ダイアリー ~ダンサー日記~

針山愛美さん [ プロフィール ]

13 歳でワガノワ・バレエ学校に短期留学、16歳でボリショイ・バレエ学校に3年間留学した後、モスクワ音楽劇場バレエ(ロシア)、エッセン・バレエ(ドイ ツ)、インターナショナルバレエ、サンノゼバレエ、ボストン・バレエ団(アメリカ)、と世界各地のバレエ団に入団し海外で活躍を続ける。
2004年8月からはベルリン国立バレエ団の一員に。

1996年:全日本バレエコンクールシニアの部第2位、パリ国際コンクール銀メダル(金メダル無し)
1997年:モスクワ国際バレエコンクール特別賞
2002年:毎日放送「情熱大陸」出演 、[エスティ ローダー ディファイニング ビューティ アワード]受賞
◆Emi International Arts
◆針山愛美のバレエワールド

From Berlin 針山愛美

今月は、20数年ぶりの桜を見ることができました。

日本の美を再確認、本当に日本の四季は美しく感性を豊かにしてくれます。

今月は、数カ所でコンクールの審査員を務めさせて頂く機会がありました。
そこで、今月は海外で今年見たコンクール、そして海外で過去に出場したコンクールの事ついて少し触れたいと思います。

私の幼少期、国内には五本の指で数えられる程のコンクールしか無く、それに出場するにも何か敷居が高いような気がしていました。
今は、色々なコンクールがありバレエを習っている全ての人が気軽に舞台に立つ場として出場出来る様になりました。
実は、私がコンクールに出たいと思ったきっかけは、「舞台で一人で踊りたい。」
と言う気持ちからでした。
当時、ボリショイバレエ学校に留学をしていたので、バリエーションを練習させて頂いても、学校公演などで一人で踊る機会がありませんでした。誰でも参加さえ出来れば、舞台上で一人で踊る事が出来るコンクールでしか、舞台空間を楽しむ機会が無かったのです。
本当に、舞台空間、舞台と言う魔法の空間を楽しみ、それに向けて一生懸命練習したいと言う一心でした。

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1996年 パリ国際ダンスコンクール (C) Emi Hariyama
1504emi01.jpg マルガリータ・ドロズドーワと
モスクワコンクールの後で
(C) Emi Hariyama

初めての海外コンクール参加は、ボリショイバレエ学校を卒業後モスクワ音楽劇場バレエ団に入り、マルガリータ・ドロズドーワに師事して頂き、一人で参加したパリ国際バレエコンクールでした。それは、私にとって人生に何度か訪れた分岐点となりました。
自分の人生の引き出しの中にヨーロッパという新しい世界が入り、目が開けた思いでした。
パリのコンクールでは金メダル無しの銀メダルを頂くことが出来ましたが、それよりも私が得た事は、ヨーロッパに行って見た物、そして様々な分野の方々と出会った事でした。
物がない時代のモスクワで、命の危険を感じながらバレエだけに時間を割いてきた毎日。パリという街、ヨーロッパを見て、こんなに安全で食べ物も美味しく明るい街があるのだと知り、もっともっと世界を見てみたくなりました。
そして、その時の衝撃と、コンクール期間中にドイツのバレエ団のディレクターに「私のバレエ団に来る気は無いか?」声をかけられたのがきっかけで、私の人生の土台を築いてくれたモスクワから、新たな一歩を踏み出す挑戦をする事を決意しました。その頃の出会いが今でもかけがえのないものとなっています。

去年は、ラトビアのリガで行われる「リガ国際ダンスコンクール」、ロシアのペルミで行われるユネスコ登録の国際バレエコンクール「アラベスク」などの審査員を務めさせていただきました。
その他、プレスとして「イスタンブール国際ダンスコンクール」などにも参加させて頂き、ベルリンで行われる「タンツリンプ」、YAGPのアメリカ予選を見る機会もありました。
それぞれのコンクールには、特徴があります。しかし共通して感じる事は、みんなその場を楽しみ、文化を共有し合い、友達になり、何かフェスティバルのような交流の場の様である事です。審査員の方々も、ダンサーも、色々な情報や共有すべきメソード、テクニック、芸術性などの事を話し学ぶ素晴らしい機会であり、色々な事が勉強になります。

1504emi02.jpg パリ国際ダンスコンクールで (C) Emi Hariyama

海外のコンクールの審査員席で良く話題になるのが、振付の事。ロシア、ヨーロッパ、アメリカでは同じ作品でも振付の原型や手の使い方、音の取り方などが違います。ここではこうで、あそこではこう、などと各国の原型版を聞くのも大変勉強になります。
その他、国によって、何が大切か重要視している部分も微妙に違うと感じます。テクニック、芸術性、美、エネルギーなど。その点もまた話を聞くのが大変勉強になります。

私自身はモスクワ国際バレエコンクール、ジャクソン国際ダンスコンクール、パリ国際ダンスコンクール、ニューヨーク国際バレエコンクールなどに出場しましたが、そこで得たものは出会い、そして可能性でした。
コンクールの場で出会った方々にはその後も色々助けて頂き、道を開いて下さいました。私の人生の節目で出会った方々は本当に一生感謝すべく助けて頂き、その後も色々な形で力になって頂いています。
例えば、ジャクソン国際ダンスコンクールの後、スカウトして頂き素晴らしい経験をさせて下さった、エルダール・アリーエフ。彼とは先日日本で再会することができました。
谷桃子バレエ団のアリーエフ版の『海賊』の演出振付指導にいらっしゃっていましたが、私のバレエインターナショナル所属時代、イリーナ・コルパコワと共に、その妥協しないダンサーの良さを最大に引き出す指導が本当に素晴らしく懐かしく、私のアメリカ生活の出発地を思い出しながら素晴らしい舞台を拝見しました。

1504emi03.jpg 1998年 ジャクソン国際ダンスコンクールで
タチアナ・テレホワと (C) Emi Hariyama

同じく、ジャクソン国際ダンスコンクールでお世話になったタチアナ・テレホワとは、ボストン・バレエ団で数年後再開しお仕事しましたが、その後マリンスキー劇場に戻られたので、私がペテルブルグに行く度に懐かしい話をします。
ジャクソン国際コンクールでクラスを担当されていたデニス・ナハットは、コンクールの直後にはご縁が無かったのですが、一年後移籍後し、始めて『白鳥の湖』の全幕を踊らせて頂く機会を下さいました。お世話になった方は、本当にきりがありませんが、全ての出会いが素晴らしい物でした。

日本でコンクールを見ていて思う事の一つは、皆に踊る喜び、楽しみを忘れないで欲しいという事です。
まずバレエという芸術は競い合う物ではないと思いますが、そこへ向う過程やそこでの出会いや経験をステップに、心ある芸術家になって欲しい、という思いがあります。自分に打ち勝つ強い精神力を培う機会である事も素晴らしいと思います。何か一つの目標に向かって一生懸命努力し前に進んでいく事は簡単では無いですが、コンクールもそのモチベーションを失わない為の一つの手段として、目標に向かって極めていくことができれば素晴らしいと思います。
人生の喜びとして、舞台で楽しんで踊って欲しい、コンクールもその様な場の続きと思いながら踊って欲しいと思います。

来月は、またヨーロッパで振付指導や舞台もありますので、現地からレポートしたいと思います。