バレエの栄光の歴史がきらめく 「薄井憲二バレエ・コレクション」の逸品を訪ねて その5

コラム/バレエの栄光の歴史がきらめく「薄井憲二バレエ・コレクション」の逸品を訪ねて

森 瑠依子

<白鳥の湖 1 >

今年2017年は、世界で最も有名なバレエ『白鳥の湖』がモスクワで初演されてから140年目にあたる年。薄井コレクションにはプログラム、写真、ポストカードなど、多くの『白鳥の湖』のアイテムが収蔵されている。今回はその中から、有名な初期の3つの版に関する写真などを紹介しよう。

1.1877年、ボリショイ・バレエによる初演版(レイジンゲル版)

チャイコフスキーの作曲によるバレエ作品が初めて上演されたのは1877年3月。モスクワのボリショイ劇場での『白鳥の湖』で、振付けたのはボリショイ・バレエのメートル・ド・バレエ、ヴェンツェル・レイジンゲルだった。主役はボリショイ・バレエのポリーナ・カルパコワとアンナ・ソベシチャンスカヤのふたり。共にモスクワ舞踊学校で有名なイタリア人教師のカルロ・ブラジスに学び、すぐれた技術を身につけていた。
このレイジンゲル版は失敗作だったと伝わっているが、バレエ団のレパートリーからすぐに消えることはなく、1880年と1882年のヨゼフ(オラフとも)・ハンセンの改訂版を経て、1883年まで40回以上上演された。つまり、大きな成功とは言えないまでも、そこそこの人気作品だったのではないかと思われる。


初日に主役を演じたポリーナ(ペラゲイア)・カルパコワ

初日に主役を演じたポリーナ(ペラゲイア)・カルパコワ(1845-1920) PH-CC-017

バレエ一家の出身で、舞台デビューは『ラ・シルフィード』のタイトルロール。1869年のプティパ振付『ドン・キホーテ』初演でドゥルシネア姫を演じている。『白鳥の湖』では初日から3回主役を演じ、第3幕でチャイコフスキーが彼女のために新たに作曲した「ロシアの踊り」を披露した。

第2キャストのアンナ・ソベシチャンスカヤ

第2キャストのアンナ・ソベシチャンスカヤ(1842-1918) PC-S-14

学生時代からボリショイ・バレエで『ジゼル』に主演するなど際だった才能を示し、バレエ団を代表するスターとなった。1869年の『ドン・キホーテ』でキトリを初演している。『白鳥の湖』では主役の第2キャストだったが、カルパコワよりも高い評価を受けた。バランシン振付『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』の曲は、彼女がプティパに振付を依頼した追加のパ・ド・ドゥ(ミンクス作曲)のために、チャイコフスキーが振付を変えないようにして作曲したもの。本番ではこちらの曲が使われた。

ピョートル・チャイコフスキー

ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893) ST-BL-5-1

3大バレエ『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』の作曲者で、特にワルツには名曲が多い。バレエ曲として残したのはこの3作のみだが、バランシン振付の『セレナード』『テーマとヴァリエーション』『アレグロ・ブリランテ』『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』『ジュエルズ』(ダイヤモンド)、クランコ振付の『オネーギン』、マクミラン振付『アナスタシア』『三人姉妹』など、彼の曲を用いた名作が数多く創作されている。 画像は没後65年の1958年にロシアで発行された切手。


2.1895年、ペテルブルグ帝室マリインスキー劇場バレエによる蘇演版(プティパ/イワノフ版)

初演から17年後の1894年3月、前年11月にコレラで亡くなったチャイコフスキーの追悼演奏会でイワノフ振付の『白鳥の湖』第2幕が上演された。この舞台は好評で、翌1895年1月に前年と同じピエリーナ・レニャーニとパーヴェル・ゲルトの主演で、マリウス・プティパ(第1幕1場と第2幕を振付)とイワノフ(第1幕2場、第2幕の一部、第3幕を振付)による全3幕版が初演された。現在世界中で上演されている『白鳥の湖』の基盤になっているのが、このプティパ/イワノフ版である。

イタリア人の名プリマ、ピエリーナ・レニャーニ

イタリア人の名プリマ、ピエリーナ・レニャーニ(1868-1930) PH-CC-029

ミラノ・スカラ座で名教師のカテリーナ・ベレッタに師事した技巧派。1893年にプティパ振付の『シンデレラ』でペテルブルグにデビューした。この中で連続32回のグラン・フェッテ・アン・トゥールナンをロシアで初めて披露し、観客を驚かせる。テクニックも演技力もすぐれたバレリーナで、マリインスキー劇場初の女性舞踊手の最高位、プリマ・バレリーナ・アッソルータに任命された。1898年にはプティパ振付『ライモンダ』のタイトルロールを初演している

マリウス・プティパ(1818-1910) ST-BL-62

現在上演されている古典バレエのほとんどの振付に携わっている偉大なフランス生まれの振付家。アントレ〜アダージオ、男女それぞれのヴァリエーション、コーダで構成されるグラン・パ・ド・ドゥの形式を確立した。『白鳥の湖』では、白鳥たちと王子の湖畔の「白い場面」以外の2場を振付けている。
画像は生誕175周年を記念して1993年にロシアで発行された切手。下は黒鳥オディールと王子。

プティパ/イワノフ版の台本

プティパ/イワノフ版の台本

プティパ/イワノフ版の台本

プティパ/イワノフ版の台本

プティパ/イワノフ版の台本 LT-44

表紙と、第1幕第1場の曲名と配役が記載されているページ。


3.1901年、ボリショイ・バレエによる改訂版(ゴールスキー版)

『白鳥の湖』を初演したモスクワのボリショイ劇場では、ペテルブルグから招かれてバレエ監督に就任したアレクサンドル・ゴールスキーが、1901年にプティパ/イワノフ版を改訂上演した。主演はイタリア人のアデリーナ・ジューリと、後にバレエ・リュスやアンナ・パヴロワのパートナーとしても活躍するミハイル・モルドキン。ゴールスキーは当時モスクワで人気を集めていたモスクワ芸術座の演劇のリアリズムに影響を受け、ドラマ性を重視し、群舞のシンメトリーの動きや古典的なマイムに現実的で自然な表現を採り入れた。『白鳥の湖』はさらに3回改訂しており、現在ボリショイ・バレエで上演されているユーリー・グリゴローヴィチ版はゴールスキーの振付を採り入れている。日本でも2013年に日本バレエ協会により、1920年のゴールスキー版『白鳥の湖』の全幕公演が行われた。

ゴールスキー版でオデットを演じるアデリーナ・ジューリ

ゴールスキー版でオデットを演じるアデリーナ・ジューリ(1872-1963) PC-S-14

イタリア生まれ。モスクワ舞踊学校で学び、1891年に『エスメラルダ』の主役でボリショイ・バレエにデビューした。その後ミラノ・スカラ座、ロンドンなどでも成功し、1903年に怪我で引退するまで、すぐれたテクニックをもつバレリーナとして活躍した。ゴールスキー改訂の『眠れる森の美女』『ライモンダ』『白鳥の湖』で主役を踊っている。

ゴールスキー版でジークフリートを演じるミハイル・モルドキン

ゴールスキー版でジークフリートを演じるミハイル・モルドキン(1880-1944) PC-S-14

モスクワ舞踊学校で学び、1900年にソリストとしてボリショイ・バレエに入団した。ゴールスキー改訂の『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『海賊』『ラ・バヤデール』『ドン・キホーテ』など多くの作品に主演。1909年にパリでバレエ・リュス旗揚げ公演の『アルミードの館』に出演し、翌年からパヴロワとロンドンやアメリカを回った。彼がアメリカで結成したバレエ団がアメリカン・バレエ・シアターの原点になっている。

ゴールスキー版、第1幕の乾杯の踊り

ゴールスキー版、第1幕の乾杯の踊りのポストカード PC-W-024

第3幕のヴェネツィア(ナポリ)の踊り

第3幕のヴェネツィア(ナポリ)の踊りのポストカード PC-W-025

アレクサンドル・ゴールスキー

アレクサンドル・ゴールスキー(1871-1924) ST-BL-68-1

ペテルブルグの帝室舞踊学校でプティパらに学んだ。帝室マリインスキー劇場バレエで踊るかたわら、ダンスノーテーションを習得し、モスクワのボリショイ劇場で『眠れる森の美女』『ライモンダ』『ドン・キホーテ』『白鳥の湖』『イワンと仔馬』など、多くのプティパ作品を改訂上演した。1900年にモスクワに移り、以後ボリショイ・バレエの芸術監督、メートル・ド・バレエを務めた。リアリズムやドラマ性を重視した大胆な演出、改訂は賛否両論を呼ぶことも多かった。高い評価を得た『白鳥の湖』『ドン・キホーテ』の振付は、現代の版にも採り入れられている。
画像は1996年、ロシア発行の切手。

写真提供:兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二バレエ・コレクション

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