インタビュー&レポート

インタビュー: 最新の記事

インタビュー: 月別アーカイブ

[2008.06.10]

アメリカン・バレエ・シアター ソリスト
加治屋百合子さんインタビュー


浦野芳子 text by Yoshiko Urano
  昨年のMETシーズン中にソリスト昇進が告げられた加治屋百合子さん。ちょうど一年後のこのMET(メトロポリタン歌劇場)シーズンの5月、インタビュー をさせていただく幸運に恵まれた。この7月、3年ぶりのアメリカン・バレエ・シアター(ABT)の来日公演ではいよいよ日本のファンの前でソリストとして 主要な役割を踊りますね、日本のバレエファンは、今から楽しみにしています、と言うと、
「今はMETシーズンが始まったばかりなのでこの公演のことで頭がいっぱいですが、日本のファンの方、友人や家族などに“あと2か月だね!”なんて言われ ると、さすがに焦りを感じますね(笑)」。小さな頭に長い手足。海外で活躍するに先人のダンサーたちが異口同音に言う“肉体に関するコンプレックス”を感 じさせないばかりか、舞台ではもちろん、スタジオでも何の違和感もなく外国人の仲間に溶け込んでいる。いやむしろ、華奢で可憐な容姿に加えひときわ柔軟性 に富んだしなやかな身体の動きには、自然に目が吸い寄せられる。「日本人だから、と特別に意識するというのはありません。ここ(ABT)では、さまざまな 国籍のダンサーたちがさまざまな背景を背負って踊っている。そういう意味では私も皆も同じだからです」。

--- ABTは憧れのカンパニーだった

ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞後、 カナダ・ナショナル・バレエスクールに留学。それがABTに入団するひとつのきっかけとなったのだそう。「ABTはスクールの生徒たちの間で憧れの存在で した。レッスン後や休日には友人同士ABTのDVDやビデオを持ちより、“すごいね”って言いあいながら皆で見るんです。ですから、自然に目指す場所が ABTになっていたのだと思います」。17歳でチャレンジしたABTのスタジオカンパニー(現在は"ABT2")のオーディションに見事合格。それだけで も嬉しかったのに、「なんと3ヶ月後にメインカンパニーへの入団が決まったんです。ふつうはジュニア・カンパニーに1年以上いないと入れないと言われてい ましたし、しかも全員がメインカンパニーに入れるわけではない。このとき、入団できたのは私ひとりだったので、嬉しいのとびっくりしたのとで涙が出てしま いました」。それが2002年のこと。そして入団して5年目の昨2007年、ソリストに昇進が決まったのだ。「ちょうど去年のMETシーズンの真っただ 中、6月のことでした。欧米のカンパニーは秋(9月)からシーズンがスタートするため、しめくくりとなる6月ころになると毎年昇進や他のカンパニーに移籍 する・・・という噂が流れるのですが、去年は皆が私を噂していたんです。嬉しかったけれど、あくまで噂です、安心できないのでなるべくそのことは考えない ようにしていました。そんなある日、(芸術監督の)ケビン(・マッケンジー)から“明日、アナウンスがあるから。それは君にとってとてもいいことだよ”っ て言われて…。その言葉の通り、翌日ソリストへの昇進が告げられました。まさか、去年のタイミングで昇進できるとは思っていなかったので、本当に嬉しかっ たです」。しかも、世界各国から魅力的なダンサーが集まってくるこのカンパニーでの“ソリスト”の肩書きである。緊張感もひとしおでは、と言うと、「今 は、他人と比べるのではなく、常に自分のベストを心がけるようにしています。いつか、バレエ人生が終わったとき、自分が歩いてきた道を振り返って後悔をし たくはないんです。それは大きな成功をおさめる、という意味ではなく、常にベストを尽くしていた、と納得したいということです」。とくに古典作品などでは 同じ役を踊ることも多いから、それが自分の進歩のバロメーターにもなるのだという。「もしも自分の中での手ごたえや、表現が、毎回同じだったとしたらそれ はレベルが下がっている、ということなんじゃないかと思います」。

--- 小学校4年生で、単身バレエ生活を決意

  加治屋さんが本格的にバレエを始めたのは10歳、小学校4年生のころ。お父様の仕事の都合で赴任した、上海でのことだった。1年後ご両親は帰国することに なるが、小学生の加治屋さんはひとり上海にとどまることを決意したのである。自分の意思で、である。「自分でもどうしてそうなったのか…ただ、いったんス タートしたことを途中で投げ出したくない、って思ったんです」。そんなにバレエが好きだったの?と尋ねると、「いいえ。バレエが好き、なんて思えたのはそ のずっと後です。なんというのでしょう、バレエ学校をやめて日本に帰ってしまったら、自分に負けてしまう、そんな風に思ったんです」。10歳である。小学 生4年生である!!そんな子供を異国の地に安心して両親が残すはずはない。まして加治屋さんは一人っ子。「上海に残って数か月たった頃、バレエ学校の寮の 部屋のドアを開けると、母がそこに立っていました。なんとか私を説得して、日本に連れ返そうとしていたのを今でも覚えています。でもそのとき私は“一度始 めたことはやり通さなくてはいけない”そう言い張ったそうです」。幼いころから、気の強い方だった。一人っ子でありながらも友達の面倒をよく見て、勉強も 好きだったそう。どちらかと優等生だったのね、と問うと、ちょっと恥ずかしそうに「…たぶん、」という答えが返ってきた。それにしても、である。10歳の 子供が親元を離れて生活をするのだから、楽しいことばかりではないはずだ。「もちろん、淋しくて泣きたいこともありました。そんな時はベッドのお布団の中 に潜って、隠れて泣きました。なんとかやってこられたのは、同じくらいの年齢の子供が周りにいたから。その子たちと過ごす時間が楽しかったから、淋しさも まぎれたように思います」。たまに考えることがあるという。「自分の国を離れて留学してくる子供たちのほとんどは、高校を卒業し、自分の意思でバレエとい う目標を選んでいます。もじ自分がそうした年齢であったなら、もっといろいろ考えることもあったのかも知れません。しかし私の場合は物心もつくかつかない かの10歳です。あれこれ考える間もなく“頑張るしかない”という状況だったのかも知れません」。シンプルに、バレエと向かい合うしかなかった。だから、 乗り切れたのかも知れない、と加治屋さんは続ける。「バレエが好きだ、と思えるようになったのは13歳になり、コンクールに出るようになったころからで す。練習量やリハーサルがうんと増えたことは、辛いより、楽しい思い出です」。15歳で臨んだローザンヌ国際バレエコンクールは上海のバレエ学校からの出 場、ゆえに中国代表としての出場だった。「だから、最近になるまで私は日本の皆さんにも中国人だと思われていたみたいです」(笑)。
しかし、ABTに入団6年目の今となっては、今はここニューヨークが自分のホームのように思えるのだと言う。「日本に暮らしていたころはまだ記憶がはっき りしていないんです。短かった小学生時代の記憶でとくに印象に残っているのは友人のことくらい。上海は今となっては昔のこと、という感じです。仕事を持ち 暮らすここニューヨークは、好き嫌いとか住みやすいとかそういうことより、やっとホームグラウンドができた、落ち着けた、という感じです」。10歳にして バレエと真剣に向かい合う自立の道を選んだ少女にとっては、国籍や国境を超えた、もっと大切な“自分の居場所”があったのに違いない。

--- 家族に感謝する日々

  インタビューした5月のこの日は、ABTの本拠地、ニューヨークにおいてのMETシーズンが開幕して間もない日のことだった。シーズン中は午前11時から METの稽古場でクラスレッスンをして午後は5時過ぎまでそれぞれリハーサル、夜の本番に備える日々だ。「本番がない日はレッスンが10時15分からで、 リハーサルが夜7時くらいまで続きますから、どちらにしてもバレエ漬けの毎日です」。食事や健康管理はどうしているのかと尋ねると、「ランチタイム休憩も あるのですが、身体を動かし続けるのでたくさんは食べられません。サンドイッチや果物など、簡単に食べられてお腹にもたれないものをいつも自分で用意しま す」。以前はダイエットをしたこともあったが、現在はとにかく毎日身体を動かすハードな日々なので、栄養はきちんと摂るよう心がけているそう。「体力を維 持し、ベストの状態で舞台に臨むには“きちんと食べて、ぐっすり眠る”これが基本です。食べないと、身体にパワーがみなぎらない。また、怪我の元にもなり ますから」。昼間のリハーサルや稽古中はたくさん食べられないけれど、それ以外の時間では野菜、肉、魚、ごはん、を一度の食事でバランスよく摂るよう心が けているそう。ABTは、春と秋のニューヨークでのシーズン以外は、世界中をツアーして公演を行うから、なおさら健康管理も重要だ。
海外ツアーで必ず持っていくものは何かあるかと尋ねると、即座にこんな答えが返ってきた。「デジカメです!公演で訪れた街角を背景に、私の写真を撮り、 家族に送るんです」。バレエを続けることを応援してくれたおかげで、いろんな街を訪ねることができる幸せを映像に乗せ、感謝をこめて送るのだそう。「ビデ オカメラも購入し、この前は、オリジナルDVDも作ってみました!」。
この7月には、いよいよ日本公演である。「今回の来日公演ではABT(ケビン・マッケンジー版)ならではの構成・演出の“白鳥の湖”、ABTの十八番で もある“海賊”トワイラ・サープ振付で6月3日に世界初演されたばかりの作品や、古典作品のパ・ド・ドゥを含む“オールスター・ガラ”を楽しんでいただけ ます。国籍を超えたダンサー陣の個性や、古典からコンテンポラリーまで幅広いバリエーションを持つABTの魅力を楽しんでいただけると思います」。加治屋 さんは“白鳥の湖”のパ・ド・トロワと「トワイラ・サープの新作」にソリストとしての出演が決まっている。日本での公演では今まで通り臆することなくのび のびと、その魅力を見せつけてほしい。

アメリカン・バレエ・シアター >>>発売中
●7/17(木)~25(金)
●東京文化会館
●出演(予定)=ニーナ・アナニアシヴィリ/マキシム・ベロセルコフスキー/ホセ・カレーニョ/アンヘル・コレーラ/エルマン・コルネホ/イリーナ・ド ヴォロヴェンコ/マルセロ・ゴメス/デイヴィッド・ホールバーグ/パロマ・ヘレーラ/ジュリー・ケント/ジリアン・マーフィー/シオマラ・レイエス/イー サン・スティーフェル/ミシェル・ワイルズ
●「ガラ」S席22,000円/A席18,000円/B席15,000円/C席12,000円/D席9,000円/E席6,000円
●「海賊」「白鳥の湖」S席20,000円/A席17,000円/B席14,000円/C席11,000円/D席8,000円/E席5,000円
●お問い合せ=ジャパン・アーツ http://www.japanarts.co.jp/
専用サイト http://www.japanarts.co.jp/html/2008/ballet/ABT/index.htm
◇「ABTオールスター・ガラ」
●7/17(木)・18(金)19:00開演
●演目=
(17日)
・「ラ・バヤデール」パ・ダクシオン ミシェル・ワイルズ/デイヴィッド・ホールバーグ
・「マノン」パ・ド・ドゥ ジュリー・ケント/マルセロ・ゴメス
・「シナトラ組曲」(振付:トワイラ・サープ) ミスティ・コープランド/ホセ・カレーニョ
・「白鳥の湖」第2幕のパ・ド・ドゥ(振付:ケヴィン・マッケンジー) イリーナ・ドヴォロヴェンコ/マキシム・ベロセルコフスキー
・「ドン・キホーテ」パ・ド・ドゥ ニーナ・アナニアシヴィリ/アンヘル・コレーラ
・「トワイラ・サープの新作」 パロマ・ヘレーラ/マルセロ・ゴメス/ジリアン・マーフィー/デイヴィッド・ホールバーグ/エルマン・コルネホ/イーサン・スティーフェル
(18日)
・「ラ・バヤデール」パ・ダクシオン(振付:ナターリア・マカロワ) ミシェル・ワイルズ/デイヴィッド・ホールバーグ
・「眠れる森の美女」パ・ド・ドゥ(振付:ケヴィン・マッケンジー) イリーナ・ドヴォロヴェンコ/マキシム・ベロセルコフスキー
・「メリー・ウィドウ」パ・ド・ドゥ(振付:ロナルド・ハインド) ジュリー・ケント/マルセロ・ゴメス
・「シナトラ組曲」(振付:トワイラ・サープ)ミスティ・コープランド/ホセ・カレーニョ
・「海賊」パ・ド・ドゥ シオマラ・レイエス/アンヘル・コレーラ
・「トワイラ・サープの新作」 パロマ・ヘレーラ/マルセロ・ゴメス/ジリアン・マーフィー/デイヴィッド・ホールバーグ/エルマン・コルネホ/イーサン・スティーフェル

◇「海賊」
●7/19(土)~21(月・祝)
●出演=
(19日)
ニーナ・アナニアシヴィリ/未定/アンヘル・コレーラ/ステラ・アブレラ/ゲンナジー・サヴェリエフ
(20昼)
ミシェル・ワイルズ/デイヴィッド・ホールバーグ/ホセ・カレーニョ/ミスティ・コープランド/ジャレッド・マシューズ
(20夜)
パロマ・ヘレーラ/マルセロ・ゴメス/イーサン・スティーフェル/シオマラ・レイエス/エルマン・コルネホ
(21日)
ジリアン・マーフィー/ゲンナジー・サヴェリエフ/アンヘル・コレーラ/マリア・リチェット/サーシャ・ラデッキー
●開演時間=19日18:30、20日13:00/18:00、21日13:00

◇「白鳥の湖」
●7/23(水)~25(金)
●出演=
(23日)ジュリー・ケント/マルセロ・ゴメス/デイヴィッド・ホールバーグ
(24日)イリーナ・ドヴォロヴェンコ/マキシム・ベロセルコフスキー/ゲンナジー・サヴェリエフ
(25昼)パロマ・ヘレーラ/ホセ・カレーニョ/サーシャ・ラデッキー
(25夜)ジリアン・マーフィー/アンヘル・コレーラ/ジャレッド・マシューズ
●開演時間=23・24日18:30、25日13:00/18:00