東京バレエ団「ラ・シルフィード」開幕直前インタビュー
=斎藤友佳理(振付指導)

インタビュー&コラム/インタビュー

[インタビュー]
関口紘一

『ラ・シルフィード』を踊るすべてのダンサーたちに、可能性とエネルギーと成功を与えていただきたいと、毎日祈っています。

──『ラ・シルフィード』を教えられているリハーサルの様子を興味深く見せていただきました。主役の皆さんは初役ですか。

斎藤 (柄本)弾くんは一度踊っていますが、(渡辺)理恵ちゃんも、香菜(沖香菜子)ちゃんも松野(乃知)くんも初役です。
二人の持ち味は全く違いますし、どちらが正しい妖精像かというのはないわけです。それぞれの持ち味を最大限に生かせたら大成功だと私は思っています。自分の持っている妖精像に二人をはめ込みたくはありません。理恵ちゃんは、彼女の持っている力を出し切ると、温かい、愛らしい品性があるシルフィードが創れるのではないかと思います。香菜ちゃんは私が描くシルフィード像とは少し違っていますが、私が指導した国立モスクワ音楽劇場バレエ団の若手ダンサーで、ゴールデン・マスク賞にノミネートされたエリカ・ミキルティチョワもまったく私とは違うシルフィードでした。彼女のシルフィードをギレーヌ・テスマーはとても評価していましたし、それと同じように、香菜ちゃんは、誰にも真似できないシルフィードを踊れるのではないかと期待しています。

──渡辺さんは優しそうなシルフィードですね。

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦


斎藤 そうですね。彼女は、今まで体力とテクニックのことだけに集中させていたのですが、これから1か月間は味付けをしていく。それができる素材なのだと私は信じています。

──このヴァージョンには、先ほどのリハーサルで見せていただいた、ジェームスとシルフィードとエフィの関係を表すパ・ド・トロワがありますね。

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

斎藤 パ・ド・トロワはブルノンヴィル版にはないシーンですし、ピエール・ラコット版の一番の特徴でもある大切なシーンなんです。
あのパ・ド・トロワがあるのとないのとではまったく作品の奥深さが変わってきます。私にとっては、あのシーンが作品で一番重要です。ラコット版の『ラ・シルフィード』を、レパートリーにしているのは日本では東京バレエ団だけです。ロシアでもラコット版の『ラ・シルフィード』は素晴らしい作品だと知られていますが、どこのバレエ団ででも上演できるわけではありません。上演できるだけのレベルが必要ですし、それだけの装置、費用がかかりますから、そう簡単に上演できるわけではありません。

──初役のダンサーに『ラ・シルィード』を教えることは挑戦ですね。

斎藤 すごく大変ですが、やりがいがあります。私は、ラコットさんが苦労して復元された『ラ・シルフィード』という作品を伝えていくこの仕事が本当に好きなのです。
自分がこれまで学んできたノウハウを時間をかけずに即席でぜんぶ教えるのだから、その代わりに舞台でそれをぜんぶ生かして踊って欲しいといつも言っています(笑)。とにかく、今、あの4人、ソリスト、コール・ドも含め、『ラ・シルフィード』を踊るすべてのダンサーたちに、可能性とエネルギーと成功を与えていただきたいと、もう毎日祈っています。

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

──ラコット版『ラ・シルフィード』最初に踊った時は、ラコットさんから直接指導を受けたのですか。

斎藤 最初は違います。私が国内研修生として、東京バレエ団に初めて見学に行ったときに、『ラ・シルフィード』のリハーサルをやっていたのです。入団後、溝下司朗先生に教えていただき「ああ、何てすてきなバレエなんだろう」と惹かれました。入団してすぐにシルフィードにキャスティングされ、初日はモニク・ルディエールさんとマニュエル・ルグリさんが、2日目に私と(高岸)直樹くんが踊りました。そのあとすぐにヨーロッパ公演に行った際、パリに10日間ほど滞在する機会があり、そこでラコットさんから特訓を受けたのです。
パリで、ラコットさんの指導を受けて、そのままベルリンで踊り、ウィーンで踊り、スカラ座でも踊らせていただきました。

──そのとき『ラ・シルフィード』をマスターして、もう先祖はケルト人だと思われるようになったのですか。

斎藤 インタビューでケルト人のこと聞かれたのは初めてです(笑)。
私は『ラ・シルフィード』にすごく惹かれて、『ラ・シルフィード』を踊っているときが一番幸せを感じ、踊っていても全く疲れることがありません。そして、不思議なことに『ラ・シルフィード』を踊っていると、自分ではなくなってしまうような瞬間があるんです。
あるとき、私がバレエをやっているということすら知らない方に、私の名前と生年月日と写真を見せたら、「前世はケルト人です」とて言われて、ケルト人のことを意識し始めました。

──『ユカリューシャ』にも書かれていましたが,そうなんですか。

斎藤 その時はケルト人のことをよく知りませんでした。ケルト人の別名は「妖精族」と言われているそうです。紀元前300年ころ、ヨーロッパをローマ帝国が支配するまではケルト人が全ヨーロッパを制覇していました。今もその末裔がアイルランドやウエールズにいらっしゃるのですが、ケルト人の血が受け継がれているからか、色が白くて、妖精のような方が多いとか。ケルト神話は今のヨーロッパの文化に大きな影響を与えていると言われています。ケルト人には、絵文字くらいしか文字がなく、人から人へと、文化が何百年も伝承されてきたわけですから、すごく敏感で感受性が強い民族だったのだと思います。そういうことが次第にわかってきて、「前世はケルト人」と言われた意味もだんだんと理解できるようになってきました。

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

──妖精ものに特に惹かれるのはそういうことですか。

斎藤 そうかもしれませんね。何が正しい妖精かということは誰も知らないですし、誰も妖精を見たことがありませんよね。ですから、自分の中ですごく想像をふくらませることができます。自分の中で作り上げた妖精像というのは、自分の身体を使ってしか人に伝えることができないわけですから、すごくやりがいがあるのです。私の舞台を見たことによって、その人の妖精像が変わってしまうかもしれません。そういう意味ですごく魅力を感じています。

──『ラ・シルフィード』はボリショイ劇場でも踊られましたか。


斎藤 東京バレエ団のロシア公演で踊りました。モスクワのボリショイ劇場、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場、キエフのシェフチェンコ劇場でも踊りました。

──ボリショイ劇場の舞台は大き過ぎませんでしたか。

斎藤 あまり大きく感じませんでした。『ラ・シルフィード』は、例えば東京文化会館にしても、あれだけ大きな舞台ですが、装置のサイズがある程度決まっています。さきほど見ていただいた東京バレエ団の大きいスタジオに、いろいろと線が引かれていましたよね。あれは、東京文化会館の舞台サイズに合わせて、みんなが普段から本番を意識して練習できるように引いてもらっているのです。白のラインが第一幕、ブルーのラインが第二幕、ここがセンター、ここには暖炉というように、全部サイズに合わせて線が引かれています。本番と同じサイズで練習できるという環境があって、今のダンサーは本当に幸せだと思います。

──ボリショイ劇場は舞台の上に同じサイズの稽古場の舞台がありますね。やはり、本番の舞台と同じ環境でリハーサルできるようになっていますね。

斎藤 そうです。ボリショイ劇場は新しくなってから、素晴らしい環境になりました。そのボリショイ劇場で『アニュータ』を指導しました。

──いつですか。

斎藤 私が指導を頼まれたのは2012年3月です。ボリショイ・バレエには『アニュータ』がずっとレパートリーに入っているのですが、ウラジーミル・ワシーリエフに頼まれてボリショイ劇場でアニュータ役のダンサーを指導しました。

──2011年から国立モスクワ音楽劇場バレエ団にも、『ラ・シルフィード』を教えられているのですね。

斎藤 当時、私は国立モスクワ舞踊大学院でバレエ教師の資格を取得したばかりでした。当時、モスクワ音楽劇場バレエ団の芸術監督だった、セルゲイ・フィーリンさんから要請されて、ラコットさんのアシスタントとして教えることになりました。その後、再演の際にはラコットさんが私に任せると言ってくださり、リハーサルを指導しています。実は、フィーリンさんに呼ばれて、フィーリンさんとラコットさんと私と3人でキャスティングのオーディションをしたのですが、その後、芸術監督がイーゴリ・ゼレンスキーさんに交代してしまいました。そのため、国立モスクワ音楽劇場での私の仕事始めの日が、ゼレンスキーさんが芸術監督となった日と重なりました。

──すごいタイミングですね。

斎藤 すごいタイミングです。フィーリンさんが心配して、「ユカリ、もしすごく大変なようだったら考える」って言ってくださったんですが、自分の名声のためにやっている仕事ではありません。『ラ・シルフィード』という作品を一番大切にしたく、その作品に携わりたかったので、そのまま指導することに決めました。

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

──先程も細かく注意されていましたが、東京バレエ団はコール・ド・バレエもよく整えられていますね。

斎藤 コール・ド・バレエのみんな一人一人が、私にとっては主役と同じです。
私はあまりにも機械的に揃っているのは好きではありません。コール・ド・バレエはただ揃っていればいいというものではないのです。
例えばイミテーションの真珠はすべての粒がきれいに揃っています。でも何かもの足りない。天然の真珠は、一つ一つ大きさが違っていても、それぞれの粒が輝いていて、結局は素晴らしいネックレスになります。今度、みんなに持ってきてみせようと思っているんです。「こっちがイミテーションでこっちが本物よ。違うでしょ、こうなってほしいの!」って。そういうコール・ド・バレエをお見せできるようにしたいと思っています。
私は本当にロマンティック・バレエが好きなんです。いろんな分野で優秀で、あれもこれもできればいいのですが、私はとても不器用なんです。ですから、自分の進みたい道がはっきりしています。
私は、やはり、古典バレエが好きなんです。ドラマがある世界、『ラ・シルフィード』とか『オネーギン』のような音楽も含めて古くても美しいものが好きだから,その世界を深く掘り下げていこうと思っています。

──本日はリハーサルでお疲れのところをありがとうございました。『ラ・シルフィード』の舞台をとても楽しみにしています。

撮影/引地信彦

撮影/引地信彦

ページの先頭へ戻る