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インタビュアー/関口紘一
[2011.09.23]

デヴィッド・ビントレー、『パゴダの王子』世界初演直前インタビュー

『パゴダの王子』は、破滅状態だった家族が再生し、国が再生していくファンタジー

----『パゴダの王子』のリハーサル中のお忙しいところありがとうございます。
ビントレー=普通はワルツが一番簡単なのだけれど『パゴダの王子』の音楽ではワルツが厄介。今日は終日、地下室でリハーサルになるでしょう。
ーーーーさくら姫を踊る小野絢子さんも音楽が大変だ、と言っていました。
ビントレー=例外的にちょっとトリッキーな音楽。慣れてくるといいんだけれど、慣れるまでちょっと時間がかかる。
ーーーーさて、まずお話したいことは、震災や原発事故で海外アーティストの来日キャンセルが相次ぐ中、ビントレーさんは5月にバーミンガム・ロイヤル・バレエ団を率いて日本公演を敢行し、素晴らしいチャリティ・ナイトまで開催してくださいました。一人の観客として深く感謝します。
ビントレー=あれは私にとっても特別な夜でした。
ーーーーおかげさまで私もダンサーのサイン入りのフォトブックを入手することができました。
ビントレー=おお、それは良かった。

1109pagoda02.jpg撮影/瀬戸秀美

ーーーービントレーさんが『パゴダの王子』という作品で最も心を打たれたのはどこですか。
ビントレー=それはベンジャミン・ブリテンの音楽。素晴らしい音色・・・、ブリテンの音楽の中でも最も重要な作品と言ってもいい。オペラにはもっと長いものもあるけれど交響曲としては最も長い。長すぎるくらいだ。ブリテンは1950年代に『グローリアーナ』とか『パゴダの王子』を作曲しているが、必ずしも喝采をもって受け入れられたわけではない。しかし、彼が時代を先駆けるような音楽を生み出した時代だと思う。
ーーーー『パゴダの王子』の曲はクランコとともに創られたと思いますが、ビントレーさんのバレエは、クランコのオリジナル版からどのように変わっているのでしょうか。
ビントレー=クランコのヴァージョンを私は観ていない。オリジナル・ストーリーはクランコが作ったが、ブリテンとの間に物語の解釈に大きな食い違いがあったと思われる。私はリライトして、物語の枠を維持しながらロマンスの部分を削除した。それから物語の筋が通っていなかった部分、なぜサラマンダーになったのか、といったことを物語の流れでわかるように書き込んだ。
ーーーーマクミラン版はコリン・チェブロンが台本を書いていましたが、今回はビントレーさんが書き直されたわけですね。
ビントレー=マクミラン版はストーリーそのものを変えていないので、原作の問題点は何も解決されていなかった。
ーーーーチェブロンが台本を書いたマクミラン版ではエピーヌは姉で、二人姉妹の話となっていますが、ビントレーさんのヴァージョンではエピーヌは継母です。ここにはどういう意味がありますか。
ビントレー=オリジナル版は悪い姉と良い妹というシェイクスピアの『リア王』的シチュエーションになっている。『リア王』は読んでいけばなぜ良い娘に王冠を譲ったか分かりやすく説得力がある。しかし『パゴダの王子』では、なぜ意地悪い王女に王冠を譲ってしまうのか理由がなくて分からないし納得がいかない。さらにローズ姫(ビントレー版ではさくら姫)がなぜサラマンダーの国に行くのかわからない。突然、サラマンダーの国に行ってしまうというよくわからない行動をしている。
義理の母という設定にすれば、王が衰えたら王冠が妻に移っても不思議ではない。世界の文学をみわたせば、『シンデレラ』や『白雪姫』はもちろん、継母は悪役と相場が決まっている。外見的には非常に美しい女性だけども内面にはたいへん邪悪な心が潜んでいる。美の陰に邪悪なものがある典型だろう。
また、過去の多くの場合、女性が嫁ぐ時は男性の家に嫁ぐ。そして嫁いだ男性の家を実際に切り盛りしているのはお母さんだ。つまりお母さんに支配される嫁とか娘というのは構図としてポピュラーで分かり易い。継母と娘という関係にしたほうが、二人の性格が違う娘とするよりも説得力があり、すべての筋が通ることになる。
ーーーーひとつのファミリーの典型的として捉えるということですか。
ビントレー=ええ、物語を設定から変えた。冒頭で子供が死んでいるのを象徴する絵がでるが、それは跡継ぎの息子が死んだことを意味していて、義理の母が殺したのだが誰も知らない。そして彼はサラマンダーに変えられてしまったというのが、物語の発端だ。そうすることで、みんなが旅にでなければならないということがわかる。さくら姫は兄を探す旅、王は息子を求めての旅、サラマンダーは人間の姿に戻るための旅というように、すべての人に旅が課せられる。そして権力を欲するエピーヌの欲望が、その裏側に張り巡らされている。
オリジナル・ストーリーはフェアリーテールのおもしろいところを集めて、辻褄の合わないまま作ってしまったのではないか。初演当時はクランコはまだ若かったし、同じ時期に短いヴァージョンの『美女と野獣』を創っていたが、それと非常にシチュエーションが似ている。彼はパ・ド・ドゥ中心の作品を創わろうとしていたわけだが、『パゴダの王子』はその大きいヴァージョンを考えていたのかもしれない。それがうまくいかなくて、エピーヌは邪魔している存在だが、娘と野獣がキスして王子に戻るという『美女と野獣』そのままのようなものに、いろいろなアイデアが重なって創られたのではないだろうか。
ーーーーそうすると原作の物語の問題点は解決されたということになりますね。
ビントレー=アイ・ホープ・ソウ。

1109pagoda01.jpg撮影/瀬戸秀美

ーーーー国芳の浮世絵のイメージはどのように使われるのですか。
ビントレー=サラマンダーと一緒にいる四人の妖怪は、キャラクター的にも衣裳なども国芳の絵からとったもの。もうひとつは月のイメージ。月の場面があるが、これは非常に歌舞伎的な様式化されたものを使っている。第2幕の海のシーンの枠取りや稲光の照明の使い方、波を様式化した表現も使っている。
さくら姫は兄を求めて旅をするが、雲があり月がありといろんなところを旅していく、その途中には龍の落とし子が出てきたり、炎が出てきたり、様々な苦難の旅をした末、パゴダの国に到着する。エピーヌは、月の精になったり深海の怪物になったり炎になって彼女を邪魔しようとする。それがさくら姫の旅。
ーーーーそれはオリジナルにもあったシーンですね。
ビントレー=彼女が雲、星、月を旅する、という話はあった。しかし、なぜ旅するのか、という設定がなかった。だから筋が通るようにして、エピーヌが追いかけて悪魔的な雲や星や月になってさくら姫を襲う、という展開した。
ーーーーブリテンの音楽ももちろん、そのようなイメージであると・・。
ビントレー=イエス、まさにその通り。
ーーーーサラマンダーに仕えるの四人の妖怪は、人間が変身しているわけではない?
ビントレー=妖怪です。そこまで物語を複雑にはできない。
ーーーーそうした日本的表現のために能楽師の津村禮次郎さんをアドヴィザーとして起用したわけですか。
ビントレー=じつは私の意図するところは、津村さんから学びたいというのが一番の目的です。着物や扇のさばき方、武器の扱い方、彼は能の中のそういったものすべてをもっているのだから、われわれはそれを学びたかった。ただ時間があまりにもない。ほんとうは彼から学べるものがもっともっとあるのに時間が十分なくてとても残念だ。
ーーーー妖怪の表現にもそういったものを使いますか。
ビントレー=妖怪に関しては彼に聞いていない。自分のイメージと国芳の絵から受けたインスピレーションで振付けたが、その発想はなかったので、明日、早速、聞いてみよう。主として皇帝や宮廷の世界を描くために津村さんに意見を聞いた。特に一番最初の宮廷のシーンは鎖国時代を表しているので。
ーーーーそれはバレエの動きと同じ舞台に載せた時におかしくはありませんか。
ビントレー=すごく違うのでそれを再構築することは大きな課題だが、いまは巧くいっていると思う。
ーーーー『アラジン』もそうでしたが、『パゴダの王子』もスぺクタキュラーな作品でエンターテイメントの要素も強いと思います。日本で作品を作る時にはそうした点も配慮されるのですか。
ビントレー=『パゴダの王子』は私がそうしているというよりも、ブリテンとクランコが既にそのように構成している。第2幕のさくら姫が兄を探しに行くシーンなどはディヴェルティスマンのオンパレードになっている。月と星が踊ったり、海と波、龍の落とし子が出てきたり・・・。ソロとデュエット、トリオ、グループすべての要素が出てくる。そういう意味では日本の観客のみなさんに喜んでいただけると思っている。第一幕はソロがいっぱい踊られて、様々のキャラクターが語られる。四人の王それぞれ、さくら姫、エピーヌ、サラマンダー、つまり七つのソロがある。そしてブリテンが書いた第一幕の最後はちょっと長すぎたので、男性のヴァリエーションとかパ・ド・ドゥとかいっぱいあったのだが、それを全部カットして、大きなパ・ド・ドゥを囲むようなコール・ド・ダンスにしてまとめた。ひとつの話が終わるのですっきりしたと思う。
ーーーー『アラジン』はパ・ド・ドゥが少なかったような気がしたのですが。
ビントレー=『パゴダの王子』も音楽がロマンティックではない、むしろ戦うような丁々発止とやり合うような曲。マクミランもそれに気付いていて彼も戦いのパ・ド・ドゥとして振付けている。私もそうしたが、唯一、海のパ・ド・ドゥは『眠れる森の美女』や『くるみ割り人形』のようだが、これもあまいロマンティックなパ・ド・ドゥとは言い切れない。むしろ、高貴なパ・ド・ドゥというもの。これは愛の物語ではないから私は主人公を兄妹として、兄妹愛を描いた。ブリテンは元々愛のロマンス的な曲は創っていない。

1109pagoda03.jpg撮影/瀬戸秀美

ーーーーバレエの中では、エピーヌの華麗な変化が見られると聞いています。観客も楽しみにしていますので、今、公開しても差し支えのないことがあれば教えてください。
ビントレー=そう、エピーヌはたいへん忙しい。第2幕では月から深海の怪物に変わるために3分半しかない。そこからさらに炎の悪魔に変わるためには4分しかない。その後、5分で本来の自分の姿に戻って夢の中に登場する。つまり踊っているか着替えているかどちらかという状態だ。靴の色も深海では真っ黒、炎では真紅に変わるから履き変えなければならない。
ーーーー多くの振付家が着物を使ったダンスに挑戦して苦労していますが、今回はいかがですか。
ビントレー=確かに着物をバレエの衣裳として使うのは難しい。今回はある意味ではそれに縛られないという発想をとった。
最初のシーンでは足袋まで履かせて着物を強調したが、エピーヌは変身するわけだから、十二単を着ていてもそれを脱いでしまう。エピーヌが四人の王をもてなす時には西洋式にする。着物を感じさせる衣裳にして袖を残すなど工夫して、伝統を大切にしながらも縛らないようにした。
第2幕になるとパゴダの国になりもう日本ではない。ガムラン音楽が使われているのでバリかもしれないが、ファンタジーの世界なので着物の必要はなくなる。
第3幕の日本に帰ってきた時は、明治とか大正のもう国を開いて西欧の文明が入ってきた時代になっているので、エピーヌはその時代のファションを纏っている。この最後の時代になると、着物の要素が残るその時代の宮廷衣裳で、帯もあるし袖もあるのだけれど近代的な衣裳となっている。畳に正座するのとはまた違った椅子に座る生活様式で描かれる。つまりこのバレエは史実を表しているのではなく、日本をテーマにしたファンタジーだ。家族が再生していく物語で、それはまた国が再生する物語にもなっている。
再生とはそっくりそのまま元に戻ることではなく、いろいろな困難を乗り越え、苦しい過程を経た変化の結果によって再生する。私は、この物語はほとんど破滅に近かったものが再生していくその姿と思っていただきたいと思う。日本はすごく魅力的な歴史をもっている国なのだから。
ーーーーよくわかりました。今後は、日本と英国の文化がクロスするようなビッグプロジェクトにも期待しますが、ビントレー作品のもうひとつ魅力である素晴らしい小品もみせていただきたい。
ビントレー=イエス。今年はこの作品に時間をとられてしまったが、来シーズンにはふたつのトリプルビルを上演する予定になっている。
ーーーー大いに期待しています。
本日はお忙しいところ時間をとっていただいて、ありがとうございました。

1109pagoda04.jpg撮影/瀬戸秀美

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新国立劇場バレエ団『パゴダの王子』

●10/30(日)〜11/6(日)
●新国立劇場オペラパレス
●振付=デヴィッド・ビントレー
●出演(10/30・11/6、11/1・3、11/2・5日)=
[さくら姫]小野絢子/長田佳世/米沢唯
[王子]福岡雄大/山本隆之/菅野英男
[女王エピーヌ]湯川麻美子/川村真樹/本島美和
[皇帝]堀登/ M. トレウバエフ
[北の王]八幡顕光/福田圭吾/江本拓
[東の王]古川和則/芳賀望/輪島拓也
[西の王]M.トレウバエフ/小口邦明/福岡雄大
[南の王]菅野英男/厚地康雄/貝川鐵夫
●S席12,600円/A席10,500円/B席7,350円/C席4,200円/D席3,150円
●開演時間=14:00、11/1のみ19:00
●お問い合せ=新国立劇場 http://www.nntt.jac.go.jp/