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インタビュー/関口紘一
[2013.03.14]

ベジャールとジュルジュ・ドンが教えてくれたこと
公演直前インタビュー:パトリック・ド・バナ Patrick de Bana

3月15日から始まる「東京・春・音楽祭」では、「ストラヴィンスキー・ザ・バレエ」として、パトリック・ド・バナの新作『アポロ』を、ウィーン国立バレエ団メンバーが、そしてモーリス・ベジャール振付『春の祭典』が東京バレエ団により上演される。初めてストラヴィンスキーの音楽に振付けるパトリック・ド・バナに、その意欲をメール・インタビューで語ってもらった。

----私たち日本人のバレエ・ファンは、1990年のベジャール・バレエ・ローザンヌ来日公演の『ニーベルングの指輪』のヴォータン役や『ピラミッド』のファラオ役を踊ったあなたが非常に強く印象に残っています。ダンサーとしてベジャールからどのような影響を受けましたか。

Patrick-de-Bana.jpg (C)JAVIER GARCECHE

パトリック・ド・バナ(以下P.B.)モーリス・ベジャールは、私にとって何より大切な人です。16歳の頃、パリの友人宅でショナ・ミルクとパトリス・トゥーロンが『ヘリオガバルス』のパ・ド・ドゥを踊るのをビデオで見たのですが、このとき、モーリス・ベジャールのバレエ団に入ろうと決めました。入団初日、スタジオに足を踏み入れて、自身の芸術家としての人生の中で、最良の決断をしたのだと、心の奥底で思いました。居心地がよかったのです。
ほどなくして、モーリス・ベジャールが私の踊り方に興味を持ち、私のことを気にかけてくれるようになりました。ジョルジュ・ドン(彼は、舞台に立っているときと舞台を離れているときの立ち振る舞いの仕方を、私に教えてくれました)とモーリス・ベジャール(彼は、舞台上で決して恐れないことと、自身の行動を愛することを、私に教えてくれました)は、私にとってかけがえのない存在です。二人とも、私のことを誇りに思ってくれていると思います。
芸術について受けた教育の中で、最もふさわしい人たちに出会えたことは幸運でした。ジョン・ノイマイヤーの指導を受けたハンブルク・バレエ学校。私の師トルーマン・フィニー。モーリス・ベジャール。ナチョ・デュアト。彼ら全員に、私はとてもお世話になったのです。

----その後、ベジャールとはダンスのスタイルも作品のイメージも異なるスペインのナチョ・デゥアトのもとに移ったのはなぜでしょう。

P.B. 私は、できるだけたくさんのことを学んで経験したがる子どものようなのです。人生は短いので、できるだけたくさん挑戦し学ばなくてはなりません。モーリス・ベジャールのもとで5年間プリンシパル・ダンサーとして踊った後、もっと(精神的な)糧が必要だと感じました。
ナチョ・デュアトがミラノで私の踊りを見て(私はそのとき、モーリスの『三人のソナタ』を踊りました)、スペインの彼のバレエ団でプリンシパル・ダンサーとして契約したいという申し出がありました。さらに前進し、もっと学ぶときが来たのです。こうして、私は、ナチョ・デュアトのバレエ団に参加することを決意したのです。また、ナチョ・デュアトのバレエ団の多彩なレパートリーも、もう一つの理由でした。このバレエ団に参加したおかげで、イリ・キリアン、ウィリアム・フォーサイス、マッツ・エク、オハド・ナハリンといったコンテンポラリー・ダンスの素晴らしい振付家とスタジオで同席することができました。彼ら全員の作品を踊り、彼らと仕事を共にできたことを幸運に思っています。

----2003年にご自身のカンパニーを設立。スペインを拠点として、カロス・サウラやファドの歌手マリーザともコラボレーションされました。フラメンコを始めとするスペイン舞踊には影響を受けましたか。

P.B. ナファス・ダンス・カンパニーという名のバレエ団を主宰していました。私にとって、また新たな体験でした。バレエ団を率いるという課題に取り組むには、時期尚早だったと、今は思います。しかしながら、人生にとっては、また別のよい経験でした。バレエ団は4年間続き、成功を収めたツアーもありました。
個人的には、普通とは違ったバレエ人生を送りたいと思います。ダンスを考察するのは一つの方法だけではありません。特に現代は、そうです。ダンサーや振付家は多才なほうがいいと思います。
私の場合は、偉大なエヴァ・ラ・ジェルバブエナ(彼女とは親友になりました)、ヘレナ・マーティンなどのフラメンコ・ダンサーと仕事をしました。映画ではカルロス・サウラ監督の『ファド』『イベリア 魂のフラメン』の二作品に出演することができました。偉大な歌手マリーザと出会ったのは『ファド』の撮影中でした。すっかり意気投合し、映画の撮影終了後、彼女のツアーに同行するよう誘われたほどです。
ダンサーや振付家には二種類の異なるタイプが存在すると思います。
知的なタイプと感情に従って仕事を進めるタイプ。私は後者だと思います。おそらく、自分の感情をもっと奮い立たせるために、いつも、もっと多くを探求するのかもしれません。

----あなたの振付作品には、様々な音楽が使われていますが、特別に好きな音楽はありますか。

P.B. バロック音楽ともちろん、特にイラン、スペイン、日本、そのほかの国の、何十年という伝統を誇るワールド・ミュージックが大好きです。

----あなたの振付作品には、『マリー・アントワネット』『ルートヴィッヒ二世ー白鳥の王』『クレオパトラーイダ・ルビンシュタイン』 などの歴史上の実在の人物を題材としているものが多いですが、なにか理由がありますか。

P.B. 物語を語ることが好きなのと、歴史好きなのが関係しているのかもしれません。人類の歴史の中には、劇的な事件を経験し、情熱溢れる英雄的な人々が登場します。ドラマチックな事件と情熱、その二つは、作品を創造するのに欠かせない要素なのです。

----『アポロ』は、バランシンは神話の世界として描いていますが、あなたの新しい『アポロ』の構想は、現代の死刑囚を題材としています。この新作で観客にどうしても伝えたいことは何でしょう。

P.B. 私が伝えたいメッセージはシンプルなものです、「日常生活において、アポロは見つかるのだ」と。舞台と実生活の間に何の違いもない、と思いたいのです。

----ストラヴィンスキーの音楽について、どのようにお考えでしょうか。またストラヴィンスキーの音楽を使って振付けるのは初めてでしょうか。この作曲家の音楽を振付ける場合、最も注意しなければならないことはどんなことでしょうか。

P.B. ストラヴィンスキーは大好きです。空間と時間を自在に操れるからです。私の次回作はノヴォシビリスク・バレエ団による『春の祭典』です。決して触れてはならないと常に思っていたプロジェクトです。モーリスの『春の祭典』は大好きで、私自身、この作品をもう何回も踊ってきました。しかし、時は過ぎ、ノヴォシビルスク・バレエ団の芸術監督イーゴリ・ゼレンスキーから『春の祭典』の新版をお願いしたいと頼まれました。モーリスがスタジオで私の傍らにいてくれると思います・・・!! 『アポロ』と『春の祭典』のほかに、私はストラヴィンスキーの音楽の作品の仕事をしたことがありません(『春の祭典』新版は、5月からロシアで取り掛かります)。しかし、私にとって、ストラヴィンスキーと私の世界にはつながりがあると思います。彼の音楽では、すべてが可能になるのです! 私の世界でも、同じく、すべてが可能となるのです!

----あなたの作品には、今までの振付家の作品には感じられない、なにかとても神秘的なイメージが秘められているように感じられます。それはあなたの中で、ヨーロッパとヨーロッパではない世界の文化が交流していることと関係があるでしょうか。

P.B. 私の作品をご覧になって、あなたが受ける神秘的な感じは、私の血管に流れるアフリカの血からくるものに違いありません。私は自身のルーツと深く接触しています。母(ドイツ人)と父(ナイジェリア人)の側から、私はいつも、一人の人間の中をユナイテッド・カラーズ・オブ・ベネトンのように感じると言っています。

----将来、振付けてみたいと注目しているダンサー、あるいはバレエ団はありますか。

P.B. 最近、スヴェトラーナ・ザハロワと私のデュエットの仕事をしました。ちょうど昨日、彼女からまた一緒にバレエ・スタジオで仕事をするのに、いつがいいか、私のスケジュールを問い合わせるメッセージを受け取ったところでした。彼女はとても、とても特別です…。彼女のために作品を創り、彼女と踊ることは非常に魅力的なことです。
バレエ団との仕事といえば、ノヴォシビルスク・バレエ団と仕事を始めるのをすごく楽しみにしています。男性ダンサーたちは、スタジオ内で、シベリア・タイガーのように立ち振る舞い、また女性ダンサーたちは典型的なロシア美人です。それ以上何を望みましょうか。

東京・春・音楽祭
http://www.tokyo-harusai.com/

東京春祭のStravinsky vol.2
ストラヴィンスキー・ザ・バレエ
〜ド・バナの『アポロ』、ベジャールの『春の祭典』

●4/14(日)
●東京文化会館大ホール
http://www.chacott-jp.com/magazine/information/stageinfo1/stravinsky-vol2.html