使用された音楽は、第1時世界大戦中に作曲された物だということです。バレエは、戦争勃発直前という時代背景と、当時ならではの華やかな社交界の様子を描いているのです。
私は初めアルセン(メフラビアン)と踊る予定で、一緒に振付を習っていたの。ところが彼が怪我をして手術することになり降板したため、2週間目から急遽 ピーター・ディングルと踊ることになりました。ピーターは素晴らしい相手役なので、安心してはいたけど、アルセンとは全く違う一人のアーティスト。役に対 する考え方やアプローチ、かもし出す感情も全く違うので、私自身は第1週に習った振付をピーターに教えながら、彼とまたゼロからこの作品を作りこんでいく 必要に迫られました。

----ノイマイヤーは、ダンサーから見るとどんな方ですか。

アッツォーニ ジョンは、とても静か で控えめな人。ダンサーと個人的に親しくなるようなこともないの。でもひとたび仕事になると、彼からすれば自分の子供たちのような世代ギャップのある私た ちダンサーに対してもとてもオープンで、楽しく仕事させてくれるの。彼はスタジオに来る前に、すべてを決めてくるタイプの振付家ではないの。スタジオに来 て私たちと時間や空間を共にしながら作品を作り上げるタイプの振付家ね。

-----イタリアのトリノのご出身ですが、なぜドイツにバレエ留学されたのですか。

アッツォーニ  私は(北イタリアの大都市)トリノの街中ではなく郊外の村で育ったの。その村の女の子たちはみんな近くのバレエ教室に通っていました。バレエ教室といって もバレエと体操を足して2で割ったようなお稽古場だったわ。それで私も4,5歳の時に両親にそのお稽古場に通いたいとおねだりしたのよ。数年後、発表会で 踊る私を見たトリノのバレエの先生が、「あの子には才能があるから、しっかりしたバレエ教育を施すべきだ」と両親に助言したことから、別のバレエ教室に 移ったの。そしてその後ドイツに留学することになりました。

----たとえばミラノ・スカラ座バレエ学校ではなく、ドイツに留学されたのですか。

アッツォーニ  10代になって、将来バレリーナになりたい、と思うようになりました。同時にイタリアの先生に「自分にはもうあなたに教えることは何も残っていないわ」と 告げられたわ。そしてちょうどその頃、父と母が別居したの。私はなかなか居場所が定まらず、哀しく不安定な毎日を送っていました。
そんな時バレエの先生が、「ドイツのバレエ学校に行けばバレエの他にも、コンテンポラリー、キャラクター、解剖学など、良い教育が受けられるし、海外から の留学生は寮に入れるから、今のあなたに良いのではないかしら」と教えてくれました。それでハンブルグ・バレエ・スクールに留学することになりました。
父は「バレリーナになるなんてとんでもない!プロなんかになれるはずないんだ!!」と大反対でした。どうしてもバレエを続けたかった私は「ハンブルグ・バ レエ・スクールのオーディションに合格したらバレエを続けさせてくれると約束して!!」とお願いしました。そして無事オーディションに合格し、留学するこ とができたというわけなの。

----ホームシックになったりはされませんでしたか。

アッツォーニ それが全然ならなかったの よ。ハンブルグ・バレエ・スクールには世界各国から留学生が集まっていて、寮でも毎日自分と同じような子たちと生活できたでしょ。私は両親の別居とか離婚 とか、そういった家庭の問題から遠く離れて大好きなバレエのことだけを考えればよかったし、ハンブルグでの留学中は毎日とても幸せだったわ。

----ご主人様のリアブコさんとの出会いについて教えてください。

アッツォーニ 私もサーシャも同じバレエ団に長く在籍していたのですが、年齢も出身地も違うので、はじめは友だちですらなかったの。私は足の手術をして1年休んでいたシーズンがあるのですが、復帰後ジョンからサーシャと『ハムレット』を踊るよう言われました。
リハーサル初日に私たちはバレエの中でもとても悲しいパ・ド・ドゥを習ったのですが、なぜか一緒に踊ることが楽しくてしかたなくて、2人で笑い続けていたの。指導者の先生はなぜ私たちがずっと笑い続けているのかわからず、とても不思議がっていたわ。
そうして作品を一緒にリハーサルしていくうちに、私もサーシャも、お互いが <運命の相手>だと気が付いたのね。その後、すぐ一緒に住むようになり、バレエ団がイタリア公演をしていた時にサーシャにプロポーズされました。
私は10代の感じやすい時期に両親が別居して、その後離婚しているでしょ。
だから結婚願望など何もなかったのよ。でもサーシャにプロポーズされた時はそれに対して「イエス」と答えたい自分がいたの。以来1日でも彼と離れていると、とても淋しいわ。

『ハムレット』アッツォーニ

----エトワール・ガラにご参加されるようになったいきつを教えてください。

アッツォーニ  数年前にパリ・オペラ座バレエ団のマリ・アニエス・ジロがハンブルグに来たの。そして『椿姫』のマノンを踊る私を観て、私をパリ・オペラ座の仲間たちに推 薦してくれたのがきっかけ。バンジャマン(ペッシュ)とも私が始めて参加したエトワール・ガラ以来、時々共演するようになりました。彼は私が心から信頼で きる、素晴らしいパートナーなの。夫のサーシャと踊るのと同じぐらいリラックスして共演できるのよ。

----エトワール・ガラの舞台を待ち望んでいる、日本のファンにメッセージはありますか。

アッツォーニ  日本は大好きで、いつでも住むことができると感じているのよ。これは決してお世辞ではないの。私はニューヨークやロンドンには、とても住めないと感じてい るのよ。でも東京は大好き。日本については、相手に尊敬の念をもって接する日本人の礼儀正しさが好きだし、伝統文化や、お料理などすべてが好き。実は私は 前世、日本人だったんじゃないかしら? と感じているのよ。バレエについても、古典バレエの全幕作品を観るのが好きな日本のファンの皆さんでも、ジョンの 作品も同じぐらい素直に感動し、楽しんでくれます。新しい作品や文化を求める日本の人々の前向きな気持ちは、とても魅力的だと感じているの。

(インタビュアー/アンジェラ・加瀬)