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インタビュアー/関口紘一
[2011.11.30]

小林十市がついに始動!
『ファウスト・メフィスト』直前インタビュー

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----今回の大柴拓磨さんとの新作公演『ファウスト・メフィスト』はどのように始まったのですか。

小林 ぼくは昨年、ベジャールさんの『M』を踊りましたが、その以前から例えばバリシニコフを見ていると、その年齢に応じた無理のない踊りをしていると思っていました。もちろん偉大なバリシニコフだからということもありますが、そのスタイルに憧れがありました。ぼくも腰を痛めてから踊りを止めて演劇の世界に入って、数年間は意図的に踊りから遠ざかると言うか遠ざけていた時期があます。けれど結局、自分をフルに活用するにはやっぱり踊りの部分はどうしてもなくてはならないと確信しました。芝居の仕事の間に教えをしたりしていると、教えている分には身体は動くんです。この教えで動いている身体を作品にして何か表現できないだろうか、と常々考えていました。去年の『M』の舞台が引き金になって、これで一応ベジャール作品は引退ということにしました。けれども身体をコンスタントに鍛えておけば動ける、ということが自分でも再認識できましたので、今度は今までと違う世界に行ってみたいというのが、最初のアイディアです。
ただやっぱり年々歳は重ねていくので、「思ったらやらなきゃ」という気持ちが先に走ってプロデューサーに相談したところ、事務所でブッキングできる新宿BLAZEというライヴハウスがあるから、「そこでよければやったらどうか」ということになって、先に劇場が決まってしまったと言うわけです。
それで踊るからには、今までまるっきりやったことのないダンスに挑戦したい、と思って、初めての振付家にお願いすることになって大柴拓磨さんに決まりました。
彼はパリ・オペラ座やボルドー・オペラ座などヨーロッパでもキャリアがあり、パントマイムなどほかのジャンルともコラボレーションをして作品創りをしているので、ぜひお願いしてみようということになりました。

----それではお互いにまるっきり始めてですね。

小林 そうです。自分にとっては未知の世界なので、ちょっと見当もつかない部分もあるけれど、とりあえず、一歩踏み出さないと進めないな、と思っています。これはその第1歩目。じつはちょっとこわいです。
 

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----大柴さんはクラシック・ベースですね。

小林 そうです。彼も外の振付家の方とコンテンポラリー・ダンスを踊ったり、パントマイムを演じたり、ベースはクラシック・バレエですが、意欲的に別のジャンルとコラボレーションしてます。だからコンテンポラリー・ダンスの人とやるより、まず基礎が同じ人と一緒にやって何か違うものが探れたらいいのかなと思っています。振付も彼にお願いします。
ぼくもしも出来ないことがあれば「できません」といいます。でもこの間、ぼくが京都の南座の芝居の時に、彼のお母さんのスタジオで講習会しながらちょっと合わせたんですけど、彼も30歳で若いので、きついですねー。

----ダンスの新作に挑戦されるのは初めてですか

小林 ぼく初めてですよ。ベジャールさん以外踊ったことないです。それでこれを第1歩として今後、定期的にいろんな振付家の方と作品を創っていければいいな、と思っています。

-----ベジャール一筋できたダンサーにとっては、やはり少しこわいと感じられるわけですね。

小林 こわいですね。今のベジャール・カンパニーは、ベジャールさんが亡くなってからは外の振付家の作品を踊ったり、もちろん、芸術監督のジル・ロマンの作品もある意味新しいですし。

----外の振付家の作品を上演しているんですか。

小林 ええ、アロンソ・キングとか、元ベジャールのカンパニーでナチョ・デュアトのところで活躍していたトニー・ファーブルとか、外の振付家とジル・ロマンの作品などのベジャールさん以外の作品も上演しています。

----小林さんがいらしたときはそういうことは。

小林 なかったですよ。ベジャールさんが新作を創るのでそれを待つ、ということでした。ぼくらはベジャールさんの作品を踊りたくて、彼のカンパニーに行ったわけですから。今はバレエ団自体が若いダンサーで一杯なんで彼らは意欲的にやっています。

----小林さんはベジャール作品の振付けにも関わりましたし、深い部分で影響を受けられているから、だからこわい、という気持ちもわいてくるのでしょうか。

小林 まあ、でもやってみなきゃわからない。怖がっていても仕方ないんで、自分が楽しめる方向に持っていくしかないですね。

----でも、ご自分でも作品を創ろう、という気持ちはないですか。

小林 あまり創ろうとか言うのはないですね。時に、これこっちの方がいいかなとか、ベジャールさんと創っている時にもそういう想いはありました。でもゼロから自分1人で創ろう、と言うことはあまりないです。

----ベジャールの学校のルードラでは作品創りもやっていたようですが。

小林 そうですね、ルードラのほうが、金森君とかが第一期生の時は、踊りの学校というより演劇学校みたいでした。カリキュラムもクラシック・バレエからモダンダンス、声楽、パーカッション(リズム)があって、コメディ・フランセーズから俳優がきて演技を教えたり、プラス剣道もあった。自分たちで戯曲選んで踊りと台詞混ぜたもの創ったりとか、そう言う意味では彼らは作品を創る活動をしていました。
ベジャール・バレエ団のぼくたちには、この24小節は各自このように動いてください、という指示があったくらいで、それでさえも振付家なら振付けて欲しい、とかみんな思っていました。そんな感じですから、まったくゼロから創ってという感じはぼく自身にはなかったですね。
 

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----そうですか。芝居ではやはり身体的に物足りないですか。

小林 そんなことはないです。芝居は芝居で充実感はあります。ただやっぱり根がダンサーなんだろうな、と言う気がするばかりでなく、芝居も好きなんですが、芝居で学んだものも踊りに活かせると思います。結局は、舞台なんです。そこでなにをどのように表現するかと言うこと、自分の生身の体を舞台にのせる、という意味ではあまり違いがないと言うと変ですが、自分の中ではそれほど別のことをやっている、というつもりもないんです。

----バリシニコフも身体を痛めてからもいろいろと試みているわけですが。

小林 アナ・ラグーナと二人で踊った舞台はとっても良かったですよ。まだこんなに動けるじゃないか、と驚きました。とても60歳過ぎた人には見えないですね。

----コンテンポラリー・ダンスの動きならできるということもあるのでしょうか。

小林 確かにクラシック・バレエは難しいです。きちんとフォームが整っていなければならないわけですから。

----許されないわけですね。

小林 コンテンポラリー、創作、といってもいろいろな種類のダンスがあるじゃないですか。その中で動き云々よりも、ぼくは人だと思うんです。もちろん、動きで見せる、ということもありますけど、例えばバリシニコフまでいきますともう動きではなくて、バリシニコフ自身を観に行くという、つまり「芸は人なり」なんですね。
あの凄い踊りを見せてきたバリシニコフが、今、こういうことをやっている。走っているだけとか、そこでなんかポーズしたりとか、そんな大したことはやっていないのですが、ぼくはそれだけ観ていても満足感を得られます。それはなぜかというと、その動きを見ているんじゃなくて「バリシニコフ」を観ているからなんです。その人物、彼でいること自体がひとつの芸なので。

-----生きていることが芸。

小林 そう、他の人には絶対にできないことです。彼が踊りが好きで舞台に上がって踊る、彼が楽しんでいる姿がぼくらには嬉しいんです。ぼくはそういう風なことを目指しているんですが、年齢的にまだ中途半端で、もっと50代60代になって「まだやってんのかよ」となったら格好いいんでしょうけど。ぼくはまだ、動けるのか動けないのか、という中途半端なところなんで、どうみせるか、というのが逆に心配なのです。

----ちょっと違うかもしれませんが、ピナ・バウシュなども歳をとってから舞台に立っても、いい知れぬ優しさを感じさせると言うか、大した動きでなくても人間の普遍的なものを感じさせるものがありました。

小林 それはやはり得てきたものが違いますからね。ベジャールさんもそうでしたが、70歳になっても指をひとつ動かしただけでも様になりました。その境地にいくにはもちろん、年齢を重ねるというのもあるんでしょうけれども。その時、舞台に向き合ってきた人たちが、刻んできたものがでているわけですから。今回はその第1歩です。演劇の舞台も含めて経験してきたものが反映されるというか、今の自分自身がでると思うので。

----するともう演劇とかダンスとか言うジャンルの違いというのは、あまり関係ないですね。

小林 最近になってやっともうそんなにこだわる必要ないんじゃないか、と自分の中では思うようになりました。芝居ができて踊れる、というように区別もしないし、ただもう舞台に上がることだけです。
そしてしばらく芝居を経験して、ベジャールさんはやっぱり演劇なんだな、と思いました。

-----そうですか。どういう点でそのように感じられますか。

小林 舞台のすべてのことに意味があるというか、意味を持たせることができる動きだから、内的言葉を持っていないとベジャールさんの作品は表現できない、と思います。ぼくはダンサーの時はそこにあまり気付いていなかったので。

----動きの方に関心がいっていたというか。

小林 そうですね、若い頃は仕方ないのかもしれませんが。ジル・ロマンなんかと話すと、まさに演劇なんだ、と言います。

----しばらく演劇的な作品を創っていると、次の年はシンフォニックな作品を創る、というように創造作業を切り替えながらやっている振付家などもいるようです。

小林 ぼくなんかも自然とそうなるみたいですね。結局、それの連続ですね、芝居やって、ダンスやって、教えしてという風に。
 

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----『ファウスト・メフィスト』はリハーサルが始まっているのですか。

小林 この間、三日間合わせを内容とは関係なくワークショップ的にやりました。

----いかがでしたか。

小林 そうですね、大柴さんが今まで学んできたいろいろなことパントマイムとかを試みるので、やはり演劇的と言うか身体の例えば、右手、左手とか身体のパーツにそれぞれに性格があると思って、彼らを自由に動かしてみてください、と言われました。脳からの指令ではなくて、パーツだけを切り離して、と言われて最初は全然、動けなかったです。「独立しておのおのの性質をもった動き」とか分からないですよ。だからぼくにとっては未知の世界というか、面白いな、と思いました。自分の身体を探っていっていろいろなことが分かってくると思います。
合わせの時に、床から突然、跳び上がって起きて、と言われたのですが、出来なかったんです。それはぼくやろうと試みたんですけど、身体が拒否したんです。それは見事に脳ではなくて身体が語った、ということでしたね。パーツに独立した動きをさせることは出来なかったんですが、動きの中で身体が語ったんです。自分でもびっくりしました。突然、フリーズしたんです、身体の声を聞くということはあるんだなと思いました。
昨年踊った『M』の場合だと、決まった振りに対してそこまで自分を持っていかなくてはならない、ということがありますけれど、今回はそう言うプレッシャーはないし、出来ないことは出来ないと言えるし、アクロバット的なことをやるつもりもない。今、身体に負担もなく何が出来るのかと言うとこを探っていきたいので、自分としては。究極を言えば自分を楽しんでやりたい、大柴さんと二人で楽しんでいるところを観客に観ていただきたい、ということかもしれませんね。

◇大柴拓磨のコメント

難しいことは何も考えず、頭の中を白紙にして、体の動き、声、雰囲気など、二人の男によって織り成す時間を楽しんで頂けると嬉しいです。
小林十市は最高です。
もしも「最高」と言う言葉の上があるのなら、その言葉を使いたい。
人として、表現者として、あらゆる面でリスペクトしています。
やっぱり「小林十市」は凄かった!
 

小林十市 × 大柴拓磨
ダンスアクト『ファウスト・メフィスト』
●12/15(木)・16(金)
●新宿BLAZE
●出演=小林十市/大柴拓磨
●7,500円(全席指定・税込・1ドリンク付)
●開演時間=15日19:00、16日14:00と19:00
●お問い合わせ=キョードー東京 0570-064-708
www.kyodotokyo.com
 

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