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[2009.01.10]

クラウド・ゲイト・ダンスシアター芸術監督
リン・フアイミン インタビュー


  ----3月に日本公演される『WHITE ホワイト』を映像で観せていただきましたが、笛や歌がじつに効果的に身体と調和している、と感じました。まず、お聞きしたいのは作品を創るときは、音楽をどのようにして選ばれているのでしょうか。

リン・フアイミン  音楽を決めるのが一番難しいことです。最後の瞬間まで、どうしようかな、と迷います。時によっては、先に仕上がってしまって探し出すこともあります。『ホ ワイト』に関しては、様々な出来事がありました。3部構成になっていますが、最初は、ダンサーが笛を吹く人でしたので、吹いてみてもらって、これは使え る、と思いました。笛を使って、バランスをとる形で他の音を使いました。
そして奇蹟のように、東京の私たちの公演にいらしてくださった権代敦彦さんにお会いしました。その時、何枚かCDをいただいて、『ホワイト』を創っている時にそのイメージを思い出して使わせていただきました。

----動きを先に創られることの方が多いのでしょうか。

リン・フアイミン その都度違います。『水月』の時は、ミーシャ・マイスキー演奏のバッハのチェロで音楽が先でしたが、最後までバッハと格闘しながら創りました。決まりは特にありません。カンパニーの音楽監督と相談して決めます。音楽を創ることもします。
つい先日、ピナ・バウシュのフェスティバルで『風の影』を上演してきたばかりなのですが、この作品に関しては、すべてが違ったものにしようと思いまし た。それで、様々な音を収録してきました。弟が歯医者ですので、歯を削る音まで撮ってきたんですよ。空港に行って、バゲージの受け取り場でベルトコンベア にレコーダーを載せて回したり、病院に行ってCTスキャンしてもらったり・・・そういう音を聴くと空間の感覚が不思議なものになってくる。
タイに行ってひとつのお寺の中に入った時、凄く美しいハミングのような音が聞こえてきました。赤ちゃんの蝉の声でした。赤ちゃんのときはすごく透明感のある声でした。そういう素材を全部集めて編集しました。
その動きに合ったものを探して、時によっては破壊するものを探すこともあります。衝突するような音楽を使って、緊張感を高めるようなこともします。

----『ホワイト』の場合は、作品のコアになるものはどういうところから見つけられたのですか。

リン・フアイミン 『ホワイト』は1998年に創ったものが元になっています。クラウド・ゲイト・ダンスシアターを卒業した45、6歳の人々が新しいカンパニーを創って、振付を頼まれました。跳躍やスピード感はありませんが、非常に正確で成熟したダンサーたちのために創った作品です。
2年前にその続編を創ろうと思いまして、今のダンサーは非常に若いのですが、武道などの伝統的な動きも習得してきていますので、彼らには動きをたくさん入れます。ですから、作品としては凄く正確で、身体もコントロールされたものですね。
第3部では、黒い布がありますね、床にもあります。それが持ち上がってきます。広島の黒い雲のように。照明があたると黒い大きな影になります。バックラ イトだけでダンサーが踊ります。最後にダンサーは黒い布を全部はがすと、白い床が見えてくるんです。黒い布が一瞬落ちてそして消えるんです。床の背景も全 部白くなります。そこからダンサーの動きが大きく大胆になります。そこからラストではダンサーが全部捌けてステージは真っ白になります。身体自身も過程を 踏んで最後には白くなるという感じです。

----リンさんの作品は、ほとんど白と黒のモノクロームの世界ですが、カラフルなイメージには関心がないのですか。

リン・フアイミン ありますよ、カラーがありすぎるくらいの作品も創っています。しかし、最近は白と黒の世界に興味が あります。「書」で教えられたのですが、黒でも微妙な違いがあり5種類の色があります。ニュアンスをすこしずつ変えて、これは視覚的だけではない、動きと 聴覚も入ってくるほんとうはひとつなんだけども、その回りを微妙に変えてニュアンスを出していく、ということをやっています。だから、逆にカラフルだと思 います。
武道やカンフーの動きを使っています。ある時、カンフーを習っていたマスターが観に来てくれて、「公演は素晴らしかった。成功でおめでとう」と祝ってく れて「でもカンフーとして全部間違っています」と言われました(笑)。ただわれわれは、カンフーをそのままやっているわけではない。カンフーや武道の動き が、ダンサーの中で何かを生み出してくれる、その原動力にしているんです。
ダンサーたちは、みんな西洋のメソッドでダンスを始めているし、みんな書道が嫌いです。90年にこういうトレーニングを始めた時、みんな嫌がりました。瞑想もいや、足をこう曲げるのも嫌だと。
しかししばらくすると、そういう動きがすごく居心地よくなってきた。ヨーロッパにツアーに行く時には、硯や筆を持っていくダンサーも現れました。ホテルやバックステージで練習していたり、やはりアジアの文化には近しいものがあるんじゃないですか。
そうしたものをそのままやるわけではなく、それをやることによって呼び覚まされたもを舞台に載せるわけです。書道や瞑想などすべてに共通していることは、自分と奥深い自分との対話なのではないか。
今、われわれのダンサーは観客のために外に向かっては演じません。驚かせたり印象づけたりということもしません。外に出すというよりも自分の中に入り込 む、という作業をしています。外に出すために、まず自分の中に入ってそれが外に出てくる。観客に向かって何かボールを投げるのではなくて、彼らを引き込む 動きです。これは何も予定されていないもの、ただ起きてくるだけのものです。私はこのようにしようなどと一言も言ったことはないのですが、やっているうち にこのような現実が出てきました。
----リンさんは、ニュ-ヨークでダンスを始められた頃から、そのようなことをお考えになっていたのですか。

リン・フアイミン ニューヨークにいた頃はただの学生で、トレーニングも短かったし、プロのダンサーになろうとは思っ てもいませんでした。けれど台湾に戻ってきてから、ダンスカンパニーを作ろうと思って孤独な作業を始めました。台湾はダンスに関する情報とかはまったく 入ってきませんでしたから、逆に自分探しが出来たんです。だから回りのものすべてを取り込んでインスピレーションの根源としていました。
私は台湾に帰ってきてから、ダンスを始めたといってもいいのです。
クラウド・ゲイトは、台湾で一番最初のプロフェッショナルなダンスカンパニーです。中国語圏でも一番最初のコンテンポラリー・ダンスのカンパニーです。 カンパニーを創ってしまったので、振付をしなければならなくなって振付の勉強を始めたのです。時間がかかりましたけど。多くの人は振付が好きで自分のカン パニーを創ることが多いと思いますが、私の場合は逆でした。

-----ダンサーの人たちは、いかがでしたか。

リン・フアイミン 若いダンサーの人たちは、「なぜこんなことまでやらなくてはいけないのだろう」と思ってしまうようです。われわれはインターナショナル・カンパニーだから、ちょっと考え方が難しいことがあります。
私はテクニックを創りだそう、ということには、まったく興味がありませんが、原点からダンサーをトレーニングしていく、ということには興味があります。 例えば、カンフーをやる場合には、その道の最高の先生に教えてもらい、ダンサーが最高のものを身に付けるように心がけています。

----ダンサーたちのクラスはどういうものをなさっているのですか。

リン・フアイミン バレエのクラスが週に1回、武道、気功、書道のクラス、3日間のメディテイションもあります。ノースモーキング、おしゃべりも禁止です。
よくバレエ公演の前には、ピルエットをしたり足を上げたりといった準備運動をしている光景を見かけますが、われわれのダンサーたちは、教会にいるように静かに待機して集中しています。
普通のバレエのクラスをやっているのですが、ダンサーのアプローチがちょっと違っていて、学んできた伝統的な動きをどうやってバレエのテクニックの中に生かしていく、ということを考え楽しんでいます。
われわれの動きは、直線的ではなく身体の中で円を描くようなスパイラルの動きが基本になっています。プリエをひとつ行うにしても、上下だけでなく身体の 中に円を描くイメージです。例えば、書道の筆の動きでも真直ぐはありません。「一」を書くにしても直線的な動きではありませんし、動きを止めません。文字 自体は終わるかも知れないけれど、動きは終わりません。それが全部バレエの動きの中にも入ってくるわけです。
動きにきちんと流れができているので、バレエの先生も喜んでいます。
私は、そういう訓練を積んできたダンサーをひとつの形に仕上げます。

----そういうメソッドで作品を創られているリンさんにとって、ヨーロッパのコンテンポラリー・ダンスはどのように見えるのでしょうか。

リン・フアイミン 私は、トレーニングが違うだけだと思います。それぞれの身体の中から動きが出てくるわけですから、全体に有機的であるべきだと思います。
私は正直に言うと、ヨーロッパのコンテンポラリー・ダンスはまったくみていません。でもたいへん尊敬している人たちがいます。カニングハム、ピナ・バウ シュ、フォーサイス、みんな凄く勇気があると思います。境界線を破って新しいものに挑戦しています。これらのアーティストの大成功を私たちはみんな知って います。同時に失敗するかも知れないという可能性といつも向き合って、彼らはダンスを創っています。私もいつも彼らからインスピレーションをもらいます。 偉大なる名前の方々です。
例えば、ピナ・バウシュのフェスティヴァルで3週間71の公演が行われましたが、ピナはそれを全部観ようとします。手書きで全部のカンパニーに手紙を書きますし、たいへん誠意のある方だと思います。

----日本のコンテンポラリー・ダンスはご覧になりましたか。

リン・フアイミン 大野一雄さんを大尊敬しています。勅使川原三郎さんも大好きです。ダムタイプも素晴らしい。日本人はもっと誇りに思うべきですし、彼らはヨーロッパのダンスにも大きな影響を与えています。
誰でも生まれた時間と空間は違うわけですが、作品という最終結果から見られることに変わりはありません。
今は、どんどん簡単に情報が入ってきます。ボタン操作ひとつでいろんな音楽も聴くことができます。しかし、私たちの若い頃は貧乏でしたし、お金を貯めて レコード一枚を買い、擦切れるまで、交響曲一曲が歌えるくらいになるまで聴きました。今ではあまりにもCDを買いすぎて、2年後には封も切っていないのに 同じ曲を買ってしまったことに気づいたりします。ちょっとだけ聴きますが、聴くだけで心の底から楽しんで聴いているわけではない。1回聴いても分かったつ もりになってしまう。それは明らかに違いますよね。  
時間の観念も違いますね。私自身、ツアーしていてとても忙しくて、自分を落ち着かせ心をきれいにするために闘います。そして孤独と戦うのではなくて、逆に孤独を手に入れるために闘っています。

----本日はお忙しいところ時間を割いていただいてありがとうございました。来日公演を楽しみにしています。
(インタビュー/関口紘一)