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インタビュー/関口紘一
[2010.01. 7]

フラメンコの精髄を「タブラオ」から劇場に伝えるアントニオ・エル・ピパに聞く

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----あなたの舞台を収録したDVD『デ・タブラオ』が日本でも刊行されました。たいへん素晴らしいショーでしたが、ああいうタブラオの踊りは、今でもマドリッドなどに行けば見ることができるのでしょうか。
エル・ピパ 残念ながら、今のマドリッドでは見られなくなっています。実際、フラメンコのエッセンスは時代とともにかわりつつあります。私はそういったフラメンコのエッセンスを残そうとして『デ・タブラオ』を創りました。そういうとネガティヴにきこえるかもしれませんが、タブラオでは失われてしまったかもしれませんが、劇場ではそういったものを感じさせる舞台があります。悪い面ばかりでなく、エッセンスはきちんと伝えられてきています。

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----『デ・タブラオ』には、アントニオ・ガデスの舞台と同様の感動を受けました。
ピパ ありがとう。私にとってはガデスは、まさにマエストロ・ガデスです。
ガデスの時代を知っている人たちからはよく、ガデスの次には誰がくるんだ、と聞かれます。そこでガデスの後継者として私の名前が挙がることもあります。それはとても嬉しいことだけれど、自分ではまだまだ、と思っています。ただ新聞などで、ガデスの後継者として名前を書かれることがあるので、ガデスのレベルまで達しようと努力しています。

----『デ・タブラオ』では、いろんな世代のアーティストたちが次々と登場して入れ替わりながら踊っていて、独特の一体感がありました。そういったところからもガデスの『カルメン』を思い起こしました。
ピパ 『カルメン』は素晴らしい作品です。私の作品をみて『カルメン』を思い出してくれたということは、物凄く褒められたと感じます。
私がいろいろな世代のアーティストを舞台にのせたということは、フラメンコ自体が世代を区切ったものではなくて、世代を通じたものだからです。私も祖父母から継承してきたし、フラメンコは世代間がつながっています。そういう意味もあっていろいろな世代の人たちを登場させました。

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----世代だけではなくて、ヘレスやカデスといった様々な地域の踊りが、それぞれの文化的な背景を感じさせながら踊られて素晴らしかった。
ピパ 私は南アンダルシアのヘレスの出身なので、同じアンダルシアのカデスとかセビージャの文化に影響を受けて作品を創っています。
たとえば、今回スペシャルゲストのコンチャ・バルガスはセビージャを代表する踊り手だし、歌手のマリアナ・コルネホは港町カデスを歌います。また『デ・タブラオ』の別のヴァージョンではマラガの歌手が参加しました。
『デ・タブラオ』は、上演するたびごとに、グラナダのアーティストを登場させたり、あるいはマラガだったり、マドリッドだったり、様々な地域のアーティストを登場させて創る舞台なのです。

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----踊りのモティーフも深い悲しみだったり、喜びだったり、恋の駆け引きだったり、街の描写だったり、すごくヴァラエティに富んでいて楽しかった。
ピパ それはダンスの言語が良くわかっている方の感想です。ただ、私は批評家や新聞記者といった専門家はもちろんですが、フラメンコのことを何も知らない人にも理解してもらえる舞台を創っています。様々な人が、見て感じることができるという意味で、人生の中のいろいろな出来事、喜びや悲しみや女性同士のちょっとしたいざこざ、あるいは目上の人を尊敬することとか、子供のイノセント、純粋さなどを表現しています。

----あなた自身のダンスは、すごく滑らかでセクシーな動きが印象的でしたが、この踊りのスタイルは、やはり一族の方から受け継いだものでしょうか。

ピパ そうです。自分の家族から受け継いできたものです。私は踊り手の息子であり甥であり従兄弟でもあります。そしてヒターノだったので、小さいころから踊ることは当たり前のことでした。ピパのファミリーというのは有名なファミリーなので、その一員として踊ることは、他の人よりもずっと普通のことでした。
もちろん、ファミリーの中で踊る時と大きな劇場で踊る時ではおのずと違いがあります。ですから劇場で踊る踊りは自分で勉強しました。自分のスタイルの基はファミリーにあるけれども、今の私の踊りは、何年も踊り続けてきた私のキャリアの中で築いたものです。もしも私がファミリーを出て劇場で踊る経験を積んでいなかったとしたら、今でもファミリーの踊りだけを踊っていたと思います。

----アカデミックに踊りだけを学んで踊っている人もいると思いますが。
ピパ もちろんいますが、「エル・ピパ」のほうがメリットがあります。なぜなら、自分はファミリーからきて、血を引き継いでいます。自分はファミリーの中に生まれたけれども、そうじゃない人たちは今、それを求めて修行しているのですね。

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----日本人もフラメンコを習っている人は多いですね。
ピパ 信じられないくらいたくさんいます。
今日、私はここのスタジオでクラスをしましたが、素晴らしいことが起きました。クラスの最中にいったん止めて、二人の生徒に踊ってもらいました。その二人はまるでヘレスのヒターノみたいでした。フラメンコを深く愛し敬意をもって接している、その結果が二人の踊りに素晴らしい形で現れたのです。
けれども、日本人が踊るフラメンコにはいろいろと問題があるのも事実です。新しい世代の人たちの多くは、間違った踊り方をしてしまっています。難しい振りや難しいサパティアードができることが、うまく踊ること、と思い込んでいます。
これはすべての踊りに言えることですが、もちろんテクニックは必要です。でもそこには「芸術」がなくてはなりません。テクニックと芸術性のバランスが取れていないといけないのです。もちろんテクニックはあるべきですけども、心で踊ることが必要で、アクロバティックな踊りになることは良くないのです。テクニックがなくてもアーティストといわれる人がいます。しかし芸術性のないアーティストは存在しません。どんな芸術でも、学校でアカデミックな教育を受けていなくてもアーティストはいるのです。
そういう意味で今日のクラスの二人の踊りにはとても満足しています。まずテクニックを最初に教えました。それで踊り始めたら、みんなテクニックにとらわれずに心で踊ってくれました。それが私にとって一番大切なことなのです。
私のカンパニーでは、毎年夏にスペインでインターナショナル・クラスをやっています。そこには日本人もたくさん参加しています。

----日本人はフラメンコに対して特別熱心じゃないですか。

ピパ いや、今はそうは思いません。以前は日本人が一番フラメンコびいきだったと思います。でも今ではアメリカ、南米、ヨーロッパからも多くの人たちが参加しています。
私は各地でインターナショナル・クラスをやっています。今年の夏は、キューバのアリシア・アロンソが主宰しているグラン・テアトルでクラスをやってきましたが、キューバの人たちは素晴らしい、身体の中に素敵なリズムがあります。
キューバ国立バレ団の89人のダンサーが集まって、私にとっても素晴らしい経験になりました。
そして、キューバ国立バレエ団のアロンソから、新作の振付を頼まれました。それもスペイン風の作品にしてほしい、といわれて招待されました。2010年のハバナの世界バレエフェスティバルで上演します。今まさに、マニュエル・デ・ファリャの『恋は魔術師』を振付ける準備しているところです。

----そうですか、それは凄いですね、大いに期待しています。機会があればぜひ観たいと思います。

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