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インタビュー:浦野芳子
[2012.07.25]

踊ることが、好き。
この秋からドイツで新たな挑戦を始める、菅井円加さんにインタビュー

日本人が1位に輝くのは、あの熊川哲也さん以来の快挙!! と話題になったローザンヌ国際バレエコンクールから早くも5か月。時の人となっただけでなく、今までバレエやダンスに興味のなかった人たちにもバレエの世界をアピールした菅井円加さんは、この秋からは、(同コンクールの)スカラシップを利用して、ドイツ・ハンブルグのナショナル・ユースバレエへの入団を選んだ。ナショナル・ユースバレエはハンブルグ・バレエ団のジュニア・カンパニーとして2011年9月に設立されたばかり。18~23歳のメンバーで構成され、現在団員は8人。とはいえ母体は、現代振付家の巨匠、ジョン・ノイマイヤー率いるハンブルグ・バレエ団である。ジュニア・カンパニーと言えども、目の肥えた、美意識の高い観客たちの目が、そこにある。生まれて初めて体験する日々の中で、時に厳しさと直面することもあるだろう。
それを考えた上で、“学校”ではなく“カンパニー”を自ら選択した菅井さん。その前向きさ、潔さには、ローザンヌで審査員たちを圧倒したコンテンポラリー・ダンスの演技そのままの、ダンスへのまっすぐな情熱を感じた。

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---このジュニア・カンパニーのことは、以前から知っていたのですか?

菅井 いいえ。留学先をどこにしようかというときに、ハンブルグ・バレエ学校の校長先生から“うちのジュニア・カンパニーに来てはどうか”という、ありがたい申し出をいただいたんです。それで、佐々木(三夏)先生とよく相談して決めました。

---でも、円加さんは海外生活はもちろん、一人暮らしも初めてなんですよね? そこでいきなりプロとしてのスタートを切るのは、不安ではありませんでしたか?


菅井 一人暮らしは、ちょっと楽しみなんです! 気楽に、マイペースに過ごせるかな、っていう憧れです(笑)。でも、先に海外に行っているスタジオの先輩たちからは、海外で踊っていくプレッシャーや生活の大変さなどについても、いろいろ聞いています。だから、なんでもかんでもうまくいくとは思っていません。でも、舞台にむけてリハーサルに打ち込める毎日、というものがとにかく今は楽しみなんです。楽しめなければ、バレエに打ち込む意味は無い、と思っているので。

---ジョン・ノイマイヤー作品についてはどう思いますか。


菅井 映像でいくつか観たんですけれど、驚くようなシーンがたくさんあり、興味をそそられる作品ばかりでした。発表会やコンクールでは、古典作品を中心に練習してきたので、とっても新鮮です。これから、いろいろな作品に出会えて、いろいろな体験をさせてもらえることになるんだな、と思うと、嬉しくなりました。カンパニーでは、積極的にやっていきたいと思っています。


取材のこの日、菅井さんをモデルにチャコットのウェア撮影が行われていた。インタビューは、撮影の合間を縫いメイク・ルームで行ったのだが、スタジオ内ではカメラの前でポーズをとる円加さんのために終始、『眠れる森の美女』の音楽が流れていた。すると、私の質問に答えながらも円加さんの身体は常に音楽に合わせ、自然に動いているのだ。一幕の妖精たちの踊りは6人分すべてに反応、王子のバリエーションになると“男性バリエーションのジャンプ、大好きなんです”と、屈託のない笑顔。
学校が終わると毎日バレエスタジオへ直行。クラスが終われば10時過ぎまで残り、自習をするのが日課だ。コンクールや発表会で自分が踊る振付はもちろんだけれど“男の子のバリエーションにも興味があって、ジャンプやサポートの感じを試してみたりしちゃう”こともしょっちゅうなのだとか。先生からは“これ以上筋肉はつけないで〜”と言われることも。
踊るということが好きで好きで仕方ない、そんなピュアな情熱が清々しい。

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---ローザンヌ国際バレエコンクールを意識し始めたのは、いつごろからですか。

菅井 テレビで初めて観たのが小学校3年生の時です。そのころから日本国内のコンクールにも出るようになっていたのですが、いつかは世界で幅広く踊っていきたいな、と思い始めたのが中学生になったころだったと思います。ローザンヌ出場をひとつの目標にし始めたのは、ちょうどその頃です。

---コンクールで受賞する、というよりは、世界で活躍したい、と思ったということ?

菅井 はい。海外のバレエ団ってどんな感じなんだろう、ってずっと憧れていました。レッスンを受けてみたいとも思っていました。世界の、いろいろな舞台に立って踊ってみたい。ひとつでも多くの舞台を経験してみたいです。

---まさにその大切な一歩となる、大切な場面で、ファイナリストに残った時は、どんな気持ちでしたか。

菅井 まさか残るなんて思っていなかったので、信じられない気持ちで一杯でした。

---でも、クラシック部門で踊られた『ライモンダ』のバリエーションには、落ち着きが感じられました。

菅井 アラベスクするときなんか、緊張で手も足もわなわなしていたんです…。他の人たちは、審査員の顔が見えてどうだった、などと話していたので余裕があるなぁ、と感心していたくらいです。私は、客席は真っ暗で何もわからないし、自分の演技に集中するしかなかった。

---テレビの画面からは、そんなこと微塵も感じませんでしたよ。よっぽど集中していたのでしょうね。


菅井 自分でもよくわからないんですけれど、集中するアドレナリンが出るんです。そして、踊りの世界に入りこんじゃうんです。たまに、出番を待って袖にいるある瞬間からぱたっ、と記憶の無い、空白の時間ができることがあるんです。

---つまり、舞台の上で何をしていたのか覚えていない、ということ?

菅井 はい。後でVTRなどを見て“ああ、こんなに跳んでたんだ…”って思ったり(笑)。

---それにしても、コンテンポラリーの踊りは迫力に満ちて、そして何より生き生きと、言葉をしゃべるように踊っていたのに心を打たれました。コンテンポラリーの表現は、ふだんから得意だったのですか。


菅井 好きか嫌いかと言うことは別に、ものすごく練習しました。あのバリエーションは、男性も踊るものなんです。だから、男の子よりジャンプが小さい、とかテクニックが弱い、などと言われたくないと思って、特訓を重ねました。男の子には負けたくない、男の子に作品を持っていかれてたまるもんか、って。

---大きくて伸びやかなジャンプや、不安定なバランスのまま逆さになって静止したり、あのエネルギッシュさの後ろにはそんな負けず嫌いの一面が作用していたのですね!

菅井 アクロバティックなものはもともと好きなんです。でもそれ以上に、できないのが悔しい、という気持ちが練習に向かわせたのだと思います。

---…じゃあ、学校の勉強も、そう?

菅井 バレエが忙しいから勉強できなくて仕方ないよね、って言われるのは嫌です。“無理しなくていいよ”なんて言われると、やってやる、、、って思っちゃうんです。

---得意な教科は?


菅井 うーん…。この間の期末テストでは、数学で褒められました。あと、歴史が好きです。


これから住むハンブルグはドイツ語でのコミュニケーションが主となる。それでも、“バレエ、という共通語があるから、踊りに集中すればきっと頑張れる”と前向きだ。不安を、期待が追い越していく、その若さが眩しい。強くてまっすぐな踊りへの情熱は、きっと極度の緊張さえ爆発的な表現力に変えてくれるのだろう。そして、多感な今のうちに多くの出会いを経験し、自分を磨いてほしいと、心から応援したくなる。


---コンクールの印象から、“コンテンポラリー・ダンスが得意な菅井さん”というイメージがつきまといがちだけれど、本当はどんな作品を踊るのが好きなのですか。

菅井 『眠れる森の美女』や『くるみ割り人形』は、音楽が素敵だし、エレガントな雰囲気が好きです。また『白鳥の湖』は何度観ても感動します。主役はもちろんですが、スパニッシュのバリエーションなども、いつか挑戦してみたいもののひとつです。ちょっと真似して動いてみたりしたことがあるんですけれど、大人っぽくてアクティブで、ますます憧れてしまいました。

---情熱的な振付が好き?


菅井 はい。でも、『眠れる森の美女』のオーロラも、大好きです。

---好きなバレエ団、バレリーナは誰ですか。


菅井 パリオペラ座の前回の来日公演の時、ドロテ・ジルベール主演の『ジゼル』を観たのですが、息遣いが聞こえてくるようなその表現がすごくて、大ファンになりました。それ以来、DVDなどで作品をいろいろ観たのですが、オペラ座の人たちの身体能力や表現力は本当に素晴らしいと思います。あんなに動けて、脚も顔もきれいで…私の理想です!
そして、憧れは吉田都さん、です。

---ローザンヌ国際バレエコンクール出身の大先輩ですね。円加さんも、都さんのように、世界に羽ばたくバレリーナになってくださいね!