バレエの栄光の歴史がきらめく 「薄井憲二バレエ・コレクション」の逸品を訪ねて その10

コラム/バレエの栄光の歴史がきらめく「薄井憲二バレエ・コレクション」の逸品を訪ねて

森 瑠依子 text by Rioko Mori

<ドン・キホーテ 1>

今回、薄井憲二バレエ・コレクションからご紹介するのは、今年生誕200周年を迎えたマリウス・プティパ(1818-1910)の代表作のひとつ『ドン・キホーテ』にまつわる品々。

スペインの作家ミゲル・ド・セルバンテスによる長編小説『ドン・キホーテ』(第1部1605年、第2部1615年)を原作としたコメディ・バレエは、現在も世界中で高い人気を誇っている。われわれが親しんでいるバレエは、1869年初演のプティパ版を原典とする改訂版だが、『ドン・キホーテ』はそれ以前からたびたびバレエ化されていた。18世紀初期のストーリーは、ドン・キホーテが主役で理想の女性ドゥルシネーアを追い求めて旅を続ける姿や、公爵夫人の館に招待されるエピソードを中心にしたものが多いが、徐々に金持ちのガマーシュ(原作ではカマーチョ)とキトリ(キテリア)の結婚を巡る物語が増えてきた。

1801年にパリ・オペラ座で初演されたルイ=ジャック・ミロン振付の『ガマーシュの結婚』は、プティパ版の源といわれる。この作品は欧米で人気を集め、1830年代にペテルブルグとモスクワでも改訂上演された。また1841年にオペラ座で再演された際にはプティパの兄リュシアンが出演している。1869年、プティパは新しいミンクスの音楽により、モスクワのボリショイ劇場で自らの『ドン・キホーテ』を初演。さらに2年後にはペテルブルグのマリインスキー劇場でも拡大改訂版を発表した。

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1809年にロンドンのキングス・シアターで初演された『ドン・キホーテ、またはガマーシュの結婚』(ジェームズ・デグヴィル振付、フレデリック・ヴェヌア作曲)のスコアの表紙(SC-20)
デグヴィル(1770頃〜1836頃)は10代でフランスに渡ってパリ・オペラ座などで踊り、帰国後1799年よりキングス・シアターの振付家を務めた。ヴェヌア(1788〜1872)はパリでイタリア人の両親のもとに生まれ、ロンドンでキングス・シアターの首席指揮者/バレエ作曲家として活動した。

1900年、アレクサンドル・ゴールスキー(1871-1924)はペテルブルグからモスクワにダンサー/リハーサル監督として移籍し、プティパの『ドン・キホーテ』を大胆に改訂してボリショイ劇場で上演、さらにプティパ同様に2年後に改訂版をマリインスキー劇場で発表した。プティパ作品で見られるシンメトリカルな動きを避けて、個々のダンサーが個性をもって独自の動きをする現実的で演劇的な演出を取り入れたゴールスキー版は、以後のソヴィエト/ロシアの版の基礎となる。

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1900年モスクワ・ボリショイ劇場初演、ゴールスキー改訂版のポストカード。(写真左)左から2人目はキトリ役のリュボーフィ・ロスラフレワ(1874-1904)。(PC-W-007/005)

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1900年のゴールスキー版初演で街の踊り子とメルセデスを演じたボリショイ・バレエのソフィヤ・フョードロワ(1879-1963)のポストカード。フョードロワはディアギレフのバレエ・リュスにもたびたび参加し、『ポロヴェツ人の踊り』『シェエラザード』『クレオパトラ』などを初演した。(PC-B-041-08)

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1900年ゴールスキー版初演でエスパーダを演じたミハイル・モルドキン(1880-1944)のポストカード(PC-B-102-6/102-7)。モルドキンは後にディアギレフやアンナ・パヴロワのバレエ団で活躍し、アメリカでバレエの発展に貢献する。

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1902年、ゴールスキー版のマリインスキー劇場初演で街の踊り子を演じたオリガ・プレオブラジェンスカヤ(1871-1962)のポストカード(PC-B-124-02ws)。プレオブラジェンスカヤはダンサーとしても指導者としても一流で、ペテルブルグとパリで世界的なダンサーを多数育てた。

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ソヴィエト時代のボリショイ・バレエの台本より(LT-078)。全20ページで、味わいのあるイラストが多数含まれている。

次回は、『ドン・キホーテ』で名演を残したダンサーたちの写真、ポストカードをご紹介する。

写真提供:兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二バレエ・コレクション

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