『ダンサーRの細胞』上演を迎えて、KARASの佐東利穂子にインタビュー
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東京・池袋の東京芸術劇場リニューアルオープン記念公演のひとつとして上演される、勅使川原三郎監修・演出・振付・美術・照明による『ダンサーRの細胞』。
これにはちょっと面白い仕掛けがある。出演メンバーに名を連ねる"U18ダンスワークショップ・プロジェクト参加者たち"というのがそれ。Under18、つまり18歳以下の青少年を集めたワークショップの参加者が、勅使川原率いるKARASのメンバーと一緒にこの舞台に立つのだ。ワークショップに長年取り組んでいる勅使川原は、以前から参加者を舞台に出演させるのにも積極的。
果たしてどのような舞台が出現するのか、勅使川原の振付助手を務め、メインダンサー、さらには勅使川原とともにワークショップの指導も行うKARASを代表するメンバー、佐東利穂子に話を伺う機会を得た。
佐東利穂子
----KARASは2012年の夏にも、『呼吸-透明の力-』でワークショップ参加者を舞台に登場させています。以前からそうした試みを行われていますが、そこにはどんな思いがあるのでしょうか。
佐東 教育プロジェクトやワークショップは今後も積極的に行い、継続していきたいと思っています。KARASのワークショップは、踊りのテクニックを伝えることを目的にした訓練ではなく、この時間を通して自分の身体を発見し、磨いていくのが目的です。ですから、なるべく若い時期に出会うチャンスを与えられたらいいと考えています。
夏の公演(『呼吸-透明の力-』)では、KARASの勉強会に長年参加されている方々が参加しましたが、今度の『ダンサーRの細胞』では13歳から16歳までの青少年たち5人が参加します(実際にはUnder16になった)。15回のワークショップを体験してもらい、1月末の舞台に出演します。
----彼らが、ワークショップだけでなく、舞台にも参加する意味とはなんでしょうか。
佐東 実は私たちKARASのメンバーも全員ワークショップから始めています。ワークショップやそこで教えられているメソッドというのは、継続して学び続けるものだと思っています。ですので公演というのも、その長い継続するプロセスの中にあるものの一つです。ですが、舞台でしか体験できないことというのも確かにあります。舞台の一部としてその中に身を置くことで自分の身体の存在をあらためてまわりの環境と共に認識することがあります。そのような体験はとても貴重なものだと思います。
----それは佐東さんたちも舞台という非日常から常々実感されていることなのでしょうね。
佐東 はい。私たちは作品を創っていく過程で舞台で起こりうるあらゆることを想定し、それに対応できる身体を準備していきますが、装置、照明、音楽、観客が加わった舞台という空間的広がりの中に自分の身体を置いてみると、稽古場にいたときとはまったく違う自分の存在が見えてくる。舞台という環境から影響を受けることで、同じ自分なのに稽古場にいたときとは感受性の異なる存在になる。そんな中で身体やその動きを再発見したり、周りに対する柔軟性を持つなど、自分の感覚を広げていくことを教えられます。そういうことは稽古場でも考えているつもりですが、実際に舞台という空間だからこそ感じられることはとても大きいんです。
----なんだか、ダンスを生業としない人間としても、重要な感覚であるように思います。
佐東 そうですね。私は生きていくこと自体について大切なことのほとんどをダンスを通して学んでいるように思います。ですから、ワークショップを受けた彼らが将来ダンサーになる、ならないは別として、いろいろな可能性が開かれていくのではないかと思います。
----実際、町や駅などの人混みに出てみると、身体に対して無意識な人たちが多いのが気になりますよね。歩き方、ルートの取り方ひとつ見ていてもとても近視眼的と言うか、空間や環境における自分の身体をうまく認識できていない。そんな人ばかりだから人混みは混乱して、イライラの渦になる。
佐東 まず自分の姿が外側からどう見えているのか意識できず、感覚が閉ざされている人が多いように思います。でも、感覚は開こう、磨こう、とすれば開かれていくものだと思います。私自身も、ダンスを始める以前は、周囲に対しての感覚は薄かったように思います。内向的でしたし。
----ワークショップでは、具体的にどんなことに重点を置いて身体を動かすのですか。
佐東 一般的に踊りのワークショップと言うと、動きの型をなぞりながら行うものが多いと思いますが、KARASのワークショップではそのようなことは一切行いません。まず大事なのは、身体の力を抜く、ということ。関節を緩め、呼吸も緩めながら、身体の力を抜く、ということからはじめます。
----力を抜くことで、どうなりますか。
佐東 自分の身体の重さを実感し、意識を細やかにもつことから徐々に身体をコントロールできるようになっていきます。
私自身、初めてKARASのワークショップに参加した頃、KARASの語り草になるほど身体に力が入っていました。力みがあり、歪みがあったのですが、意識が緩められ身体を受け入れ、感覚を開いていくことで力を抜くことを知りました。そして、上手く動けない身体、違和感のある身体を認識しそれを受け容れることが前向きの変化へと発展していく出発点になります。
----やはり人生と同じですね。自分の現実を受け入れられない限り革新も発展もしない。
佐東 普段のものの見方、考え方にも通じると思います。ですから、KARASに入って身体はもちろんですが自分がまるごと、変わりました。喋ることも苦手で人とうまくコミュニケーションを取れなかったのが、次第に言葉が出てくるようになった。ダンスは言葉を介在しないから身体だけで表現するものなのだ、と思っているところがあったけれど(もちろんそれはその通りなのですが)、身体だけが進化したから身体表現につながるものではないのだな、って。...書くことや喋ることで伝えきれないことを伝える力が踊りにはあります。ですが、そこには常に同時に、感じたことを言葉にする試みも必要だと感じています。
----センサーを鍛える感覚ですね。
佐東 アンテナを磨く、チューニングする、波長を合わせる、そう言う感覚です。最終的には身体と思いが、身体を扱う技術を身につけることで調和をもつことを目指しています。ワークショップでは言葉をたくさん彼らに投げかけます。それに身体で答えようとしていくことで、身体も変わっていくんです。
----そういう意味では、佐東さんの動きは非常に研ぎ澄まされていてシャープで素早い。同時に鞭のようにしなやかで、関節の可動域も大きく、音のつかみ方も細かい。作品の中で自在に身体を操る佐東さんを見ていて思うのは、KARASに出会いダンスをはじめたというのは本当なのか、ということです。子供の頃にバレエをやっていた、などの下地は無かったのですか。
佐東 子どもの頃、器械体操を少しやっていましたが、他には何も。高校を卒業するころ、自分が将来何をやりたいか考え、突然ダンスなのではないかと思ったんです。自分は身体を使って何かを表現するのに向いているのでは、と。その時点ではダンスなどみたこともやったこともありませんでした。そこからいろいろなダンスを観て、ワークショップなど受けて見たのですが、なかなかしっくりくるものに出会えませんでした。振付を追うだけのダンスに"自分"をイメージできなかった。...そんなとき勅使川原さんの公演を観て衝撃を受け、早速ワークショップに参加したんです。
----勅使川原さんの世界は、それまで体験したものとは全く違うものだったのですね。
佐東 作品は完成されたものとしてすばらしく衝撃を受けたのですが、ワークショップでは別の驚きがありました。ジャンプをして、身体を落とす、ということをひたすら続けていました。初めて参加した時は気持ちが悪くなるくらい疲れ果てました。しかしそこまで自分の身体を実感したことはとても、衝撃的な体験でした。
----そこからどんどん身体が変容し、今のように鍛えられてきたのですね。KARASの活動には早くから参加されていますから、変化するのも早かったんですね。
佐東 自分の中では活動展開の早さと、身体の変化のスピードのバランスが取れてなくて、常に葛藤がありました。身体が感じられる、と思えるようになったのはここ数年かも知れません。身体はいつも重くて、簡単に自由にはなりません...
----しかし今年、レオニード・マシーン賞を受賞されました。佐東さんはコンテンポラリー・ダンス部門ですが、クラシック・バレエ部門には世界の至宝と謳われるウリヤーナ・ロパートキナや注目の貴公子フリーデマン・フォーゲルなどが同時受賞しています。
佐東 受賞のことはとてもありがたいことだと思っています。勅使川原さんのアシスタントとして、パリ・オペラ座のダンサーたちに振付をしたことがありますが、身体の質感、重さの運び方などバレエとは違ったアプローチは、彼らにとって新鮮だったようです。中には私たちのやり方を体験して身体機能が向上した、というダンサーもいました。
----さて、今回のU18ダンスワークショップを通して成長した10代の彼らを新作『ダンサーRの細胞』の舞台で観ることは、観客にとってはどのような体験になるのでしょう。
佐東 彼らが作品の中の一部、として溶け込んで見えたらいいなと思っています。
----どのような作品になるのでしょうか。
佐東 単に踊る、というだけでなく、あらゆる身体の在り方に挑戦する作品ではないかと思います。言葉を使用するということもあるかもしれませんし、いま考えている舞台装置のプランでは、舞台と客席とに何らかの関係性を持たせるということもあるかもしれません。
----Rの"細胞"っていうくらいですから、人体の内部を感じさせるような?
佐東 全容として身体の内部、細胞に入りこんでいく、あるいは、ひとりひとりの身体の中に入っていくような感覚はあるのではないかと思います。舞台と客席、そしてホワイエまでが一体になる様な演出も考えているところです。
『ダンサーRの細胞』
----佐東さん自身は、普段はどのようにコンディションを整えていくのでしょう。
佐東 リハーサルが続くと身体も気持ちもテンションの高い状態が続くので、意識して気持ちを緩める時間を持ちます。そして、お風呂に入って、よく食べ、よく眠る。常に"きれいだな"と思える物事を自分の周りに置き、自分を快適に保つ。身体にとって気持ち良いことが心と身体すべての健康にとってよいのだと思っているので。
----きれいだな、と思えるもの。たとえばどんなものですか。
佐東 今は、舞台の装置に使う綿ロープをばらばらに解いていく作業に夢中です。無になれる作業の中で、ほどけて現れる紐の束がなんとも美しいんです。やめるのがもったいないくらいで...睡眠時間が減りそう(笑)。
東京芸術劇場リニューアルオープン記念 芸劇dance
勅使川原三郎ディレクション
U18ダンスワークショップ・プロジェクト
●プロモーションムービー
http://www.geigeki.jp/ch/ch1/index.html
●開催決定
勅使川原三郎/KARASコンテンポラリー特別ワークショップ
2013年1月14日(月/祝)・15日(火)
チャコットカルチャースタジオ 渋谷スタジオ
チャコットカルチャースタジオ 池袋スタジオ
詳細はこちら→/j/studio/info/detail507
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