新作バレエ『道化師〜パリアッチ〜』を振付けた(音楽/原案ルッジェーロ・レオンカヴァッロ)伊藤範子(谷桃子バレエ団)インタビュー

インタビュー&コラム/インタビュー

[インタビュー]
関口紘一

----谷桃子バレエ団公演の新作『道化師〜パリアッチ〜』をたいへん興味深く見せていただきました。今までもオペラのバレエシーンの振付はたくさんなさっているのですか。

伊藤 そうですね。もう12、3年前からやってます。新国立劇場、二期会、藤原歌劇団、東京オペラプロデュースなどで『椿姫』『カルメン』『仮面舞踏会』など、たくさんオペラの振付をさせていただいています。『仮面舞踏会』は、藤原歌劇団と二期会で違うプロダクションで振付けています。初めて参加したのは新国立劇場の『カルメン』(現行版の前のヴァージョン)で、振付師はイタリアから招くけれど、再演をするために入ってほしいということでした。それで後に再演の振り起こしをした際に、評価していただき、他のプログラムのオペラ作品も振付けるようになりました。

1309itounoriko01.jpg

そうした経緯があって、オペラ『パリアッチ』をバレエにすることになりました。バレエ団から「一時間くらいの作品でドラマ性のある範子らしい振付にしてほしい」と依頼があり、オペラに携わってきたキャリアがあるので、いろいろ考えて、『パリアッチ』は劇中劇があるし、役者たちが主役ですから、バレエダンサーに投影したらおもしろいのではないか、と思って決めました。

-----そうでしたか。でもイタリアのコメディア・デラルテの世界というのは知ってはいるけれど、あまり馴染みはないのではないでしょうか。

「道化師〜パリアッチ〜」劇中劇コメディア・デラルテのシーン 撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

伊藤 そうしたことも考えてコメディア・デラルテの指導に、オペラを通じて知り合いだった光瀬名瑠子さんに参加していただきました。彼女はイタリアで伝統的なコメディア・デラルテを習得されています。コメディア・デラルテには、意外とバレエに近い動きもあります。サーカスのピエロでもないしクラウンでもなくて、それらの元になった「役者」という存在に近いものです。コメディアンの先駆けだったのではないでしょうか。

----決まった動き方はあるのですか。

伊藤 キャラクターごとに基本的なパターンの動きがあります。ドトーレといって医者の役とか弁護士の役もありますが、今回は登場しません。アルレッキーノ、コロンビーナは召使いですから、召使いの動きなどを指導していただきました。貧乏な役なので、衣裳は菱形模様のツギハギ、端切れを組み合わせたパッチワークなんです。

-----ミハイル・フォーキンがバレエ・リュスに振付けた『アルレッキーノ』なんかは、ロマンスというかペーソスみたいな情感を描いていますね

伊藤 元は同じですね。
でも今回登場した障害を持ったトニオなどのキャラクターは、かなり強烈です。ひとりひとりの個性が屈折した何かを抱えている、というところを出せればいいかなと思いました。昔は障害を持っている人たちも集団の中で一緒に暮らして、共存している社会がありましたよね。今、なんだかすべてがクリーンになってしまって・・・。人間の根本的なものを避けているような気がします。

----そうですね。今はうっかり、近所のオジさんとして子供に話しかけたら、途端に白い目で見られてしまいます。

伊藤 お互いに受け入れて共存していたはずなのに、「潔癖」になってしまった。もっと人間力があったはずです。
今でもごく希にあるのかもしれませんが、嫉妬のために人を刺す、という情念がはっきりとありました。
『パリアッチ』について言えば、座長カニオは孤児だったネッダを育てて妻にしています。幼い頃から育ててきた情があるから、ネッダが駆け落ちしようとすると、自分の身体の一部分が奪われてしまうような気持ちになると思います。それを表わすために、孤児を引き取る冒頭のシーンを入れて強調しました。

----集団の中で孤児ということが特殊になりますね。

伊藤 親の愛情に強く憧れているわけです。育てられた孤児という感情と育てたほうの気持ちが行き違ってしまいます。拾われたほうはそこしか行き場がなかったから、いろいろと憧れたり、嫉妬深いカニオの要請に耐え難い思いをしたりします。

-----この原案のオペラは実話に基づいて書かれたそうですね。実際に現実と芝居を混同してしまって起きた殺人事件というところがヴェリズモ・オペラであり、この作品の大きな特徴ですね。一時間振付けるのはたいへんでしたでしょう。

カニオはネッダを刺した後、自分の部屋に連れ込む 撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

伊藤 でもほんとうはもう少し長くしたかったのです。三木雄馬君扮するカニオがネッダを殺すまでを、もっとゆっくり描きたかったです。それからオペラの場合はカニオがネッダを刺し殺してすぐ終わりですが、少し曲を足して、お客さんたちを帰らせた後、カニオが妻のネッダを自分の全人生が入っている小屋、彼には自分の宝物が入っている小屋にに連れて行くようにしました。
カニオは芝居をすることが人生そのものだったわけです。その自分の世界にネッダを、殺してでも連れて行きたかった。そこに連れて行って独り占めにしようとしてドアを閉めます。

----あるいはカニオはそれで幸せだったかもしれない・・・。

伊藤 でも、当時の文献によると、ネッダはそんなに純粋ではないです。もっとしたたかで、シルヴィオには駆け落ちしましょう、と言っておいてすっぽかしたもしれないのです。シルヴィオは純粋で、ネッダ、ネッダ、ネッダという感じの村の純朴な青年です。ネッダは途中までは一緒に行ったかもしれないのですが、でも彼女は女優だし、今までの生活もありますから、結局、離れられずに一座に戻ったかもしれない、とも考えられます。たとえ駆け落ちに成功してもネッダとシルヴィオが幸せに暮らしたとは限りません。

----カニオはネッダがここから抜け出したいと思っていることにうすうす気付いていて、手荒く扱ったり、おまえにはここしかないんだ、と教えようとしていた・・・。

ネッダ(日原永美子)とシルヴィオ(檜山和久)のパ・ド・ドゥ 撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

伊藤 ネッダは孤児だったから食べるために物も盗らなければならなかったただろうし、生きるために野宿もしただろうし。カニオに引き取られる以前から、生きていくことにもっとしたたかだったのではないでしょうか。
そういうことをして生きるすべをすべて経験していました。ネッダのお母さんは占いが得意だったといいますから、恐らくロマの血が流れており、カルメンなどに近い女性だったと思います。

-----林麻衣子さんは良かったですね。異なった関係を持つ三人とそれぞれパ・ド・ドゥを踊ってうまく表現ができていました。

伊藤 そうですね、トニオに見せる顔とカニオに見せる顔とシルヴィオに見せる顔とそれぞれ違います。そこからも彼女の本質が現れてきます。

-----女性は怖いです。今の今までボクは知りませんでした・・・。

伊藤 特に女優ですし、ネッダってそういう役どころです。掘り下げるともっともっと表現としていろいろな表情がでてくると思います。ダンサーだったらやりがいのある役です。

----それじゃあ三木雄馬君扮するカニオも混乱してしまいますね・・・。

伊藤 ダンサーたちも踊ってみてもっとこうしてみたいといって意欲を湧かせていました。みんなもう一度踊りたい、といってます。

----『カルメン』は別にして、今まで日本では本格的にオペラに取り組んだバレエはなかったですからね。音楽はオペラの構成通りですか。

伊藤 音楽はほとんどオペラを主体にしたのですけれど、群集シーンはコーラスが入って成立するところと、アリアになると歌の感情が勝ってしまってダンサーの表現が成立しないところなどは、カラオケ・ヴァージョンがある場合はそれを使いました。ない場合はレオンカヴァッロの別の曲や同時代に活躍しレオンカッヴァレロとも交流のあったたマスネの楽曲を探して、感情にあったものを採り入れて使いました。

-----アリアを流して踊ることは難しいですか。

カニオ(三木雄馬)のソロ 撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

伊藤 バレエ公演ではやはり難しいと思います。たとえばアリアを歌う人、ホセ・カレーラスやパバロッティが勝ってしまいます。ベジャールなどはアリアを使った作品もありますけれど、バレエ公演なのでダンサーたちが演じ踊ることを見せたいと思いましたから。
ノイマイヤーの『椿姫』でもヴェルディのオペラ曲は使わず、ショパンで組み立てて踊っていますし。
『パリアッチ』は実話に基づいてオペラとして創られた作品ですから、音楽が物語になっています。だからあまり崩さないように気を付けました。

----ヴェリズモ・オペラというのは日本ではどうですか。

伊藤 『パリアッチ』はわりあい人気があります。今度、新国立劇場も上演すると思います。偶然ですけど、二期会も公演すると聞いています。『パリアッチ』は1時間ものですから、マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』と一緒に上演されるはずです。

----オペラ作品を本格的にバレエにしたものは、特に日本ではほとんどないと思います。よく挑戦されたと感心しています。オペラを聴いていても歌詞が分らない場合が多いですね。

伊藤 歌詞は理解してますよ。歌詞を理解した上でないと振付けられないですから、オペラに詳しい方がご覧になっても落差のないように、音楽家が聴かれても納得できるように振付けています。実際、オペラ関係の方たちも「すごくおもしろかった」と言ってくださったので嬉しかったです。

----ぜひ、再演してほしいですね。歌詞が理解できるように勉強します。

伊藤 ええ、機会があったら上演したいです。観てくださった方から、またドラマのあるものを振付けてほしい、とよく言われるのです。

-----やはり、ドラマ性のあるものは人気がありますね。

伊藤 私自身もドラマ性のある作品が好きなので。

----オペラを題材として舞踊的な部分だけを作品にする、というのではなくて、私としてはオペラの音楽世界と本格的に対決して舞踊作品を創ってほしいのです。

カニオ(三木雄馬)とネッダ(林麻衣子)を中心にした一座 撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

撮影/スタッフ・テス 谷岡秀昌

伊藤 ぜひ、そうしたいです。音楽の力が強いというのもよくわかっていますし、バレエの良さも分りますし。動きだけでは私も満足できないので、やはり、ドラマとかストーリーがある作品を創りたい、と思っています。

----オペラのバレエ場面の振付に携わっていらしたことが、ほんとうに役に立ちましたね。

伊藤 そうです。それから海外も含めていろいろな演出家の方と一緒にお仕事をさせていただいたことが、とても力になっています。彼らはじつに良く勉強していて深い教養があります。

そういう人たちから演出することのおもしろさを、直接、肌で感じて学ぶことができました。それが良かったと思います。
谷桃子バレエ団もドラマ性のあるバレエが好まれているので、とても良かったと思っています。今後はバレエ団自身も特徴を出していかないといけないと思いますし。

-----本日はどうもありがとうございました。今後はどんな活動予定がりますか。

伊藤 9月に上田遙の30周年記念公演で『駅』という作品に出演します。11月には東京文化会館小ホールのオペラ『カルメン』の公演で振付を担当します。

----これからも大いに期待しております。

ページの先頭へ戻る