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(インタビュー/関口紘一)
[2009.08. 4]

ミュージカル"ウモジャ"製作者 テンピ・ニヤンデニ=インタビュー

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ロンドンのミュージカル・ファンを魅了した南アフリカのパワフルなミュージカル“ウモジャ”の来日公演が間もなく開幕する。1980年代からアフリカン・ミュージカルのダンサーとして、振付家として、製作者として関わり、多くの国々でツアーを行ってきたテンピ・ニヤンデニに話を聞いた。


ーーー南アフリカのミュージカルを作ろうと思ったきっかけといいますと。

ニヤンデニ 私は、南アフリカ人で黒人です。黒人居住地区のソウェトで育ちました。白人と交わることは許されていませんでした。ですから、黒人自身の文化の音楽によるミュージカルを作ろうと思いました。

ーーーロンドンのウエストエンドで初めて海外公演を行って成功を収めた時は、どんな気持ちでしたか。

ニヤンデニ 私への大きなボーナスをもらったような気持ちでした。誰もがウエストエンドで成功を収めることができれば、私が感じたような気持ちを味わうと思います。すばらしい気分でした。イギリスの人々だけでなく、世界中の人々から祝福されているような気持ちがしました。
 

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ーーー『ウモジャ』は、音楽、ダンスはもちろん衣装もすばらしかったと思うのですが・・・

ニヤンデニ そうですね。もちろん、音楽とダンスは多くのことを表現していますけれども、南アフリカにはいろいろな部族の民族が住んでいます。それぞれが違う言葉を話し、それぞれが違う文化を持っていて、それぞれが違う民族衣装を着ています。ですから、このミュージカルの中でダンスや音楽だけでなく、民族衣装の美しさも表現したかったのです。そしてミュージカルとしてステージで上演するためには「色」が必要なんです。ですから、さらに多彩にカラフルになるように衣装に力を入れました。

ーーー南アフリカ以外の国の文化からも影響を受けましたか。

ニヤンデニ ええ、南アフリカはアメリカからの影響が非常に強いですね。南アフリカ人はみんなアメリカ人のようになりたいと思っています。ファッションもそうですが、アメリカ人のように歩きアメリカ人のように話すことに憧れを思っています。そういうことも含め、南アフリカの伝統的な文化以外のこと加えています。ブルースなどアメリカ文化の影響を受けている文化も積極的に採り入れています。

ーーーガムブーツのような厳しい環境の労働の中から生まれたリズム、音楽が多いのでしょうか。

ニヤンデニ 厳しい労働環境の中から生まれた音楽はほんとうに数多くあります。ガムブーツももちろんそのひとつです。たとえばわれわれの両親の世代は、厳しい環境から抜け出すために農村地帯から都会に出てきました。そこで仕事を探します。ですけれども当時は、ある地域では時間帯より黒人は立ち入ってはいけないところがありました。それを理由に黒人はよく警察に逮捕されました。もしくはIDを所持していないとか、黒人だからという理不尽な理由で逮捕されることが多かったのですが、そういう逮捕されるシーンもショーの中に採り入れています。それはご覧になればわかると思いますが、それも厳しい条件の中から生まれたダンス表現のひとつです。
 

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ーーー公演自体が差別を受けるようなことはありましたか。

ニヤンデニ 『ウモジャ』はそういう意味ではちょうどいい時期に始まったので、支障はありませんでした。
アペルトヘイトが廃止されてすぐに公演が始まったので。しかし、私が育った環境はアペルトヘイトの最中でしたので、学校に行くときお腹が空いてパンを買おうとすると、黒人と白人の二つの入り口があって、黒人の入り口には長い列ができている。子供だから早く学校に行きたいし列の短いほうに並んでしまうと、黒人だからあっちへ行けと言われる。そういう様々な差別の経験は山ほどあります。
法律的にはもう差別政策はありませんし許されていません。しかし残念ながらまだあります。これがなくなるためにはあと400年くらいかかるだろうと私は思っています。

ーーー『ウモジャ』の製作では、いろいろな民族の文化をひとつのショーにまとめるために苦労されましたか。

ニヤンデニ
 私はそれぞれの文化をよく研究して作りましたので、問題が起こったとかいうことは一切ありませんでした。それぞれの文化を私的には非常に美しく表現することができた、と思っています。敬意をもって正しく表現しようと心がけているので、それぞれの部族の方たちがとてもよく協力してくれています。

ーーー海外公演はどのくらい行っているのですか。

ニヤンデニ 韓国、香港、ラトビア、ドイツ、オーストラリア、イスラエル、カナダ、アメリカ、スウェーデン、その他多くの国々で上演しました。

ーーー国によって観客の反応は違いましたか。

ニヤンデニ いいえ、反応はどこの国でも同じです。英語圏でなくても字幕を入れますし、観客はちゃんと反応します。拍手喝采が起こるところはどこの国でも同じです。
ステージに上がって一緒に踊ることは、国によって少し違いがあります。しかし、舞台に上がらなくてもスタンディングオベーションは変わりません。
これは私たちのためだけの公演ではなく、観客の人々のためのミュージカルでもあるので、もしよかったら舞台でぜひ一緒に踊ってください。
 

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ーーーカンパニーとしては、普段はどういった活動が多いのですか。

ニヤンデニ ワークショップをよくやります。いろいろな国に行きますが、そこでワークショップを行います。できるだけ多くの人々に参加してもらって、私たちの音楽やダンスを知ってもらい、そこからまた独自の発展が得られるように思っています。
かつては南アフリカでダンススクールをやっていました。虐待を受けている子供たちを救い出したい、という気持ちからこの学校を開きました。子供たちにもう一度、自分自身を発見してもらい、その中から普通の教育を受ける子供もいますし、パフォーマーにになって『ウモジャ』で活躍してお金を稼げるようになる子もいました。現在は残念ながら経済敵なこともあり閉鎖しています。

ーーー現在はパフォーマーの養成機関あるのですか。

ニヤンデニ 授業料を払える裕福な子供たちの学校はあります。けれども私がやっていたような貧困のなかで差別を受けている子供たちが通える学校はありません。
アパルトヘイトのダメージというのは本当に大きいのです。そういった子供たちは非常に危険な状態にあります。彼らは、学校に行っていないし仕事もしていません。するとそのうちに、非常に若くして妊娠してしまったり、あるいはドラックを始めて刑務所送りになったり・・・・その子供たちを救うために私は学校をやっていました。

ーーー世界中の国々で公演されてきましたが、日本の印象はいかがですか。

ニヤンデニ 私は日本が好きですし、愛しています。日本は非常に文化がある国だと思うからです。文化が深く根付いている国は、やはり、そこから 何かを作り出していけると思います。今、南アフリカと日本はいい友好関係を保っています。来年はその友好関係が生まれてから百年になります。

ーーー新しいパフォーマンスの計画はありますか。

ニヤンデニ もちろんあります。私は多くの才能を持った若者たちと仕事をしているので、彼らのことを伝えたい、また、伝なければならにと思っています。彼らが声を上げる彼ら自身のストーリーを作ろうと思っています。それはもちろん、ダンスと音楽を使って伝えていきたい、と思います。

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